第8話 「あははははは!!」

「あははははは!!」


「ちょっ…それ、言うかな!!」


「わー!!今の秘密ですってば!!」


「……」


 …ああ…うるさい。


 今日は職場の『懇親会』で。

 仕事の後で飲みに来てる。



 衝撃の再会から一ヶ月。

 あたしはあの後、有休を10日使って休みまくった。

 その間に美容院に行ったりエステに行ったりしたせいで、『休んでる間に男が出来たんじゃないか』って噂が出た事を知ってる。



「それにしても、イートインの新しいラテ、めちゃくちゃ美味しいわよね。」


「それ。10円高いけど、もっと高くても飲んじゃうかも。」



 うちの飲み会では、お客様の話題はNG

 だからどんな有名人と会っても、迂闊に話題になんて出来ない。

 その分、くだらない話で盛り上がる術を身につけている皆さんは…


「エプロンの紐を二重にして…」


「えー!!マジで!?」


 ……


 早く終わらないかなあ。

 帰って新しい英語のテキストを始めたいんだけど…



「むっちゃん、本当はどうなの?彼氏。」


 お酒が進んでしまうと、大抵最後はこの話題。

 あたしに彼氏がいるかどうか。

 今までも聞かれてたけど、髪型も変わって肌艶が良くなってる今は余計に。

 そんなに知りたい事なのかなあ?



 桜花の大学に進学するつもりだったあたしは、父親の病気を機にそれを諦めた。

 頭は悪くなかったし、母の期待もあったから…漠然と進学すると思ってたけど。

 特に夢があったわけでもないし、むしろまた四年も色んな事に拘束されるよりは早く自立したいと思って就職した。


 そんなわけで、あたしは『トミヨシ』で働き始めて六年。

 気が付いたら売り場のチーフになってて、正社員唯一の独身(彼氏無し)にもなっていた。


 プライベートで約束する社員さんもいない。

 あたしの私生活を知る人は一人もいない。

『トミヨシ』は秘密の共有が多かったりするせいか…パートさん含め、家族のような結束を求められる。


 だから、あたしみたいに腹を割らない社員に対して…何とか仲間に!!家族に!!って躍起になってる人は多い。


 …あたしは家族にも秘密だらけだけどね。



「彼氏いるけど言わないだけよね?」


 隣のCさんが探るような目で問いかける。


「…ご想像にお任せします。」


 ニッコリ笑いながら答えると。


「えー!!またそうやっていつも!!」


 みんなは大げさな笑顔でそう言った。



 今日の参加者は12人。

 どちらかと言うと若いグループ。

 店長がいるグループだと、平均年齢もグッと上がるが…今日は最年長も35歳だ。

 その内訳は、既婚者の男性四人と、既婚者の女性四人…彼氏在りの女性三人。

 残りの一人が、あたし。


 独身で彼氏がいない女。

 それが、あたし。

 あたし、だけ。

 独り身。


 …今は。よ!!



「むっちゃんって理想高そうよね。」


「…そうですね。平凡な男では満足しません。」


「言うなあ〜‼︎」



 …既婚者の男性の一人が、どうもあたしに惚れられてると勘違いしてて。

 それをコッソリAさんに相談してしまったらしいから…さあ大変。

『むっちゃん、不倫はやめときなよ』とか『むっちゃんになら、もっといい人が現れるって』とか…

 面倒臭いったら…


 いいの。

 あたしは教室で認められるほどの語学力をつけたら渡米するから。

 それまでは何事も勉強と思えば耐えられる…!!



「ねえ、彼氏はどんな人なの?」


 カマをかける作戦か。

 なぜか今日はしつこいな…

 もしかして、誰かを紹介する…って流れになるのだろうか。

 そうなると面倒臭い。

 それなら…小田切先生を思い浮かべて話せばいいだけ…よ。

 それも、以前の先生じゃなくて…

 先月会った…社長『小田切隆夫』さんについてを話せばいいのよ。


 あたしはビールをぐいっと飲んで。


「すごくカッコいい人です。」


 ニコリ…ともせずに言った。


「え~?漠然とし過ぎ。」


「見た目だけ?」


「中身はどうよ。」


 うっ…

 何この質問攻め…

 まあ確かに…ずっと聞かれてたのに『彼氏がいる』って答えたのは初めてだから仕方ないけど…


 …こうなったら、あたしの彼氏『小田切隆夫』を完璧に語るしかない。


「…背が高くてカッコ良くて優しくて頭が良くて…完璧な人です。ほんと…完璧。」


『完璧』を二度も言ったから、『そんなのいない!!』って笑われるかなと思ったけど。

 なぜか全員がポカンとしてあたしを見てる。


 ムッ。

 何それ。

 呆れたような顔。

 あたしにそんな彼氏は出来ないとでも?


 そう思いながら皆を見渡すと…

 どうも…視線があたしの後ろ…


「……」


 その視線を辿って振り返る。

 するとそこには…


「迎えに来た。」


 涼し気な目が、あたしを見降ろしてて。

 いい声が…降って来た。



 …迎えに来た…?


