第18話 翌日。
翌日。
頭に言われたように、お嬢さんからは見えない距離で護衛を始める事にした。
現場に出る任務が恋しいと思わないあたり…自分でもお嬢さんをお守りする気持ちは強いらしい。
…以前は、ほんの少し…子守は面倒だ。と思った事もあるが。
今は欠片も思わない。
誰でもない…俺が今の状況を作ってしまった。
その責任は、しっかり取らなくてはならない。
今日もお嬢さんの足は公園に向かった。
今までのように、ボンヤリと椅子に座って時間をやり過ごされるのだろうか…と、見付からないよう見守ろうとしていると…
今日は。
いつもと違った。
「着物とか似合いそう。」
「…着てるよ。しょっちゅう。」
「しょっちゅう?」
少し離れた木陰で本を読むふりをしている俺は。
…その展開に少し戸惑っていた。
昨日、ついて来るなと言われて…
その後で…か?
その後で知り合った男か…?
お嬢さんの隣には、丸い眼鏡に黒の長髪。
その佇まいは…少し独特な環境を想像させる。
「家がね、茶道の…」
「…もしかしてセンって、いいとこのお坊ちゃん?」
「…お坊ちゃんて言われるのは抵抗あるけど、実際そうだよな。」
「すごい。ただの長髪じゃないとは思ったけど。」
「…バンドマンとか思わなかった?」
「思わないよ。だって、品があるもの。」
「実はさ…」
「ん?」
「本当の父親がギタリストでね。」
「えっ?」
「僕も…弾いてるんだ。」
茶道家…セン…実の父親がギタリスト…
そのキーワードを元に、男の素性を調べよう。
「どうかしてるかな…」
「?」
「昨日知り合ったばかりなのに…織が好きだ。」
「……」
「あ、ご…ごめん。い、いつもこんな風に言ってるわけじゃないから。」
「…あたしもそう思ってたから…」
「え?」
「あたしも…センが好き…」
「…ありがとう。」
…姿を見なくても分かる。
二人は…かなり近い距離でその気持ちを伝え合った。
手にしている本は、万里の部屋の本棚から適当に持って来た物。
パタンと閉じた瞬間、そのタイトルが『恋』と知った。
お嬢さんはまさに今…恋とやらを経験されている。
…俺には、ない感情。
この三ヶ月…昨日まで言葉を発する事も、笑う事もなかったお嬢さんが…
今、恋した相手に優しく笑っている。
…良かった。
そう思う反面…
相手は二階堂じゃない。
だとすると…いつか別れが来る。
これ以上お嬢さんが傷付くのは…
「……」
本のタイトルを、何の感情もなく眺めていると。
昨日、甲斐さんから聞いた話を思い出した。
森魚の父親は、姐さんの事をずっと想い続けていて…
姐さんが頭と結ばれる事を反対していたらしい。
それで…頭に二階堂の真実を知らせて…
それでも動じなかった頭と、二階堂を継ぐ決意をした頭を支える覚悟を決めた姐さんに完敗した彼は、二階堂を抜けた…と。
…二階堂でなければ…お嬢さんの恋は実るかもしれない。
坊ちゃんが二階堂を継げば…
この恋は…
「……」
ふと、周りを見渡す。
ここにもし森魚がいたら…男に危険が及ぶ可能性が高い。
俺は自分が抱えた胸の痛みに気付かないまま。
森魚への警戒も強めた。
その夜、一人で本部に籠った。
森魚を警戒して、ある装置を作るためだ。
…
次期茶道家元。
母親は現家元の早乙女 涼。
学生時代の先輩でギタリストの浅井 晋との間に出来たのが…早乙女家長男、千寿。
浅井が渡米の際、二人は別れて…早乙女には望月政則という男が涼と結婚して婿入りしている。
その後、次男が誕生。
千寿は私書箱を使って、手紙のやりとりをしている。
相手は…実の父親の浅井 晋。
誰が彼に真実を…?
