第7話 「…なあ、翔さん。」


「…なあ、翔さん。」


 ダリア、昼の部。

 つまり、喫茶店。

 俺はコーラを飲みながら、翔さんに問いかける。


「何だ?」


「バックステージパスって、当日やないともらえへんの?」


「え?」


 カウンターには俺一人。

 両肘をついて頬を挟んだ状態で、ストローを口にする。

 ずずっと音を立てたグラスの中で、氷が回った。



「マリちゃん?」


「マリは顔パスやん。」


「ああ、そうだった。」


「一枚、渡したいなー思うのんが…」


「パスは原則として出演者だけだけど?」


「は?嘘やろ。」


「嘘。」


「……」


 目を細めて翔さんを見る。

 おっさん…ニヤニヤして…腹立つなあ!!


「一枚か?」


「ああ…当日は友達と来る言うてたから、前もって渡しといた方が確実やん思って。」


「彼女か?」


「いや…そういうんやないけど…」


「…へー…」


「何すか。」


 翔さんがさらにニヤニヤするもんやから、俺は唇を尖らしてストローを外した。



「マノンに、パスを先に渡したい存在が出来るとはなあ。」


「…今までもパスはもろてましたやん。」


「でも先に渡したいって事は、特別なんだろ?」


「特別?」


 眉間にしわが寄る。


 あれから…毎週木曜は、なんやかんや言うて公園で話すことが続いた。

 るーは…ホンマお嬢さんやし、今まで俺の周りにおった女とは違うタイプで…

 のんびりシンプルなんが、いつまで俺と合うもんかな…思うてたけど…

 …意外と、合う。と、俺は思うてる。


 なんちゅうか…

 変な力が抜けたり、反対に『頑張るで!!』って力が入れられたり、ほわわーんって空気の中で暢気に笑うてられたり…それに…


 めっちゃ不思議なんやけど…

 エロい気持ちにならへん。


 …ま、そこは…るーに色気がない…あ、別に悪い意味やなくて。



「じゃ、その特別に一枚だけな?」


 ふいに翔さんが引き出しの中から一枚、バックステージパスを取り出して俺に渡してくれた。


「うわ、マジっすか。ありがとうございます。」


 それを手にしてニッコリ笑うと。


「…ふっ。おまえはほんと…可愛い奴だな。」


 翔さんが手を伸ばして、俺の頭を撫でた。


 可愛い!?

 なんで!?



 そのパスを手に、俺はナッキーのマンションに帰る。


 …るー、ライヴの後、控室まで来てくれるやろか。

 ライヴの感想聞きたい。

 俺のステージ、どうやったか…聞きたい。


 明日は木曜日。

 これをるーに渡すのが楽しみや。



 落としてみたい。

 そう思うてたはずの存在に。

 俺は、鼻歌してまうほど浮かれとる事に…


 自分で気付いてなかった。

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