第47話 「ボス!!」

 〇二階堂 海


「ボス!!」


 現場で一般人を避難させた瞬平しゅんぺいが、俺を見付けて駆け寄って来た。


「上の状況はどうなんですか?」


「…いずみが負傷した。」


「えっ…」


「大丈夫だ。富樫とがしがついてる。それより、避難は済んだか?」


「あ…は…はい。でも…志麻しまと連絡が取れなくて…」


 瞬平が唇を噛んで空を見上げる。

 そこには…ホバリングを続けるヘリ。

 ビルの最上階から五階部分は、攻撃されて外壁が崩れている。



「…こんな事考えたくないけど、あいつまさか…」


 瞬平のつぶやきは、上空のヘリの音とサイレンに紛れて消えた。




 …攻撃を受ける数時間前、志麻から連絡が入った。


『夕べからSAYT7789にドローンを数機確認。恐らく調査用と思います』


「本部からは何も連絡がないぞ?」


薫平くんぺいの所で見ました』


「おまえ…」


 薫平は、見事な腕前で二階堂の全情報をハッキングした。

 親父に厳しく言われて、一時は全て撤去したはずだが…


 まあ、薫平の気持ちも分からなくもない。

 こうさんを守るには、悔しいが…今の二階堂では…



『UYAB58Lで戦闘機が盗まれたそうです。こちらに向かってます』


「何?志麻、今どこにいる?」


『NYAV4です』


「一度本部に戻れ。」


『いえ…ボス、本部内に最新のアーサーを仕掛けて下さい』


「…え?」


『薫平の所で見たドローンへの信号が、本部からも出ていました』


「誰かが一条と内通…と?」


『…いえ、あくまでも私の憶測ですが…』


 そこで志麻は、信じがたい事を口にした。



 しかし、志麻の言った事が本当だとしたら。

 機密事項までが一条に漏れている事になる。



『もし私の憶測通りだとしても、ボスなら処置できるはずです』


「おまえは何をするつもりだ?」


『今から、泉お嬢さんをダシに、SAIZOをおびき寄せます』


「え…?」


『あいつをおびき出すためだけに、私は…泉お嬢さんを利用します』


「志麻、待て。」


『では』


「志麻!!」



 通信はそこで切れた。

 泉の位置情報を確認しようとしたが、なぜかセンサーが反応しない。

 もどかしさに駆られながらも、俺は本部に戻り、最新のアーサーでビル全体をスキャンした。


「………」


 唇を触りながら、アーサーの画面を見つめる。


 ある人物のデスクから、機密情報が送信されている。

 送信先は、志麻がいたNYAV4の先。

 …二階堂のホテル…


 志麻は言った。

 泉をダシに、SAIZOをおびき出す、と。

 だとすると、泉は志麻に呼び出されてホテルに向かっているのかもしれない。

 それにしても…


 …どうも解せない。



「富樫。今どこだ?」


『本部二階です』


「今すぐ上に来てくれ。」


『ラジャ』



 富樫を待ちながら、志麻の言葉を思い返す。


『富樫さんは、カトマンズで洗脳行為を受けたのだと思います。彼のデスクやロッカーを重点的に、とにかく本部にアーサーを』


 確かに、富樫のデスクから機密情報漏洩の事実が見つかった。

 だが…


 これはフェイクだ。



「ボス、何かありまうはっ!!」


 富樫が顔を見せてすぐ。

 俺は富樫の右耳を引っ張った。


「なっなな…何ですか…」


「静かに。」


「………」


 これは、俺と親父しか知らない事だが。

 二階堂の幹部クラスの耳に埋め込まれているチップ。

 それは、敵から何かしらの侵入操作を加えられると、かすかな異音を放つようになっている。


 富樫のそれからは、何の音もしない。


「…富樫。」


「は…はい。」


「おまえのデスクから、機密情報が洩れている。」


「は…えっ!?」


 富樫は慌ててデスク上のアーサーを見たが。


