第50話 「は?おまえ、何言ってんの。」
〇高津瞬平
「は?おまえ、何言ってんの。」
スマホを片手に、僕は目を細めた。
だって…双子の弟の薫平が、とんでもない事を口にしたんだ。
『だーかーらー、瞬平が作ったリムレってやつ。俺が改良して最強にしたんだけどさ、ちょっと試しに貸し出していいかな』
「改良!?何勝手な事してんだよ!!」
『怒るなって。てか、瞬平、今どこいんの?』
「……」
『あ、分かった。ボスんちの近くだろ』
「うるさいっ。」
…違う。
恋じゃない、未練でもない。
ただ、心配なだけだ。
志麻が彼女と別れたって知った時、正直…ホッとした。
ふわっとしてるクセに芯が強くて、大食いで、すぐ人を信用する…サクちゃん。
もう、二階堂になんて関わらない方がいい。
本気でそう思った…のに。
サクちゃん…もうそんな風には呼んでないし、これからも呼べないけど…
サクちゃんがボスの妻になるなんて…
これから、嫌でも会ってしまう。
だったら、僕なりのやり方で…彼女を。彼女の大事な人達を。
…ガラにもなく、そんな事を思ってしまった。
僕が開発したPPL958をボスが取り付けてくれてる。
だから大丈夫。
そう思う反面…
ここには、カトマンズの事件の前、一条の輩が侵入した。
そして、それを阻止した人間がいる。
カメラにも映らない人間。
たぶん…それがSAIZOだ。
…屈辱だった。
さらには…
僕は見付けた。
あの日、カトマンズに志麻と薫平が向かった後。
薫平の家で…たくさんのディスプレイに囲まれて、キーボードを叩いている時。
薫平の隠しフォルダが出て来た。
見ないわけがない。
勝手に二階堂を辞めて…夢を追うなんて、口ばかり。
本当は、母さんを助けたいだけ。
どれだけ抜け駆けだよ。
隠しフォルダは、きっと俺に見ろって作った物。
その中には、ボスの家の前に取り付けた防犯カメラの映像があって。
それには…
「ふーん…」
母さんを守ってくれているであろう存在が、映し出された。
三枝瞬平と、三枝薫平。
母さんとは、一条
母さんには当時の記憶が一切ない。
記憶があったとしても、その二人と血の繋がりがなかった事、彼らの本名…それらは元々知らないはずだった。
なのに、母さんは僕と薫平に…彼らの本名を名付けた。
お告げか何かのように、浮かんでいた名前だ、と。
母さんは、彼らの素性を知っていた事になる。
そして、記憶を失くしても…忘れられないほどの存在だったのかもしれない。
名前だけでも。
僕はこの話を薫平が二階堂を抜けた後、父さんから聞かされた。
正直、一条の危険分子の名前を付けられたように思えて…いい気はしなかったけど。
その反面…
母さんを守り抜こうとしてる人達の名前だと思うと、それはある意味宿命のようにも感じた。
「貸し出すって、誰にだよ。」
小型のタブレットを開きながら、武器の一覧をスクロール。
『あ~、サクちゃんのおばあちゃん?』
「…あ?」
武器一覧を追ってた視線が、ボスの家のそばに現れた人物に移る。
『二階堂史上最強の人らしーよ』
「……はっ。笑わせる。」
タブレットを閉じて、その人物を観察する。
…もしかして、僕の事を待ってる?
