第9話 「……」

「……」


 翌朝。

 いつものように出勤前に神棚を見上げるも…


「…嘘だよね…?」


 昨日の『彼氏』がこの神棚にいる神様だ…なんて…

 信じられるはずもなく。

 夕べは部屋中探したけど、当然ながら彼氏は見つからなかった。

 自分の部屋だと言うのに、万が一見られてるとしたら…って気になって、すごくコソコソとしてしまった気がする。


 …腹が立つ!!



「…もし昨日のあなたが神様なら、出て来て説明しなさいよね。何が何だか分からないし…今日…あたしは出勤したらアレコレ聞かれる羽目になるのよ。」


 ついクセで、手を合わせたまま…神棚を前につぶやく。


「……」


 だけど神棚からはうんともすんとも…


「…当たり前よね。嘘よ、嘘。昨日はあたし、夢見てたのかも。」


 溜息と共にそんな言葉を吐き出して。


「よし。行こう。」


 部屋を出…


「アレコレ聞かれると困るわけ?」


 いきなり耳元で声が聞こえて。


「ひっ…!!」


 肩を揺らして驚いた。

 振り返ると、そこに…


「うるさい輩を黙らせたいんでしょ。ハッキリ言えば?一緒に暮らしてる男がいる。って。」


「なっ…何言って…」


 バッグを抱きしめて後ずさる。


 この男…

 どこから出て来た――!?


 キョロキョロしながら壁伝いに階段に向かう。


「そんなに警戒しなくても。」


「…す…するに決まってるでしょっ。」


「彼氏なのに?」


「……」


 駄目だ…今日もおかしい…危ない男だ…


「あの男はやめときなよ。」


 そう言われて、警戒してチラチラとしか向けていなかった視線が一気に彼氏に向いた。


「えっ…」


 そう言えば…昨日も…そんな事言ってた。

 あたしの野望なんて、誰にも話してないのに!!

