第54話 「ちょっと。聞いてんの?」

 〇ひがしまい


「ちょっと。聞いてんの?」


 あたしは、話しの流れでさりげなく森魚もりおの膝を叩いた。

 そして、森魚を見つめながら…ある事を念じた。


「聞いてなかった。」


「ムカつく。」


「おまえがいつも持ってた巾着袋、何が入ってたのかなって、今頃になって気になり始めた。」


「……」


 その言葉を聞いて、つい目を見開いた。


 だって…

 本当!?

 今、あたしが念じた事だよ!?


『あたしが持ってた巾着袋の中身』って!!



「あー……」


 森魚はだんだんうつろな目になって。

 あたしがそれをジッと見てると、ゆっくりとソファーに倒れ込んだ。


「……」


 ツンツン


 頬を突いてみるも、森魚は目を開けない。


 ほ…本当…?

 これ、本当に、夢を見てるの?



 遡る事、数時間前。


 あたしは、二階堂史上最強と噂の『さくらさん』に会った。

 最強人。

 会ってみたい。

 実在するならば。

 そう思ってたけど…まさか本人から来てくれるなんて。


 でも、見た目は…うん?子供?って思ってしまうような…

 だけど、浩也さんと同じ歳って聞いてたから、少し不気味なものを見るような眼差しを向けてしまったかもしれない。


 だって。

 あきらかに、あたしより年下よ…



 そこでさくらさんは。



「実は、坂本家のみんな、身体に良くない装置を埋め込まれてるの。」


 少しだけ険しい顔で言った。


「身体に良くない装置?」


「うん。簡単に言うと、アドレナリンを大量放出させちゃうのね。だからとんでもない身体能力を発揮したりするんだけど、その分寿命がヤバイ。森魚君が生きてるのも奇跡なぐらい。」


「…それは、誰に埋め込まれたんですか…?」


「そこは調査中なんだ。分かったら知らせるね。」


 いや…別にそれはどうでもいい…

 あたしが気になるのは…


「でね? 森魚君は膝に装置が埋め込まれてるの。この辺り。」


 自分の左膝を軽く叩きながら言った。


「それ、本人は知ってるんですか?」


「うん。知ってるみたい。」


「なのに取り除かないんですか?」


「そりゃ、自分の力以上の物が出せるならって、ソルジャーなら思っちゃうよね。」


 …あたしが気になるのは、二階堂でも掴んでない事を、どうしてさくらさんが知ってるかって事。

 すごく謎だけど、今はスルーしよう。



「自分以外の人に膝を叩かれるなんて事、そんなにないじゃない? 舞ちゃんは彼の膝を一度叩いて、ジッと目を見て『森魚君に聞いて欲しい事』を念じればいいの。」


「え? 森魚の膝を叩いて、聞いて欲しい事を念じるだけ?」


「うん。できれば思い出話しの中から、何か…」


「それで何が起きるんですか?」


「彼の夢が始まるの。」


「………夢。」



 ちょっとポカンとしてしまった。


 だって、そんな魔法使いみたいな事。

 しかも、森魚に起きる事が…夢を見る事。


 念じるだけで?

 森魚の夢が始まる…?

 ちょっと信じられない。

 て言うか、意味が分からない。



「森魚の膝を叩いて、聞いて欲しい事を念じるでいいんですね?」


 全然信用出来ないせいか、力の無い声で繰り返してしまった。

 だけどさくらさんは気にする風でもなく。


「うん。楽しい夢を見させてあげて♡」


 ニッコリ。



 …うーん…とは言っても。


 森魚に聞いて欲しい事なんて何もない。

 何ならもう関わりたくないぐらいだ。


「え~、舞ちゃんって、森魚君とは仲良しなのかと思った。」


「えっ?」


 ギョッとした。

 顔になんて出さなかったはずなのに。

 まるで、さくらさんはあたしの言葉を聞いたかのようにそう言った。


 よ…読まれてるの!?


 この人には…嘘は付けないだろうな。

 そう思ったあたしは、正直に言う事にした。


「…正直…あたし…」


「うん?」


「出来る男、苦手なんです。」


 あたしがキッパリ言うと、さくらさんは驚いた顔をして。


「えーっ!!そうなの!?舞ちゃんって面白い!!」


 すごく楽しそうに笑った。


 …面白い?

