第11話 「てめぇ!!」

 〇二階堂 泉


「てめぇ!!」


 いつの間にか、あたしの後ろから階段を駆け下りて。

 恐らく弟であろうスパイダーマン男を蹴り飛ばしたトシと。


「うぎゃっ!!」


 トシに蹴り飛ばされて、階段から宙に舞った弟。


「ちょ…っ!!何してんのよ!!」


 あたしは手すりを持って、階段の下を見下ろす。


 すると…


「ひでーな!!何すんだよ!!」


 着地のポーズまでスパイダーマン…

 弟はこちらを見上げて怒鳴ってる。


「…殺す。」


 隣に立ってるトシがそんな事を言って。


「え。」


 あたしが隣を見ると、もうそこに姿はなくて。


「わー!!やめてくれ!!兄ちゃん!!」


 下を見ると、すでに二人は残像…


 やっと…って感じでその姿を追うと。


「△〇$#!!!」


「&%◇〇!!」


 大声で何やら怒鳴り合いながら、あちこちで…


「あでっ!!」


「死ね!!」


「やめてくれー!!」


「殺す!!」


「兄ちゃうがっ!!」


 …これは…


 トシ…弟があたしの胸を触ったから…?

 だとしたら、悪いのはあたしだ。

 このままだと、弟殺されちゃうよね。



「トシ!!やめてよ!!」


 階段から大声で叫ぶ。

 だけどその声は届いてない様子…


「お嬢さん!!大丈夫ですか!?」


 そこへ富樫が階段を駆け上がって来た。


「うん。あたしは平気だけど…」


 ハッキリは見えないけど、すごいスピードで動き回ってる二人。

 …弟、結構なやられ具合だ…


 ふむ。

 トシって…やっぱ優秀なんだな。

 …って、感心してる場合じゃないね。



「…富樫、ごめん。」


「はい…?」


 あたしは富樫にギュッと抱き着く。

 トシは…あたしが思ってる以上に、あたしを気に入ってるのかもしれない。

 そして、独占欲も強い。


「はっ…えっえええええ!?おっおおお嬢さん…!?」


 予想通りの反応をしてくれる富樫。

 そして…


「はうっ…」


 富樫ほどの者でも…トシにかかれば瞬殺ってわけか。(殺されてないけど)


