第57話 「…何…これ…」

 〇二階堂 泉


「…何…これ…」


 あたしは目の前の惨状に息を飲んだ。


 いつも賑やかな交差点は静まり返ってて。

 ホテルの前は、救急車両…


「誰かケガ人が!?」


 慌てて兄貴を振り返る。


「…いや、誰も。」


 兄貴はー…少し意味深な間を開けて、そう言った。


「そっか…なら良かったよ。」



 …そう言えば、あたし…何でケガしたんだっけ。


 自分を見下ろして考える。


 血の付いたシャツ。

 黒いパンツの膝は破れて…はっ…お尻…!!


 慌てて自分のお尻を振り返って見ると、兄貴が小さく笑った。


「大丈夫。後ろは異常なし。」


「あ…ソウデスカー…」


 目を細めて棒読みで答えると、あたし達と行動を共にしてるが。


「ここを攻撃するなんて、えげつない奴らだな。」


 外壁の崩れたホテルの上層階を見上げて言った。

 その唇は少し尖ってて。

 それだけの事なんだけど…あ、この人、ちゃんと正義感あるんだ。って思えた。



「とりあえず、この辺に残ってる残党を捕獲したい。」


「ラジャ。」


 兄貴の指示に、あたしとアオイは別方向に走り出す。

 少し脇腹が痛む気がしたけど、それも走ってる内になくなった。



「っ…」


 殺気を感じて進路を変える。


 キンッ…


 建物の壁、斜めに小さな傷が入って。

 その痕跡から敵は上にいる事が分かった。


「…許さないんだから…」


 小さくつぶやいて、リュックからグローブを取り出す。


 さっき移動しながら確認したけど…

 この中身、めちゃくちゃ優秀。


 すでに装着してたリストバンドを上に向けると、スパイダーマンの糸のようなチューブが出て来た。

 たぶん、敵がいるのは…五階のあの部屋だ。


 アオイと同じサングラスを掛けて、部屋の窓際にある武器のレベルを確認する。


「へー…あたし、そんな物で狙われたなんて、恥ずかしくて言えない……よっ!!」


 勢いよく地面を蹴り上げた。

 チューブに身体を預けて五階に到達すると。


「うおっ!!なっなんだお前っ!!」


 慌てた二人が、あたし目掛けて何かを発射した。

 けど。


「ざんねーん。」


 あたしは至近距離でそれをキャッチする。

 優秀なグローブは、何でも平気で掴めてしまうらしい。

 さらには、この手の中で…化学反応を起こして…


「お返し。」


 そのままグローブの中身を足元に投げつけると。


「わあっ!!」


「ひゃーっ!!」


 二人の足元では、ちょっとした花火大会が。


「あつっ!!熱いっ!!」


「ななななんだっ!!これはーっ!!」


 逃げようにも逃げられない状態の二人に、またもやリュックから取り出した『しばるくん』と書いてある棒状の物を投げつける。


「むうっ…」


「うぐっ…」


 一人に当たった『しばるくん』は、棒状から形を変え、その遠心力で二人にグルグルと巻き付いた。


「……よく分かんないけど、すごいよね……」


 その様子を窓の外で眺めてると…


「危ないっ!!」


 突然の声と共に、身体ごと壁から剥がされた。


 え…ええっ!?


 完全に宙に浮いてる自分に少し慌てたけど。

 あたしを捕まえてる腕には、なぜか安心感があった。


 隣のビルの屋上に着地して、さっきまであたしがいた部屋の窓を振り返ると。


「…ちっ…」


 屋上から降りて来たらしい男が、ナイフ片手にこっちを見てる。


「何すんのよー!!」


 あたしの後ろから、そんな声と共に何かが発射されて。


「うがっ!!」


 男はスライムのような液体で身体を外壁に固定された。


「ふむっ…ほむむむっ…」


「泉ちゃん、伏せて!!」


「えっ…」


 言われた通り伏せると、あたしの後ろから飛び出て来たのは…

 黒装束に身をまとった…


 …誰…?



 それは、目を見張る動きだった。


 どこから出て来たのか、一斉に放たれた弾丸を。

 黒装束は刀のような物で叩き落としては…相手をレーザー銃で的確に仕留めてる。


 …無駄がない。

 何これ。



「はっ…」


 何やってんの!!あたし!!


