第55話 『こちらNTS5390。ボスからの命令で指揮をとる』
〇二階堂 海
『こちらNTS5390。ボスからの命令で指揮をとる』
瞬平の声が飛び込んで来た。
その堂々とした口調に、少しだけ口元が緩む。
…大丈夫だ。
思うままにやれ、瞬平。
『DラインからTラインに居る者は、一条のヘリ追跡して。港付近でドローンの目撃情報あるから、Sラインは武器庫からバズーカ持って向かって』
瞬平の指示が始まって、一気に二階堂が動き始めた。
そんな中、俺はキャサリンでホテルの防犯カメラを見て。
「…富樫、泉の様子はどうだ。」
富樫に連絡を入れた。
『いえ、それが…』
「どうした。」
『いえ…なんて言うか…』
「ハッキリ言え。」
俺が少し苛立った口調で言うと。
『あの…血だらけだったものの、お嬢さんにはほとんど外傷はなく…』
富樫は、戸惑った様子で答えた。
「……」
『あの痛がり方は演技とは思えません。お嬢さんは、催眠術でもかけられていたのではないでしょうか』
「…分かった。今すぐ現場に戻れ。」
『ラジャ』
…現場を後にして、冷静に状況を思い返していて…ある事に気付いた。
俺が部屋に駆け付けた時、泉は負傷していて、間違いなく出血していた。
それを見た俺は、その場にあったシーツを裂いて止血した。
襲撃が始まり、志麻と泉と共にバスルーム、そしてその奥に続くゲストルームへと移動した。
泉は気を失っていた。
その後、志麻はヘリコプターに飛び移り…俺はそれを見送った。
問題は…そこからだ。
俺は、泉をゲストルームから部屋に連れ戻した。
自分でもおかしなことだと思う。
なぜ、わざわざ外壁の崩れた部屋に泉を連れ戻したのか。
そのまま、ゲストルームで動かさない方が安全に決まってる。
なのに俺は、泉を移動させた。
本能的に…何かを感じ取った気がする。
それに、あの瞬間は気付かなかったが。
記憶をたどると…
泉を富樫に任せて、最後に頭に触れた時。
視界に入った腕に、俺が巻き付けたシーツはなかった。
もし、俺の本能がゲストルームを嫌がったとしたら…
…ゲストルームには誰かがいた…?
部屋の中までは防犯カメラはないが、ここ数時間のホテルの入り口と屋上、非常階段の映像をチェックする。
泉と志麻が映った後、SAIZOと思われる人物の影が非常階段に移り込んだ。
その他は…
「!!!!」
突然、強い気配に飛び退くと。
「へー…思ったよりデキる人だ。」
少し能天気に聞こえる声が降って来た。
見上げると、逆光で見えにくいが…黒い服の男。
「…何者だ。」
集中して声を拾う。
聞いた事のある声だ。
最近…じゃ、ない。
いつだ…
二階堂じゃない。
一般人…
「何者かって聞かれると、今はちょっと言いたくない。」
男は、ひらりと着地すると、敵意はないと言わんばかりに両手をヒラヒラとさせて近付いて来た。
顔は…大きめの黒いマスクとサングラスで隠れている。
「色々大変なんだろ。不本意だけど、手伝いに来た。」
「…どういう事だ。」
「今は説明してる時間が惜しいね。どこに向かうつもり?」
「……」
「…病院? 」
「なぜ。」
「きっと気付いてるはずだから、って、さくらさんが言ってた。」
「 !! さくらさんの知り合いか。」
「まあね。」
「……」
「さ、行くよ。」
何者か分からない。
だが、さくらさんの名前が出て来た。
だとすると…今は信じるしかない。
男はそばにあったバイクにまたがると。
「飛ばすよ。」
そう言いながら、俺に後ろに乗るように促した。
「俺、あんたを病院に連れてけって指示しかもらってないんだけど、その後どーしたらいいわけ?」
「知るか。」
「うえっ、つめてーな。手伝いに来たのに。」
どこの誰かも分からない男に、手伝いに来たと言われても…
そう思う反面。
さくらさんが連れて来た男。
どれだけの能力があるのだろう。
「さ、つーいた。」
「…感謝する。」
「いいよ。」
「…なぜついて来る。」
「暇だから。」
「……」
マスク男と裏口から院内に入る。
泉はまだ治療室にいるはず。
「……」
ふと、俺が足を止めると。
「何。」
マスク男も同じように立ち止まって…とある治療室の中を覗き込んだ。
「知り合い?」
マスク男が診察台の上に居る男を指差す。
「…いや…」
直接は知らない。
だが、両親が関わっていた男の名前が、無造作にテープに書いて貼ってあった。
MORIO SAKAMOTO
…なぜ彼がここに?
