第44話 「私だけ、守られてるなんて…」
〇高津 紅
「私だけ、守られてるなんて…」
視線の先に広がる大惨事を、まるで別世界の事のように眺めながら…私は口を開いた。
「お願いです。私にも協力させて下さい。」
私がそう言うと、目の前にいる『さくら』さんは。
「ダメダメ!!紅ちゃんはここでジッとしてなきゃ!!」
まるで少女のような表情で、私を簡単に椅子に座らせた。
初めてこの人に会ったのは…春だった。
「さくらちゃん!?」
万里君が目を見開いてそう言って。
私は、今まで見た事のない万里君の様子に、キョトンとしてしまった。
「うわー!!あたしの事覚えてるの!?」
「覚えてるよ!!懐かしいなあ~!!」
…何だろ。
万里君がこんなにはしゃいじゃうなんて…
この子、何者…?
懐かしいって…二階堂の子?
私は会った事ないけど…
「さくらちゃん、どうしてここに?」
「先代に会いに来たの。」
「…へえ、先代に。」
二人のやりとりを無言で眺めて。
その、万里君のかすかな感情の揺れみたいなものに気付いた。
…この子が先代に会うと、何か不都合があるの…?
「奥さん?」
『さくらちゃん』が、私に視線を向ける。
「あ…っ、はじめまして。妻の
軽く頭を下げて言うと、万里君が手を伸ばして私の手を取った。
「美人でしょ。」
「なっ…万里君…っ…」
私が赤くなって万里君の肩を叩くと。
「うんうん。すごく美人だし可愛い♡万里君、いいお嫁さんもらったんだね~。」
『さくらちゃん』は、満面の笑み。
「そ…そんな、あなたの方がずっと可愛いわ?」
片手を頬にあてて小さくつぶやくと。
「ぶはっ。」
万里君が吹き出した。
「…え?」
「うーん…仕方ないよね…」
目の前の『さくらちゃん』は、眉を八の字にして少し困った顔になってる。
何か失礼があったかな…と思ってると…
「紅、驚くと思うけど、さくらちゃんは俺より年上なんだよ。」
「……」
えっ。て、驚きの声すら出て来なかった。
万里君より年上…?
え…ええっ…ええええ!?
「だ…だって…どう見ても…」
つい、『さくらちゃん』をマジマジと見つめてしまう。
どう見ても、私よりず――――っと年下!!
「うーん…いつまでも若く見られるのは嬉しいけど、実年齢言う時に恥ずかしいんだよね…」
「もう見たままの年齢でいいんじゃ?」
「秋には曾孫も生まれちゃうのに…」
「曾孫!?」
つい大きな声を出してしまうと、万里君はさらに吹き出して。
『さくらちゃん』は、ふにゃあ…って感じの顔になった。
「いやー…やっぱりどう見ても時が止まってるよね。浩也さんだけ年取っちゃった感じで。」
「…浩也さん…?」
万里君から浩也さんの名前が出たから。
首を傾げて名前を繰り返しただけなんだけど。
『さくらちゃん』は…
「もー!!万里君!!ヒロと同じ歳なのは言わないで―!!」
大声でそう言ったかと思うと。
バッチーン!!と、万里君の背中に張り手をくらわせた。
「いって!!いや…俺そこまで言ってないし…っ!!」
大袈裟に痛がる万里君を尻目に。
私は…目の前の『さくらちゃん』が浩也さんと同じ歳と聞いて…固まった。
…嘘よね…?
確か浩也さんって…万里君より6つ上。
て事は…64歳…
「……」
口にしそうになった年齢を飲み込んで、『さくらちゃん』を見つめる。
失礼と思いながらも…ジロジロと見てしまった。
上から下まで。
艶々な髪の毛。
キラキラした目。
顔にはシミもしわもない。
指も足も、出てる肌と言う肌はどこも瑞々しい。
それに、ファッションだって…
「どんな手術したんだーって思ってるでしょ。」
ふいに至近距離に詰め寄られて、息を飲んだ。
い…いつの間に…
「…紅、子供みたいって思ってると、度肝抜かれるよ。さくらちゃん、めちゃくちゃ出来る人だから。」
万里君の言葉に、『さくらちゃん』は『何それっ』と小さく言いながら振り返ったけど。
私は…彼女の底知れない能力に、背筋に冷たい物が走った。
…これでも…私だって、腐っても二階堂の人間だ。
自分の過去に何かがあったか、思い出せなくても。
私は、万里君と…瞬平と薫平と共に、二階堂で生きて来た。
この人…笑顔だけど隙が無い。
万里君の言う『出来る人』は本当だろう。
そして…万里君ほどの人が言うのだから…
相当、出来る人なのだろう。
私がなぜかモヤモヤした気持ちを抱いてると。
「ねえ、紅ちゃん。少しだけ万里君と二人きりにしてもらっていい?」
さくらち…さんが、私の目を見て言った。
「あ…はい…」
本当は…気になった。
今から二人が何の話をするのか。
ここから離れたくない。って思ったけど…
なぜか、さくらさんの目を見てると…拒否出来なかった。
静かに部屋を出て、一旦そこから離れる。
そして…施設の人達が集うリビングの裏にある倉庫に行き、ポケットからイヤフォンを取り出した。
あの部屋には、マイクがある。
その存在を、万里君は…知ってるかもしれないし、知らないかもしれない。
彼を疑ってるわけじゃない。
ただ、体調が心配だから。
心配…うん…心配よ…
万里君が…大事な仲間を…
環さんや沙耶君を、裏切ってしまうんじゃないか…って。
もし、そんな事をするつもりなら。
私が、それを止めるだけ。
『本当に懐かしいね。さくらちゃん、元気にしてた?』
『ふふっ。全部知ってるクセに。』
『は?知ってるわけないでしょ。さくらちゃんと会うのって…俺の記憶が確かなら…』
『あ~っ、もういいよっ。』
『あ、陸坊ちゃんの結婚式の写真で見た時は、驚いたなあ。』
…陸坊ちゃんの結婚式…?
『う…姐さん、すごく素敵で…あの日、あたしは自分のちんちくりんさを痛感したんだよ…』
『あはは。ちんちくりんって何。それにしても、娘さんが陸坊ちゃんと結婚されたのも驚いたけど…まさか、お孫さんまで海君と結婚なんて驚きだね。』
…陸坊ちゃんは…一般人と結婚された。
二階堂の者が一般人と結婚するのは稀だ。
その場合、相手に関しては家族構成のみならず…かなり深く探られると聞いた。
だけど、坊ちゃんは二階堂を出られた身なので、相手の調査は必要ない。と…
あの時、先代が下された決断に、みんな少なからずとも違和感を覚えた。
それにー…
海君の結婚相手。
彼女は…
『志麻さんのショックを思うと、色々複雑なんだけどね…』
『ああ…別れた時は酷く荒れたみたいだけど、志麻もその事で自分を見つめ直す事が出来たと思うし。』
『そっかあ…』
『沙耶と舞も『自業自得!!』ってピシャリだったし、今じゃ…し……て…』
…ん…?
突然、万里君の声が途切れ始めた。
そして、それ以降…何も聞こえなくなってしまった…。
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