 背後から一撃を食らってズルズルと倒れ込む富樫を階段に横たえて。


 あたしは…


「いい加減にして。」


 トシに、反撃ポーズで向き合った。


「こいつが泉に触れた。」


 そう言ったトシは真顔。


「あたしから抱き着いたの。」


「どうして。」


「トシがあたしの言う事聞き入れてくれないから。」


「何の事。」


「弟は?」


「……」


 トシの視線を追うと、弟は…大きな木の枝に伸びた姿で座らされてる。


「弟の手に、あたしが胸を押し付けたのよ?」


「なんでそんな事した。」


 トシの目が吊り上がる。


「トシを骨抜きにした奴を仕留めに来たって言うから、お手並み拝見的に。」


「バカか。」


「何でバカよ。」


 トシは…あたしの知ってる範囲内では…『らしくない』感じで。

『はあああああああ』ってわざとらしいぐらい大きな溜息をついて。


「俺で分かったと思うけど、まやかし使いは実体験に免疫ないんだよ。」


 早口に吐き捨てた。


「…うん。そうだろうね。だからあたしもそうしたし。」


 そうしなきゃ勝てない気もした。


 自信がないわけじゃないけど、正直…トシが出来る奴だけに、その身内も相当なレベルだと思う。

 だとしたら、弱点をとことん突くしかない。



「で。何で俺に戦闘態勢?」


 斜に構えてあたしを見下ろすトシ。

 そこからは敵意も何も感じない。

 むしろ、構えてるあたしを不思議そうに…そして、少し不満そうに見てる。



「聞かせて。」


「何を。」


「あたしの事、本当に好きなのかどうなのか。」


 あたしの言葉に、トシはほんの少しだけ目を丸くして。


「泉が言ったんだよ。俺が泉を好きだから、まやかしが効かないって。」


 腑に落ちない風に言った。


「それを聞いてトシは納得したの?自覚はあるの?」


「……」


 ゆっくりとあたしから視線を外して、少し考え込んでるトシ。


 …ここ三ヶ月で見たトシの顔って、ほんと…いつも涼し気で無表情って感じだったけど。

 名前を教え合ってからと言うもの…

 少しだけ、感情が分かりやすくなって来た。

 つまり、顔に出る。


 …元々は感情豊かな子だったんじゃないかな…



 ついには顎に手を当ててまで考え込んでるトシを見つめてると。


「あるよ。」


 トシはまるで閃いたみたいにパッと顔を上げて、あたしを見て言った。


「何があるの。」


「自覚だよ。」


「…自覚があるって分かるまで、随分時間がかかったようだけど。」


「どの時点で好きになったのか考えてた。」


「…は?」


 ずっと構え続けてたあたしの腕を、トシがゆっくりと掴んで。


「ボストンの現場で、泣きそうな顔してた。」


「!!」


「あれ見て、ちょっと気になった。」


 ボストン…

 それは、カトマンズの一件が終わった後、すぐの現場。

 別に、どうって事ない現場だった。

 だけど…夕陽がめちゃくちゃきれいで。

 その時、あたしは…ガラにもなくセンチメンタルな気分になった。



「…もしかして、わざとあたしに見付かったの?」


 少しだけ睨んで言うと。


「さあ…どうでしょ。」


 はぐらかそうとするわりに、真顔。


「でも初めて寝た次の日に…ND89722に頭触られてるの見て腹立った。」


「え。」


 ND89722とは…富樫の事だ。

 あの朝、確かに…富樫はあたしの頭に触った。


「髪の毛がはねてたからだよ?」


 眉間にしわを寄せると、トシはあたしとの距離を詰めて。


「違う。髪の毛、はねてなかった。ND89722が泉に触れたかっただけ。」


 語気を強めて言った。


「…もしかして、鉢を落としたのはそれが原因?」


「うん。」


 富樫を試したって言ってたけど…嫉妬が原因って事…?


「…トシ。」


 あたしの腕を掴んでるトシの手を握る。


「何。」


 トシは二階堂と一緒。

 …ううん。

 能力がとんでもないほど高いだけ、もっと厄介。

 ほっといたら…とんでもない事になる。



「あたしの事、本当に好きなら約束してくんないかな。」


「何を。」


 あたしは出来るだけ…ゆっくりと、言葉を吐き出す。


 二人でいる時は、こんなに感情を剥き出しにしないトシ。

 だけど今は…


「あたしに関わる人を、むやみに傷付けないって。」


 怒気を孕んだようにも見える、トシの目。

 それを見てると…あたしはある事に気付いた。

 この三ヶ月。

 何度も抱き合って、それで満足してたようで…そうじゃなくて。

 名前を知って、より距離が近付いた気がして…心地良く思ってた。

 トシはあたしの色んな事を知ってると思うけど、あたしはさほど知らない。

 それでも良かったはずなのに…



「…ねえ。」


「何。」


「あたし、今あんたの事をもっと知りたいって思ってる。」


「…それが何。」


 トシの頬に触れる。

 すると、それに安心したのか…少しだけトシの怒気が薄れていく気がした。


「それって…相手に興味がないと思わない事だよ。」


「…名前を教えた。」


「それだけじゃ足りないって思ってるって事。」


 何も知らずに始まったあたし達。

 何もかもが後からだ。


「あんただって…あたしの事、もっと知りたくない?」


「…名前と体を知ってる。」


「あたしがトシの何に興味を持ってるか…知りたくないの?」


「……」


 トシの瞳が揺れる。


「もっとお互いを知れば…もっと気持ち良くなれる。」


 伏し目がちになってるトシに、触れるだけのキスをする。

 足元には、伸びた富樫。

 今の所、トシは…『気持ちいい事』に結びつかないと、好きなはずのあたしの言葉も受け入れない。



「もし…トシにとって、あたしが本当に『特別』なら。」


「……」


「約束して。」


「…分かった。」


 トシは観念したようにあたしの腰を抱き寄せて。


「泉は俺の特別。俺の事も、泉のそれにして。」


 首筋に唇を押し当てた。


「…もう、とっくに特別だよ。」


 背中に回した手に…力をこめる。


『泉は俺の特別』に…すごくホッとしたあたしがいる。



「トシ、あたしが何歳か知ってる?」


「ND23556は26歳。」


「名前は不要だったのに、歳は覚えてるんだ?」


「年齢と比例しない運動能力にビックリしたから覚えてる。」


「何それ。でも…そう言ってくれてるの、嬉しいかも。」


 笑いながら言うと、トシは少しくすぐったそうに。


「俺23。」


 初めて…

 聞いてない事を自分から言って。


 あたしはそれを。


「…教えてくれて嬉しい。」


 本気でそう思いながら。


 トシの髪の毛をぐちゃぐちゃにして…激しいキスをした。

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