「……」
一般人にも、こういった事はあるのだな…と、ふと考えた。
俺達二階堂からは、かけ離れた生活をしていると思っていたが…実はそうでもないのか。
訓練こそないにしても…真実を知って思い悩むのは、人間なら誰にでもあり得るのだな。
それでも…
なるべく一般人に紛れ込めるように。と、昔の二階堂とは少し違うように訓練されたはずの俺も。
外からこっち側に来た、お嬢さんと坊ちゃんの想いには…近付けないと思う事もある。
むしろ、感情のふり幅は…外の人間の方が広い気がする。
小型のセンサーを五つ作って、本部を出る。
早乙女邸は…納得の格式ある家だった。
門構えだけ見れば、二階堂も引けは取らないが。
この中には恐らく…手入れの行き届いた庭が広がっている事だろう。
防犯をチェックして、塀の周りを歩く。
今までも夏休みと冬休みにはこっちに来てたんだ。
春休みの今…森魚が来ていないとは限らない。
バツの悪い事をしでかした後でも。
あいつは…きっとのらりくらりとやって来る。
そんな事を考えながら、暗闇に身を潜めて塀を飛び越えた。
今夜は新月。
身を潜めるにはちょうどいい。
「……」
背後からやって来た人の気配に気付いて、石灯籠の陰に移動する。
しばらくそのまま暗闇を見つめていると…
森魚が現れた。
…あの顔は…お嬢さんと早乙女千寿の事を知って、嫉妬に駆られた…って所だな。
だが、ここに忍び込んでると言う事は…
「何してる。」
「!!」
森魚の背後に回って羽交い絞めにする。
「うっ…」
「おまえ、いい加減にしろ。」
「はっ…なっ…せ!!」
「静かにしろ。」
ジタバタと暴れる森魚を、芝生の上に投げ飛ばす。
「がはっ!!」
そのまま体をうつ伏せにして、背中に乗った。
「なぜここにいる。」
「…だ…誰が言う…かっ。」
森魚はどうにか反撃のチャンスを狙っているかのように、俺に掴まれた腕と少しは自由が利く足をばたつかせた。
…本来、能力の高い奴だが…
こうして頭に血が上っていると判断力に欠ける。
その事に、本人は気付いてるのだろうか。
とは言っても、油断はダメだ。
俺はそれでこいつに出し抜かれたんだ。
芝生に顔を押し付けて、掴んだ腕を激痛ほどに捻る。
「っ!!!」
「痛いか。」
「~!!!!!!!」
「お嬢さんに構うな。それと、この家の誰にも、だ。」
「!!!!!!」
地面に向かって、声にならない声を発し続ける森魚。
「俺は…お嬢さんの幸せを邪魔する奴は許さない。」
「っ……」
ジタバタしていた森魚が、動きを止める。
「おまえの親父さんが、じゃない。俺が…お前を殺す。」
森魚の頭を押さえ付けたまま、一度立ち上がって…その背中に、膝を落とす。
「--------!!!!!!!!」
「いいな。」
森魚の頭を掴んで仰向けにすると。
間髪入れず鳩尾に一発くらわせて失神させる。
その間に、家の数ヶ所にセンサーを取り付けた。
庭に戻ると、森魚はまだ気を失ったまま。
俺は森魚を担いで早乙女邸を出ると、埠頭まで行き。
「少し遠くて悪いが…ここに。」
二階堂が経営する運送会社のトラックに、森魚を乗せた。
「本部からの依頼ですか?」
「いや、内密に。」
「珍しいっすね。真面目な環さんが。」
「真面目に処理した結果がこれだ。」
「了解っす。今から出たとして…朝になりますね。起きて大丈夫ですか?」
「厄介な奴だ。眠らせておいてくれ。」
「ラジャ。」
運転手はいくつか薬を用意して、森魚に酸素マスクをつけた。
「これで夢の中っすよ。」
「…頼む。」
トラックが走り始めて。
森魚の頭を掴んでいた右手を見る。
…敵じゃない。
だが、お嬢さんを守るためだ。
森魚の声にならない悲鳴に痛みを感じながら…
暗い気持ちを消すように、二階堂に戻った。
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