第45話 「…ごめんね、さくらちゃん。」
〇高津万里
「…ごめんね、さくらちゃん。」
俺がマイクの前に球体を置くと、さくらちゃんは首を傾げてニッコリと笑った。
「それ、紅ちゃんが?」
紅の事をちゃん付けで呼ぶなんて、さくらちゃんぐらいだな…と、小さく笑う。
「ああ…俺の事も信用できないみたいだ。」
「えー、心配なだけじゃない?」
そう言ったさくらちゃんの視線は…俺の足にある。
「…気付かれたか。」
「普通の人には気付かれないかもしれないけど、分かる人にはわかっちゃうよね。」
俺の足は、動く。
だけど、バレないようにするため、足の筋肉を落とした。
歩く事は出来るが…
戦う事になった時には、一番に命を落とすだろう。
「紅…気付いてるかな…」
「うん。だから紅ちゃんも心配なんじゃない?」
マイクに視線を向けるさくらちゃん。
「俺の演技、全然ダメだな。」
車椅子から立ち上がって、お茶を入れる。
さくらちゃんはそんな俺の後について来て。
「何を企んでるのかな?」
後ろで手を組んで、俺の顔を覗き込んだ。
「…企む?」
「リタイアしたフリをしてここに来たのは、紅ちゃんを守るためだとしても…それだけじゃないでしょ?」
「……」
いつものように、平静を装ったはずでも。
きっと…さくらちゃんにはバレる。
浩也さんに言われた。
『あいつの能力は俺達の想像以上だ』と。
…確かに。
紅が部屋を出て行った後。
さくらちゃんは俺の前に座ったまま、特に部屋を見渡した風でもなかったのに。
会話の途中…1cm大の球体を俺に手渡しながら、マイクに視線だけ向けた。
…電波妨害機。
きっと、自作。
「環さん、めちゃくちゃ思い悩んでた。」
「…環の事はさんって呼ぶんだ?」
別にこだわらなくていいものを、何となくおかしくて笑ってしまうと。
「あっ、そうだね。じゃ、環君。」
さくらちゃんは首をすくめて言い直した。
その可愛らしさに、つい俺も笑いが大きくなる。
…本当に64歳か?
さくらちゃんだけ、時が止まってるみたいだ。
まあ、この人は…本当に長い時間眠ったままだったから…そうだったとしても不思議じゃないのかもしれない。
「環、思い悩んでたか…」
「うん。すごく。」
「あいつ、いつも一人で背負うからな。」
「そうだよね。だから、違う方法でどうにかしてやろうって思う人が出て来たって不思議じゃないよね。」
「…え?」
「助けたいんでしょ?紅ちゃんの事もだけど、環君の事も。」
「……」
「だからって、万里君が犠牲になるのはおかしいから。」
「……」
…何もかもお見通しか…
さくらちゃんが気付いた事なのか、先代が気付いた事なのか。
それはもうどっちでもいいと思った。
誰に気付かれていようが、俺は自分のやれる事をやるだけだ。
「万里君がここに居る事、みんなは知らないんだね。」
俺の手からカップを取って、お茶を注ぐさくらちゃん。
「…先代と紅しか知らない…」
「…そっか。」
テーブルにお茶を運んださくらちゃんは、首を傾げて俺の顔を覗き込むと。
「今、二階堂に攻め入ろうとしてるのは一条だよね。」
さらりとそんな事を言ってのけた。
「さくらちゃん、どうして一条の事を?」
「うーん。色々調べてる内に、ああ、あれは一条だったんだ。って繋がっちゃって。」
「いや…どうして色々調べるんだよ。危険だから関わらない方がいい。」
これ以上、介入されたくない。
その本心から、少しきつめに言葉を放つと。
「まあ、そうなんだけど…他に二つの組織が絡んでる事、万里君気付いてる?」
俺の口調なんて気にもならない顔で、さくらちゃんが言った。
「…二つ…?」
「一つは、三枝。」
「!!」
…しまった。
つい、反応してしまった。
しかし、なぜさくらちゃんが三枝を知ってる?
この人は、紅が来る前に二階堂を抜けた。
その後も、寝たきりの状態が続いて…
あの、ニューヨークでの事件以降は、二階堂の記憶も消されていたはず。
いくら記憶が戻った所で、抜けた後の二階堂の内情は知り得ない。
一般人が色々調べても、一条や三枝に辿り着く事はない。
いったい…さくらちゃんは何をどう調べて…
まさか環が全容を話すとは思えない。
だとしたら…先代が?
