第2話 あたしと男の出会いは、4月1日に遡る。

 〇二階堂 泉


 あたしと男の出会いは、4月1日に遡る。



「富樫、HFCV5の角に三人居る。こっちからは入れないわ。」


 前髪をかきあげるふりをして、小さくつぶやくと。


『ラジャ。上から行きます。』


 そう聞こえたかと思うと、富樫はすぐに上から降って来た。


 …男達の上に。



「何だおまっ!!」


「がっ!!」


「うぐっ!!」


 あーあーあー…

 何だろうね。

 富樫、憂さ晴らしでもしてるみたいに…雑だよ。



 一ヶ月半前、華月の彼氏が拉致された。

 そして、半月前…それを救助に向かった兄貴達も…危険な目に遭った。


 考えてみると、不思議な話なんだよね。

 誰だって完璧に物事を進められるはずはないけど…

 それに近い事をやっちゃうのが二階堂で。

 あの現場は…二階堂が今持てる全てでぶつかろうとしてたはずなのに。


 …いつの間にか、終わってた。


 誰かが、終わらせた。



 その作戦や手段の全貌は、今も明らかになっていない。

 それでますます…みんな苛立ってる。


 …ま、あたしも…全然イラついてないかって言われたら、ゼロではないけど。


 でも命が助かった。

 誰も死んでない。

 それだけでもいいじゃん?って方が…あたしは大きいかな。



「お嬢さん、食事はどうされますか?」


 本部に戻って書類を提出した所で、富樫が言った。


「あー、もう帰って寝る。」


「そうですか…」


 何。

 その、あからさまにガッカリした顔。


「明日の朝はシモンズで食べるよ。」


 別に…思わせぶりにするわけじゃないけど、あたしがそう言うと。


「では、先に行ってモーニングプレートをオーダーしておきますね。」


 富樫は少しだけ笑顔になった。



 …志麻と傷の舐め合いをしてた頃。

 どうも…富樫はあたしの事を好きになったようで。

 本人から直接言われたわけじゃないけど、志麻や薫平の言葉の節々にそれがにじみ出てる事に気付いた。


 …いい奴だよ、富樫。

 だけど…恋愛対象にはならないかな…

 出来れば、気の合う仲間のままでいたい。


 …志麻と、薫平とも。



 あの件では二階堂として動いた薫平は、父さんに切望されたにも関わらず…結局二階堂に戻るは事なく。

 今も自分の好きな事をしてる。


 あのモニターだらけの地下室は、さすがに通信を遮断されたけど…

 薫平の事だ。

 きっとまたすぐ、手段を整えて何か始めてしまうんだろう。


 それでも、瞬平とは少し仲直りって言うか…

『高津の双子』らしくなった気がして。

 あたしは、それが嬉しい。

 やっぱりあの二人は…仲良しじゃなきゃ。




 本部の近くにある二階堂のホテル。

 あと数十メートル…ってとこで…あたしは立ち止まる。


 …この前から、ずっと尾行されてる。

 気付いてたけど、泳がせてた。

 対象があたしなのか、富樫なのか分からなかったのと…

 相手があまりにも見事な尾行をしてるもんだから、もう少し観察していたい気がしたからだ。


 だけど今夜はあたしは一人だし…

 相手は少し疲れてるのか…

 …油断してるっぽい。



「!!」


 あたしが急に駆け出すと、背後にあった気配がすぐさま息を飲んで追い掛けて来たのが分かった。


 細い路地に入って、身を屈める…フリをして。


「っ…!!」


 あたしは、そいつのみぞおちに蹴りを…

 見舞ったはずなのに、空振った…!!


「ふっ!!」


「…!!」


「やっ!!」


「…!!」


 相手は無言であたしの繰り出す手や足を避ける。


 …何、こいつ。

 すごいじゃん…


 でも、手を出してこないって事は…敵意はないのかな?



 ドン!!


