第10話 『じゃ…俺と行こうよ…SS…』
〇二階堂 泉
『じゃ…俺と行こうよ…SS…』
あたしは夕べのトシの言葉を頭の中で繰り返す。
『今日は休め』ってメールが入ってて。
あたしはベッドの上で仰向けになったまま、ボンヤリと宙を見つめる。
トシは…あたしが目覚めたら、もういなかった。
昨日いきなりSSの話を聞いた。
自分をこっちの世界から消した事にして、出向かなきゃいけない組織。
この話、すでに兄貴と富樫と瞬平は知ってるみたいだった。
だけど…兄貴は家族でなきゃ受け入れてもらえない。
咲華さんやリズを危険な世界に連れて行きたくなんかないよね。
…ま、もう充分危険なんだけどさ。
それでも…
咲華さんやリズを、もう二度と家族に会えない場所になんて…行かせられないよ。
薫平と瞬平には、母親である紅さんを守ってもらわなきゃいけない。
低い評価をされてたけど、もっと出来る奴だとは思う富樫は…
きっとへこんでたよね。
メンタルがな~。
『待て、泉。』
ふいに…志麻の低い声を思い出す。
掴まれた右手。
昔から知ってる志麻の真剣な目…
…ほんと、クソ真面目だよね。
キッカケは咲華さんをSSに行かせたくない気持ちだったとしても、自分が適任だと言ったのも嘘じゃないと思う。
志麻は…二階堂のために生きたいって思ってる奴だし…
本当なら評価も…もっと高くても良かったと思う。
「……」
体を横に向けて、トシの抜け殻みたいになってるシーツを手で叩く。
…あたしを尾行してた男なのに…部屋に連れ込んでこんな関係になるとか。
あたし、危機管理能力ゼロでもいいんじゃない?
でも、あの時トシと向かい合って感じたのは…むしろ好印象だけだった。
敵意はなさそう。
それなら…この可愛い男を連れ帰って美味しい想いをしちゃおうかな。なーんて…
トシは任務の延長であたしに近付いたのかもしれない。
だから『まやかし』を使ったんだろうけど…それはあたしには効かなかった。
そんなこんなで、あたしはあの男とあの夜から延々と…昼間は尾行されて、夜はベッドを共にするって関係を続けてる。
…どうしてかな。
あたし、トシには全く警戒心も不信感抱いてないよね。
もしかしたら騙されてる可能性だってあるのに。
「坂本歳三…」
声に出して言ってみる。
嘘かもしれない。
でも話してない事はあっても、嘘は言わないって言った。
それに…
何となくだけど、騙されてもいいって思ってるあたしがいる。
何だろ、これ。
トシに関しては、まだまだ知らない事だらけなのに。
強がったり甘えたり…
今…あたしが一番…自分を出せてる場所な気がする。
…一緒にSSに行こうって言ったからには…
トシもどこかの組織の人間だ。
父さん…何か知ってるかな。
休めと言われたけど、本部に出向く事にした。
現場に出なきゃいいだけの話だよね。
そう思ってシャワーを浴びて着替えを済ます。
部屋を出ようとドアを引いた所で…
「!!」
引きかけたドアを勢いよく閉めて、クローゼットに駆け込む。
天井の通気口から部屋の外まで辿ると、勢いよく閉めたドアの音のおかげで、数人が部屋の前に集まってくれてた。
…誰かいた。
トシじゃないけど、トシみたいにも思えた。
だけど違うのは…
さっきの気配には…
敵意があった。
敵意を持った相手は、あたしがここにいるのも分かってるはず。
だとしたら…早くここを出て正体を確認するのが正解。
仮にも、それなりに訓練を受けてる人材がフロントに立ってる二階堂のホテル。
そこにすんなり入って来たなんて…出来る奴だ。
あたしはホテルの外にある螺旋階段に飛び降りると、そこからホテルを見上げた。
さて。
あたしは丸腰。
相手が武器を持ってない事を祈る。
きっと、もうここも嗅ぎつけてるよね。
地上に飛び降りても平気な所までは、降りておきたい。
気配を消して階段をゆっくりと降りてると、途中から…足音が重なった。
…余裕かましてくれてるじゃない。
だけど駆け出す事も慌てる事もせず、あたしは変わらない歩調で階段を降り続けた。
その均衡が崩れたのは…
「お嬢さん!!」
下から、富樫が叫んだ時だった。
「!!」
それなりにあったはずの距離が、いつのまにか至近距離で。
背後から蹴り出された足をかわすと。
「っ…やるね。」
すれ違う瞬間、聞き覚えのある声があたしの耳元に届いた。
「……」
聞き覚えのある声…ううん。
聞き覚えのある声に、似た声。
向かい合うと、男はトシと似た背格好。
顔は…スパイダーマンのマスク。
「…トシの弟?」
首を傾げて問いかける。
「うわ。名前まで教えてるとか、ないわー。」
弟はあからさまに嫌そうな声を上げた。
スパイダーマンのマスクをかぶってるからか、構えまでそれっぽい。
一応敵意むき出しではあるけど…トシほど能力が高いとは思えない。
「…何しに来たの。」
こちらは応戦する気はない。って態度で見下ろすと。
「あいつを骨抜きにした奴を仕留めに。」
相変わらず、敵意満々で変な構えをしてる。
「……」
あたしは、じっ…と弟を見据える。
マスクから覗いた目は、トシのそれと似てる。
幸い武器は持っていないようだ。
だとしたら…
「!!」
あたしは弟の隙を見て、ふところに入り込んだ。
そして…
前に突き出して、変なポーズを取ってる弟の両手の平に。
自分の胸を押し当てた。
「なっ…!!」
見開かれた両目。
…こいつもきっと、『まやかし』でしか女を知らない。
「何する!!」
そう言いながらも、あたしの胸から手を離さない弟。
「おっおおおお嬢さん!!」
下から余計な加勢に来ようとする富樫を何とか止めたいけど…
「おまえ何してる!!」
そう叫んで弟を蹴り飛ばしたのは…
トシだった。
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