第27話 「…結婚?」

「…結婚?」


 その報告に、俺らはキョトンとしてゼブラを見た。


 クリスマスイベントを来週に控えて、スタジオで二時間練習した。

 片付けを始めた頃、ゼブラが背筋を伸ばして言うたのが…コレや。



「今日ずっとソワソワしてるな思うてたけど、それやったんか。」


「えっ、ソワソワしてるように見えたか?」


「トイレ我慢してるんか思った。」


「バーカっ。」


 俺がゼブラにちょっかい出してると、ナッキーがポリポリと頭を掻きながら。


「結婚って事は…彼女、一緒に?」


 目を丸くして問いかけた。


「ああ。一緒にアメリカに行く事にした。」


 照れ臭そうに報告するゼブラ。


「デビューが決まったって言ったら、泣いて喜んでくれて…身を引くって言われた。」


 ……


「俺の夢が叶うのを泣いて喜んでくれるのに…なんで別れなきゃなんねーんだって思って…」


 ………


「苦労かける事は百も承知だし、もちろん不安もある。だけど…俺自身、向こうに行って頑張るためにも…あいつが必要だって気付いた。」


 …………


 ああ…

 今、初めてゼブラを男らしい思うた。


 俺なんか…

 アメリカに呼ばれた、て聞いた時。

 なんもかも忘れて『やったぜ親父!!』て叫んだ。

 あん時は…

 るーの事、頭ん中になかった。


 ただただ、アメリカでデビューって。

 すげー事やし、夢が叶うんや、って。

 それだけ、やった。


 るーには、俺のバンドに対する熱を今まで何回も語ったし。

 プロになる。て決めてるのも知ってるし。

 …ぶっちゃけ、るーの事はめっちゃ好きやけど…

 漠然と、バンドの事とるーの事は別。みたいに思うてる俺がいて。

 アメリカに行く事、話さなあかんのかな…て。



「それにしても…結婚か。驚いたな。」


「式とかどうするんだ?」


「よく親を説得できたな。」


 ゼブラを囲んでの会話を耳に入れながら。


「…結婚…」


 深い意味はなく、つぶやいてみた。


 全然しっくりこーへん。

 俺には向いてないんやろな。


 ま、陽世里は18で結婚したけど。

 俺がするなら…30過ぎとか?40…

 遊び疲れた頃かもしれへんなあ。


 …遊び疲れる事ってあるんやろか。

 もしかしたら、一生独身…


 あれ?

 俺、どっかでるーを置き去りにしとるな…



「…おまえは大丈夫なのか?るーちゃんに、ちゃんと話したのか?」


 一人で結婚について考えてる所に、ナッキーが小声で言うて来た。


「…まだ言うてない。」


「え?」


「デビューの事も、アメリカの事も…まだ言うてないんや。」


「……」


「クリスマスに会うし…そん時に言う。」


「…ついでに…」


 ナッキーは俺の肩を抱き寄せると。


「マリとの事も、きちんとしとけよ。」


 真剣な声で言うて来た。


「……」


 正直…モヤモヤしてムカムカして…

 宿題忘れたのを咎められてる気分になった。


「出てけって言ったのに、あいつ…まだいるんだろ?」


「…ナッキーがきちんとする事やないんか?」


「あ?」


「マリはナッキーの事、まだ好きやねんで?」


「……」


 ナッキーは『おまえ何言ってんだ』って顔をして。


「そう言われても、俺にはもう気持ちはない。」


 冷たく言い放った。


「マリがあの部屋に戻って来るのは、ナッキーが恋しいからやん。ちゃんと会うて話しせんと、マリも前に進めんのとちゃうん?」


「おまえが言う事じゃない。」


「は?」


「人の女に手を出しとして、よくそんな事が言えるな。」


 ムッ。

 それ…いつの話やねん!!


 ナッキーとはなるべくケンカしたくはない。

 したくはないけど、これは…頭に来た…!!


「…ナッキーがちゃんとマリを大事にしてたら、こうはならんかったんやん。」


「俺とマリの問題だろ?おまえが変に慰めるから、こういう事になったんだ。」


「俺のせいか?」


「るーちゃんがおまえに会えないって寂しがってるなら、俺が抱きしめてもいいのか?」


「っ…」


 咄嗟にナッキーがるーを抱きしめてるとこ想像してもうて、絶句した。

 そ…

 そんなん…

 …ええわけ…ないやん…


「おまえがしてたのは、そういう事だ。」


「……」


 …そうや。

 よう考えたら…分かる事やん。

 いや、よう考えんでも分かるで。

 これはダメな事や、って。


 けど、それを見んフリしてでも…マリがかわいそうやから…ってそうしてたのは…

 俺の、都合のええ性格のせいや。

 バレへんのなら、気持ちええ事したってええやん…的な…


「るーちゃんを裏切ってるって、気付いてないのか?」


「…そういうんやないやん。」


 図星過ぎて体が震えた。

 けど…裏切る気なんかないし、俺は…


「そういうんじゃない?バカ過ぎて笑いが出る。どういうつもりか知らないが、おまえはマリも傷付けてる。」


「…なんでやねん。」


「おまえがマリに応えるから、マリがおまえを拠り所にする。たぶんマリが部屋に戻るのは、俺が恋しいからじゃない。」


「……」


「おまえがいるから、だよ。」


「……」


 ナッキーの畳み掛けるような言葉に何も言えへんくなった。

 気が付いたら、ナオトもゼブラもミツグも、俺とナッキーのやりとりを腕組みして眺めとる。


「ま、るーちゃんはそんなマノンを受け入れられないだろうからな。アメリカ行く前に、キッパリ別れた方がいいんじゃないか?」


「アホか!!」


 ついにナッキーの言葉にキレた俺は。

 ギターを担いで、そばにあった椅子を蹴飛ばしてスタジオを出た。



 …そんなん…

 そんなん、俺が一番分かってる。


 ナッキーの言葉にキレたんちゃう。

 自分にキレたんや。



 それとこれとは別。

 俺は、たぶんずっとそう思ってる。



 もしかしたら俺…


 るーより、『世界が違う』って思うてるんかな…

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