第43話 「お嬢さん!!」
「お嬢さん!!」
…声が聞こえる…
これ…誰だっけ…
「お嬢さん!!」
あ…ああ…富樫か…
何だろう…眠い…し…
目が…開かない…
「泉!!」
これは…兄貴だ。
う…頑張れ…あたし…
目を開け…
「……」
目を開けたあたしの視界に広がったのは…窓ガラスどころか…
外壁が吹っ飛んだ部屋。
「…な…に、これ…」
あたしは部屋の隅に倒れ込んでて…部屋の中には、ガラスの破片や瓦礫が散乱してる。
「……」
あたし…ここで何してたっけ…
「あた…し…」
富樫に抱き起されるものの…体に力が入んない…
どこか…怪我でも…
「お嬢さん、喋らないでください。すぐに手当てをします。」
富樫の言葉に、自分が怪我してる事を知る。
でも…おかしいな…
どこも痛くない。
ただ…力が入らなくて…眠い…
「…富樫、ここは任せた。泉を頼む。」
「ラジャ。」
「…泉、しっかりしろ。頑張れよ。」
兄貴があたしの頭に触れた。
…何…その、泣きそうな顔…
あたしは力の入らない手を動かして、親指を突き出してみる。
それを見た兄貴は、慌ただしく部屋を出て行った。
窓の外…って、窓なんてないけど…
外では、ヘリコプターがホバリングしてる。
…何事…?
富樫は立ち上がれないあたしを背負って、煙の充満した廊下を走り始めた。
「…富樫…何…が…?」
富樫の耳元で、力を振り絞って問いかける。
「今は…」
「…何…教え…て…」
答え渋ってた富樫も、あたしが肩を掴む手に力を入れた事で…意を決したような声で口を開いた。
「…紅さんが…いなくなりました。」
「……え…っ…?」
「今、二階堂総出で捜索中です。」
「…いな…く……って…連れ…去られた…?」
「いえ…それが…防犯カメラに、紅さんともう一人…一緒に外に出る姿が…」
「……誰…が…」
紅さんは…うちのじーちゃん…二階堂 翔が生活してる施設の、一番厳重な場所に保護されてた。
だけど…
自分から出て行った…って事?
「…誰と…出て行ったの…」
「それが…」
エレベーターが使えないのか、富樫はあたしを背負ったまま外の非常階段に出た。
「うっ…」
ヘリが近くでホバリングしてて。
その風に煽られそうになる。
富樫はそれからあたしを庇うように……
「……」
……誰かが。
誰かが、あたしの盾になった。
盾になって…
『泉…』
…記憶の底に沈みそうになる声。
あたしの名前を読んだのは、誰?
あたしはどうしてここにいたの?
ここはどうして…こんなに荒れてるの?
誰が…あたしを守ろうと…
「お嬢さん、少し走りま…お嬢さん…?」
「……」
あたしの身体から、力が抜けた。
「お嬢さん!!」
富樫の声が遠のく。
次に目覚めた時には、全て思い出せるのだろうか。
ここにいた理由。
あたしが見た背中。
あたしの…
あたしの大事な全てを。
〇高原さくら
「……」
あたしはその光景を、窓辺に立って眺めてた。
なんでこんな事になったの……って。
100m先に建ってる二階堂のホテル。
上から五階は外壁が崩れ落ちて、部屋の中が丸見え。
その中に…泉ちゃんがいる。
さっき、海さんが泉ちゃんの無事を確認して外に飛び出した。
たった今、富樫君が泉ちゃんを抱えて部屋を出たから…もう安心だね。
「…さくらさん…」
背後から掛けられた声に、あたしはゆっくり振り返る。
「どうして…こんな事に…」
「どうしてか?んー…そうだね…全部を自分の物にしたい人と、みんなの平和を願ってる人が対立しちゃってる……悲しいね…」
「……」
通りには警察や消防、救急車が行き交ってて…この得体の知れない騒ぎに恐怖に怯える悲鳴も聞こえる。
この騒ぎは…一条の宣戦布告。