気にはなったものの、今は泉が先だ。
「泉。」
泉は、坂本森魚の隣の治療室にいた。
「泉、大丈夫か?」
額に手を当てると、泉はかすかに目を開けて。
「…ん……あたし…どうしたんだっけ…」
眩しそうに、顔をしかめた。
「…少しケガをした。任務に戻れるか?」
俺の言葉に、窓際で腕を組んでいたマスク男が。
「えっ、ケガ人に任務させんのかよ。」
驚いたように声を上げた。
「軽傷だ。」
「いや、軽傷っつっても、女の子だぜ?」
「男も女も関係ない。俺達は二階堂だ。」
「……」
マスクで顔は見えないものの。
何となく、マスク男が拗ねたような顔をした気がした。
「は…っ、うん…戻れる……って、任務?何があったの?」
「……ホテルが襲撃された。」
「えっ!?」
…何も覚えてないのか…?
「って、ちょっと待って…あたし…何でケガ?」
泉はゆっくり起き上がると、自分の身体を見下ろして。
「…ケガ…?」
首を傾げた。
「…痛まないのか?」
「う…うーん…何だろ…すごく痛い夢を見てたような気はするけど…」
…夢。
もしかして、まやかしの一種か。
だとすれば…
SAIZOが…?
しかし、何のために…。
「で、どーすんの。」
ふいに聞こえて来た能天気な声に、泉は怪訝な顔をすると。
「さっきから、あんた誰。」
いつもの調子で言った。
こんな時なのに。と言われそうだが。
あまりにも泉がいつもの調子で、酷くホッとした。
「…はー、仕方ないな。顔を見せてやるか。」
別に顔を見せろと言ったわけでもないのに、マスク男は斜に構えて俺達にそう言うと。
もったいぶるように、ゆっくりとマスクを外した。
続いて、サングラスも。
「…誰。」
「って、そりゃねーだろ。」
泉の冷たい言葉に反論しながらも、男は前髪をかきあげて。
「俺、すげー戦力になると思うぜ。」
俺達に、ニッと笑った。
その顔は、随分と整っていて…どこかで…
「だから、あんた誰よ。」
「…見た事あるな。」
「えっ、兄ちゃんの知り合い?」
「……」
記憶の中で、目の前の男と一致する場面を探す。
この顔…どこかで…
「だーっ!!二階堂って遅れてんなあ!!」
男がしびれを切らしそうになった時。
「あ。」
俺の中で、一致するものが見つかった。
「GGビルの屋上にある看板の顔だ。」
「え…あれって芸能人限定の看板でしょ?」
泉が納得いかないと言った顔で、男を見る。
いや…十分だろ…
「そ。俺、芸能人。」
「はあ?」
「片桐拓人か。」
「おー、やっと当ててくれた。」
男は両手で銃のようなポーズを作って俺に向ける。
片桐拓人。
ドラマに映画にと売れっ子俳優だ。
「情報を仕入れるためには、ちゃんとテレビも見ろよ。」
偉そうにそう言った片桐拓人に、泉はうんざりしたような顔をしたが。
「そうだな。そうする。」
俺はあっさりとそれを認めた。
今は誰が何をしていてもおかしくない時代。
敵も味方も、一般人や芸能人として生活していても不思議じゃない。
実際、俺だって…教師として潜入捜査をした。
そもそも…
何者にでもなれる。
それが、人間だ。
「兄貴は随分と物分かりがいいな。」
俺の肩に寄り掛かって、片桐拓人が言う。
「馴れ馴れしくしないでよっ。」
泉がベッドから起き上がって、俺の腕を引いた。
「兄ちゃん、早く現場行こ…って、あんた何で着いてくんのよ。」
