第58話 「ほんとに…許さないんだから。」

 〇さくら


「ほんとに…許さないんだから。」


 紅ちゃんとSAIZO君と共にホテルを飛び出した。


 あたし達は頭巾も被って、どこから見ても忍者スタイル。

 この格好で一条に泡を吹かせば…

 奴らは、に気を取られるはず。



「NYREEからBTPDDにある高層ビルの屋上には、罠が張ってあるから気を付けて。」


 あたしがそう言うと。


「いつの間に?」


 紅ちゃんが驚いて振り返った。


「二階堂のみんな、ほんとに優秀。」


 あたしがそう言うと、紅ちゃんは嬉しそうに目を細めた。


 高層ビルの屋上に張った罠には、電波妨害の機能もある。

 だから、その罠が張ってある間は…この街でドローンは飛ばせない。



「…来た。俺は右から行く。」


 SAIZO君がそう言って、目を見張る速さでビルの間を駆け抜けて行った。


 …彼が気を失ってる間に、色々調べた。

 父親である森魚君と、弟の総司君。

 彼らにも、超人装置が埋め込まれてたけど…

 SAIZO君のが、一番強力。


 元々身体能力が高いっていうのもあるんだろうけど…このままじゃ、彼の寿命は…

 戦いの大きさによっては、一年も持たない。


 森魚君と総司君は、今頃病院で普通の人に戻ってるはず。

 目が覚めた時に、憑き物が落ちたように楽になってるといいな。


 …SAIZO君も…この戦いが終わったら、そうしてあげたい。



「紅ちゃん、行ける?」


「はい!!」


「頼もしいっ。」


 あたし達は同時に刀を抜いて、前から来た敵に、うんと手前で切りかかる。


「はっ?」


 呆気に取られた敵が一瞬足を止めた所に…

 あたし達が振った刀から出たカーボンナノチューブが…


「うがーっ!!」


「なっ…うわあっ!!」


 簡単に、敵を拘束。


「おまけっ。」


 刀の鍔を触ると、軽い電流も流れちゃう。


「あいいいいいいいいいい!!」


「うああああああああああ!!」


 ドサリ


「……」


 紅ちゃんは足元に倒れた敵を、パチパチと瞬きしながら眺めて。


「…さくらさん、サポートありがとうございます。」


 あたしを振り返った。


「ううん。感覚戻るまでだから。」


「…はい。」


「大丈夫。みんながついてる。」


「はい!!」



 ーそれから…


「はっ!!」


 紅ちゃんは、見る見るうちに…感覚を取り戻した。

 武器を器用に使いこなし、時には素手で敵を倒した。


 それは、あたしが惚れ惚れしてしまうほどの腕前で。

 得にー…


 バスッ


 銃の扱いは。

 あたしより上に思えた。



「何とかこの辺は片付いたね。」


「そうですね。この後はどうしますか?」


 紅ちゃんと倉庫の奥に潜んでキャサリンを開く。


「やっぱり、徐々に多方面から港に集まりつつあるね。」


「一条の拠点はどこなんですか?」


「うーん…元々はイギリスって言われてたけど…」


 イギリスにある千秋さんの事務所が乗っ取られて。

 インドの研究所にいた千秋さんは行方が分からない。

 基盤の欠片に、CK47という千秋さんを思わせるシリアルナンバー。

 一条がイギリスとカトマンズを行き来してる形跡…


 だけど。

 万里君と沙耶君が調べた結果では、イギリスにもカトマンズにも、武器庫らしい物は見つからなかった。

 カトマンズで武器を使い果たしたとしても、製造工場はあるはずなのに。


 戦闘機を盗んだのも、大きな物は作れないからなのかもしれないけどー…

 なーんか、嘘くさい。



「それは万里君からの続報を待つとして、紅ちゃん、ここから別々に行ける?」


「え?」


 あたしの言葉に紅ちゃんは一瞬不安そうな目をしたけど。


「…はい。行けます。」


 背筋を伸ばして、頷いてくれた。


「あたしはこっちから行く。この辺りに泉ちゃんと助っ人がいるから、そこの回収をするね。」