 急いでリュックからマシンガンを取り出す。

 組み立てながらも、黒装束が誰なのか気になって仕方ない。


 だって…あの人。

 あたしの名前、呼んだ。



「避けて!!」


 大声で叫ぶと。

 黒装束は、見事な身のこなしでその場を離れた。


 マシンガンから出て来るのも、もちろん銃弾じゃない。

 あたし達は、誰一人殺さない、死なせない…


「……」



 一旦その場が鎮まって。

 あたしはマシンガンを置いて、黒装束が待機しているあろう場所に目を向ける。

 すると、少しの静寂の後…


「助かった。ありがとう。」


 スタッ


 思わぬ方向から、黒装束が飛んで来た。


「…あなたは…」


 振り返ってその人を見たあたしは…目を見開いた。

 頭巾を被ってて、見えるのは目だけ。

 それでも…あたしには誰か分かった。


 こんなに出来る人間…どこの組織?って思ったけど…


「…きよしの…」


 お母さん。


 ちゃんと会った事はない。

 だけど、聖から写真を見せられた事が何度かある。


「うちの母さん、めちゃくちゃ危なっかしいんだよ。」


 そんな風に言いながら。



「あれっ。分かっちゃう?バレないための頭巾だったのになあ~。」


 アオイが言ってた『さくらさん』は…聖のお母さんだったって事…?


 元二階堂で。

 出来過ぎて、不適格とされた…管理番号10558XXMM…


 伝説の人。



「泉ちゃん、手際いい。」


「…いえ…」


 今しがた目の前で見た事と。

 聖のお母さんが…何となく繋がらなくて。

 少しボンヤリしてしまってると。


「たぶん港が大変な事になってるはずだから、ここを片付けて応援に行こう。」


 さくらさんが港の方角に目をやりながら言う。

 あたしは武器を手にして、それからもう一度さくらさんを見て。


「あの…」


 ためらいがちに、声を掛けた。


「ん?」


「この事…聖…君は…?」


「……」


 さくらさんは頭巾を取って、髪の毛をかきあげると。


「…これが、あたしの二階堂への恩返しなの。」


 伏し目がちに言った。


「恩返し…?」


「うん。だから、これが終わったら、普通のお母さんになるつもり。」


「……」


「あっ、お母さんであり、おばあちゃんね!!」


「……あ。そ…そっか…華月の…おばあさん…」


 そうだった。

 つい…聖の名前を出してしまったけど…

 さくらさんは、聖のお母さんで、華月のおばあちゃんだ。


 …兄貴が咲華さくかさんをクリーンに連れて来た時。

 咲華さんを見たじーちゃんが言った。


『さくらの孫か』


 あの時は兄貴の結婚でパニックになってたけど…

 この人が…そうか。



「へへっ。紛らわしいよね。」


 その笑顔は何だか寂しそうで。

 だけど、あたしなんかに意見出来るはずもなく。


「…その恩返し、ありがたくいただきます。」


 そう言って、深々と頭を下げた。



 …二階堂を…ずっと想ってくれてたんだ。

 一般人として、生きている間も。


 命を落としてしまうかもしれないのに。

 来てくれた。


 誰一人、殺さない、死なせない。


 その信念だけを持って。



「泉ちゃん、身体は大丈夫?」


 頭巾を被りながら、さくらさんがあたしの身体を上から下まで…視線を二往復。


「え?はい…どうして?」


 リュックを担いで首を傾げる。


「…頑張ったんだなぁ…」


「え?」


「ううん。何でもないっ。さ、片付けるよ。」


「…はい。」


 本当は聞こえてたけど…聞こえないフリをした。


『頑張ったんだなぁ』


 …誰が?

