第51話 「すみません…」

 〇二階堂 織


「すみません…」


 目の前で頭を下げてるのは…万里君。


「どうしてここが?」


 上目遣いにそう言われて。

 あたしと沙耶君は…顔を見合わせた。



 昨日…


「こ…こんにちは…」


 緊張のあまり、震えるあたしに。


「わあ、織ちゃん、本当に姐さんにソックリになったね。」


 さくらさんは…どこか懐かし気な眼差しを向けた。



 二階堂の直系でありながら、それを15歳まで知らなかったあたしは。

 遅れを取り戻すために、みんなの信頼を得るために、必死で勉強や訓練を積んだ。

 現場にも出た。

 悪とは言え、人の命を奪った事もある。

 …正義としての力を付けると共に、何かを失くしていった気もする。


 人と会えば、その人を分析もするし…疑いもする。

 今、世の中は正義でいる方が損をすると思われがち。

 だから、聖人のような人物でも、悪に染まる事だってある。


 どんな人に会っても、ワクワクするような気持ちはなくなった。

 元々あたしは人見知りだ。

 今更、誰かに会ったからって…ドキドキしたり緊張したりする事なんて…



「そ…そんなに…似てますか…?」


 さくらさんがあまりにも見つめるから…あたしはドキドキが止まらない…!!


「こんなお嬢さん、初めて見ます(笑)」


 沙耶君に笑われたけど…だって…!!

 あ…ああ…緊張する…!!

 こんなに緊張するなんて…いつぶり!?



「そんなに固くならないでよ~。」


 目の前のさくらさんが、ふにゃあっと笑って言ってくれた。


 …でも…!!


「す…すみません…何だか…その、伝説の人にお会い出来るなんて…」


「えぇ…織ちゃん…会った事あるじゃない…」


「それはそうですが…あの時は、あたし…何も知らなくて…」


 確かに、さくらさんには何度かお会いした。

 だって、あたしと双子の陸と、さくらさんの娘さんは結婚してる。

 いわば親戚だ。


「もう…織ちゃん、どっぷり二階堂脳なんだね。」


 ぷう。と頬を膨らませる姿は、到底浩也さんと同じ歳とは思えない。



「ところで…今日は?」


 やっとの思いで胸を鎮めたあたしの問いかけに、沙耶君が席を立とうとして…


「あっ、沙耶君もいていて。」


 さくらさんに制された。


「え?私もですか?」


 沙耶君はさくらさんを見て、あたしを見て。


「いて。それと、あたしの前だからって遠慮せず、さくらさんとは普通に話して。」


 あたしがそう言うと、『じゃあ…』って小さく言って、浮かせてた腰を下ろした。



 環から聞いた。

 環はさくらさんに記憶を消されてたけど…

 万里君と沙耶君は、ずっと普通にさくらさんの事を覚えていた…って。



「ねえ、万里君がどこにいるか知ってる?」


「…え?」


 さくらさんの思いがけない問いかけに、あたしと沙耶君は同時にまぬけな声を出した。


「えーと…あいつは…その…」


「彼は…」


 あたしと沙耶君が言いよどむと、さくらさんは腕を組んで『ふむふむ』なんて言いながら。


「何だかさあ、二階堂…最近、気持ちがバラバラになっちゃってるよね。」


 眉を八の字にした。


「……」


 …何も言えなかった。

 二階堂を抜けて何年も経つ人から見ても、今の二階堂はそうなんだ。


 何が原因かなんて、分かりたくない。

 海に力がないわけじゃないし、環が間違ってるわけでもない。


 だけど…

 突然、万里君がリタイアした。

 探さないで欲しい…って、どこかに消えた。


 ずっと…環を支えてくれてた存在。

 万里君が消えて、環は口には出さないけど…何か思い悩んでるみたいだった。


 それを、あたしには打ち明けてくれない。

 環の荷物を一緒に持ちたいのに、環はいつだって自分だけで抱えて…あたしには見せてもくれない。



「あたしは知ってるんだ。万里君の居場所。」


「えっ!?」


 さくらさんがサラッと口にした言葉に、沙耶君と二人して驚きの声を上げる。


「なっなな何でっ?さくらちゃん、万里の居場所って…」


 沙耶君が前のめりで問いかけると。

 さくらさんは、コーヒーを一口飲んだ後。


「クリーンに居たよ。」


 そう言った。


「…え?」


「クリーンって…」


 クリーンは…二階堂での任務で、心や体にケアが必要な人が入ってる施設。

 そこを終の棲家にする人も少なくない。

 実際、あたしの父さんもそこにいて。

 母さんも…寄り添うように、一緒に暮らしてる。


 そこに…万里君が?