 いや、どうしてそうよ。



 …あたしは昔から、出来る男が大嫌い。

 だから、環さんと万里君には興味すら湧かなかった。

 ま、環さんの厳しい所は好き。

 万里君は…素性に興味が湧いた。


 で。

 沙耶君は。

 足りない所は多いけど…


『一緒に二階堂に尽力しよう』


 あれはー…最高の殺し文句だった!!


 少し足りなくて、志しは一緒。

 最高にあたしの好みだった。



 それより、聞いて欲しい事は何にしよう。

 それを頭の片隅に置いたまま、さくらさんの作戦を聞いた。


「森魚君が夢の中に入ったら、沙耶君に来てもらう。」


「彼はクリーンにいるはずじゃ?」


「うん。たぶんその頃には解散するよ。」


「…それで?」


「沙耶君は『ホログラム』って罠を仕掛ける秘密兵器を持ってくるから、それをここで開いて、NYREEからBTPDDにある高層ビルの屋上に罠を仕掛けて欲しいの。」


 秘密兵器。

 久しぶりに聞いた。

 そんなの。

 ってバカにしたような心地になる反面…

 あたしは、気付いてた。


 さくらさんと会って話してる内に…

 あたし、すっかり昔の自分みたいになってる。

 これ、何だろう。

 ワクワクしちゃってるのかな。




「…っ…舞…んっ…」


 目の前の森魚は、夢の中であたしと何をしているのか。

 今から沙耶君が来るはずなんだけど、何となくこれは誤解を招きそうでイヤだなあ。



「……」


 ドアの外に気配を感じて、あたしはドアを開ける。

 そこには、眉間にしわを寄せた沙耶君がいた。


「どうして入らないの?」


「あ、いや…なんか、妙な声が聞こえたから。」


「妙な声?」


「……」


 二人して森魚を振り返る。


「あ…っ…んん…う…舞……」


「……」


「…彼は夢で何を?」


「さあ? それより、秘密兵器出してよ。」


「…そうだな。」


 森魚を気にしながらも。

 沙耶君は、ホログラムを取り出した。


「うっわ…これ、誰が?」


「瞬平と薫平が作った物を、万里が改良したんだってさ。」


「へー…万里君、さすがだな…」


 万里君と紅の息子達、高津ツインズは天才だ。

 次から次へと、色んな武器や装置を作る。

 だけど…残念な事に、持ち腐れるのも確か。

 それを、万里君は改良して…使いやすくしてくれてる。



「NYREEからBTPDDにある高層ビルの屋上に仕掛けるんだよね?」


「ああ。結構な数だ。」


 それから…二人で集中して作業を進めた。

 それでも、あたしの頭の中には…一つ、気掛かりな事が渦巻いていた。


「…どーした?舞。」


「え?」


 視線はホログラムに落としたまま。

 ふいに、沙耶君が言った。


「ずっと何か考えてる。」


「…罠の事だけど。」


「違うだろ。さすがに俺でも分かるほど、強く何か考えてるみたいだけど。」


「……」


 動かし続けてた手を止める。

 だけど、沙耶君はあたしを見る事もなく…作業を続けた。


「…志麻の事か。」


「……」


 志麻は…SSに行きたいのだろうか。

 ずっと、気になってた。

 だけど…


『二階堂じゃ物足りなくて、SSに行きたいと思っても仕方ない』


 森魚にそう言われて、やっぱりそうなのかな…って、本音が漏れた。


 志麻は、あたしと沙耶君の子。

 根っからの二階堂脳だ。

 二階堂に物足りなくて、SSに行きたいなんて思うはずがない。


 二階堂を守るために、SSに行きたいんだ。



「…あいつが行きたいって思ってるなら、俺達は何も言えない。」


 沙耶君が、ポツリと言った。


「…うん…」


「……」


「……」


 小さく溜息を吐いて、作業に戻る。

 少しだけ、涙で視界が緩んだ。



「…志麻は、あまり笑わない子だったよな。」


「……」


「それでも、朝子には…ちゃんと優しい顔で接してくれて…いいお兄ちゃんだった。」


「……」


「……朝子もだが………俺も…受け入れられるかな…」


「…あたし…も……」



 …初めて…

 あたしと沙耶君が、親らしい気持ちを口にした。


 二階堂に尽力する志麻が誇らしい。

 ずっと、そう思っていたし、これからもそうだと思ってた。

 だけどそれは、そばにいたからこそなんだ…


 殉職した事にして、自分の存在を消してしまわなければならない。

 もう、一生会う事も出来ない。