 行き止まりに追いつめた。

 相手は壁に背中を預けてる。

 あたしはゆっくり近付いて、あたしより少し高い位置にあるそいつの顎に指を立てた。


「…なかなかやるわね。若者。」


 低い声でそう言うと。


「…俺に気付いただけ、あんたすごいんじゃない?」


 初めて、声を発した。


「すごい自信ね。」


「…尾行してバレたのは、あんたで二人目。」


「二人もバレてるの?大した尾行じゃないわね。」


「そうかもね。自分でもガッカリ。」


「……」


 目を見てると…少し変な気持ちになって来た。


 こいつ、いい顔してる。

 色白で、髪の毛さらさらで…切れ長の目に、通った鼻筋。


 あたしがそんな事を思いながら、視線を外せずにいると…


「……」


 いきなり、唇が来た。


 …え。


「……ん…っ…」


 こ…これは…

 何だろ。

 気持ちいい…キスだ。


 尾行されてたと言うのに、危害を加えられなかった事と。

 結構…好きな顔立ちだった事と。

 …キスが気持ち良かった事で。


 あたしは…


「…来て。」


 男を…



 部屋に連れ込んだ。




「あ…っ…」


 部屋に入って、キスをしながら服を脱がされる。

 ベッドに押し倒されて、さあ…って所で…

 いきなり、男がゆっくりと起き上がった。


「…?」


 そして、ベッドを降りて…ソファーに座って…

 ベッドに横になったままのあたしを眺めてる。


「……」


「……」


「……」


「…何してんの。」


 たまりかねて声を掛けると、男は『え?』って小声を出して不思議そうな顔をした。

 いや…その顔をしたいのはこっちだよ。


 裸にされたままのあたしは、勢いよく起き上がってソファーまで行くと。

 服を着たままの男の前にしゃがんで、シャツのボタンに手を掛けた。


「…どうして?」


 拗ねたような口調の男。

 あたしを見下ろす目は…なぜか驚きに開かれてる。


「何が?」


 さっさとシャツを脱がせる。

 そして…鎖骨にキスをすると、少しだけビクッと体が震えた。


 …キスは慣れた感じだったのに。

 何だか急に可愛い感じになったぞ…?


 首筋へのキスを繰り返してると、不意に手を取られた。


「……」


 男はゆっくりとあたしの頬を両手で包んで、じっ…と見つめる。


「…何?」


 あたしは早くセックスがしたいのに。

 何なんだ?こいつ…


「……」


「早くしよ。」


 ここまで来たんだから、その気がないとは言わせない。

 あたしはパパッと男を裸にすると、手を引いて立たせてベッドに押し倒した。


「……」


 無言であたしを見上げる男。

 下半身に手を伸ばすと…なぜか反応してない。


 …ん?

 もしかして…不能なのかな?



「…リラックスして。」


 耳元でそう言って、あたしは男の身体を触る。


 あちこちに唇を落として…時々甘噛みもした。


「…っ…あ……」


 ふむ…気持ち良くなって来たみたいね。


 こう言っちゃアレだけど…

 過去の経験が役立つ事ってあるんだな。


 今まではー…どっちかと言うと、リードされて、手探りながらこっちも相手の気持ち良さそうな所を探り当てたりはしたけど…

 ここまであたしがリードして始めた事もないな。

 これはこれで、楽しい。


 そんな事を思ってると…


「あっ…」


 急に、体を反転させられた。

 男があたしを組み敷いて、上に乗る。

 あまりにも咄嗟の事だったから、つい戦闘態勢に入りそうになったけど…


「気持ちい…」


 耳元に、そんな甘い声が降って来た。


「…え?」


「こんなに…気持ちいーの、初めてだ…」


「……」


 どれだけ転がったままの女としかやってこなかったんだろう?って思わずにはいられないセリフ。

 まあ…あたしも最初からこんな事してたわけじゃないけど…


「は…っ…」


 それから、男は…


「あっ…も…もう…」


「まだ…まだダメ…」


 それまでのはにかみ具合が嘘のように、あたしを快楽の極地に追いやった。


「…やっ…は…ああ…」


「……っ…う…は…あ…」



 何こいつ‼︎

 最初の初心っぷりは、フェイクか⁉︎


 もはやあたしは手を出せなくて。

 それこそ、転がってるだけの女だ。



「…すごい。まだしたい…」


「う…嘘でしょ。もうい…あっ…」


「まだイケそうだね。」


「ちょ…っ…あ…あっ‼︎」


「…いい感じ…」



 仕事でクタクタだったのに。

 もう、無理って言ってるのに。

 身体中が…気持ちいいって、痺れを止めない。


 あー…あたし…

 こんなになった事、ある…?



 誰との時も、気持ちは良かったけどさ…

 …昔から知ったような奴としか、した事なかったからかな…

 どこか、猫かぶってた…のかも…?



「…もー…許さない…」


 少しの休憩を挟んで。

 あたしは反撃に出る。


「えっ…」


 男の腕を取ってうつ伏せにすると。


「…う…あ……やっば…ちょ…待っ…」


 焦らすように背中を攻めた。

 どう考えても、攻め慣れてるとしても奉仕され慣れてはない。

 優しく奉仕した後は…攻めてやる…‼︎

 あたしが無理って言ってるのにやめなかった罰だ‼︎



「どう?気持ちいい?」


「う…ん…」


 ふっ…可愛い声。

 やだな…あたし、ちょっといい拾い物した感じだわ。


「も…それ、無理…我慢出来ない…」


「まだよ。」


「えー…うっ…あ…っ…」


 うわー…可愛いな。

 もっと虐めよう。


「ああ…」


 男の恍惚の表情に満足しながら。



 あたしは…あたしを尾行してた男と…



 朝まで、セックスしてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る