「はい。じゃ、私はこっちに。」


 キャサリンで位置を確認しながら、武器の交換をする。


「紅ちゃんの方にはSAIZO君がいるはず。動きが速いけど、紅ちゃんの腕ならサポート出来るから。」


 指で銃を撃つ真似をすると、紅ちゃんは一瞬暗い表情をして。


「…私…」


 銃に触れた。


 …何か思い出したのかな…


「紅ちゃん。」


 その手をギュッと握る。


「どんな過去があったとしても、今、紅ちゃんはここに立ってる。」


「……」


「大事なのは、、だよ。」


「さくらさん…」


 切なそうに揺れる瞳に届くように…あたしは言葉を続ける。


「紅ちゃんの全てを受け入れてくれてるみんなのためにも、今を…そしてこれからを、大事にして欲しい。」


「……」


「…人間なんて、明日は分からないんだから。だったら、下を向いてるより上を向かなきゃ。」


 伏し目がちな紅ちゃんは、無言のまま何かを考えてるようだった。

 あたしの稚拙な言葉じゃ、何も届かないかな~…って、ちょっと萎んじゃいそうになってると…


「…そうですね。明日は分からない…ほんと、分からないから…」


 紅ちゃんが、小声で言った。


「普通に生きてたのに、突然声を上げる間もなく私に殺された人もいる…」


「……」


「そんな人達の…人生を思うと…ここが苦しい…」


 そう言って、胸をギュッと掴んだ。


 …やっぱり…思い出したんだ…


 あたしも思い出した時は辛かった。

 いくら相手がテロリストでも。


 だけど…紅ちゃんが殺した相手は…中には、一般人もいる。

 お金のための殺人が普通に繰り返されていたと聞いた。

 それを思い出した今…

 紅ちゃんは、どんなに辛いだろう。



「紅ちゃん…」


 あたしは紅ちゃんをギュッと抱きしめる。

 何を言ったって、きっと届かない。

 紅ちゃんの闇は、想像以上に深いはず。


 …それでも。


「紅ちゃん!!」


 紅ちゃんから離れて、両腕をバン!!と叩くと。


「は…はい…」


 涙目の紅ちゃんは、驚いた顔であたしを見た。


「分かる。分かるけど、たぶんそれ以上の辛さだろうから、いい言葉が出て来ない。だけど…だけど、今はその事忘れて?」


「……」


「今は、今の事。この戦いに全力を注いで、終わったら…その胸の内、また聞かせてくれる?」


「…さくらさん…」


「頑張ろう?チーム二階堂のためにさ。紅ちゃん、もう、一条 紅じゃないんだから。」


 ああ~…ほんと、全然いい言葉が出て来ない!!


 あたしのモヤモヤするような言葉に、紅ちゃんは一度目を閉じて。


「…はい。あたしは…高津 紅です。」


 少しスッキリしたような顔で言ってくれた。


「…うん。万里君の最愛の人で、瞬平君と薫平君の自慢のお母さんだよ。」


「恥じないように…頑張ります。」


 ハグをして、お互い背中をポンポンと叩いた。


「じゃ、後で合流ね。」


「ラジャ。」



 お互い頭巾を被り直して、別方向に走り始める。


 リストバンドからワイヤーを出して屋上に跳び上がると、ちょうど隣のアパートの壁に、泉ちゃんがいるのが見えた。


 だけど、その屋上に…



「危ないっ!!」


 あたしは泉ちゃんに声を掛けながら、そのまま身体ごとさらって、その隣のビルの屋上に着地した。


 振り返ると、屋上から降りて来た男がナイフ片手にこっちを見てる。


 な…なな…


「何すんのよー!!」


 頭に来たあたしは、小型のバズーカを構えて発射。

 男はスライムで外壁に身体を固定された。


「うがっ!!」


 その声に反応したのか、多方向から敵がやって来た…!!


「泉ちゃん、伏せて!!」


 あたしの声に反応して、すぐに伏せてくれた泉ちゃんを飛び越えて。

 抜いた刀で放たれた弾丸を叩き落とす。


 古い銃だなあ…

 さっきから、一条の人間が扱うのは旧式の武器ばかり。

 それってもしかして、大きな武器に力を注いでるからなんじゃ…?


