第4話 イリアの来店で少し気持ちの沈みはあったものの。
イリアの来店で少し気持ちの沈みはあったものの。
あたしは相変わらず小田切先生との再会、そして結婚への夢を諦めはしなかった。
この野望が誰にも知られていないからか、いい加減現実を見ろ!!痛い女め!!って叱ってくれる人は当然いないわけで…
まあ、叱られたとしても…余計に盛り上がるだけなのかもしれない。
それほど、先生はあたしのハートを掴んで離さないのだ。
あの寂しそうな後ろ姿もだけど…
穏やかな笑顔が。
優しい眼差しが。
もう、あれにやられない女子はいないんじゃない!?って思うほど…しなやかな手付きが…!!
とにかく、小田切先生は全てにおいてドストライクなのだ。
グラウンドの真ん中で、何かに躓いて転んでも可愛いし。
ジャージに穴が開いてるって笑われてるのに、それを『政府の嫌がらせか…』なんて真顔で言っちゃうセンスはツボだったし。
…ああ…
思い出すだけで胸がキュンキュンしてしまう…
やっぱり先生の事、大好きだ。
寂しさも吹っ飛ぶ。
そんなこんなで、あたしは今日も背筋を伸ばして仕事に励んでいた。
いつ、その再会があってもいいように。
身だしなみや姿勢、言葉遣いには十分気を付けている。
「…?」
ふいにレジ方面から何かをぶつけるような音が聞こえて来て、店長が早歩きでそちらに向かう姿が見えた。
あたしもそれに続くと…そこには、体格のいい男性がカートをガンガンとレジ台にぶつけながら。
「あ?何で用意出来ないのかって聞いてんだよ。」
低い声でBさんを睨み上げていた。
「お客様、どうか落ち着いて…こちらにどうぞ。」
店長がレジの外に誘導しようとすると…
「バカにしてんのか!!」
男性は大声と共にカートを蹴った。
「!!」
「きゃあ!!」
カートが他のお客様に当たってしまう!!
「危ないっ!!」
あたしは咄嗟に駆け出すと、体を張ってカートを止めた。
おかげでカートはあたしの身体にぶつかり…
ついでに…
「…おまえ…いい度胸してるじゃねえか…」
あたしは…男性までをも突き飛ばしてしまったらしく。
その恨めしそうな声が、至近距離で耳に届いた。
「う…っ…」
こ…怖い…!!
だ…だ…だけど…ここで怯んじゃ…ダメ!!
「…お客様、お怪我はございませんでしたか?」
まずは、カートが向かった先にいた年配の女性に声をかける。
「え…ええ…私は…でもあなたは…腕を打ったでしょう?」
「ご無事で良かった……私は大丈夫です。」
ホッと胸をなでおろすも…問題は次だ。
あたしは少しだけ息を飲んで…
「お客様。」
あたしが突き飛ばして座ったままになってる男性に、跪いて手を差し出す。
「お怪我は?」
「骨折したかもなあ。何なんだよ、この店は。希望する商品は用意出来ない上に、客を突き飛ばすとはなあ!!」
男性は大きな声でそう言うと、あたしの手も振り払った。
「警察呼べよ!!」
その怒鳴り声に、店長とBさんが肩を震わせた。
ああ~…警察沙汰なんて…
この人には腹が立つけど、どうしてあたし…もっと上手くカートを避けられなかったかな…
騒然とする店内を鎮めるためにも…ここはあたしが…!!
ゆっくりと床に手をついて、あたしが土下座をしようとすると…
「自らそう仰っていただけるとは。はい、立って下さい。」
突然、背の高い男性が現れて…
座ったままの体格のいい男性の腕を取った。
「何だお前は!!離せ!!」
「警察です。」
「えっ!?」
その場に居合わせた者全員が驚きの声を上げる。
け…警察!?
いつの間に…
「たっ…逮捕なら、俺じゃなくてその女だろう!?」
男性に指差されたあたしをチラリと見た長身の『警察』の人は。
「営業妨害ですね。」
一瞬の笑顔をあたしに残して、男性を片手で引き起こした。
「えっ営業妨害だと~!?」
「少し小さな声で話しましょうか。」
「どうして俺が捕まるんだー!!」
「いいのですか?これ以上ここで騒ぐと、あなたの……」
突然、『警察』の人が男性の耳元でボソボソと何かを喋ると。
「っ……」
男性は目を見開いて絶句した。
…えっ?え?え?
