いつか出逢ったあなた 50th

ヒカリ

第1話 『睦美!!あなた結婚したの!?』

『睦美!!あなた結婚したの!?』


 電話の向こうの母は、興奮した様子で声を張り上げた。


「は…?何それ。」


『は?じゃないわよ!!この苗字は何なの!?あなた結婚したの!?したのよね!?』


「……」


 ああ…

 バレないように気を付けてたのに…



「…一文字付け足しただけで、カッコいい名前になるなと思って書いたの。何?何か届いた?」


 鏡を見ながら、額に出来た小さな湿疹に薬を塗る。


『…何よそれ…まったく…』


 電話の向こうから、明らかに落胆の声と溜息。


『アンケート調査にご協力いただき、誠にありがとうございました。ってハガキが来てるわよ。』


 あー、あたしバカ。

 こんなミス。

 …ま、仕方ない。



「それ捨てないでね。エステの割引券がついてるハガキでしょ?」


『はいはい…って事は、これを取りに帰って来るわね?』


「あ…あ~…う~…」


『帰って来なさいよ?』


「…分かった~…」


『…はあ…じゃあね。』



 母との電話はそこで終わった。

 …最後の『はあ』は、随分沈んでたな…



 母の幼馴染である『はーちゃん』に、四人目の孫が産まれたらしい。

 早婚だった母と『はーちゃん』は、出産こそ母の方が一年ほど早かったが…

 娘の結婚は先を越された。

 そして、孫も。


『はーちゃん』の娘の『イリア』は、あたしより一つ年下。

 高校卒業と同時に結婚して、新婚生活を満喫する間もなく妊娠。

 二十歳を前にして女の子を出産したのを皮切りに、現在24歳にして『女・男・男』と、三人の子持ちだ。



 あたしはと言うと…


 25歳、独身。

 彼氏無し。


 高校三年の時、体育の臨時教師としてやって来た先生に一目惚れ。

 あれ以来、周りの男が目に入らない。

 あたしの視力は先生のためだけに存在する。

 いつか先生と結婚する。

 もう…それしか夢見てない。


 痛い女だと思われるだろうが、恋に夢と野望は付き物だ。

 それを持つか持たないかは、それぞれ。

 そして、ただの危ない女になるかどうかの線引きも…本人次第。


 あたしはストーカーこそしないが…

 勝手に苗字を…使ってる。

 だけど付け足しただけだ。


『小田』に『切』を。


 そう。

 あたしの本名は小田睦美。

 だけど、『小田切睦美』として…日々過ごしている。


 危ないと言えば危ないのかもしれないが…

 …小田切先生に害はない。はず。



「いらっしゃいませ。」


 今日もあたしは勤め先の『トミヨシ』で笑顔を振りまく。

 背筋を伸ばし、正しい口調でお客様と接する。


 この近くにはビートランドという大手の音楽事務所があって、有名アーティストもよく買い物に来る。

 そのせいか、スマホ片手に張り付く輩も存在する。

 全てのお客様が気持ち良く買い物を楽しむためには、そんな行為は許されない。



「お客様、入り口やそちらにある張り紙は御覧いただけますでしょうか。店内での撮影は禁止されております。」


 あたしは今日も笑顔でお客様を守る。

 傍から見ると、正義の女に見えるだろう。

 そして、邪魔者にも思われるはず。


 …それでいい。


 いつか小田切先生と再会できるその日まで。

 あたしは…色んな準備をしながら。


 清く正しく美しく…強く、生きていく。



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 むっちゃん…


 以前登場したのですが、覚えてらっしゃるかしら…?^^;

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