 志麻さんと薫平君に、洗脳装置を埋め込んでたって聞いた。

 カトマンズ事件の事、SAIZO君から聞いた話だと…地下牢を爆破した後、地上で気を失ってた二人を地底湖の船に運んだって言ってた。

 その間、わずか数分。


 一条は、そこで洗脳装置を埋め込めるほどの能力がある、と。



「えいっ!!」


 弾丸を叩き落とした事で呆気に取られてる輩を、改造したレーザー銃で仕留めていく。


 どう?

 ビリビリ痺れちゃうでしょ…!!



「避けて!!」


 背後から聞こえた声に、壁を蹴ってその場を離れる。

 すると、マシンガンが的確に敵を捉えて、あたしの視界にいた輩だけじゃなく…アパートの窓からあたしを狙っていたらしい敵までもが、次々と下に落ちて行った。


 さすがー!!



「助かった。ありがとう。」


 少し離れた煙突から、泉ちゃんのそばに飛び降りると。


「…あなたは…」


 泉ちゃんは、あたしを見て目を見開いた。


「あれっ。分かっちゃう?バレないための頭巾だったのになあ~。」


 あたし、泉ちゃんと面と向かって会った事は…ないよね?

 聖の彼女として、ずっと気になる存在だったけど…


 残念ながら、二人は破局。

 そして、あたしもこんな形で対面する事になっちゃうと言う…ね…



「泉ちゃん、手際いい。」


 レーザー銃をおさめながら言うと。


「…いえ…」


 泉ちゃんは複雑そうな顔でうつむいた。


 …だよね…そうだよね…分かるよ…


 でも。


「たぶん港が大変な事になってるはずだから、ここを片付けて応援に行こう。」


 港の方角を見て言った。



「あの…」


「ん?」


「この事…聖…君は…?」


「……」


 聖は…

 って言うか…

 あたしの家族は…


 あたしが二階堂にいた事を、たぶんみんな…知ってる…はず。


 あたしの中にずっと潜んでる、ソルジャーとしての血を…

 この戦いで終わらせるために、あたしは来た。


 だけど、今こうしてここにいる事は…

 誰も知らない。

 知られたくない。


 だから。

 だからあたしは、ケガ一つ負うことなく、生きて帰る。

 帰らなきゃいけない。



「…これが、あたしの二階堂への恩返しなの。」


「恩返し…?」


「うん。だから、これが終わったら、普通のお母さんになるつもり。」


「……」


「あっ、お母さんであり、おばあちゃんね!!」


「……あ。そ…そっか…華月の…おばあさん…」


「へへっ。紛らわしいよね。」


「…その恩返し、ありがたくいただきます。」


 たぶん、聞きたい事はたくさんあるだろう泉ちゃんは、深々と頭を下げてくれて。

 それが…あたしにパワーを分けてくれた気がした。


 …うん。

 何だか、嬉しい。



「泉ちゃん、身体は大丈夫?」


 二階堂のホテルの最上階。

 志麻さんの作戦で、泉ちゃんはケガを負った。

 …負った事に、させられた。


 頭巾を被りながら、泉ちゃんの身体をチェック。

 …うん。

 特に異常はないかな。


「え?はい…どうして?」


 首を傾げる泉ちゃん。


 …あれ?

 もしかして…


 もしかして。

 志麻さん…

 泉ちゃんの記憶、消したの…?


 志麻さん…泉ちゃんに嫌われる役どころだって言ってたのに。

 嫌われるどころか、忘れられるなんて…辛い選択をするなんて…


 それに、SAIZO君。

 たぶん泉ちゃんを守るために、志麻さんと二人で身体を張ったんだ。

 だから…思ったよりダメージがあったんだね…



「…頑張ったんだなぁ…」


「え?」


「ううん。何でもないっ。さ、片付けるよ。」


「…はい。」



 そこで泉ちゃんとは別れた。



 みんな、色んな想いを抱えて…この戦いに向き合ってる。


 どうか…




 どうか、みんな。


 みんな、無事で。




 大事な人の元に…帰れますように…。

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