第56話 「カーット!!」

 〇片桐拓人


「カーット!!」


「拓人君、お疲れさま!!」


「ありがとう。」


 マネージャーからタオルを受け取って、椅子に座る。


 ニューヨークでのロケも三日目。

 今日の撮りを終えたら、明日から俺は二日ほどオフになる。


 久しぶりにジェニファーを食事にでも誘ってみるか。

 それとも、ルーシー…いや、アンジェリカ…


「ふふ…」


 彼女たちの顔を思い浮かべて、自然と口元が緩んだ。

 こっちの有名女優とは、インスタで知り合った。

 俺のドラマを見て、ファンになった。と。


 有名人はやめられないな。

 世界中のいい女が寄って来る。



 今春からは、ビートランドとスプリングの企画である動画の撮影も始まった。

 今は三作撮り終えていて、公開されている二作は大絶賛中だ。


 本音を言うと、モデルの華月と全編共演したかったが…どうにもスケジュールが合わず。

 まあ、いい。

 先延ばしになろうとも、いつか必ず共演できるなら。

 俺はその企画が続くよう、視聴回数を伸ばし続けていけばいいだけだ。


 初回の相手は、平塚亜由美。

 島沢佳苗が電撃結婚して引退した後、彼女なら…と思う役どころを全て演じたのが平塚亜由美。

 まあ…可愛いし、演技も上手いが…


「拓人さん、よろしくお願いしますぅ。」


 初対面で下の名前を呼ぶ女。

 俺、あんま好きじゃねーんだわ…



「ねえ、君ってアオイ君だよね?」


 だから、いきなり下の名前で呼ぶ女は…


「……」


 呼びかけられた名前がの方だと気付いて、心臓が止まるかと思った。


 声を掛けて来たのは…いくつぐらいだろう?

 きゃしゃで、ボブカットの…


「どうやってここに入って来たのかな?ここは……」


 見渡してゾッとした。

 いつの間にか周りに居たスタッフがいない。

 それに…

 この女、いつこんな至近距離に?


「…何者だ。」


「あれっ、急に怖い顔っ。」


「当然だ。おまえ、どこの回し者だ。」


「回し者なんかじゃないよぅ…」


 唇を尖らせてもダメだ!!

 女だろうが子供だろうが、俺の本名を知ってるっつー事は、組織の奴しかいない!!



 ザッ。と距離を取ると、女は拗ねた顔のまま。


「ねえ、助けて欲しいの。」


 わけの分からない事を言った。


「あ?」


「あなたのお父さんと、おじさんとは話をつけてるから。」


「…………は?…今、なんつった…?」


「あなたのお父さんと、おじさんとは、話しを、つけてるから。」


「………」


 アニメで言うと、アゴがドーンと下まで落ちる…そんな感覚だった。


 あなたのお父さん。

 あなたのお父さんって…


「お…おおお俺の父親は、死んだ!!」


「え?生きてるよ…だって会ったもん。」


「てか、なんでおまえが俺の父親知ってんだよ!!」


「知ってるよ。三枝薫平君でしょ?」


「く…薫平!? きっしょっ!! きしょい!! なんてつけんなよ!!」


「えー…だって…」


「生きてたとしても、ジジイじゃねーか!!そんな奴にって!!」


 動揺からか、しょーもねー事にツッコミ続けてると。


「だって…あたしより年下だから…でもいいかなって…」


 聞き捨てならない言葉が聞こえて来た。


「…あ? 年下…?」


「…あたし、童顔でこんな見た目だけど、孫どころか曾孫もいるから。」


「……」


 また、顎が落ちた。

 いや、もしかしたら、頭がイカれてるのかもしれない。

 歳の事はさておき…


 俺の父親…生きてたら何歳だ…?

