第12話 「どういう事。」

 〇二階堂 泉


「どういう事。」


 今、目の前ですごく怒ってる顔をしてるのは…母さん。


 ここは兄貴んちで。

 テーブルには、兄貴と咲華さんと父さんと母さんがいて。

 あたしはソファーにリズと座ってて。

 少し離れた場所に…富樫と志麻と薫平と瞬平が立ってる。


 …って。


 どうして本部じゃなくてここかと言うと。


 カトマンズの一件の時、薫平が見事に本部をハッキングしてる事がバレて。

 セキュリティを万全にした。にも関わらず。

 どうもあれ以来、母さんは色んな事に不信感を抱いてて…

 兄貴んち集合。って事になった。



「SSの事、あたしは何も聞いてない。」


 母さんの低い声に、うつむき加減だった全員が顔を上げた。


 …え。

 父さん、何も話して…?


 あたしがチラリと父さんを見ると。


「…誰に聞いた?」


 父さんは、首を傾げて母さんと距離を詰めた…けど。


「……」


 母さんは肩に触れようとした父さんの手を払い除けて、何なら…少し睨んでる。


 …え…えええええ…


 何だかやだよ…

 母さん、父さんの事大好きなはずなのに。

 そんな目で見るのやめてよ。


 それには兄貴も何か感じたらしく、眉間にしわを寄せて二人を見てる。



「…我が子が行くって決断した話を、他から聞かされたのよ。」


「……」


「会えなくなるって、本当なの…?」


「……」


 無言の父さん。

 本来なら、知らなくてもおかしくないはずの咲華さんが難しそうな顔をしてるあたり…

 知ってる…と。


 そりゃ、母さんは…おもしろくないね。



 あたしは自分が家族に会えなくなるというのに、寂しささえ感じてない。

 むしろ、自分の能力を存分に発揮できる場に行けるのが楽しみだし、もっと自分を高めたいとまで思ってる。


 それが出来るなら…

 家族とか友達とか、そういうのは…別にいいかな。


 …こういうとこ、二階堂向きなのかな。

 あたし、冷たい奴なんだね…きっと。



「…その件ですが。」


 突然、部屋の隅に立ってた富樫が言葉を発した。


 全員が富樫に注目する。


「どうか…私にも同行させて下さい。」


 志麻達より一歩前に出て、胸を張る富樫。


「い…いやいやいやいや…あんた何言ってんの。」


 あたしはリズを抱えたまま立ち上がって。


「二階堂からはあたしだけが行く。みんなはちゃんと二階堂を守って。」


 みんなをぐるりと見渡して言って。


「あ、薫平は…ちゃんと自分がすべきことをして。」


 二階堂を抜けてる薫平には、そう付け足す。


「ですが、私は」


「富樫。」


「っ…お嬢さん…」


 言葉を途中で遮ると、富樫はもどかしそうに唇を噛んだ。


 もう何も言わないでよ。

 それ以上言うと…

 今日の事、ここで話すわよ。


 あたしは、そう…富樫に目で訴えた。




 今日、トシの弟から襲撃を受けたあたし。

 富樫は余計な加勢に加わろうとして…結局はトシから一発見舞われて伸びた。

 …足元にそんな富樫がいる状態で…あたしはトシと濃厚なキスを交わしたわけだけど。

 しばらくすると、離れた場所の木で伸びてた弟が目覚めて。


「…あいつ、殺す。」


 トシが殺気立った。


「むやみやたらに殺すって言わないで。」


 腕を掴んで言うと。


「……」


 トシの視線はあたしの胸に。


「…はい。」


 胸を突き出して、触らせる。


 …こんな、ぺったんこに近いささやかな胸。

 差し出しても…価値あるのかな。

 なんて考えながらトシの表情を見てると…尖ってた唇が和らいだ。


 …そうですか…価値あるんですか…



 結局、弟はそそくさと姿を消して。

 あたしが富樫を起こそうとすると…


「だはっ…」


 トシは富樫の背中に蹴りを入れて起こすと同時に。


「おまえ、泉に触れたら殺」


「ダメ。」


「…触れたら任務の邪魔するぞ。」


 富樫の背後から首元に刃物を当てて…言った。


 その隙の無い事…

 見てるあたしも鳥肌が立った。

 刃物を当てられてる富樫は、さぞかし…腰を抜かす想いだっただろう。



 富樫が息を飲んで、覚悟を決めた瞬間。

 トシは消えてた。


 …今日は…本気のトシを見れたのかもしれない。

 あたしと対峙した時は、手を抜きまくりだったって事ね。


「…何しに来たのよ。」


 しゃがんで富樫と同じ目線になると。

 富樫は食いしばって…


「う…」


「え。」


「う…っ…ううっ…」


 ポロポロと泣き始めた。


「な…なっ何で?ど…どうしたのよ…」


「……」


 どうしたらいいのか分からず、キョロキョロしてると。


「…不甲斐ないです…」


 富樫が小さな声で言った。


「…何が?」


「私は…お嬢さんをお守りする事も出来ない…」


「別に守ってくれなくてもいいし。それに、富樫が守るのはあたしじゃないでしょ。」


「お嬢さんの事も、お守りしたいのです。」


「……」


「先ほどの男は何者ですか?」


 涙を拭いて、キッと顔を上げる富樫。


「何者かと言われると…」


 どう答えていいものやら。


「物凄い手練れでした。二階堂の者では…」


「う…うーん…」


 あたしが答え渋ると。


「…もしかして…『SAIZO』ですか?」


 富樫が…声を潜めて言った。


 …サイゾー?