 それこそ…

 …神棚以外は…知らない。



「小田切隆夫。あれ、あんたの手に負えないから。」


「ど…どういう意味よ…」


「スペック高過ぎなの。釣り合うと思うわけ?」


「……」


 な…何だろ…

 すごく…グサグサ来た。


 階段の途中で足を止めると、彼氏は首を傾げてあたしの顔を覗き込んで。


「一途って言うと聞こえはいいけど、あんたのはそんな可愛いもんじゃない。」


 冷たい声で言った。


「もっと現実見なよ。アメリカまで追い掛けた所で、幸せに溢れた光景見て気が狂うだけだ。」


「……」


「気付いてる?あんた、かなりおかしいって。」


「………ふ…っ…」


 先生が結婚してるって知っても流れなかった涙が…

 突然、滝のように溢れた。

 神棚から現れた彼氏の、遠慮ない言葉。


『釣り合うと思うわけ?』


『幸せに溢れた光景見て気が狂うだけ』


『あんた、かなりおかしい』



 …気付いてたわよ…

 あたしの片想いは…

 あたしの夢は…

 狂気の沙汰だ…って。


 だけど…

 これぐらい夢見なきゃ…

 あたしは…



「ひっ…うっ…ぐっ…うっうっ…」


 滝のように溢れる涙を、拭うことなくボタボタと階段に落としてると。


「…むっちゃん。」


 彼氏が…そっと、あたしを抱きしめた。


 …誰かに抱きしめられるのが初めてなあたしは…

 それを、とても心地良く感じた。

 そして…守られてる気もした。



「…頑張ったね。でも、もういいんだよ。むっちゃんはあの頃とは違うから。」


「……」


 彼氏の声を聞きながら。

 何でこの人…そんな事…って思った。

 それとも…

 この人は本当に神様で…全部知ってるのかな…



 学生時代のあたしは…

 目立つグループの子達と一緒にいたくて…頑張ってた。

 だけど当然無理過ぎて…グループの中には入れなくて。

 外側で…いいように使われてた。

 分かってたけど、仲間外れが怖くて…言う事聞いてた。

 小学生の頃から、ず………っっっっっと、だ。



 高等部の時、同じクラスの『桐生院さん』が、早乙女君と下校した事で全女子が敵意をむき出しにした時も…


「あんた、桐生院の鞄取って来てよ。」


「えっ…」


「早く。」


「…わ…わかった…」


 何の罪もない桐生院さんの鞄を…教室から拝借して。


「ほら、こっちまで蹴飛ばして。」


「……」


「早く。」


「う…うん…」


 あまり掃除されてない、美術準備室の汚い床の上で。

 何度も蹴飛ばして…汚して傷付けた。


 学校に行くのが嫌だった。

 屋上の隅っこが、あたしの休憩場所だった。

 誰も来ない…ジメジメした場所。

 たまたまそこで見掛けた小田切先生に恋をして…

 それがあたしの学校生活の励みになった。


 それでも…色んな嫌がらせや、誰かへのいじめを手伝わされる事は続いた。

 そうやって言う事を聞いてたら…卒業しても『友達』でいられると思ってたのよ…


 オシャレな友人だと思ってた人達は、大学へ行って青春を謳歌。

 あたしが就職した事すら…たぶん知らない。

 誰かをいじめたり、嫌がらせをする事に飽きた彼女たちにとって。

 もう…あたしは必要なかったようだ。


 あたしには…最初から友人なんていなかった。

 …そりゃあそうだよね…

 あたし…彼女達に本音を漏らした事すらない。

 ただ、くっついてただけだ。



 …華月ちゃんがトミヨシに買い物に来ても、声を掛ける事は出来なかった。

 それは、あの時の罪悪感があるから。

 謝りたい気持ちも強いのに…

 知られるのも怖い。

 彼女があたしの憧れであるのは、本当だから。

 あたしは…ただのヘタレだ。


 だから…小田切先生と釣り合うなんて、思った事もない。

 だけど、夢とか野望は、ただの妄想だとしても。

 持っていなきゃ、あたしには…何もない…って…



「…ぐっ…ううっ…」


 泣き続けるあたしの頭を、彼氏が撫でてくれる。

 酷い事言ったわりに…手付きは優しい。


「もっと素直になって、周りの事も信用しなよ。」


「……」


「色んな思いがあってやって来た事なんだろうけど、そのおかげで…結構デキる女になってるし。」


「……え…?」


 その言葉に、ゆっくり顔を上げる。


「…デキる女…?あ…あたし…な…れてる…かな…」


「なってるでしょ。姿勢も良くて、ハキハキ喋って仕事も早い。誰かに言われて動くんじゃなくて、誰かの気持ちを察して先に動く。」


「……」


「いい加減自信持ちなよ。もう、変な妄想に助けを借りないと立ってられないむっちゃんじゃないよ。」


「……」


 …たぶん…あたしは今…

 滝のような涙のせいで、化粧も剥げて…酷い顔だ。

 だけど、そんなあたしを…笑いもせずに見つめてくれてる彼氏を…

 初めて、ちゃんと…見つめた。


 先生に抱いた気持ちとは違う。

 これは、恋じゃない。

 だけど…


「…ありがとう…」


 嘘みたいに…肩の荷が下りた気がした。

 自信がないのに、自信満々な顔をしてたあたしは…

 もう…そうしなくていいんだ。って…

 無理矢理夢にしてた先生への気持ちも…浄化させられる気がした。


 そして、心に湧いた気持ちが…『感謝』だって気付いて。

 あたしは…


「…名前、教えてもらえる?」


 問いかけた。



 彼氏はあたしの腰に手を回したままの体勢で。

 言った。




「坂本。」



 50th 完

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 んん?あれあれ?

 このあと、むっちゃん出て来たっけ?

 そしてもうすぐ追い付いちゃう!!

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いつか出逢ったあなた 50th ヒカリ @gogohikari

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