「まっまままさか……え…でもこれって…」


 すぐに、ある事に気付いた。


「…そうだ。それはフェイクだ。」


「一体誰が…」


「………」


 それは、一人しかいない。

 志麻だ。

 志麻が…


 あいつ、まさか…



「ボス!!大変です!!」


 火野ひのの声に振り返ると。


「NTK6606のアラームが!!」


「…何…?」


 NTK6606は…高津 紅さん。

 そのアラームが作動したと言う事は…


「アラームが作動したなら映像が出るはずだ。YTを開いて映せ。」


 紅さんがどこに保護されているかは、ほんの一部の人間しか知らない。

 それでも危険に晒されたなら、全員に知る必要がある。



 すぐに大画面に映し出された紅さんの姿。

 その後ろには…街はずれにある、先代が暮らす施設があった。


「あれは…先代が住まわれているクリーン…?」


 富樫が小さくつぶやいた。

 次の瞬間…


「え…っ…」


 紅さんと一緒にいる人物が映し出された。


「…さくらさん…?」


 さくらさんは、アラームの存在に気付いたのか。

 紅さんが装着している管理番号のリストバンドを外して。


『一時的にあたしが保護するから大丈夫!!』


 防犯カメラにそう言って、リストバンドを投げつけた。


「……」


 全員が呆気に去られている間に、映像は途切れ。


「ボ…ボス、何者ですか!?」


「確か以前、ボスの所に来られた方では…」


 みんなが詰め寄って来た。


「……」


 さくらさんは言った。

『一時的に保護する』と。

 だとしたら、何か企んでる。


 …志麻と、薫平も。



「…富樫、ホテルに向かうぞ。」


「え…」


「急げ!!」


「は…はい!!」


 ホテルに向かいながら、全員に指示を出す。


「瞬平、どこにいる。」


『…何かありましたか?』


「ホテルに向かえ。」


『近くです。一分で到着出来ます』


「近隣ビルに避難命令を。」


『ラジャ』



 きっとこれから…とんでもない事が起きる。

 だが、絶対誰一人…失わない。



「ボス…!!あれは…」


 ホテルの外、富樫が指差した上空に、無数のドローン。


「富樫、念のため地下シェルターを解放しろ。」


「ラジャ!!」


 駆け出した富樫の背中を見届けて、俺は最上階に向かう。

 恐らくそこに、志麻と泉と…おびき出されたSAIZOがいるはずだ。


 …どんな奴なんだ?

 SAIZO…


 そして…志麻。

 何をするつもりだ…?



「間に合ってくれ…」


 つぶやきながら、エレベーターから降りた所で…


「!!!!」


 爆発音と共に、激しい衝撃。

 その振動に足元を取られそうになったが、志麻達がいるであろう部屋を目指した。


「…志麻!!泉!!」


 ドアを開けた瞬間。

 目に飛び込んで来たのは…無残に削られた内装の向こうに広がる、青い空。

 そして、半分残った部屋の中に…


「…ボス…早かったですね…」


 血だらけの志麻が、横たわる泉の脈をとっている。


「泉…っ…」


 二人に駆け寄ると、志麻は少しだけ距離を取った。


 脈はある…出血もあるが、致命的な物ではない…


 泉を止血しながら、志麻を振り返る。


 泉同様、血だらけの志麻は。

 自分のケガに気付いていないかの如く…いつものクールな表情でそこに立っている。


「…SAIZOはどこだ。」


「彼なら…もう迎えが来て、連れて行かれました。」


「…一条に操られているフリをしたのか。」


 一歩距離を詰めて問いかけるも、志麻は表情を変えない。


「…目覚めた時の違和感で、すぐに気付きました。あの時船底で救助された全員がそうだとしたら…と、薫平と調べていましたが、どうも異変は俺と薫平だけ。それなら逆手に取ってやろうと。」