「…で。僕は今からどうしたら?」
薫平から、簡単な作戦を聞いた後。
僕はその人物が立ち止まってる場所まで、ゆっくりと歩き始めた。
見た目は…全然それっぽくないけど。
直観で、たった今薫平からの電話で聞いた『サクちゃんのおばあちゃん』だと思った。
二階堂史上最強の人。
「薫平君から聞いた?」
近くまで来ても『おばあちゃん』に見えなくて、少しだけ呆れたような顔をしてしまうと。
「…言いたい事は分かるぅ…でも時間がないから、協力お願いします。」
「…何すればいいの。」
ポリポリと頭を掻きながら言うと。
「薫平君からもらった作品は、ざっとこんな感じなんだけど…」
おばあちゃんはそう言いながら、キャサリンを開いた。
「…これを使った事が?」
「ん?これ?さっき教えてもらったの。」
「……」
何もない空間に、必要事項をホログラムで映し出すキャサリン。
僕の作った武器以外のアイテムでは最高に優秀なやつの一つ。
だけど、使いこなせてるのは、ほんの数人。
それを、『さっき教えてもらった』程度で…
「この、タップ0261って何?」
「…バズーカ。」
「どこに保管してるの?」
「武器庫に。」
「武器庫って?」
「……どうするつもり?」
少し怪訝な顔でキツめに問いかける。
だいたい、二階堂最強の人だとしても…今は二階堂じゃないんだろ?
「あ、これね。ふむふむ…」
「えっ…」
突然、おばあちゃんがキャサリンで武器庫の中を映し出した。
「どっどうやって…っ!?」
「防犯カメラに入り込んだだけだよ。」
「だけって…いや、それマズイよ。今頃本部で」
「大丈夫。」
「……」
唖然とした。
二階堂最強の人が、おばあちゃんって聞いてガッカリした。
だけど見た目は全然おばあちゃんじゃなくて、それだけでも警戒心ビンビンなのに…
「確か、日本の二階堂にはM9とM20の改良型があるんだよね。」
「…どうして日本の武器庫まで?」
「一応安全のため。敵は育ってる。あらゆる想定をしておかなくちゃね…っと、すごいねこれ。ロケットランチャー。ふむふむ……」
「……」
防犯カメラをハッキングされて。
それでも僕の所に何の通信も来ない。
あそこに取り付けてるのは、僕が作った防犯カメラ。
本当なら、今頃本部内はアラームが鳴り響いているはずなのに。
「すごいね。君と薫平君、最強ツインズだ。」
キャサリンから顔を上げたおばあちゃんは、目をキラキラさせて僕を見上げる。
…二階堂最強の人から、最強ツインズって言われた。
それはー…ちょっと嬉しい気もした。
僕だけじゃなくて。
薫平と一緒に、最強って言われたのが。
「薫平君から指示があった?」
「…ビル近隣の人に避難指示しろって。」
「うん。そうだね。じゃ、それが済んだら、武器庫にある物を全部使えるようにしてくれる?」
「…はい?」
今この人…なんつった?
武器庫にある物全部って…
「誰が使うの。」
眉間にしわを寄せて問いかける。
「みんなよ。チーム二階堂全員。」
「全員って…」
「使うべき物は使うべき時に使わなくちゃ。君たちの素晴らしい作品がここぞって時に持ち腐れちゃうなんて、あたし許せない。」
「……」
「誰一人、殺さない。死なせない。そのために必要なの。高津瞬平君と高津薫平君の作品が。」
誰一人、殺さない、死なせない。
その言葉を聞いて、それまで疑ったり呆れたりしてた気持ちが消えた。
悪と戦うのに、何だろうね…その甘さって言うかさ…理想論?