 誰が頑張って…


『泉!!』


「……」


 あたし…誰かに…


「泉ちゃん、あたし上の回収に行くね。下の回収はアオイ君がしてくれてるから、泉ちゃんは港に行ける?」


 頭の片隅にボンヤリと浮かびかけた残像は、さくらさんの声でフッと消えた。


 …今は、こっちに集中しなきゃ。


「ラジャ。」



 色々気になる事はあるけど…あり過ぎるけど…

 あたしはリストバンドから出たチューブを柵に巻き付けて、屋上から飛び降りた。



「お嬢、遅い。」


「ごめん。」


 下に降りると、アオイが気絶してる敵を『しばるくん』でまとめてて。

 あたしが周りに落ちてる武器を回収してると。


『Aライン、お疲れ。出来れば急いで港に向かって』


 瞬平の声が聞こえた。


『NYBS29上空で戦闘機確認。UYAB58Lで盗まれた物と一致』


「戦闘機来るか~…」


 アオイは手をパンパンと叩いて立ち上がると。


「お嬢、こっち。」


 あたしを振り返りながら走り始めた。


 アオイについて行くと、そこにはバイクが七台。


『NYAV6の花屋のそばに、バイクあるよ。Aライン、手が空いた者から乗ってって』


「こちら23556、一台持ってくよ。」


 瞬平の指示にあたしが応えると、隣でバイクにまたがってたアオイが眉間にしわを寄せてあたしを見た。


「後ろに乗って。」


「お嬢がこっち乗れよ。」


「いいから早くっ。」


「おわっ!!」


 アオイのまたがったバイクを蹴って、腕を引く。


「ったく…どこのお嬢だよ!!」


 文句を言いながらもあたしの後ろに乗ったアオイに。


「アオイ、RL組み立てて。」


 少しだけ振り返って言うと。


「…人使いあれーなぁ、ほんと。」


 小さく『よいしょ』なんて言いながら、アオイはリュックの中から武器を取り出した。


 よいしょって(笑)

 あんた、いくつよ。



 ビルの谷間に陽が落ちて行く。

 ほんのりオレンジがかった空と、その光が作る影。

 その景色を、ポストカードみたいだ。と思った。


 いつもなら気にもならない小さな事が。

 今は、すごく大事に思えた。


 あの鳥はどこに帰るのかな。

 一人ぼっちじゃないといいな。


 小さな庭に咲いてる赤い花が。

 来年も再来年も、ずっと咲き続けるといいな。



『泉!!』


 …あの声は…あの背中は…

 誰だったんだろう。


 どうして…思い出せないの…?



「おっ、ドローン発見~!!」


 住宅街を抜けて、港に近付いた所で。

 アオイが後ろで声を上げた。


「あのドローン、羽が大きいな。」


「大きいとどうなの。」


「速いんだよ。それと、たぶんミサイル搭載。」


「厄介ね。」


「ああ。ドローンの中にはレーダーにも引っ掛からないやつもいる。無線操縦だし、飛んでしまえば厄介でしかねーよ。」


「て事は、飛ばしてる奴を探すか…」


「飛ばす前に捕獲。でもまずは、アレだな。」


 アオイはそう言うと、飛んでるドローンを見上げて。


「お嬢!!真っ直ぐ頼むぜ!!」


「任せて。」


 組み立てたロケットランチャーを構えた。


 バズッ!!


 アオイの放った弾丸は、ドローンに命中。

 それは爆発する事なく、一瞬にしてマシュマロのような柔らかい球体になって地面に転がった。


「すげーな。これ(笑)」


 笑いながらも、アオイは続けて三基のドローンを、一発も外す事なくマシュマロ化させた。


 …こいつ、いい腕してる。

 二階堂に来ればいいのに。



「本当に俳優?(笑)」


「暇つぶしにはもってこいだぜ?」


 港が見えて来た。


 近隣住人はすでに避難済み。

 でも、出来れば何も破壊したくない。



「…先に丘に行くわ。」


「あ?何で。」


「操縦者が居るとしたら、直接港には居ない気がする。」


「…確かに。」



 道を外れて、丘に向かう。

 すでに港が騒がしくなってる分、静かな住宅街を走るバイクの音は、さほど目立たなかった。


 それでも少し離れた場所にバイクを乗り捨てて、アオイと警戒しながら丘に進む。

 その丘に一軒だけ、小さな家。


「…ありゃ占領されてるな。」


「だね…住民はどうなってるんだろ…」


 二人で地面に這いつくばって、家の中を見る。

 装着してるサングラスは、望遠機能もあった。


「……ドローンがあるな。」


「うん…あと…」


 あたしはサングラスに合わせるようにアーサーを開いて、体温探知を試みた。


「…地下に三人。これが住民かも。」


「マジか。向こうさん、一階に六人…二階に三人だな。」


 アオイと顔を見合わせて、リュックを漁る。

 優秀な武器だらけではあるけど…

 ここは慎重にいきたい。


 …誰も、殺さない、死なせない。

 誰一人。



「…こちら23556…港近くの丘付近で待機中。Aラインからこっち来てる誰か、応援よろしく。」


 小声で応援を頼むと。


『近くにいる。一分で行く』


 兄貴の声がした。


 兄貴がいるって事は…きっと他にも誰か来てくれるはず。



 あたしとアオイが武器を手にして。

 そのまま地面を這いつくばってると。


「武器を捨てろ。」


 低い声とともに…


「あっ…!!」


「お嬢…うあっ!!」


 あたし達は…スタンガンをくらわされて…





 意識を失った。

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