歩き始めた俺達のあとを着いて来る片桐拓人。
彼は廊下で少しキョロキョロした後…
「あったあった。コレだ。」
傍にあったモップの柄を換気ダクトに突っ込んだ。
「うわっ、何やってんのよ!!」
「いや、コレ。さくらさんからの指示。」
片桐拓人はダクトからリュックを取り出して。
「はい、支給品。」
それぞれ、俺達に渡した。
中身は…
「…武器だ。」
泉が目を丸くする。
「さくらさんって…」
何か言いたそうにつぶやいた泉は、今はそれどころじゃない。と言わんばかりに頭を一振りして。
「行こう。」
顔を上げた。
「ああ。」
同じようにリュックを手にした片桐拓人は。
「とりあえず、二階堂の指示の通信は俺も傍受出来るようになってるから。あんた達と行動共にするわ。」
そう言って、俺達と一緒に駆けだした。
「…どうしてそこまで?」
さくらさんの知り合いとは言え、今は俳優。
命に関わる事に参戦するなんて、何かがなければ…
「俺、さくらさんと薫平に弱み握られてるんだよね~。」
「…薫平とも知り合いなのか。」
「知り合いって言うか、弱み握られてるんだってば。」
「弱みって何よ。」
「誰にでもある、大事なもんだよ。」
「……」
誰にでもある、大事なもの。
そう言われて、俺の脳裏に浮かんだのは、咲華とリズ…そして、家族や仲間だった。
片桐拓人にも、守りたい誰かがいて。
その存在を守るために、ここに来た…と。
「…でも、あんた二階堂じゃないんでしょ?戦えんの?どこの組織よ。」
リュックを背負い直しながら、泉が問いかける。
すると、片桐拓人はリュックから小さな銃を取り出すと。
「伏せて。」
ギュンッ
低い体勢から、丸い球体の出るレーザー銃を放った。
「ぐはっ!!」
ビルの陰から倒れて来たのは、銃を持った男二人。
「俺の本名は、
「三枝…」
その名前には、覚えがあった。
紅さんと、三つ子として育った三枝瞬平、三枝薫平の、仮の名前。
「父親は、三枝薫平…一条
そう言って、銃を肩に担いだ片桐拓人は…すっかり、ソルジャーの顔だった。
「…三枝も一条を潰しにかかってると聞いてる。」
「ああ。その通り。俺は関与しないはずだったのによー…ったく…」
片桐拓人はガシガシと頭を掻くと、倒れた男二人を見下ろして。
「誰一人、殺さない、死なせない。」
つぶやいた。
「…それは?」
「さくらさんに言われた。」
「…誰一人、殺さない、死なせない…」
その言葉を泉が繰り返して。
「そうだよ…誰一人、殺さない。そして…死なせない…」
もう一度、口にして駆け出した。
「…お嬢、足はえーな。」
片桐拓人が俺を振り返って笑う。
「ああ…うちで一番の身体能力の持ち主だ。」
「マジか。そんなのと組めるなんて光栄だね。」
「…行くぞ。アオイ。」
あえて本名で呼びかけると。
「…ラジャ。」
片桐拓人は、ポケットにおさめていたサングラスをかけた。
さくらさん。
本当に…あなたには叶わない。
だけど、もう自分にもガッカリしない。
二階堂のトップとしてのプライドは、捨てる。
俺は…いちソルジャーとして。
そして…人間として。
大切な人を、大切な街を、大切な仲間を…
守り抜くために。
今は、走る。
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