何々!?
知りたいー!!
たぶんあたしだけじゃなく、周りもそう思ってたのか…
全員がそのやり取りを好奇のまなざしで見つめてる。
「……~…」
男性はすごくバツの悪そうな顔になって…
「……悪かった…なっ…!!」
店長とBさん、そしてあたしと…女性客に軽く頭を下げた。
「!!!!!!!!」
全員で目を見開いて驚くも、『警察』の人がテキパキとその場の状況確認と溜まったお客様の誘導と、やって来た近くの駐在さんに男性の引き渡しをして…
「それでは、私はこれで。」
店長とBさんとあたしに、会釈した。
えっ?
帰っちゃうの!?
もう!?
「あっあの…!!」
みんなが呆気に取られている間に帰ろうとしてる『警察』の人を、店長が呼び止める。
「あの、あの…すみません。ありがとうございました。」
店の横にある駐車場の手前で、あたし達はペコペコと頭を下げた。
「いえ…後は彼がちゃんとしてくれるので、ご安心を。」
『彼』とは駐在さんか。
今までも頼りにはして来たけど…こんなテキパキ具合を目の当たりにしてしまうと…
「あの…あなたはどちらの警察の方なのでしょうか…」
店長の問いかけを聞きながら、あたしはさりげなく…上から下までをチェックした。
スラっと長身で姿勢も良くて…まあ、カッコいいわよね。
旦那さんのいるBさんは、あたしの隣で目がハートマークになってるし。
「ああ…」
その人は少しバツが悪そうに目を細めた後。
「偉そうにしてましたが、実は警察ではないのです。」
あたし達に一歩近寄って、小声で言った。
「っ…」
大声で『えっ!!』と言いたい所を三人とも飲み込んだ。
その辺は…トミヨシで培ったルール。
『どのような職業の方が来店されるか分からないので、むやみやたらに大声を出さないよう、オーバーに驚かないよう』は徹底されている。
「昔から、無駄に正義感だけは強くて。」
「では…あの、せめてお礼を…」
店長!!
頑張れ!!
あたしも、この…無駄に正義感の強い人を、もう少し知りたい!!
引き留めてー!!
「いえ、お礼などしてもらわなくても。」
正義感の塊なら、お礼何て要らないよねえ…
「ですが…」
「いえ、本当に。」
…あ。
「あの…ここには何をしに…?」
ふと、買い物に来たにしては…買い物袋を手にされてない事に気付いて問いかけると。
「買い物に来ました。」
笑顔。
「……」
店長と三人で正義感(省略)の手元を見る。
「ああ…私は運転手として来ましたので。」
あたし達の視線に気付いた正義感がそう言って笑うと、Bさんがあからさまにガッカリした。
…なるほど。
奥さんの買い物か。
正義感と別れて、あたし達は店内に戻る。
そこはもう落ち着きを取り戻していて、またいつもの業務に戻ろうとしていた所…
「あ、むっちゃん。今『きな粉のまんま』を二箱欲しいってお客様が来られたんだけど…」
Aさんが伝票片手にやって来た。
「え?二箱も?」
咄嗟に、リズちゃんのママが頭に浮かんだ。
「ええ。でも入荷が明後日になるって言ったら諦めるって。」
「どうしても今日明日で要るって事?」
「今夜、海外に発たれるそうなの。」
「あら…なるほど。それ、女性?」
「ううん。男性よ。」
「そっか…」
リズちゃんのパパだったりして…
「でね?並木町にある倉庫に確認したら、三箱あるって言われたの。」
「えっ。そのお客様は?」
「さっき…あれ…もう帰られたかしら…」
Aさんがキョロキョロしてる間に、あたしは駐車場に向かう。
もしかして…正義感かな?
そんな気がして小走りに店を出ると…
「…が出る幕ではありませんでしたよ。」
表からは死角になってる駐車場から声が聞こえた。
さっきの人の声だ。
「頼もしいな、富樫。」
「ありがとうございます。」
さっきの人、『トガシ』って名前なんだ。
あたしはその二人に声を掛けようと…
「………」
足が止まった。
その…見間違うわけがない後ろ姿が…視界に飛び込んで来たから。
「お…お客様……っ!!」
あたしは、人生で一番の緊張で声を震わせながら…
その姿を目に焼き付けた。
正義感の隣で振り向いたその人は…
……小田切先生…!!
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