「…誰それ。」


「…カトマンズの事件を一人で片付けたという…」


「…え…?」


 カトマンズの事件を一人で片付けた…?


「カトマンズの事件って…どこかの組織が片付けたんじゃなくて、一人が片付けたの?」


 眉間にしわを寄せて問いかける。


「頭が…そうおっしゃってました。」


「……サイゾー。」


『土方歳三と同じ漢字』


「……」


 歳三…

 サイゾー…?



 その時、あたしの頭の中は。

 トシに聞きたい事だらけになった。


 次に会ったら…

 あたしは抱かれるよりもまず、どうやってあの爆発物を潜り抜けたのか。

 武器は?地雷は?救出は?って…

 任務についての話をしたくてたまらなくなった。




「…この事は、誰にも内緒にしとこ。」


 あたしが立ち上がって言うと。


「…ボスにも…ですか?」


 富樫もゆっくりと立ち上がって、トシに蹴られた背中を少し気にした。


「うん。だって…兄貴に知られたいの?一瞬でのされてあたしの前でボロ泣きした。って。」


「はっ…!!」


 富樫のは『報告』で、あたしのは『告げ口』に過ぎない。

 だけどトシの事…今は誰にも知られたくないしな…


「分かった?」


「…はい。」


 何か言いたそうな富樫をそのまま本部に帰して。

 あたしは自分の部屋に戻った。



 トシの事はともかく…弟の事は少し調べたい。

 何か落とし物でもしてないかな。



「……」


 部屋の中、気配消してるんだろうけど…

 誰かいる。

 その気配がどこにあるか、あたしは集中して探ろうと…


「静かに。」


「!!!!」


 突然、背後で声がして。

 やんわりと…右手首を掴まれた。

 トシにも弟にも似てるけど、もっと…


「息子がお世話になっています。」


 …て事は…

 トシのお父さん…?



「危害を加えない事をお約束します。どうか、このままで聞いて下さい。」


「…はい。」


 それから…トシの父は。


「うちも二階堂と似たような物ですが、外の世界を知らない事に関しては…ダントツでうちが勝っています。」


「息子『達』は『まやかし』を使いますが、実際女性と交際経験がないせいか…その気になってしまうと術は全く役に立ちません。」


「しかし全てにおいての能力は、誰よりも高い。ですが欠点は…もうお判りでしょうが、気の短さと嫉妬心です。」


「私の代から、ずっと二階堂を見守ってまいりました。どうか今後は…もしあなたが本当にSSに行かれるなら、息子を成長させてやってください。」


 あたしが質問する隙を与えないぐらい、つらつらと…語ってくれた。



 …ずっと二階堂を見守って来た存在。

 確か、志麻のお母さんである舞さんが、学生時代は母さんの親友であり、護衛だったと聞いた。


 この人は…?

 父さん側?



「…あなたの存在を、うちの両親は知ってますか?」


 前を向いたまま、初めて問いかけた。


「ええ。ご存知です。」


「二階堂を見守って来た…っていうのは、誰からの依頼ですか?」


「甲斐さんです。」


 甲斐さん…つまり、志麻のおじいさんだ。


「カトマンズの件は…あなたの組織が…?」


「環様からご依頼があり、次男が任務を遂行いたしました。」


「…次男?」


「はい。息子達の中で一番能力の高い人間です。」


「…坂本…歳三?」


「本名を言いましたか。」


「普通言わないのですか?」


「仮にもあなたは尾行対象者ですから。」


「あ、そっか。あ…これ、バレたら処罰が…?」


「いえ、そういうものはありません。少しだけ説教はしますが。」


「……」


 少しだけ、冷や汗をかいた。


 さっきから…何だろう。

 この人が掴んでるあたしの右手首。

 じんじんと…熱くなって来た。

 そして、なぜか…頭の中に映像が見え始める。


 それは…


「…母と知り合いなんですか。」


 そこに見え始めたのは…母さんと陸兄と…舞さん…?

 三人は制服姿で。

 これは…この人の目線から見てる…の…?


「はい。とても楽しい中学時代でした。」


「……」


 陸兄とすごく仲良しだったみたいだけど…

 視線は…


「……えっと…」


 あたしがある事に気付いて言葉を濁すと。

 手首から手が離れて、映像も消えた。

 それに驚いて肩越しに振り返ると、その姿はもうなかった。



 …トシの父…

 視線は常に…母さんに向いてた。


「…まさか…」


 もし。

 もし…父までがトシみたいな性格だとしたら…





「…森魚君に聞いたのか。」


 そう言った父さんに、母さんは。


「そうだったら、何なの。」


 今まで見た事のないような…冷たい視線を向けた。



 トシの父。

 坂本さかもと森魚もりお

 父さんから依頼されたのを好都合…なんて思って、母さんに近付いて…ない…?


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 ややこしーっ!

 森魚まで出て来たよ!←覚えてる?

 ほんと、ぐっちゃぐちゃでまことにすみまめーん!

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