第9話 ワンマンライヴ後、初めての木曜。

 ワンマンライヴ後、初めての木曜。


 なんとなーく…なんやけど…

 るーに会うのがためらわれた。


 …何でやろ。


 けど、何も言わんまま会わんとか…バツ悪い気がして。

 どっちにしても、今日はこの後スタジオやし…適当に切り上げ…



「あ…こ…こんにちは…」


 日野原の校門前。

 いつも通り…るーが遠慮がちに俺を見上げた。


「…おう。」


「…練習…?」


 普段は持ってないギターが目についたんか、るーが俺の背中を見て言うた。


「ああ…スタジオ。」


「そう…ですか…」


 ん?


「何で敬語?」


「あ…」


 なんもかも初めてだらけの、るー。

 当然、俺にもずっと敬語やったけど…

 何回目かの公園で『写真が欲しい』言われて。

『敬語なしになったら』て条件つけて以来、かなーり頑張って普通に喋ってたのに。


「…えっと…」


 るーが心なしか…しゅんとしてるように見えて。


「あー…スタジオまで全然時間あるし。公園、行こか。」


 俺はいつも通りの口調で言うた。




「どうやった?ライヴ。」


 並木のベンチ。

 座ってすぐ、そう問いかけると。


「…すごかった。」


 うつむき加減のるーからは、それだけが出て来た。


「どう、すごかった?」


「ど…どう…?」


 俺のさらなる問いかけに、るーは眉間にしわを寄せて真剣に考え込んどる。


 …はー…。


 何やろ。

 こういうの。 

 こういうとこ。

 新鮮やなあ…

 ちゃんと感想言おう思うて必死なんやろな…


「ふっ…そんな考え込まんでも。見て思うたまんまの事、言うてくれたらええって。」


「…音が…大きくてビックリ…」


「…あー…そやな。るーには…大きかったやろな。」


「…お客さんの…盛り上がり…すごいなあ…って。」


「せやろ。ホンマ、俺らの客サイコーや。」


「……」


「ま、ナッキーのステージングがええからな。客を乗せるパフォーマンスが出来る奴や。」


 …ホンマに。


 ライヴの後、マンションに帰って反省会をした。

 初めてのワンマンライヴ。

 客も満員やったし…用意してたカセットテープも完売で、予約も予想以上やった。


 プロになる。

 それは俺の中で当たり前やねんけど…

 実際の所、他のメンバーはどうなんやろって疑ってた部分もあった。

 俺をスカウトに来た時、まるで俺の『プロ志向』って言葉に釣られたように、ナッキーも『プロ目指してる』って言うたように思えたからや。


 でも…反省会で思うた。

 俺ら…



「今までいろんな奴らと組んで演って来たけど…マジで今のメンバー最強やなって思うてる。」


 ホンマ最強や。

 ミツグとゼブラのリズム隊、ナオトの怖いもんなしな鍵盤世界。

 何より…

 ナッキーの声。

 最初よりも、今…やな。

 俺は、ナッキーの声に惚れまくっとる。


 …本人には言わへんけど。



「ここまで信頼できるバンドメンバーに出会えるなんて、そうそうあらへんもん。俺…めっちゃツイてるな思うし…強運や思う。」


「…強運…」


「ああ。なんちゅうか…かゆい所に手が届くメンバーなんや。スタジオで適当に弾いてるだけのとこに、気が付いたらナオトが絡んで来て…気が付いたらミツグとゼブラも入って来て…それで一曲出来てもうた!!って事もあって。」


「……」


「けど、同じ事もう一回やれ言われたらどうやろ?って。せっかくええのん出来てたのに!!て思うてたら、ナッキーが抜け目なく録音してくれてたり…マジ……あ。」


 熱く語っとると、るーがまん丸い目をして俺を見とる事に気付いた。


「こんな話、しょーもないよな。悪い悪い。」


 つい熱くなった事が照れくさくて、ポリポリと頭をかく。

 …こないな話、るーにしたかて…


「…ボーカルの…ナッキーさん…だっけ。すごく…歌が上手で…」


「!!」


 るーからナッキーの名前が出て、俺はそれだけで嬉しくなってもうて。


「ホンマ!?そう思うた!?」


 体ごとるーに向き直ると、どさくさに紛れて…両手を握った。


「えっ…えええ…う…ううううん……」


 平気かな~?思うたけど、やっぱり…無理そうで。


「あっ、悪い悪い。」


 慌てて手を離す。


「…どさくさに紛れてもダメか…」


「……えぇ…?」


「いや、なんでもない。」


 俺は立ち上がって大きく伸びをして。


「あー。はよギター弾きたい。」


 空に向かってそう言うた。


「……」


「…あっ、ちゃう。別に、はよスタジオ行きたい言うてるんちゃうからな?」


 無言のるーに言い訳みたいにそう言うと、るーが小さく笑うた。


「何?なんで今、俺の顔見てわろた?」


「え…っ…」


「わろたやん。」


「あっ…ああああ…それは…別に…」


 …ふっ。

 赤うなったり青うなったり…

 忙しいなあ。



「あー…そう言えば…」


「?」


「写真、撮らなな。」


「…!!」


 敬語なしで普通に喋れるようになったら。て約束したしなー思うて切り出す。


 写真欲しい言われた時は、いよいよ落とせたか?思うたけど。

 るーは『素敵だから』とか…


 す…

 素敵だから……?

