第2話 「うわ~、見て。これなんてたまらないわ。」

「うわ~、見て。これなんてたまらないわ。」


「ほんと…同じ女どころか…同じ生き物とは思えない。」



 職場の休憩室。

 パートのAさんとBさん(あたしの人生の重要人物じゃないから名前は省略)が、スマホを手に唸った。


 この二人は28歳。

 だけどあたしより若く見える。

 て言うか、あたしが落ち着いて見える(あくまでも老けているわけじゃない)


『トミヨシ』はパートさんにも徹底してマナーとルールを叩き込むから、この二人もちゃんとした人ではあるんだけど…

 一歩休憩室に入るとミーハーに早変わり。


 この間も…


「見た!?今日、神 千里来てた!!」


「見たー!!カッコ良かった!!」


「奥さんも可愛かったわよね!!」


「あたし達、生を見たのよ!!生を!!」


 なんて…手を取り合って大興奮。


 ここに居る限りはそう言った興奮を味わえるわけだから…誰もルールは破らない。

 写真なんて撮らなくても、目の前で見れるし…会話だってする機会はある。

 この間のあたしのように。(写真を撮ろうとしてたファンを制したらお礼を言われた)



「ねえ、むっちゃん。見た?華月ちゃんのインスタ。」


 Aさんがスマホを差し出す。


「いえ、見てません。」


 あたしが姿勢を正してそう言うと。


「ほら、これ…も~可愛すぎるわよね…」


 スマホの画面には、ウインクしてる可愛らしい女の子。


「本当ですね。彼女は見た目だけじゃなく、内面にも輝くものがあると思います。」


「うんうん。ほんと。肌もツヤツヤ…どこの化粧品使ってるんだろ。」


「お金持ちの娘だもん。高級品に決まってるじゃない。」


「やっぱりそうなのかな~。いいなあ~お金持ち。」


「……」



 彼女もまた…ビートランド所属のモデル。

 たまーーーー…に、だけど、トミヨシにも来る。

 そして店内の片隅にあるドラッグストアで『まさかそれ使うの?』って言うようなノーブランドの化粧水と、趣味の悪い靴下を買って行ったのを見た事がある。

 だけど彼女がそれを履くと、不思議と可愛く見えてしまうのだ。


 高ければいいってもんじゃない。

 彼女は自分に『合う』ものを選ぶのが上手いし、どんなあり得ないデザインの物も見せ方を知ってる。



「そう言えば、今日発売のPPは華月ちゃんの特集よね。」


「食費を削ってでも買わなくちゃ。」


「それそれ。旦那はオシャレを教えてくれないけど、華月ちゃんは色々教えてくれるものね。」


 ほんと…今や幅広い年齢層の女性から指示されまくってる彼女。



 あたしは…彼女を知っている。

 なぜなら、桜花で同級生だったから。

 学生時代は三つ編みに変なメガネで地味な存在だったのに。

 あの卒業式は…衝撃だった。

 体育館がざわつきまくった。

 それは、保護者席に神 千里がいた事と…


 卒業生の中に、女子全員がお手本にしたいモデルの『華月』がいた事で。



 あたしは彼女と一度も喋った事はない。

 むしろ、敵意があった。


 だって…

 なぜか、小田切先生が桐生院さんには少しばかり贔屓目に声を掛けてた気がするから。

 彼女はいつもの無表情で、小田切先生が笑顔だった…って事も、あたしの反感を買う要素だった。

 あたしなんて、先生から声を掛けられた事は一度もないのに‼︎

 だから、授業終わりなんかに先生が『桐生院』なんて声を掛けようものなら…

 心の中で、何度も…『この…おさげメガネ!!少しは笑顔になれ!!無礼な‼︎』って叫んだものだわ…



「…お二人とも、そろそろお時間では?」


 あたしが掛け時計を指差して言うと。


「あっ!!本当!!ヤバい!!」


「ありがとう!!むっちゃん!!」


 二人はスマホをロッカーにしまうと、駆け足で休憩室を出て行った。


「……」


 足音が遠ざかったのを確認したあたしは。


 ババッ。


 急いでスマホを取り出すと。


「…か…可愛い…」


 華月ちゃんのインスタを舐めるように見た。



 彼女はあたしの女神。

『桐生院さん』は敵みたいに思ってたけど…モデルの華月ちゃんは中等部の時に雑誌で一目惚れ。

 可愛い服から大人っぽい服まで…色んなバリエーションを完璧に着こなせる同年代モデルなんて…本当、憧れでしかなかった。



 卒業式の日に『桐生院さん』がいなくなった。

 なぜ彼女があんな格好で登校してたのかは謎だけど…

 華月ちゃんとして登校してたら、きっと大変だったわよね。


 そんな彼女には、誰が見てもベストカップルと言えるイケメン彼氏がいる。

 ビートランド所属のバンドマンで、昔から校内にもファンクラブが存在したほどのモテ男。

 早乙女詩生。

 これまた…同級生。


 高三の秋ぐらいに早乙女君とツーショットで帰った事で、おさげ眼鏡の桐生院さんは女子から多大なる批判や嫌がらせを受けた。

 その後は二人が一緒にいるのを、あたしは見かけなかったけど…

 卒業式の日に、まともに見る事が出来ないぐらい眩しい二人を見た時は…体が震えた。


 あの日はモデルの『華月』を目の当たりにして、桐生院さんに恋した男子も即座に失恋。

 ずっと早乙女君に心奪われてた女子も、太刀打ちできないライバルに項垂れるしかなかった。


 見掛けに寄らず、硬派でカタブツって有名だった早乙女君。

 そんなカタブツも、華月ちゃんとのツーショットでは常にメロメロな目をしてる。

 まあ…仕方ないわよね。

 こんなに可愛い彼女がいたら。


 ああ…あたしも早乙女詩生に生まれたかった…

 …いやいや、そしたら小田切先生と結婚出来ない。

 却下。



 一通り、華月ちゃんのインスタを眺めた後。

 ついでのように神 千里…華月ちゃんのお父さんのインスタも見る。

 昨日始めたばかりなのに、もうこんなにフォロワーが…


 …いやー…

 ほんと、この人カッコいいわ…

 奥さんも可愛いし…(インスタは顔出してないけど、あたしはお店で見た‼︎お礼も言われた‼︎)


「……」


 つい、うちの両親を思い浮かべて苦笑い。


 夫婦で一緒に買い物なんて、する事もないわよね。

 父をバカにしてる母。

 母に見下されてる父。

 もう…それだけでガッカリって感じ。



 別世界の人達での目の保養を終え、あたしはエプロンの紐を結び直す。


「よし。」


 気合を入れて、立ち上がると。


「…小田切先生、あたし…頑張ります。」


 小さくつぶやいて休憩室を出た。

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