第46話 「…それ、何?」

 〇高津たかつ こう


「…それ、何?」


 万里まり君がにらめっこしてるタブレットを後ろから覗き込むと。


瞬平しゅんぺい薫平くんぺいが作った、武器や装置の一覧だよ。」


 そう言って、私を振り返って見せてくれた。


「…こんなにあったんだ…」


 私は…それほど重要な現場に出向く事はなかった。

 だから、あの子達が作り出した色々な装置を目の当たりにした事は少ない。


 二人とも、現場に出ながらこんなにも多くの物を…



 真面目で真っ直ぐな瞬平と、飄々としていて視野の広い薫平。


 薫平は…三年前、二階堂を抜けた。

 夢を追いたい、と。

 そう言われた時、二階堂でも夢を選ぶ事が許されるのか。と思ったのを覚えている。

 自分が二階堂の人間だと15歳まで知らなかった先代の御子息、陸坊ちゃんは例外であったとしても。



「これをどうするの?」


「もっと違う使い方も出来るなと思って。」


「…違う使い方…?」


 首を傾げて万里君の隣に座る。


「例えば…」


 それから万里君は、瞬平と薫平が作った装置一つ一つの特徴を語って。

 武器に装着出来そうな物は、自分でも図面を展開していった。



 …さくらさんの来訪以来、万里君は変わった。


 まずは…私を守るために、現役をリタイアしたフリをしている。と告白された。

 それはとっくに気付いていた事だけれど、正直に告白されたのは嬉しかった。

 二階堂の人間としては許されない事だとしても…嬉しかった。



 ずっと、記憶を失くしたまま…ここまで来た。


 目が覚めると、万里君がいて。

 何も思い出せない私に…一緒に暮らそうと提案してくれた。


 私は万里君と一緒に居る事を選んだ。

 何も思い出せず何も分からなかった私が、誰か分かりもしない万里君に…酷く安心したから。

 誰でも良かったわけじゃない。

 彼だからこそ…一緒に居れると感じた。



 二階堂で暮らし始めて、半年。

 万里君にプロポーズされた。


 すごく…すごくすごく、嬉しかった。

 …だけど、受け入れられなかった…


 私が二階堂に入った後で、万里君の周りがざわついていた理由に気付いたからだ。

 私は歓迎されていない。と。


 だけど一緒に居たい。

 私は…万里君から離れると、とんでもない事をしてしまう気がする。


 それが何か分からなくても。



「一緒には居たいけど、結婚は出来ない。」


 そう答えると、万里君は小さく溜息を吐いた後。


「あきらめないから。」


 と真っ直ぐな目をして言った。


 そして、その言葉通り…半年後、またプロポーズしてくれた。

 だけど受け入れる事なんてできない…



 時々、悪夢にうなされる。

 その夢はとても残酷で。

 その夢から目覚めた時、私は孤独になる…と感じた。


 そんな時は、私の異変に気付いた万里君が。

 怖い夢でも見た?と、ギュッと手を握ってくれて。

 そばにいるよ。と…抱き寄せてくれた。


 私が見た夢が、どんなに残酷か知らないでしょ?

 どれだけ追い詰められた気持ちになるか、分からないでしょ?


 そう思う反面…


 知られたくない。

 そう、強く思う自分もいた。



 あの夢は…きっと、私がして来た事だ。

 人を人とも思わず、簡単に命を…



 …みんながそんな私を守ろうとする。

 それは、なぜなのか。

 ずっと不思議に思ってた。


 聞きたいけど…聞けない。

 だけど…


 きっと答えは、私が思っている通りの物。


 だから…私が…

 私が、自分の身を差し出せば。

 この争いは鎮まるんじゃ…




「紅ちゃん。」


 さくらさんの声に、ハッと顔を上げる。


「顔色悪い。少し横になる?」


「い…いえ、私に出来る事を…」


 さくらさんと出逢った頃の事を思い返している間に、ケガをしてベッドに横になってた男の子の手当が終わってて。

 その子は…何だかすごくイライラした感じで外を見てる。


 うちの子達ぐらいかな…



「……」


「…何。」


 つい、心配でジロジロ見てしまうと、あからさまに嫌な顔をされた。


「…痛そうだなと思って…」


「別にい…あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」


 私の問いかけにそっけなく答えるはずだった彼の左腕を、さくらさんがキュッとつねった。

 お腹に響くような悲鳴に、私まで身体のどこかが痛い気がしてくる。


「やっぱり痛いんじゃない。強がらずに言わなきゃダメだよ。」


「クッソババア~!!」


「えー!!ひどーい!!」


 パスッ


「えっ…」


 つい、呆気に取られて間抜けな声を出してしまった。


 だっ…だって…

 今…


 何が起きたの?


 そう思ってるのは、私だけじゃないようで。

 床に突っ伏してる彼もまた…言葉を失って、瞬きを繰り返してる。


「うーん。完全に回復するまでには、もう少しかかるね。」


「…あんた、今…俺に何した…身体…動かねー…」


「秘孔を突いたの。」


「…は…っ?」


「あたしの魔法、よく効くでしょ。はい、これで元通り…っと。」


 今、目の前で起きた事…何?

 秘孔を突いた?

 嘘よね?

 …関節を外したとか…ううん、一瞬だったから、それは無理…

 でも、だとしたら…魔法って…?



