第17話 「…なぜここにいる。」
「…なぜここにいる。」
「あ、バレたか。」
現場を終えて部屋に戻ると、森魚がいた。
季節は冬。
万里も沙耶も『部屋が狭くなる』という理由で使わないこたつを、俺は愛用。
そこに…まるで自分の部屋のように寛いでいる森魚がいた。
「冬休みになったからさー、会いたいって思ってるだろーと思って。」
「誰がだ。」
夏休みの時は…
俺がお嬢さんと対決して負けた後、花壇を作り終えたのを見届けて来なくなった。
突然来たと思えば、突然来なくなる。
だけど二階堂に堂々と忍び込む図太さは…嫌いじゃない。
俺にはない行動力。
…羨ましいわけじゃないが。
「今日は疲れてる。寝るから帰れ。」
もう何日寝てないだろう。
しかも今日の現場は神経がすり減った。
二階堂のために…という気持ちは強い。
特に…
ここ数日の無理がたたっているのか…少し風邪気味な気もする。
森魚がこちらを見てる事も気に留めることなく、俺は着替えるとこたつに入って横になった。
「何だよ、ベッドで寝ないんだ?」
「寒い。」
「こたつで寝ると風邪ひくんだぜ?」
「ほっとけ。本気で出てってくれ。」
「…まだ陸と織は、二階堂をヤクザって思ってんのか?」
「……」
その言葉に、閉じていた目を開ける。
「おまえが気に掛ける必要はない。」
「何でだよ。このまま騙してくつもりか?」
「人聞きの悪い事言うな。」
「でも実際そうじゃん?陸はともかく…織は後を継ぐって言ってんだぜ?いい加減本当の事話せよ。」
「…俺が決める事じゃない。」
もういい加減にしてくれ。
そういう意味も込めて、盛大に溜息をつく。
今は…ほんの10分でもいい。
眠りたい。
「…ふん。言いなりか。」
「何とでも言え。」
「……」
森魚が出て行くのを確認すれば良かった。
と、俺が後悔するのは…
この後、お嬢さんが俺の部屋に入って来て。
風邪気味でその気配に気付く事なく眠ってしまっている間に。
お嬢さんが…上着のポケットから、二階堂のIDカードを見付けてしまってからだった。
俺はそれをそんな所に入れていない。
…森魚の仕業だ。
それがキッカケで、お嬢さんは二階堂が本当は秘密機関だと知り。
それまで絆を作って来られたはずの…二階堂の全員に、心を閉ざされた。
…森魚のせいで…
いや…森魚に甘かった。
俺のせい…
俺の責任だ。
二階堂の真実を知って以降。
お嬢さんは心を閉ざされた。
声を発する事もない。
視線すら…誰とも交らせない。
学校も辞めて、部屋に閉じこもるか…気が向いたら外に出かける事もあるが…
「お出かけですか?」
やはり今日も…万里の問いかけにも視線を向ける事はない。
俺は自ら護衛を申し出て、お嬢さんの外出時には必ず影となった。
無言で…一定の距離を保ち、その後ろ姿を見守る。
「……」
ふと、先を歩いていたお嬢さんが立ち止まる。
それに合わせて俺も歩を止めると…
「…環。」
お嬢さんが…ゆっくり振り向いて、声を発せられた。
しかも、視線が…決して柔らかい視線ではないとしても。
真っ直ぐと俺に向いている。
「…お嬢さん、声が…」
三ヶ月ぶりだ。
三ヶ月ぶりに…お嬢さんが声を出された。
つい嬉しくて口元を緩めてしまったが…
「ついて来ないで。」
お嬢さんの言葉は…俺を拒絶するものだった。
「……」
当然…か。
お嬢さんが公園への階段を上り始める。
護衛として、何があってもついて行かなくては…と思う反面…
望まれていない事をするのも…と、迷いが生じた。
…望まれなくて当然だ。
俺はお嬢さんを傷付けた。
いずれは知らなくてはならなかった事だとしても…
頭と姐さんが時間をかけてタイミングを計っていた事なのに。
…森魚を抑えられなかった。
どこか自分の能力を過信していた事を悔やんだ。
周りからは自分を責めるなと言われたが、誰のせいでもない…俺のせいだ。
全て…俺の慢心が招いた事。
「……」
公園を見上げて、ここからは見えない場所にお嬢さんを想う。
小さく溜息をついて、俺はその場を去った。
「環。」
二階堂に戻ると、和館の縁側から頭に手招きされた。
「…はい。」
玄関から中に入り、頭の傍に正座する。
「織は…どうしてた?」
「公園に。」
「一人でか。」
「…ついて来るなと言われました。」
「……」
頭は少しだけ俺を振り返って。
「ふっ…きつい言葉だが、声を出したか。」
苦笑いをされた。
「はい…」
視線は…お嬢さんが俺との勝負に勝って、みんなで作った花壇。
恐らくもうじき…何種類かの花が咲く。
「私が…二階堂が秘密組織だと知ったのは、18の時だった。」
以前はお嬢さんと万里達の笑い声が響いていた和館に、頭の静かな声が流れる。
「私と紗良はここで生まれて…私だけが、知らされてなかった。」
「…二階堂とは…を、ですか?」
「ああ。」
お嬢さんが真実を知られた時。
確かに姐さんがおっしゃっていた。
『あなただって、事実を知ったのは18の時だったじゃない。』と。
気になったものの…あの場で問うことなど出来るはずもなかったが…
「ただ漠然と危険な家業である事は分かっていて、それに伴う訓練を…ここで生まれ育った兄弟のような者たちと、何の疑いもなく繰り返していた。」
「……」
ここで生まれ育った兄弟のような者たち。
その中に…森魚の父親もいた…と言う事か。
「ただやはり、ある程度の年齢になると…自分の立場が違っている事に気付く。」
「……」
「何も知らない間は…幸せだった。」
頭の、その言葉に。
『何も知らない頃ってのは、幸せで良かったね。』
そう言った、森魚の父親が重なる。
寂しそうな目で…夜空を見上げていた。
そして、今の頭も…
同じような目で、花壇を見やっておられる。
しばらく無言で過ごしていたが。
「織の護衛は…引き続き頼む。ただし、バレないようにやってくれ。」
頭は俺を見る事なく、少し弱ったような声で言われた。
「…分かりました。」
「ふっ…ダメだな、私は。娘を傷付けておきながら…嫌われるのが怖いなんて。」
「……」
頭の意外な面を見たようにも思う。
だが、元々二階堂に関わらせたくなくて…その存在を隠したと聞いた。
…今までは、国のために、世界のために…の人と思っていたが…
それ以前に…父親なのだと気付いた。
頭が縁側を去られた後。
「環。」
今度は…甲斐さんに声を掛けられた。
「はい。」
「…もう気付いてるだろうが…」
「…頭が二階堂の真実を知られたのは、坂本さんが?」
俺の言葉に、甲斐さんはそっと目を伏せて…苦笑いをした。
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