「万里はそこで何を?」


 沙耶君が先を急ぐように問いかける。

 あたしは、聞きたいのに…怖い気もした。


「んー。」


 さくらさんは少し首を傾げて、唇を尖らせる。

 それを見てると…なぜかあたしと沙耶君も、同じように首を傾げてしまった。


「二階堂を救おうとしてる。でも、一人じゃ無理だよって話して来た。」


「…それで、万里は今もクリーンに?」


「うん。だけど、今はこれからの二階堂のために、万里君が出来る事をしてる。」


 それがどういう意味なのか…あたしにはよく分からなかった。


 きっと、少し険しい顔をしてしまったであろうあたしを見たさくらさんは。


「織ちゃん。環さんとケンカでもした?」


 思いがけない事を言った。


「え…えっ?」


「何て言うか…環さん、今一人ぼっちって感じ。」


「……」


 さくらさんはそう言うけど…

 一人ぼっちは、あたしの方だ。


 環は元々、仕事に関しての機密情報はあたしに話さない事が多い。

 だけど。

 あたしは、二階堂 翔の娘。

 二階堂を継いだ。

 知る権利は当然ある。

 なのに…



「うん。何だかみんな迷いが見えちゃうね。」


 突然、さくらさんはスッと立ち上がると。


「行こう。もうすぐ一条との戦いが始まるから。」


 あたしと沙耶君を見下ろして言った。


「え?」


「一条との戦いって…」


「まずは万里君に会いに行くよ。」


「え…ええ…?」



 そんなこんなで…

 あたしと沙耶君は、あれよあれよとクリーンに。



「昨日、さくらちゃんが来た。」


 沙耶君がそう言うと、万里君は小さく笑って。


「まいったな…あの人には、ほんと…」


 そうつぶやきながら部屋の隅に行くと。


「はい、これ。」


 あたし達に、小さな箱を差し出した。


「…何だ?」


「近い内に、戦いが始まる。」


「さくらさんもそんな事言ってた。」


「ああ。決着をつける時が来たんだ。」


 万里君は…何だかすごく久しぶりに見る、闘志のみなぎった目で。

 それは昔、環があたしと結婚した頃。

 沙耶君と三人で任務に出向いていた頃のような輝きに思えた。



「お嬢さん。」


「…はい。」


 あたしの返事に、二人は小さく笑って。


「私は…いや、俺は、世界より二階堂の平和を守ろうとしていたのかもしれません。」


 窓の外に目を向けた。


「環の事も守りたかった。だから、古参の言い分を通す事もしたし…何事も穏便に済ます術を覚えてしまった。」


 それは…環も気付いていた事だと思う。

 万里君が良かれと思ってしてくれていた事を、環は自分の頼りなさが原因と受け取った事もあると思う。


 それぞれの想いが…すれ違ってばかりだった。


「結果、俺が二階堂を弱くした。だから俺がどうにかしなきゃと思っ」


「何言ってんだよ!!」


 万里君の言葉の途中、沙耶君が声を荒げた。


「何いいカッコしてんだ!!おまえ一人のせいなわけねーだろ!!」


「……」


「俺だって…俺だって!!このままでいいなんて、ずっと思ってなかったのに!!何もできねー自分が…っ…」


 唇を噛む沙耶君。

 あたしはそんな二人を見ながら、ああ…あたしが二階堂を変えてしまったのかもしれない…

 そう思った。



「…お嬢さん。」


「……」


「今、自分のせいかもって思ったでしょ。」


「…え?」


 泣きそうになった顔を上げる。


「さくらちゃんに言われました。きっとお嬢さんが色んな責任を感じるって。」


「…さくらさんが…?」


「今は、誰が自分がって言ってる場合じゃないみたいです。俺達二階堂、全員が力を合わせて立ち向かわなきゃ…一条は倒せません。」


 万里君はそう言って、あたしと沙耶君に渡した小箱を指差した。


「秘密兵器です。俺達は…現場で若い奴らと同じようには戦えないとしても…」


 小箱を開くと。

 そこには、不思議な光を放つホログラム。


、使えますからね。」


 そう言って、人差し指で自分の頭をトントンとした。


「これ、おまえが?」


「ああ。瞬平と薫平の作った物を改良しただけだけどさ。」


「それでも…すげーな。」


「かなり頑張った。」


「待って。これって、使う場所によって形を変えられるって事?」


「そうです。あと、スライドすると、仕掛けた罠も表示されます。」


「なるほど…」


「あと、一応護身用のレーザー銃。」


「うわっ、何だコレ。」


「さくらちゃんが改良した(笑)」



 こんなミーティング…今までなかった。

 命に関わる事が起きるかもしれないのに、能天気に思われるかしら。


 だけど…楽しい。

 ワクワクする。


 …ここに環も居ればいいのに…



「お嬢さん。」


「ん?」


「小耳に挟んだのですが、環とケンカしたのですか?」


「……」


