第6話 「………」
「………」
あたしは一人…部屋で呆然と座り込んで、ラグの模様を眺めてた。
今日…あれから…
富樫さんはあたしを連れて、店の近くの整形外科に行った。
そこであたしは…
この瞬間にも、先生の情報を仕入れたい。と思って。
「あの…富樫さん。」
待合室で、富樫さんに問いかけた。
「はい。」
「その…」
「……」
「えーっと……」
あたしが言いよどんでしまうと、富樫さんはその様子で何かを察したのか…
「…『先生』にお会いになるのは、どれぐらいぶりですか?」
そう聞いて来た。
「えっ…あっ…えーと…」
あたし…テンパりすぎ!!
「せ…先生が桜花にいらっしゃる間は…その…学園祭でお見掛けしたんですが…」
「そうですか。」
「…今は、何のお仕事をされてるんですか?今夜海外に…って…」
聞いてもいいのかな。って思いながらも、しどろもどろに言葉を発する。
ああ…いつものあたしはこうじゃないのに…
まどろっこしい女だと思われたくない!!
富樫さんにも!!
だって、この後報告されそうだし!!
「ああ…今はセキュリティ関連の会社を。」
「えっ…社長さん…ですか?」
「そうですね。」
ニッコリ。
ああ…先生…いや、社長…
やっぱりデキる男だったんだ…
素敵過ぎる…!!
睦美、頑張れ!!
社長夫人への道は遠くな……
…ん…?
「…あの…」
今更のように、一つ…気掛かりな事を思い出した。
「はい。」
「…先生が二箱もご購入下さった『きな粉のまんま』って…」
「…はい。」
「その…先生は、どこであの商品を…?」
嫌な予感がした。
こめかみがズキズキする。
すると、その嫌な予感が的中と言わんばかりに…富樫さんが少し目を細めた。
それは…何となく、あたしを哀れんでる目のように思えた。(被害妄想)
「…奥様とお嬢様のお気に入りなのです。」
「……」
「ですが、あいにく…あちらでは手に入らないので。それで、仕事で帰国する際には必ず入手するようにと。」
「……」
「……大丈夫ですか?」
「……」
「大丈夫、ですか?」
「はっ……」
何なら椅子から転げ落ちてる気分になったけど。
あたしは普通に座ってたし…背筋も伸びてた。
奥様とお嬢様…
「…リ…リズちゃんですね?」
何とか笑って言えた。
すると富樫さんは目を丸くして。
「ご存知なんですか?」
あたしの顔を覗き込んだ。
「ええ…リズちゃんがあの商品を握りしめたから、奥様が買ってくださって…あたしはいいって言ったんですが…」
もう、それ以降は何を喋ったか覚えてない。
診察室でも何があったのか…
とにかくあたしは左腕に添木をされて、最低でも二日間は安静に。と言われた。
その後、なぜか富樫さんが店長に労災や保険の話を振って…
到着していた商品を、富樫さんがテキパキと支払いを済ませて運んだ。
富樫さんがあたしを病院に連れて行ったり世話を焼いたせいで、余裕で20分以上かかってしまったのに。
先生も富樫さんも『気にしなくていいから』と。
その時、先生の左手の薬指が目に入った。
指輪…してるじゃない…
なんで気付かなかったかな、あたし。
あたしは店長と並んで先生と富樫さんの車をお見送りして…
「むっちゃん、今日はもう帰っていいから。あの人が言ったように、二日間は安静にするように。」
そう店長に言われて…
「…はい…」
就職して初めて、お店を休むことになった。
風邪の一つもひかなくて。
ケガだってした事ない。
だけど今、腕はジンジン痛むし…
…その何百倍も…
胸が痛い。
先生…結婚…してたんだ…
あたし…
夢がなくなった…。
「……どうするかな…コレ…」
泣きたいのに涙も出ない。
そんな二日間を過ごし、大げさに三角巾で吊ってる左腕を恨めし気に見下ろした。
だって…まだ仕事出来る状況じゃないもん…
体は…まあ、何とでもなるけど…
精神的な物がついて行かない。
「…今更取り払えないよ…」
あたしは日課の神棚へのお参りを、バカみたいに…
今朝も律儀に行ってしまった。
だって、もう習慣だったんだもん。
…あんな可愛い子供と、優しい雰囲気の奥さんがいるんだよ…?
もう…出る幕なんてないじゃない…
分かってるのに…
いや、分かってない…か。
「……」
家を出て、店までの道のりをゆっくり歩いてると…
「…ん?」
この二日間、全く動かなかった頭が少し動いた。
「…金髪青い目…」
そうだ。
あの可愛い女の子…金髪青い目…
て事は…先生の子供じゃない…?
「奥さんの連れ子…か、前妻との娘…」
どっちにしても…先生には全然似てなかった。
先生の血は入ってない。
「……」
あたしは三角巾をバッとはぎ取ると。
「…あたしが…先生の子供を産む…」
新たな目標を口に出して掲げた。
…だって…
あんなにカッコいい人だもん。
今まで誰にも相手にされなかったはずがない。
うん。
それに応えてしまう事だってあっただろう。
人間だもの。
それに、元々カッコ良かったのに…
今やアメリカでセキュリティ会社を経営してる。
知らない間に一気にバージョンアップされてるんだよ…!!
「…こうしちゃいられない。」
あたしはスマホを取り出すと。
「店長、有休取らせて下さい。」
まずは、仕事を休む段取りをつけた。
…先生を追わなくちゃ!!
そのためには…
「英語よね。」
店にも外国人のお客様が来店されるという事で、あたしも少なからずとも英会話は勉強させられている。
でも、もっとしなくちゃ。
あたしは急いで本格的な英会話教室に入会をした。
あの時は呆然としてたけど、支払いをしてる時に富樫さんが店長に『ニューヨークに住んでいるので』と言ってるのを聞いた気がする。
「…待ってろアメリカ…」
あたしは新たな野望を胸に。
また、自分に磨きをかける決意をした。
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