 てか、生きてねーし…


「…父親は、俺が殺した。生きてるわけがない。」


 そうだ。

 あの日、俺と…腹違いの姉、優里ゆうりは。

 足を引きずる父親を…


「えー…でも本当に生きてたよ。」


「……」


「クリスマスイヴに、部屋に閉じ込められたって話しは聞いたけど。」


「!!!!」


「それで、家の周りに火を着けられたって。」


「なっ…なななな…」


「でも、あっさり抜け出て、二人が列車に乗る所を見届けたって言ってた。」


「……」


 ふにゃっと、力が抜けた。


 あの日、俺と優里が味わった恐怖…

 あの日からの懺悔の気持ち…

 実の父親を殺した。って、毎晩の悪夢。


 あ…あれは全部…

 無駄な罪悪感だったっつー事か―――!?



「…優里ちゃん…」


 はっ…!!


「なっ…ななっなんであんたっ…!!」


 優里を知ってる――!?


 腰を抜かして地べたに座ったまま、女を見上げて口をパクパクさせると。

 女は首を傾げて。


「優里ちゃんって、可愛いよね♡」


 意味深な笑顔を見せた。


 それはまるで…


『優里がどうなってもいいのか』


 そう言ってるようにも思えて…


「…何をすればいいんだ…」


 俺はうなだれながら、女に問いかけた。


「えっ、いいの!?」


 女は、はしゃいだ声で俺の顔を覗き込んだかと思うと。


「君のオフ、世界を救うために使ってくれる?」


 そう言って、スッと真顔になった。


「…………あ?」


 あまりにも真実味の無い言葉に、とぼけた声を返す。


「あっ、信じてない。」


「信じられるかよ。」


「えいっ。」


「!!!!」


 な……

 なっななっなんだ!?


 今、俺は…なぜか仰向けになって、女に組み敷かれている。


「いっ…今何を…」


「一人でも多く、デキる人に集まって欲しいの。」


「……」


「…優里ちゃん…」


「ゆ…優里は無理だ。」


「だよね…」


 …だよね…って事は…

 優里が訓練したにも関わらず、身体能力が全くない事も知ってる…?


「…けど、俺なんか信用していいのか?あんたに簡単に引っ繰り返される奴なんだぜ?」


 俺の上から降りた女に、そう言いながら起き上がる。

 …正直、いくら油断してたからと言って…


 屈辱だ。

 すげー屈辱だ。


「信じるよ。」


「何を根拠に。」


「君、優里ちゃんにすごく優しいじゃない。」


「……」


 ど…どうしてこう…優里の名前を出して来る!!

 それに、俺が優里に優しいって…どうして!!