「紅ちゃんと兄弟として育った人達が、核になってるよね。」
「……」
こめかみが激しく脈打っている気がする。
何十年振りに会ったと言うのに…なぜ、こんなにも脅威に感じてしまうのか。
この人は、一般人と結婚して普通の幸せを手に入れたはずなのに…
どうして関わろうとする?
さくらちゃんの視線が痛い気がした。
少しだけ早くなった瞬きを誤魔化そうと、お茶を手にする。
そんな俺を見たさくらちゃんは…
「ちょっと厳しい事言っていい?」
今までと変わらない口調なのに、俺の背筋を伸ばさせた。
「…何だろう?」
「ハッキリ言うけど、二階堂は甘くて古い。」
「……」
その言葉に、胸を刺され、火を着けられたような感覚に陥った。
「それは…っ…」
「ごめん。最後まで聞いて。」
「……」
「二階堂には優秀な人間がたくさんいて、色んな秘密兵器も揃ってるけど…使いこなせてないんだよね。」
…こんなに、頭の中も気持ちもかき乱されるのは…初めてと言ってもいい。
俺が育った場所。
生きて来た世界。
それを…
「それを証拠に、二階堂よりもっと古い一条に押されてる。」
『そんな事はない!!』
つい声を荒げた。つもりだった。
だが、実際は…俺の声は部屋の中に響く事もなく。
「大声出したら、廊下に聞こえちゃうよ。」
気が付いたら…口を覆われて。
唇の前で指を立てたさくらちゃんが、小さく『しー』と…
…いつの間に…?
「一条は昔ながらの銃を使ったやり方しか出来なかったはずなのに、きっと技術者や参謀が育ったんだね。」
「……」
「三枝は、大きな武器や身体を使うタイプ。二階堂、一条、三枝、この三つを比べると、一条の伸びしろが一番かもね。残念ながら、二階堂は道具と身体能力を上手く使いこなせてない…持ち腐れってやつだよ。」
…それは…誰もが感じている事でもあった。
俺と紅の息子達…瞬平と薫平が造り出す武器や装置を使いこなしているのは、きっと、片手にも余る人数だ。
それも、守られる立場になくてはならない、海君や泉ちゃん。
護衛の立場で言うと、志麻がそうかもしれないが…まだまだだ。
持ち腐れと言われて、息子達の造る物に対する称賛としては喜びも感じたが…
二階堂としては力の無さを突き付けられた気がして、身体が震えた。
「二階堂を変えなきゃいけないよね。」
口元から、さくらちゃんの手が離れる。
「…なぜ俺に…?俺に話した所で…」
怒りとも悲しみとも取れる感情に、さくらちゃんから顔を背ける。
俺に話した所で…俺に二階堂を変える事なんて出来ない…!!
さくらちゃんに指摘された事で、後悔ばかりが浮かんだ。
なぜあの頃、あの時、もっと育成強化を願い出なかったのか。
古株の顔色を見て、平穏である方を選ぼうとしたのか。
先代や環が望む事をやり遂げるために、反発する輩を危険分子にさせないよう、退所させろと言う沙耶を抑えて、上手く取りまとめる事だけに力を注いでしまったのか。
二階堂を甘くて古い組織にしてしまったのは…
「…俺のせいだ…」
指を組んでうなだれる。
前線で戦う若者達が、ケガの一つも負わず帰れるようになれたかもしれないのに…
「ちっがーう。」
パチン、と。
さくらちゃんに肩を叩かれる。
「今の二階堂に向き合って変えてくれる。そう思えたから、万里君に話したの。」
「…俺にそんな力は…」
「あるよ。」
「……」
正面に回ったさくらちゃんに見つめられる。
「万里君、命を懸けて紅ちゃんと二階堂を守るつもりなんでしょ?だったら、自分だけが犠牲になろうとしないで。」
「……」
「もっとみんなを信じて。ついでに…あたしの事も信じて。」
さくらちゃんの強い目は。
今、確かに誰の事も信じられなくなっている俺に…それを思い出させてくれる気がした。
「…そこまで言うなら、アドバイスを?」
小さく溜息を吐きながら言うと。
「アドバイス?違う違う。一緒にミッションこなしちゃおうよ。」
さくらちゃんは目をキラキラさせながら、マイクの前に置いた球体をポケットに入れると。
「あー、甘い物でも持ってくれば良かったなあ。気が利かなくてごめんね?」
俺の向かいに座って、ペロリと舌を出した。
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