 パチパチと瞬きをして見上げる。


「何だよ。迎えに来いって言ったから来たのに。」


 え…

 え?

 えええ?

 あ…

 あたしに言ってるの…⁉︎


 て言うか…

 あなた…誰!!



「ほら、荷物持って。」


「…えっ…?」


「帰るよ。」


「……」


 口をポカンと開けて、きれいな顔を見上げる。

 切れ長の涼しそうな目が、ふっ…とやわらいで。


「むっちゃん、早く。」


 あたしに…手を差し伸べて来た。


 む…むっちゃん?

 この人…誰?

 あたし、初対面だよね…?

 なのに…


「……」


 目の前に出されたその手を…あたしはなぜか…ゆっくりと掴んで。

 ギュッと握られると同時に、胸の奥の方に何とも言えない痛み…いや、これは痛みじゃないな…

 …何だろう…



「えええええ!?むっちゃんの彼氏!?」


「はじめまして。」


「すっすっすっごいカッコいい彼氏!!」


「ありがとうございます。」


「むっちゃん!!いつの間に!!」


「僕が押しまくりました。」


「きゃー!!」


 わけの分からない状況に混乱するあたしをよそに。

 みんなと言葉を交わした、あたしの彼氏。と名乗る人物は。


「それでは皆さん、お先に失礼します。」


 にっこり。


 笑顔を残して…あたしの手を握ったまま店を出た。



「……」


「……」


 店を出た途端、無言。

 笑顔も引っ込んでる。

 だけど…手は握ったまま…スタスタと歩く…彼氏。


 …ん?

 この方向…


「…あのっ…」


「何。」


「あっあなた…誰?」


 ピタッ。


 いきなり足が止まって。

 その反動で、あたしの顔が彼氏の左肩にぶつかった。


「あたっ。」


「……」


 彼氏はさっきまでの笑顔はどこへやら…涼しそうな目元は冷ややかな怖い目にも見える。

 その目が、あたしを見下ろして…


 うっ…

 な…何…



「あんたさ、いい加減やめたら?」


「……はい?」


 あ…あんた?


「つまんない夢見るの。」


「……」


「あんたが追っかけてる男は、結婚してるんでしょ?」


「…え…っ…」


 どっどっ…ど―――…!!


「あっあああなた誰よ!!どどどどうしてそれ…っ!!」


 あたしが大きな声を出すと。


「うるさいし。」


 彼氏は右に首を傾げて…あたしの手を引いて歩き始めた。



「…これ、どこに向かってるの…」


「帰るんでしょ。」


「…あたしの家…知ってるの…?」


「知ってるよ。」


「……」


「ストーカーじゃないからね。」


「なっ…」


 何で分かるの!?

 あたしの夢とか…考えてる事とか…

 何この男!!

 怪し過ぎるー!!


 手を振り払いたいけど…何かされたらどうしよう…って恐怖もあって…

 あれこれ考えながら混乱してる間に、部屋の外まで来てしまった。


 …迷いなく…うちに来たよね…

 何なの…この人…



「鍵開けて。」


「っ…なっなんで…あなたがここに…」


「だって、俺んちでもあるし。」


「……」


 も…妄想だ…

 こここ怖い…

 どうしよう…


「…はあ。」


 溜息が聞こえて来たかと思うと。


「あっ…」


 彼氏(名前知らないから、あだ名にした)はあたしのバッグを取って、探る事なく鍵を取り出した。


「なっ!!」


「さあ、早く休もうぜ。むっちゃん。」


 えええええええ!!


 心の中で悲鳴を上げるも…

 彼氏はまるであたしの家の中を知ってるかのように…スタスタと…


「……ちょっと。」


 あたしは玄関に立ち止まったまま、彼氏の背中に声をかける。


「は?」


「…どうして、あたしの部屋を知ってるの?それに…初めてじゃないみたいな顔して歩き回って…」


 あたしの問いかけに彼氏は斜に構えてあたしを見下ろして。


「俺もここに住んでるからだよ。」


 真顔で言った。


「……はっ?」


「俺も、ここの住人だから。」


「( ゚ロ゚)ポカーン」


 だ…だめだ。

 この人危ない。

 すぐ外に出て…助けを求めよう…


 あたしがそう思ってると…


「むっちゃん。今、俺の事危ない奴だって思ってるでしょ。外に出て助けを求めようって。」


 超図星が飛んで来た。


「え…えっ…?な…なっ何のこと…?」


「信じられない?」


「……」


「そっか…今までずーっと一緒にいたのにな…」


「…そ…そうですか…」


 危険だ。

 危険すぎる。

 この妄想男…


「…じゃ、俺はいつもの場所に戻るから。むっちゃんも早く休みな。」


「…いつもの場所?」


 何のこと?と思って問いかけると。


「あそこ。」


 彼氏は…神棚を指差した。


「………え?」


「じゃあね。」


 キョトンとしてるあたしの前から。

 彼氏は…


「…えっ…?」


 いなくなった。


 …消えた…!?



 あたしは神棚を見上げる。


「…えっ…!?」


 か…




 神様なの―――⁉︎

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