「君はずっと、優里ちゃんを守って来たんだよね。」


「…あんた、誰からそんな…」


「守る人がいる。そういう人は強いよ。だから、あたしは君を信じる。」


「……」


 頭をポリポリと掻きながら、少し冷静になろうとした。

 だが…

 この女がどこで優里と繋がってるのか、全く見当がつかない。


 一応シンガーではあっても、顔出しNGで。

 優里の世界は驚くほど狭い。


 …あの丘の上の家を出てからと言うもの…

 もっと狭くなった。



「…デキる奴を集めてる…と。」


「うん。」


「助けて欲しいって事は、戦いが始まる…と。」


「そう。」


「三枝の名前が出て来たって事は、相手は一条…と。」


「正解!!」


「…で、あんたは?三枝の何。」


 腕組みをして見下ろす。

 年齢不詳。

 ただ…手練れなのは分かる。


「二階堂って組織知ってる?」


「あ?知らねーな。」


「そっか。そうだよね。秘密組織だ。」


 てへっ。なんて言いながら、首をすくめる女。


「…で、あんたは、その二階堂なのか?」


「ううん。あたしはどこにも属してないの。」


「…どこにも属してないあんたが、世界を救いたい…と。」


「うん。」


「……」


 …ぶっちゃけ…胡散臭過ぎて関わりたくないのが本音。

 だが、優里の事を持ち出されると…俺は弱い。

 あの辛い日々を乗り越えられたのは、優里という存在があったからだ。


 腹違いの姉。

 可愛い優里。

 俺のものにはできねーけど…いつだって優里の幸せを願ってる俺がいる。



「…で。俺は何を?」


「えーとね…」


 女は少し考える素振りをした後。


「地標コードは分かる?」


「…一応。」


「じゃ、明日NYAV4辺りで待機しててくれない?」


「は?待機?」


「うん。かなり流動的になっちゃうけど…うーん…えーと…」


「……」


 俺が途方に暮れてるのもお構いなし。

 女はポケットから何かを取り出すと。


「これで、二階堂からの通信を傍受出来るから。」


 『えいっ』と小さく言いながら、俺の耳の後ろに何かを貼り付けた。




 そして、翌日…

 NYAV4で待機してた俺の元に。


『アオイ君。もうすぐこの人がそこに行くから、病院に連れて行ってあげて』


 昨日の女の声が聞こえたかと思うと。


「うおっ…なんだ、コレ…」


 突然、何もないはずの目の前に、男の顔が出て来た。


『その人、二階堂のトップ。あ、バイクで来てるんだね。ナイス』


「……」


 キョロキョロと辺りを見回すも、女の姿はない。

 …どこから俺を見てる…?


『めちゃくちゃ優れた装置を手に入れちゃったの。君にも使って欲しいから、病院の換気ダクトにリュックに詰めて入れておいた。三人分あるから、みんなで使って』


「三人分?」


『うん。あ、それと…』


「あ?」


『誰一人、殺さない、死なせない』


「……は?何言って…」


『それがあたし達のモットー。誰一人、殺さない、死なせない』


 何…何生温い事…

 世界を守るって、命懸けなんだぜ!?

 向こうもこっちを殺しにかかってるに決まってる!!

 そんな…


『じゃ、また後で~』


 女の能天気な声と共に、目の前にあった男の顔もフッと消えた。

 そして…


「っ。」


 突然の背後からの殺気に、建物の陰に隠れる。


 …誰だ?

 どこから…


 俺は早くも後悔し始めていた。

 優里をダシに駆り出されたとは言え…

 これ、マジでヤバイやつじゃんよ!!



『隠れても見えてるけどねー』


「…誰だ。」


『俺、薫平』


「…は…?」


『あんたの父親と同じ名前、あー、なんかヤダヤダ』


「…どういう事だ。おまえ、誰だ。」


『だから、薫平。あんた、さくらさんに指示された通りに動きなよ』


「さくらさん?」


『さっき指示出してた人。あの人、ほんっと頭キレッキレだから』


「……」


『もし、指示に背いたら…あんたの大事なこうちゃん…』


 父親と同じ名前の男から、優里の本名が飛び出して…俺は目を見開いた。


「…何でその名前を…」


 いったい…

 あの女といい、この薫平といい…

 二階堂とか何にも属してないとか一条とか戦いとか…

 何なんだよ…!!



『あの子が住んでた丘の上の家、元々俺んちなの』


「……えっ?」


『だから、色々知ってるわけさ…』


 薫平は、そこから少しトーンを下げて。


『だから、ちゃんと言う事聞きなよ。俺はさくらさんみたく優しくないからね。何なら…彼女の事を人質にと』


「やる。ちゃんとやる。」


『…そ。ならいいよ。しっかり見せてもらおうじゃん。片桐拓人…いや、三枝 碧さん』


「……」


『俺、今一条に潜伏してるから、どこかで会ったら足元に乱射する。当たらないように撃つけど、前には出ないようにね』


「はあ!?何言っ」


 プツッ


「……」


 な…何なんだ…いったい…

 一条に潜伏とか…平気なのかよ…



 …父親が生きていた。

 そして、父親と同じ名前の男がいる。

 得体の知れない『さくらさん』は、キレッキレの人で…


「あ~…俺の楽しいオフが…」


 頭をグシャグシャにしてると、ピリッとした気配が飛び込んで来た。


 …あいつか。

 二階堂のトップ。






 お手伝い、してあげよーじゃん。

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