 ホログラムから顔を上げると、二人があたしを見てた。


「…ケンカって言うか…」


「SSの事を、環からじゃなく森魚君から聞いたから。って事ですよね。」


「沙耶君…森魚を知ってるの?」


「俺は気付かなかったんですが…環は、あの時すぐに彼の素性に気付きました。」


「…あの時?」


「お嬢さんと坊ちゃんを尾行してた時です。」


「……」



 環は…昔から優秀。

 だから、環があたしに話さなかった事にも、何か理由があるのだと…思いたい…


 …SS…

 世界を救うための任務。

 それが誇らしい事は分かってる。

 だけど…殉職というカタチで自分の存在を消して、そこに向かう誰かがいるって事を。

 どうして…そんな大事な事を、環は教えてくれなかったの…?


 あたしはそれを、中学時代の同級生…森魚から聞かされた。


 森魚のお父さんが、昔二階堂にいた事も…その時に聞いた。

 つまり、森魚は…舞と同じ、あたしと陸を守ってくれていた事になる。


 その森魚の息子さんが、国からの命令で…二階堂の調査をしていた。

 SSへの人選。

 泉が高得点だったと聞いて、自慢な気持ちと…


 行かせたくない。という、強い思い。


 あたしは、二階堂としては失格だ。

 だけど…

 どうしても割り切れない。


 環は、あたしの事をどう思っているの…?


 あの日から…あたしは環の目を見る事が出来なくて。

 一人で日本に帰ってしまった。

 そして…ずっと悶々としている。



「…時々、あたしなんて必要ないんじゃないかな…って、思っちゃう。」


 そんなわけない。

 そう言い聞かせながらも…どこかずっと不安でたまらない。


 いい歳をして、夫を信じられないなんて。

 自分に呆れてしまう…



 #######


 突然、万里君のチップに反応があって。

 万里君がそれをあたしと沙耶君にも通信出来るようにしてくれた。


『UYAB58Lで盗まれた戦闘機がこっちに向かってる。たぶん狙われてるのは二階堂のホテル』


 声の主は…


「薫平?」


『えっ…あれっ…?』


「今ここにお嬢さんと沙耶がいる。大丈夫だから、続けてくれ。」


『あ~…んじゃ、続き。夕べからSAYT7789にドローンを数機確認。それらはすでにNYAV4を飛行中。俺もそろそろ現地上空に向かうよ』


「了解。こっちも動く。」


『よろしく』


 二人の会話の意味がよく分からなかったけど。

 万里君はあたしと沙耶君に向き直ると。


「薫平が一条に潜入します。少し無茶もしますが…どうか目を瞑ってやってください。」


 そう言って、頭を下げた。


「い…一条に潜入…?」


「そんな危険な事を…」


「あいつなら、大丈夫です。」


 決して簡単な事じゃない。

 危険すぎる。

 下手したら命だって…



 …だけど。

 あたし達は、二階堂。



「…そうね。彼なら…大丈夫。」



 薫平は、きっと母親を自分の手で守りたくて…二階堂を抜けた。


 高い能力を持つ高津ツインズ。

 瞬平と薫平。


 きっと…全員で力を合わせれば。

 二階堂は、世界の誰にも負けない。



「…環に会って来る。」


 そうつぶやくと。

 万里君はニッコリ笑って。


「もう、来てますよ。」


 あたしの背後に目を向けた。


「え?」


 振り返ろうとした、その瞬間。


「織…」


 後ろから抱きすくめられた。


「環…?」


「ごめん。」


「……」


「ごめん…」


 目の前の二人は優しい笑顔で。

 それだけで…環が、今、弱った顔をしてるのだろうと予想出来た。


 いつだって弱い所を見せない環。

 一人で抱え込んで、抱え過ぎて…


「織が必要だ。」


 耳元に届く愛しい声。

 その一言で、今までのよどんだ気持ちが晴れてしまうなんて…

 あたしって、簡単で面倒で、いつまでも小娘だ。



「いい所悪いけど、あと30秒でよろしく。」


 万里君の言葉にあたしが我慢してた涙を拭おうとすると。


「充分。」


 環は言葉と共に素早くあたしを向き直らせて、正面からギュッと抱きしめた。


「たっ…環…っ…」


 二人の前でっ…!!


「森魚に何もされなかったか?」


「え…ええ…っ!?」


「触られてないか?」


「さっ触られてなんかっ!!」


「一応消毒。それから俺の充電。」


「っ…」


 背後で聞こえる口笛に、全身から汗が吹き出る思いだった。


 だけど…


「…あたしの事、チョロいって思ってる?」


 上目遣いに拗ねた顔で問いかけると。


「その顔は反則。」


 環は、あたしの問いかけを無視して…唇を奪った。




 …今から、あたし達は…



 戦いに行くのよ…ね…!?

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