第8話 『おまえら最後までついて来いよ!!』
『おまえら最後までついて来いよ!!』
ナッキーの魂のこもった声に、客席は腕を振り上げて応える。
今夜は…Deep Red初のワンマンライヴ。
そら…力が入らんわけがない…!!
ステージギリギリまで前に出て、客を煽るようにギターをかき鳴らす。
ははっ…今日の客、サイコーやん!!
曲の合間、眉毛に手を垂直にして、ライトを遮る。
客席、暗くてよう見えへんなあ。
その俺のポーズがイケてるように見えたんか…
「マノンカッコいいーーーーー!!」
客席から黄色い声援。
おっ、マジか。
笑顔でその声援に応えながら、ソロに入る。
あー…何やろ。
久しぶりに、気持ちが昂るライヴやな。
ワンマンやから…ってのもあるけど…それだけやない気がする。
確かにワンマンは特別かもやけど…俺にとってはワンマンも対バンも同じライヴや。
あ。
めっけ。
ごった返す客席の中に、るー発見。
若干ポカンとしとるように見えて、つい笑うてまう。
今日は赤い口紅でも、ポニーテールでもない。
見慣れたるーやな。
それがなんや嬉しい気がしたし…ライヴの最中やのにホッとした。
木曜に、バックステージパスを渡した。
るーはそれを手にマジマジと見て。
「これを…あたしが…持ってても…?」
遠慮がちに俺を見上げた。
「ああ。ライヴ終わったら控室来てん。」
「……」
俺の言葉に、なぜかギュッと唇を噛みしめる、るー。
…もしかして、友達の分もいるんやったかな。
まあ…それでもええんやけど…
なぜか、イヤやった。
男二人も一緒に呼ぶのは。
「…友達のんは、当日るーが控室に来たら渡す。」
「え…?」
「一人で控室来難いんやろ?せやから、るーが来たら…その時に後の三人分渡すし。」
「……」
るーは意外そうな顔で俺を見た後。
『そっか…そうだよね…』とかなんとか…小さくつぶやいた。
ワンマンライヴは大盛況で幕を閉じて。
「いぇーい。」
あれだけの熱いシャウトを決めたとは思えへん暢気な笑顔のナッキーが、みんなにハイタッチを求めた。
「ナッキー、最高だった‼︎鳥肌立ったぜ‼︎」
狭い控え室で、ナッキーに抱き着くナオト。
「俺も‼︎」
ゼブラとミツグもそう言いながら、激しいハイタッチを交わした。
「そうか?俺は普段通りなつもりだったけど。」
そうやなー。
俺もナッキーのシャウトには何万回も鳥肌立ててるけど、シャウト以外…ホンマ普段からカッコええ。
嫌味な奴や。
「今日は本当にみんな良かったが…俺的にはマノンが熱かった。」
不意にナッキーが俺の頭をクシャクシャにしながらそう言うて。
「おお、俺も思った。あんな楽しそうにヘドバンしてるマノン、久しぶりに見たぜ。」
ナオトにまで頭をクシャクシャにされる。
「ええい‼︎やめや‼︎」
ちいと大げさに二人の手を振り払う。
まあ…確かに最近のライヴの中では、ヘドバンし過ぎた…かもやけど…
まあ…確かに最近のライヴの中では、笑い過ぎやった…かもやけど…
まあ…確かに最近のライヴの中では、意識してカッコつけた…かもやけど…
「……」
まだテンション高いまんまわいわい言うてるメンバーを、椅子に座って上目使いに眺めながら。
俺は…ステージより緊張しとる自分に気付いた。
るー、なんて言うやろ。
今日の俺、どんな風に見てくれたんやろ。
はよ来んかな。
色んな期待をしつつ控室で待ってたものの…
来るのは待ち人やない女ばかり。
ドアが開くたびにそっちを見るも…ハズレばっかや。
「マノン、今日本当最高だった。」
「おー。」
「打ち上げ行くでしょ?」
「あー。」
見慣れた顔がそう言うて来て、適当に笑顔を返す。
前なら…両手に女連れて、打ち上げ行くでーって…そっから泊まらしてくれる女んとこ行って…な流れやったけど…
「……今日はやめとく。」
そう言うて、自分でも驚いた。
「ナッキー、帰って反省会しようで。」
女に囲まれとるナッキーにそう言うと、あからさまにナオトとミツグとゼブラが怪訝そうな顔をして振り返った。
「…どうした。マノンがまともだ…」
「まともじゃねーよ。異常だ。」
「何かあったのか?」
三人にそんな事を言われて唇を尖らせると。
「いい事言うな。よし。そうしよう。」
ナッキーが女達に笑顔で帰るように促して。
俺は若干…冷たい視線を浴びた。
…何やろ。
ライヴ、サイコーやったのに。
いつもの調子で打ち上げ行って、盛り上がればええのに。
盛り上がったついでに、ノリで女と気持ちええ事すればええのに。
それがいつものパターンやし、次への活力やったやんか。
なんで反省会とか言うたんやろ。
「………」
微妙な気持ちに、目ん玉だけ上に向ける。
唇を尖らせ気味に考えてみるも、俺はあんま考えるんが得意やない。
ギターを担いで控室を出ると。
「あ、マノン君。これ、差し入れって。」
ダリアのスタッフが、小さい紙袋を差し出した。
「あー、どうも。」
チラッと中を見ると…見た事ある紙ナプキン。
…るーの弁当箱に入ってたやつやん…
ようよう見てみると、中にはパスも一緒に入ってる。
「…これ、いつ?」
紙袋を掲げてスタッフに聞くと。
「ライヴ終わってすぐだったかな…」
…なんや。
パス使う気、ゼロやったんかいな。
また、唇が尖る。
そんな俺の横に並ぶようにして、スタッフは小声が小声で囁いて来た。
「マノン君のファンにしては、珍しいタイプの子だったね。」
「……」
チラ、と。
横目でスタッフを見る。
「控えめで、真っ赤になりながら『渡してもらえますか』ってさ。」
「…真っ赤?」
「うん。」
「……」
…そうやった。
るーは、まだなんもかも初めてだらけで。
控室に一人で来い…なんて、俺の配慮足りひんかったな…
スタッフにパスを渡して、両手で小さい紙袋を開いたまま中を見つめる。
紙袋の中には、クッキー。
たぶん手作り。
「おっ、美味そう。一つくれ。」
立ち尽くしとる俺の背後から、ゼブラが手を伸ばして来た。
「あかん。」
その手を叩き弾くと、ゼブラがしかめっ面で俺の背中をどついた。
「ケチか。」
「ケチで結構。」
…差し入れに、手作りクッキー…な。
まあ、ありやで?
うん。
俺は何とも言えん気持ちになりながら。
「マノン、早く来い。」
呼ばれるがままに、ナッキーの後に続いた。
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