「なぜ報告しない。」


「必要ないかと。」


「なぜ!!」


「………」


 ######


 ふいに、窓の外に現れたヘリコプターから、一斉に攻撃が始まった。


「っ!!志麻!!」


 ケガのせいで反応が悪いのか、立ち尽くしたままの志麻の腕を引いて泉の場所に転がる。

 二人の身体を庇いながら、バスルームに続くドアから中に入ると…


 #######


 激しい攻撃で、ドアを破壊された。


「…志麻、泉を連れて逃げろ。」


「いえ、これは私の仕事なので。」


「何言ってる。早く行…」


 志麻は俺の腕を掴んで、泉と共にバスルームの奥に続くゲストルームに入った。

 そこで泉の身体を横たえると、遠慮がちに泉の頬に手を当てて…悲しそうな顔をした。



「…どうする気だ。」


 何となく、志麻の狙いが見えて来た。

 志麻は一条に操られているフリをして中に入り込み、一条を追い詰めようとしている。


 そして…この騒ぎに乗じてSSに行く気だ。

 自分は死んだものとして。


「…ボス、二階堂を変えて下さい。そして…」


「……」


「私の命にかえて、どうか…守ってあげて下さい。」


 それが咲華の事を言っているのか。

 それとも、泉の事なのか。

 俺には聞く事が出来なかった。


 だが、それが誰であろうと…志麻は、覚悟を決めている。

 自分が、東 志麻が…この世に存在しなくなる事を受け入れ、新境地に向かう事を。


「…志麻。」


「はい。」


「…どこにいても…」


「……」


「俺は、志麻を仲間として誇りに想い、弟として大事に想う。」


「え…」


「小さな頃からずっと一緒だった。おまえも瞬平も薫平も、俺にとっては弟だ。」


「……」


「そんな可愛い弟に、俺は…」



 咲華と付き合い始めた頃の志麻は、それまでとは違って人間らしくなった。と、周囲にからかわれていた。

 ずっと二階堂に尽力し、一般人との恋愛は…不器用だったかもしれない。

 それでも志麻にとって咲華は特別な存在で。

 だからこそ、婚約から結婚に進むには…慎重になり過ぎたはず。


 それを、俺は…



「ボス。」


「……」


「彼女の相手が、あなたで良かった。」


「…志麻…」


「知った時は、パニックになりましたが…」


 志麻は小さく鼻で笑うと。


「二人が並ばれている姿を見ると、非の打ちどころが無さ過ぎて…もう自分が隣に居た事すら思い出せません。」


 少しトーンの高い声で言った。


「行く事を…誰に?」


かしらにだけ。」


「…家族には?」


「両親はともかく、朝子は二階堂を恨んでしまいそうなので…殉職というカタチを貫きたいと思ってます。」


「……」


 それでいいのか…?


 喉元まで出かかった言葉を飲み込む。

 信念を持って、SS行きを決めた志麻に。

 何も捨てる事の出来ない俺が言うべきではない。

 …言う資格もない。



 トップとしての不甲斐なさと、男として志麻を羨む気持ち。

 複雑に入り乱れた感情に言葉を失くしていると…


「…海君。」


 突然、志麻が懐かしそうに、俺をそう呼んだ。


「俺の小さい頃の写真のほとんどが、海君に抱っこされてるものだよ。」


「…そうだったな。」


「俺は朝子を守るミッションに必死になり過ぎて…すぐそばに見本になる兄貴がいた事に気付けなかった。バカだな…」


「…志麻……っ…」


 この戦いで、本当に命を落とす可能性もある。

 志麻がしようとしている事は、それぐらい危険な事だ。


 肩を抱き寄せて、言葉を選ぼうとしたが…


「頼む……」


「……」


「…生きてくれ…」


 出て来たのは…正直な気持ちだった。


 言ってはいけない言葉かもしれない。

 それでも言わずにいられなかった。


 志麻は同志であり仲間であり戦友であり…

 家族だ。

 大事な…


「…海君…」


 俺の肩に、志麻の頭の重み。

 しかし次の瞬間には…


「泉お嬢さんは富樫さんに任せて、ボスは指示を。」


 俺から離れて、表情を失くして言った。


「志麻。」


「…どうか、お元気で。」


「志麻!!」


 続く攻撃で壊れた壁から、志麻が飛び出して行く。

 ホバリングを続けているヘリコプターの中から、銃を構えている薫平の姿が見えて、俺は髪の毛をくしゃくしゃにかきまぜた。


 …何をしてる。

 二階堂 海。


 大事な部下が二人も…自分の身を危険に晒して守ろうとしている、大事な人や正義を…


 #######


 薫平が、俺の足元に銃を向けた。

 それを避けている間に、志麻がヘリコプターに飛び移る。

 操縦席と、薫平の隣には…知らない男達。


 志麻がヘリコプターに飛び移ってすぐ、二階堂のヘリもやって来た。

 その瞬間、一条のヘリは進路を変えて飛び立った。



「…泉…」


 ゲストルームに走って、泉を元に場所に連れ戻す。


「おい、泉!!大丈夫か!?」


「…ん……」


「泉!!」


 俺の呼びかけに、泉はゆっくりと目を開けて。


「…な…に、これ…」


 惨状になのか、痛みになのか…眉をしかめた。


「ボス!!」


 恐らくエレベーターは止まっていたはず。

 それでも、思ったよりも早い富樫の到着に安堵した。


「下はどうだ。」


「幸い、落下物は無人の駐車場にだけでした。瞬平がスムーズに避難指示を出していたので、近隣のビルはすでに…はっ…お嬢さん!!」


 富樫は負傷した泉に目をやると、慌てたように泉を抱え込んだ。


「あた…し…」


「お嬢さん、喋らないでください。すぐに手当てをします。」


「…富樫、ここは任せた。泉を頼む。」


「ラジャ。」


 血だらけの泉の頭に触れて、唇を噛む。


「…泉、しっかりしろ。頑張れよ。」


 その言葉に、泉はうっすらと微笑んで、親指を突き出した。


 ここまでやらなくては、一条を騙せない。

 ゆえの…志麻と薫平、二人の作戦。



 ……なぜ、言わない。

 そんなに俺は頼りないか?


「………」


 唇を噛みしめて、自分がすべき事を考える。

 冷静に状況を整理して…



 ある事に気付いた。

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