第14話 あの夜、坂本さんに言われた通り。
あの夜、坂本さんに言われた通り。
俺はその存在を、浩也さんと沙耶に話さなかった。
言いなりになったわけでも、『主』とされた事を信じたわけでもない。
…必要ない。と思ったからだ。
そして坊ちゃんとお嬢さんは、二階堂が秘密組織だと知らないままに引っ越し…
最初は腑に落ちない様子だったお二人も、まずは坊ちゃんが先に進もうと努力された事で、お嬢さんも心動かされ。
まだご両親に会う決断はされないものの、坊ちゃんはすでに転入先の学校にも馴染み、現在は『美形で優秀な転校生が来た』と噂になりまくっている。
ただ、それはお嬢さんの耳には入れないようにした。
おそらく数日の内に登校の決断されるはずのお嬢さんには、若干邪魔な情報と浩也さんが判断したからだ。
いや…お嬢さんも美形で優秀だが。
坊ちゃんほど、人当たりが良くはない。
坊ちゃんとお嬢さんが二階堂に引っ越されて二ヶ月。
その電話は甲斐さん経由でかかって来た。
『すみません。』
「…え?」
『森魚がそちらに行ってしまいました。』
「…こちらに…とは?」
本部の個室。
俺は誰にも見られていないのに、ドアを背にして小声になった。
『陸坊の様子が気になるらしく、『様子を見て来る』と書き置きして。』
「……」
…で。
これはー…どうしろという電話なのだろうか。
だいたい、俺を主にすると言われても。
冗談だろ。
二階堂に仕える身の俺に、下の者は要らない。
『探しに行こうとも思いましたが、修行のつもりで放っておくことにしました。』
「えっ。」
『厄介事を起こせば、坂本からは消すのでご安心を。』
「いや…消すって…」
親子だよな…?
そんなに簡単に…
『大丈夫です。ご迷惑はおかけしません。』
…何の連絡なんだ…これは。
目を細めながら電話を切り、個室を出た所で…
甲斐さんが通路の端で待っているのが見えた。
「森魚か。」
腕組みをして笑顔の甲斐さん。
「…はい。」
「あいつは出来る奴だ。」
「それは…分かります。」
「潰さないでやってくれ。」
「……」
それはどういう?と言葉には出さず、少しだけ首を傾げると。
「お前達にはなかったから分からないだろうが…反抗期ってやつだ。」
甲斐さんは少しだけうつむいて、くっくと笑った。
「反抗期…」
「森魚ほどの奴を潰したくない。」
「……」
甲斐さんは俺の肩にポンと手を置いて。
「見掛ける事があったら、抑えてやってくれ。」
めったに見せない…優しい笑顔。
「…二階堂を抜けた者に、随分目をかけられるのですね。」
若干嫌味も込めて言ってみる。
そうでもしないと…割に合わないと思った。
それでなくても、普段は坊ちゃんとお嬢さんの子守のようなもの。
俺はもっと現場に出たいのに。
なのに…反抗期の子守まで出来るか。
その反抗期の小僧に出会うまで、そう時間はかからなかった。
「…おい。」
背後に感じた気配に振り返らず声を掛けると。
「バレた。」
小僧は悪びれる様子もなく、俺の隣に並んだ。
…わざと見付かったな?
「…坊ちゃんなら元気だ。」
前を向いたままで言うと。
「陸はどこに居ても元気さ。」
ポケットに手を突っ込んで、だるそうな声の小僧。
「…お嬢さんも元気だ。」
「そんなわけないね。
「……」
「大人はずるいよな。自分達の勝手で子供を振り回してさ。」
坂本さんは…二階堂の事情を知ってて、それを全部息子に話したのか?