カトマンズでSAIZO一人にやられまくった事…相当プライドを傷付けられたらしい。
だけど、だからって…
こんな街の中で、多くの人を巻き込んで…
…許せない。
「…私が出て行けば…解決するのでは…」
「何言ってるのぉ!?」
あたしは、不安に揺れる瞳の紅ちゃんの両腕をガシッと掴んで言った。
「あなたには、大事な家族がいるでしょ?その人達が、そんな事望んでると思う?」
「……」
目の前に居るのは、高津 紅ちゃん。
元…一条 紅。
だけど、その過去を…彼女は知らない。
事故で記憶を失った後、先代が…ずっと一条での記憶を消し続けていたらしい。
「…さくらさん。」
「ん?」
「さくらさんは…ニューヨークで一般人が亡くなった事件をご存知ですか?」
「……」
これはー…
「たった一人の少女が…テロリスト全員を射殺し、全てを終わらせた事件です。」
「…知ってるよ。」
「……」
「それで、何が聞きたいの?」
あたしは…目を逸らさなかった。
長い間、封印されてた過去。
だけど、思い出したい…忘れちゃいけない…受け止めなきゃ…って、ずっと苦しんでた。
記憶の扉が開かれて、まるでそこから波が溢れ出て来るように…それはあたしの中に戻って来た。
蹴り上げた腕から、あたしの手の中に来た銃で。
全員を、殺した。
…許せなかった。
いくら相手が悪だったとしても…あたしは二階堂を抜けた人間。
思い出したあたしの罪は、消える事はない。
だけど、それを…なっちゃんは受け止めてくれた。
あたしが何者であろうと。
あたしは、なっちゃんのそばでは…ただの『さくら』でいていいんだ…って。
だからあたしは…
「それは、あたしが暴走した事件よ。」
紅ちゃんの目を見て言うと。
「…思い出して…苦しくは…」
震える唇で、そう言った紅ちゃんは。
すでに…少し何かを思い出しかけているのか。
ポロポロと涙を流した。
「…苦しかったよ…」
そっと、紅ちゃんを抱きしめる。
だけどあたしの方が小さいから、しがみついてるみたいになっちゃって…カッコつかないなあ…なんて。
こんな時なのに、あたし、ダメだな。
「う…」
ベッドに横たわってるSAIZO君が目を覚ました。
「あっ、大丈夫?」
駆け寄って顔を覗き込むと、SAIZO君は明らかに警戒して身を翻そうとした。
「ケガ人なんだからじっとしてて。」
そんな彼の腕をガシッと掴んで、ベッドに沈み込ませる。
「……あんた、最初に俺の尾行に気付いた人だな。」
「あれっ、気付いたのバレちゃってた?君すごいね♡」
「……」
SAIZO君はあたしをジロッと睨んだ後、窓の外に目をやった。
そして…
「…泉!!」
少し前の出来事を思い出したのか、驚いた顔で跳び起きた。
駆け出そうとする彼の腕を、まだガシッと掴んで。
「大丈夫。泉ちゃんはもうあそこにいないから。」
あたしは、説明を始めた。
本当に…
泉ちゃんが絡むと状況判断が鈍る。
完璧なまでのソルジャーなのに…とんだ欠点が出来てしまった。
ただ、人間としては…いい傾向だよね。
「一条をこのままにはしておけない。だから、君にも協力して欲しいの。」
「…あんた、何者だよ。」
「あたし?あたしはねー…」
あたしは、何者か。
何者なのか。
それは…自分でも、よく分からないまま。
だけど、胸を張って言える事が一つだけある。
愛する人がいて、大事な仲間がいて。
それだけで、まぎれもなく…
誰にも自慢できる、『幸せ者』だ…って事。
だから…
今は。
今だけは。
高原さくらから、森崎さくらに戻って。
やつらを叩きのめす。
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