第7話 「えっ、こんなに買って来てくれたの?」

「えっ、こんなに買って来てくれたの?」


「たくさん欲しいって言ってたよな?」


「……」


「……」


 目の前で咲華さくかさんが笑顔のまま固まられて。

 そんな咲華さんを前に『こんなに要らなかったのか…』と優しい苦笑いをされるボス。

 私はお二人に愛しさを感じた。


 …本当に…素敵なご夫婦だ…



 一般人を死なせてしまって以来…固く心を閉ざされたボス。

 紅美さんという想い人との別れや、許嫁であった朝子さんとの婚約破棄もボスの心に大きな傷跡を残したに違いない。


 それが…

 お酒に酔って結婚。という、ボスらしからぬ行動で得た奥様とお嬢様。

 それでも…


「ふふっ。じゃあご近所にも『きな粉のまんま』を使ったスイーツをお配りしなくちゃ。」


「この前食べたロールケーキ、美味かったな。」


「ほんと?じゃあまた作るね。」


「楽しみだ。」


 咲華さんの肩を抱き寄せるボス。

 その仕草はとても自然で…幸せ以外の何物でもなく。

 こんなに愛に溢れたお顔をされるボスを…私はいつまでも見ていたいと思う。


 自分は幸せになっていいのだろうか。と、苦悩された事もあったが…

 いいのですよ、ボス。

 私はこれからもずっと…ボスのこの幸せを傍で見ていたいです。



「じゃあ本部に行って来る。」


「あー。」


「リズ、いい子にしてろよ?」


 リズ嬢は今日も愛らしさ満開。

 私にも小さな手を振って下さる。

 …自然と目尻が下がってしまった。



「寄らせて悪いな。」


 車に乗ってすぐ、ボスが言われた。


「いえ、ボスのお宅に伺うと、元気が出ます。」


「どうして。」


「私だけではないと思いますよ。咲華さんとリズ嬢の可愛らしさにパワーをもらえるのは……あっ、すみません…ボスの御家族を勝手にスタミナ源のように…」


 私が慌てて言葉を付け足すと、ボスは小さく笑って。


「家族を誉められるのは嬉しい。また食事に来てくれ。」


「…光栄です…」


 胸が温まるお言葉をいただいてしまった。

 今度のお土産は何にしよう。と、すでに訪問する事を夢見てしまう。



「…ところで、小田睦美さん…」


 私が気になった事を口にすると。


「ああ…」


 ボスも窓の外に目を向けて、目を細められた。


「厄介な事に巻き込まれなければいいが…」


「…お気付きでしたか。」


「……」


 あの目は…どう考えても、恋、だ。

 鈍い私にでも分かった。

 しかし、ボスにはすでに家庭がおありになる。

 長年片想いをされていたとしても…諦めていただかなくては…と、病院の待合室でボスの結婚を打ち明けた。


 …相当落ち込まれていたが…

 どうか立ち直って欲しい。



「出しゃばるようかとも思いましたが…ボスがご結婚された事を話しておきました。」


 日本に日帰りで出向かなくてはならない要件があり、そのついでに…咲華さんの希望される商品を買いに行った。

 しかしまさか…その先で、ボスを慕われている女性に出くわすとは。


 帰米する時間を遅らせたため、機内では仕事の話しか出来なかった。

 今更ながら…病院での小田睦美さんの様子と、その時の会話を報告する。


「とても…落ち込まれていました。」


「…ん?」


 ボスが首を傾げて私を見られる。


「え?」


「…なぜ彼女が俺の結婚で落ち込む?」


「……えっ?」


「ん?」


「ボス…」


「…?」


「えー…と…彼女、小田切というネームを付けていましたね。」


「ああ。結婚したのでは?」


「いえ……」


 私は、あのネームを間近で見た。

『切』は…丁寧に書き足した文字だった。


「…小田切隆夫氏を慕われていたのではないかと…」


「…はっ?」


「……」


「……」


 それからしばらく車内に沈黙が落ちた。


 ボス…

 あの目を見て気付かれなかったとは…

 意外と…ご自分に向けられる想いには、鈍感であられるのだろうか…



 …ん?

 それなら…

 ボスの言われる『厄介な事に巻き込まれなければいいが…』は…

 何の事だろう…?

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