「何しに来た。」
「様子を見に、だよ。」
「会う事は許されない。」
「はあ?何で。俺、親友だけど。」
「親友なら察して欲しい。」
「大人の事情なんて察したくないね。」
二階堂にいると、こんなやり取りはなかなかない。
新鮮だ。
と思う俺と。
…鬱陶しい。
と思う俺。
「…ガキ。」
一言つぶやいてみる。
すると…
「……」
シュッ。
無言の小僧から、拳が放たれた。
「!!」
それを交わして反対の腕を取る。
「へー、あんたやるね。」
「……」
従う。そう言ったはずの小僧は、敵意に満ちた目で俺を見る。
何なんだ。
「あの誓いは何だったんだって思ってんだろ。」
小僧はそう言って、俺の手を振りほどいて後ろに跳んだ。
「父ちゃんの前だったからな。あれぐらいで主決めるなんて、アホだぜ。」
「…父親をそんな風に言うな。」
「あ、そっか。あんたには分かんねーか。親いねーもんな。」
「…挑発には乗らない。」
相手にならない方がいい。
そう決めて、歩き始める…
が。
「勝負しようぜ。」
背中に投げかけられた言葉に、足が止まった。
「…勝負?何のために。」
ゆっくりと振り返る。
小僧は斜に構えて口元を緩ませると。
「俺が勝ったら、夏休み終わるまで二階堂に居候させろよ。」
すでに勝ち誇った顔でそう言った。
二階堂に居候?
そんな事…
させるわけない。
「…どうした?」
誰にも会いたくなかったのに。
二階堂に戻り、別館に辿り着いた途端…
「いや…ちょっと。」
左頬を隠すように二階に上がろうとするも。
「待てよ。おまえがそんな事になるなんて…どこの現場に出た?」
「……」
小僧との対決は…
何とか俺が勝った。
が…
「腑に落ちねー!!」
四つ這いになって、地面に叫ぶ小僧。
…確かに、優れた能力の持ち主だ。
だが…戦術が稚拙でワンパターン。
動きの速さで誤魔化しても…それは読めてしまえばこちらは待つだけで済む。
「おまえの負けだ。ちゃんと家に帰れ。」
「は!?俺、負けたら帰るとか言ってねーし!!」
「……」
「勝ったら居候させろっつっただけじゃん!!」
はあ…
これが反抗期か。
面倒だ…
と思う反面、お嬢さんみたいに何か思ってても口に出さないよりは、分かりやすくていいのでは…とも思う。
思春期の想いは色々なんだな…
「おい!!」
俺が色々考えてる所に、小僧が涙目のまま怒鳴った。
…相変わらず四つ這いのまま。
「…なんだ。」
「会わせてくれよ…陸と織に…会いたいんだよ…」
さっきとは打って変わって…力の無い声。
「あいつらがいなくなって…マジで俺…寂しくてさ…」
「…舞がいるだろ。」
「舞じゃ……」
消え入りそうな声。
小僧は膝を抱えて座り込むと、そこに自分の顔を埋めて。
「…あいつらじゃなきゃ…やなんだよ…」
泣き声でつぶやいた。
「……」
小僧の前にしゃがんで、頭を撫でようと…
「かかったな!!」
「!!」
すっかり気を抜いてしまってた。
そこへ飛んで来た平手。
避けれる。と思ったが…
…あえて、叩かれる事にした。
バッシーン!!
予想以上の痛みだったが、それもまあ…構わないかなと思った。
小僧は『やーい!!』なんて言いながら姿を消して。
俺は…痛む頬を押さえて帰宅した。
「現場じゃなくて…」
「はっ…」
俺の次の言葉を待たずして、万里が勝手に何かを察して目を見開いた。
「あ…あれか…痴情のもつれ…」
「……」
沙耶が言いそうな事を万里に言われて、少し目を細めた。
が、小僧の存在を知られたくない俺は…それを使う事にした。
「…色々あるんだよ…俺も…」
意味深にそう言いながら溜息をつく。
万里は眉をハチの字にして、半開きの口のまま小さく何度か頷いて…それ以上は聞いて来なかった。
…小僧がおとなしく帰るとは思えない…
面倒を起こさないでくれる事を祈るしかないのか…。
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