「……」


 すっかりおとなしくなった男の子が、自分の肘を触りながら恨めしそうな顔で私達と距離を取る。

 私は少しだけ張り詰めた空気に息を飲んで、さくらさんを見つめた。


 当のさくらさんは、私達の視線なんて気にしない風で。


「今から、あたし達はチームよ。」


 ベッドの脇に置いてあったリュックを引っ張って来た。


「…チーム?」


「そ。紅ちゃん、彼はSAIZO君。で、SAIZO君、こっちは紅ちゃんよ。」


 さくらさんに紹介されて、私は…相変わらず不愛想な彼に軽く会釈する。

 すると、彼は涼し気だけど人を射抜くような視線で私を見て言った。


「…奴らが手に入れたがってる女だな。」


 !!!!


 彼の言葉に目を見開いた瞬間。

 すでに、その手は私の首に掛かっていた。


「こいつをオトリにする。」


 息をする間も与えられない。

 そんな恐怖にも似た感覚に、意識を奪われそうになった瞬間…


「今チームだって言ったばかりでしょっ!!」


「がはっ!!」


 SAIZO君は…また、床にうつ伏せになった。


「言う事聞かないと、あたし、本気出しちゃうよ。」


 SAIZO君の顔の前にしゃがみこんださくらさんが、そう言って彼の額に指を当てる。

 その指先から、出るはずもない何かが飛び出してしまう気がした。


「年寄りの言う事は聞きなさい。あなたが泉ちゃんを守りたいように、あたしにも紅ちゃんにも守りたい人がいるの。」


「ぐっ…い…息が…っ…」


「今までこんな目に遭った事ないでしょ。君、優秀だもんね。でもね…」


「…う…っ…く…」


「上には上がいるんだよ。」


 その言葉に…私は瞬きも忘れて、さくらさんを見つめた。


 これだけの実力を、まだ本気じゃないと突き付けられたSAIZO君は…

 今、どんな思いでさくらさんの言葉を聞いてるのだろう。


 上には上がいる。

 それは、世の常。



「いい?ここであたしになければ、ちゃんとチームとして動く事。」


「わ…わか…た…」


「良かった♡」


 さくらさんが彼の額から指を離すと、止められてた酸素が入り込むように。

 SAIZO君は身体を仰向けにして、大きく息を吸って…むせ返した。


「そうと決まったら作戦会議。」


 咳込んでるSAIZO君もおかまいなし。

 さくらさんは笑顔でリュックから服を取り出して、私に差し出した。


「…これは?」


「さ、二人とも着替えて?」


「……」


「あたし、バレちゃマズイから。」


 手渡されたのは、黒い忍び装束。

 頭巾まで…


「…私も…戦っていいんですか?」


 衣装を手にしたままつぶやくと。


「守られてるままなんて、嫌なんでしょ?」


 さくらさんは、首を傾げてニッと笑った。


「…嫌…ずっと嫌だった…」


 そう本音を漏らすと、SAIZO君はどうでもいいような顔で着替え始めて。

 さくらさんもタンクトップ姿になると、あっという間に忍びの姿になった。


「保護されてるはずの人間が、まさか戦ってるなんて敵も思わないじゃない?」


 この人に『ついて来て』と言われて、施設を抜け出した。

 きっと、二階堂は今…大騒ぎだ。


 ここでもジッとしてなきゃいけないのかと思うと…正直、気が狂いそうだった。

 だけど…いざ戦う事を思うと…


 着替えながら、不安になって来た。


 現場なんて、しばらく出てない。

 私、こんな中途半端な気持ちで…


「これ、紅ちゃんの息子さん達が作ってくれた色んな物が仕込んであるの。」


「えっ?」


 着替え終わった所で、さくらさんが説明を始める。


「帯の所にはDMR、頭巾にはSCANとEMF、手甲は素早く動かすとこの部分からレーザー出るし、あと…」


「……」


 説明を受けながら、自分の姿を見下ろす。


 …今から起きる事への不安や恐怖はあるものの…

 あの子達と一緒に闘う。

 あの子達に守られてる。

 そんな力強い想いも湧いた。


 そして何より…

 私も、戦えるんだ。

 その想いが、自分を強く奮い立たせている気がする。



「…ふーん。」


 SAIZO君が自分の身体を触りながら、装置の確認をしたかと思うと…


「!!」


 突然、さくらさんに襲い掛かった。


「どうして…っ!!」


 私がその様子に戦闘態勢に入ろうとすると、SAIZO君の攻撃をかわしたさくらさんは、ベッドの上で体勢を整えて。


「ありがと。」


 SAIZO君に短くそう言った。


「別に。」


 二人のやりとりを不思議に思いながら、さくらさんが居た場所に目をやると…


「…これ…どこから…?」


 トカゲのような生き物が、床に焦げ付いてた。


「来たみたい。ここが分かったなんて、向こうもやるね。」


 さくらさんの視線が外に向いて。

 SAIZO君が窓際に立つ。


「…指示は。」


 相変わらずそっけない、だけどさっきまでの殺気立った声じゃなかった。

 それに…指示を仰いだって事は。


 彼はさくらさんをリーダーとして認めたって事だ。



「誰も死なせない。それだけ。」


「敵も?」


「うん。誰一人、殺さない、死なせない。」


「……」


「あたし達は、誰かを裁く人間じゃない。誰かの幸せを守る人間よ。」


 さくらさんの言葉は…私に勇気をくれた。


 私にも守れるだろうか。

 この街に住む、知らない誰かを。

 そして、私の大事なあの人達を。


 だとしたら…私は、自分の過去がどうであれ…

 自分の持つ全てを出して、戦うべきだ。



「…誰一人、殺さない。死なせない。」


 さくらさんの言葉を繰り返して、私も窓際に立つ。


 私は……


 いいえ。




 私




 ソルジャーだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る