 元気でいるのか…生きているのか、死んでいるのかも…分からない。


 本当に、殉職も同然だ。



「はっ…何かトラブルでも…?」


 突然声がして振り返ると、さくらさんが森魚を覗き込んでる所だった。


「い…いつの間に…」


 慌てて涙を拭うと、さくらさんは少し寂しそうな顔をして。


「…そっか。そうだよね。うん…」


 あたしと沙耶君の背中を、ポンポンと叩いた。


「…分かるんですか…?」


 あたしの小さな問いかけに、さくらさんはコクリと頷いて。


「志麻さんの事だよね?」


 そっと、目を伏せた。


「…志麻から…何か…」


 沙耶君が戸惑いながら問いかけると。


「…うん。本人から聞いたよ。行くつもりだ、って。」


 さくらさんは、あたし達の目を真っ直ぐに見て言った。


「……」


 分かっていたはずなのに、唇を噛みしめた。



 ちょっと不器用なのがタマにキズ。

 それでも、優しくて…頭が良くて…妹の面倒見が良くて…

 自慢の息子…


「…これが…一緒に戦える…最後の現場ね…」


 ホログラムに視線を落とすと、同時に涙もこぼれた。


 頭を優しく撫でられて、顔を上げると…涙目の沙耶君。


「立派な…立派な自慢の息子の門出だ。絶対に、無事にSSへ送り出してやろう。」


「…うん…うん…」


 …こんな事にならないと…気付かないなんて。


 辛い時も、悲しい時も、泣きたい時もあっただろうに。

 あたし達は…いつも厳しく育てた。

 あたし達を超えて欲しい、と。

 願いを込めて。


 だけど…


 小さな頃、もっともっと…

 志麻を抱きしめてやれば良かった…



「…寂しいよね…うん…」


 さくらさんが、あたしを抱きしめてくれた。

 だけど、あたしの方が身長が高いから…何だかおかしな感じになってしまって…


「…ふふっ…」


「ふっ…」


 あたしと沙耶君は、泣きながら笑ってしまう。


「あっ!!笑っちゃうー!?」


「ご…ごめんなさい。可愛らしくて…」


 涙を拭いながら、さくらさんに笑顔を向ける。


 …ああ。

 上を向かなきゃ。

 志麻が守ろうとしてるのは、世界であり、あたし達二階堂の未来。

 あたし達は…

 志麻に恥じないよう、もっと上を目指さなくてはならない。



「…よし。完了。さくらさん、次の指示を。」


 沙耶君がホログラムを閉じて、さくらさんを見る。


「うん。じゃ、二階堂のホテルから南に2kmにある屋上に…これを着て待機。」


「え?」


 差し出されたのは、黒い…服?


「これ、すごいから。色々装備されてて、誰でも忍者になれちゃうやつ。」


「……」


 沙耶君と二人、その黒い服…忍服を広げて眺める。


 …確かに、帯部分にDMR、頭巾にはSCANとEMF…

 これ、高津ツインズが作ったやつだ。


「手甲は素早く動かすと、レーザー出るから気を付けてね。」


「これ…いつの間に…」


 沙耶君と途方に暮れるも、さくらさんは他にも組み立て式の銃や短刀を風呂敷に包んで。


「はい。これ、背中に背負えちゃうから。」


 風呂敷の両端を引っ張って、バッグを作ってしまった。



「…じゃ、現場に向かいます。」


 沙耶君と顔を見合わせて、ドアに向かう。


 さくらさんは森魚の前にしゃがみ込んで、こめかみ辺りに手を当ててる所だった。


「…森魚はこのままここに…?」


 気になって問いかけると。


「大丈夫。起きた時には、憑き物が落ちたみたいに楽になってるから。」


 まるで森魚に話しかけてるみたいに…優しい声でそう言った。


 それを見届けて…あたし達は外に出る。



「…舞。」


「何。」


「俺、二階堂に居て…今までで一番…緊張してる。」


 路地に置いてたバイクにまたがって、沙耶君が言った。


 あたしはヘルメットを受け取ると、それをかぶりながら。


「…あたしは、今までで一番ワクワクしてる。」


 少しトーンの高い声で言った。


「何があっても…志麻を無事に行かせるわよ。」


「…ラジャ。」


 沙耶君の後ろに乗って、腰に抱き着く。

 少し強めに抱き着いたのが分かったのか。

 沙耶君は、あたしの手をポンポンと軽く叩いた。



 …さあ。


 戦いが始まる。



 あたし達二階堂は…




 まだまだ、終わらない。

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