 俺のどこが素敵やねん‼︎

 もう、『好き』だから。でええやん‼︎


 て、内心…


 ………ま、ええねんけど。



「それと…」


 前髪かきあげながら、ポツリと言う。


「は…はい…」


「差し入れ、サンキュ。」


「…あ…」


「食った。美味かった。」


 小さく咳払いをして、また隣に座る。


「…パス…もらったのに…使わなくて、ごめん…」


「…友達おったしな。一枚しか渡さへんかった俺が悪い。」


「ううん…」


「……」


「……」


 な…何やろ。

 今…空気…甘い…気が?

 全然るーに対して、エロい気持ちなんて湧く事なかったのに…



「…あの…」


「はっ…?何?」


「…何か…ついてる。」


 るーが自分の頭を指差して言うた。

 視線が俺の頭にある…いう事は、何かついてるのは俺の頭か。


「取って。」


 そう言いながら頭を寄せると、るーは小さく『えっ…』て絶句した。


 あ、近過ぎたか?

 俺の顔は、るーの肩口辺りまで来てもうとる。


「……」


 少し息を飲んだ気配の後、るーの手がそっと、俺の髪の毛に触れた。


 …何やろ。

 るーが動いたら、制服からか?ええ匂いがした。



「…取れた…よ?」


 うわずった声が聞こえて顔を上げると、至近距離で目が合うた。


「っ!!」


 当然なんやろけど…るーは真っ赤になって体を引く。

 俺は…


「…悪い。近過ぎた。」


 低い声でそう言うて…少し距離を取って座り直した。

 そのまま、そっぽを向く。



 …見せられへんわ…

 たぶん俺、今…赤うなってるし…。


 何や…マジで。

 るーなんて…まだガキ臭いやん?

 抱きたいとかも思えへんし。

 裸を想像しよ思うても…


「……」


 …ほら。

 出てこーへんで。


 目をつむって出て来るのは、この修道女みたいな制服と、まあ…やっと想像出来る…ぐらいのレベルやけど…体操服姿とか…

 …あとは、ヒラヒラのエプロン…



「……」


 俺は軽く頭を振って。


「…そう言えば、何かあったん?」


 校門で見た、るーのしゅんとした顔を思い出して言うてみる。


「…え?」


「さっき、なんや元気ないように見えたし。」


「……」


 少しだけ身体の向きを戻してるーを見ると。

 るーは正面を向いたまんま、口を真一文字に結んでパチパチと瞬きをした。


「なん?」


「え…ええと…その…」


 その顔が…段々と赤うなっていった…か思うたら、また青うなる。


「……」


 そのまま、るーが何か喋り始めるんを待っとると。


「…クラスの子の…話なんだけど…」


 自分の足元に視線を落として、小声で話し始めた。


「うん。」


「…その…」


「うん。」


「…こ……恋…なのかな…ってお…思うような…存在の人が…現れて…あっ現れたみたいなんだけど…」


「クラスメイトに?」


「う…うん……」


「それで?」


「……友達に…『辛い目に遭うから…諦めろ』って…言われたみたいで…」


「ほお。なんで?」


「…世界が………かな…」


「え?」


 あんま聞き取れんで聞き返すと。

 るーは小さく首を横に振って。


「…ううん。」


 苦笑いをしながら、俺を見上げた。


「……そのクラスメイトを思いやって、るーが落ち込んでるん?」


「え…と…落ち込んでるって言うか…」


「うん。」


「…人を好きになるって…難しいんだな…って…」


「……」


 な…何やろ。

 今、胸の奥の方が…ギュッと…


「…俺も、あんま恋愛とか詳しくはないけど…」


「……」


「好きなら好きでええんちゃう?」


「…え?」


 今度は、驚いたまん丸い目が俺を見上げた。


 …可愛いなあ。


「その友達の言う『辛い目に遭う』いう意味が俺には謎やけど、誰かの想いの行く先を人が決めるのはちゃうやろ。」


「……」


 ぶっちゃけ…本気で好きになった経験もないクセに。

 おまけに…俺かて辛い目に遭うんは面倒臭い思うのに。

 出来れば…楽して気持ちええ事、美味しい事に出会えたらな~思うてるクセに。


 何で俺、こない力説してるんやろ。


 アホな。

 こんなん、俺の本音ちゃうやん。て思うのに。


 さっきとは違うて、キラキラした目。

 そんな、るーに…


「ま、人に言われて気持ちが変わるようなら、ホンマの『好き』とはちゃうよな。クラスメイトも、気が付くんやない?」


 力説を続けてもうた。

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