だけど元々二階堂の根っこはそうだった。
それが、悪が力を付けて二階堂が衰退していくにつれて…全力での殺し合いみたいになって。
『一般人を死なせない』が、最低限のスローガンみたいになっちゃってさ。
…そうだよ。
僕と薫平が作った物なら、もっと早くにそう出来たはずだ。
カトマンズの現場だって、なんて事なかったんだよ。
今からだって、挽回できる。
「…僕の作った防犯カメラに、いとも簡単に入っちゃうなんて…マジムカつくんだけど。」
髪の毛をグシャグシャにしながらつぶやくと。
「いとも簡単にじゃないよ。結構久しぶりに本気出したもん。」
真顔でそう返された。
結構久しぶりな本気…ね。
…光栄じゃん。
「それと、薫平君の家って分かる?」
「うん。」
「じゃ、彼の家から全二階堂に指示を出してくれるかな。」
頭の中に出来上がりかけてた武器庫からの作業が、一旦止まる。
「…指示はボスが出すけど。」
「ううん。海さんには現場に出てもらうから。」
「…え?」
「あの人、戦わなきゃいけないんだよ。」
「……」
「だから、よろしくね。」
おばあちゃんはそう言うと、僕の手をギュッと握ってブンブンと上下に振ると。
「悪い奴らに負けないぞー!!おー!!」
そう言って、パッと手を離した。
「お…おー。」
ついつられてそう言うと。
「じゃ、また後で。」
すちゃっ。と、こめかみの位置で指を立てて走り去った。
あの人、さっきまで薫平と一緒に居たんだよな。
ここまで走って来た…?
「……」
少しドキドキしてる自分に気付いて、胸に手を当てる。
僕と薫平の作った物たちを…作品って。
使うべき時に使わないで、持ち腐れ続けて来た。
使いこなせるのは、僕と薫平以外では、ボスと志麻だけ。
あの二人がいくら優秀でも、どの現場でも全種類使うなんて出来なかった。
「…よし、行くか。」
なんなら初めてかもしれない高揚感を抱きながら。
僕はホテル近隣に避難指示を出すべく、そこに向かった。
「ボス!!」
僕の声に振り返ったボスは、顔色が悪かった。
「上の状況はどうなんですか?」
「…泉が負傷した。」
「えっ…」
作戦にはなかったそれを聞いた僕は、一瞬目を見開いた。
泉が負傷…?
て言うか、なんで泉が上に?
頭の中では『お嬢さん』じゃなくなってた。
立場的には上司と部下だとしても。
幼馴染で、家族みたいな…泉。
悔しいけど、出来る奴。
そんな泉が負傷なんて…どうして…!!
「大丈夫だ。富樫がついてる。それより、避難は済んだか?」
僕の戸惑いが見て取れたのか、ボスが辺りを見渡して言った。
「あ…は…はい。でも…志麻と連絡が取れなくて…」
そこまで言って、ある事に気付く。
もしかして、志麻の所にも『おばあちゃん』が行って、何か作戦に加わってる…?
「…こんな事考えたくないけど、あいつまさか…」
まさか、この騒ぎに乗じてSSに…?
富樫さんが泉と一緒に行きたいって言ったのとは別で、志麻は単独で行きたがってる事を僕は知ってる。
「ボス、上に志麻はいましたか?」
少し距離を詰めて至近距離から問いかけると、一瞬ボスの瞳が揺れた。
「…いや、いなかった。泉が倒れていただけだ。」
「……そうですか。」
嘘だ。
志麻はいたんだ。
あのおばあちゃん…誰とどんな作戦会議をしたんだか。
チームって言うなら、もっとまとめておいてくれよ。
そう思う反面、ワクワクしてる自分もいた。
なんだろ、この矛盾。
「ボス、僕は本部に戻ります。」
「…ああ。」
ホバリングする二階堂のヘリを見上げて、ボスは何かを考えてるようだった。
だけどさ、考えてる暇なんてないよ。
「ボス。」
グッと腕を掴むと、ボスは僕の顔を見て。
「瞬平。」
「え、はい…」
「俺の代わりに、全二階堂に指示を出してくれ。」
「…え?」
「おまえにしか頼めない。」
「……ラジャ。」
…何だよ。
こんなに真顔でそんな事言われたらさ…断れないって。
てか、おばあちゃんと組んでんの?(笑)
走り去るボスの背中を見送って。
「さーて…全部を打ち明けてくれないチームメイトたちを、どう動かしてやろうかな?」
独り言をつぶやきながら、本部に向かった。
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