第74話 ライヴが終わった後

 ライヴが終わった後、誓君と手分けして作った花束やアレンジが、思いのほか大好評で。


「えー!!これ、本当にもらっていいんですか!?」


「嫁さん喜びそうだ!!」


「ありがとうございます!!」


 エレベーターホールに設置したテーブルに並べておいた花々が、次々と手に取られていく。


 そんな様子を見てると嬉しくて、誓君と顔を見合わせた。



 そうこうしてると…


「わあ、すごい。あたしももらっていい?」


 どこかに消えてたチーフが、携帯を手にやって来た。


「あ、チーフ。お好きなのをどうぞ。」


 チーフは顎に手を当てて。


「ん~…アレンジにしよ!!」


 小さな籠に入ったアレンジを手にした。


 しばらくその花に視線を落としてたチーフは、何か少し決心したような表情で顔を上げると。


「乃梨子ちゃん、番号教えてもらえる?」


 あたしに笑顔を向けた。


「あ、えっと…はい。」


 チーフに連れられてホールの隅っこまで行くと、自分の携帯番号を言った。


「じゃ、電話するね。」


 と、チーフがあたしの携帯にかけて…番号交換は終了。


「それと、もう『チーフ』じゃないから、違う呼び方にしてね?」


「あっ、そうでした…えっと…じゃあ、静香さんで…」


 あたし達が携帯を手に並んでると、高原さんがエレベーターから降りて来られて。


「ああ、綺麗だな。」


 テーブルに並んだ花を見て、目を細めた。


「花束をと言われたので、こちらを用意してますが…アレンジの方がいいですか?」


 誓君がそう言って、高原さんに用意していた少し大きめの花束を差し出すと。


「いや、花束で……いいのか?俺のだけ大きい気がするが。」


 高原さんは少し目を丸くされた。


「奥様のお見舞いに行かれるのかなと…」


「…ああ。ありがとう。」


「お忙しいのに、今夜は…恒例行事…ですよね?」


「忙しいと言っても、今日は遊んでしかないからな。」


「…ステージ、すごかったです。遊びには見えませんでした。」


「…ありがとう。じゃあ、また後で。」


 花束を受け取られた高原さんは、誓君に手をあげて歩き始めた。


「高原さん。」


 あたしは、その姿に小走りで追い付くと。


「ステージ、すごく良かったです。」


 両手を胸の前で組んで言った。


 すると、高原さんはふっと優しい目をして。


「そんなに目を輝かせて言ってもらえるなら、もっと練習しておくんだったな。」


 そう言って、あたしの頭をポンポンとしてエスカレーターに乗られた。


「あー!!あたしも隣に並んでポンポンしてもらえば良かった!!」


 チーフ…静香さんが遅れて駆け付けて、あたしの身体をドンと押す。

 あたしはそんな静香さんを見つめて…


「…何?」


「いつか…お仕事が早く終われそうな日に、付き合ってもらえませんか?」


 切り出した。



 やっぱり…気になる。

 静香さんが会社を辞めた理由…。








「ぶあああああ~ん‼︎沙都さとが~!!」


がくが先にやった~!!うあああああ~!!」


「……」


 家に帰ると、学君と沙都ちゃんがケンカして泣いてた。

 あたしは大部屋の入り口での様子を、玄関から遠巻きに眺める。



「紅美は僕のお姉ちゃんなのー‼︎」


「紅美ちゃんは僕のだもん‼︎」


 どうやら…二人は紅美ちゃんを取り合ってる…と。

 だけど、取り合われてるはずの紅美ちゃんは、華月ちゃんと聖君とテレビに釘付け。

 ノン君とサクちゃんは、ツリーの飾り付けの手直しをしてる。


 …さすがに、よその子達は帰ったみたいだけど…

 沙都ちゃんはいいのかな?



「はいはい。二人とも痛かったね。あっち行って仲直りしよっか。」


 お義母さんが二人を連れて、中の間にでも行こうとして…あたしに気付いた。


「あっ、おかえり乃梨子ちゃん!!」


 ギューッ。


「たっただいま帰りました…」


 当たり前みたいに抱きしめられて、少し…ホッとした。

 今日は何だか別世界に行ってたみたいな気になってたし。


「誓は?」


「部屋に荷物を持ってくって、先に…」


「そっか。あっ、今ならつまみ食いし放題だよ?」


 お義母さんはそう言って、大部屋を指差しながら小声で言った。


「お義母さん…」


 可愛いお義母さんに笑顔になると。


「おう、おかえりー。」


「おかえりーい。」


 義兄さんと陸さんが、大部屋から顔を出して。

 ジョッキを掲げて出迎えてくれた。


「…ただいま帰りました…」


 …ステージでは別人みたいだった二人も、ここではやっぱり…いつもの二人。

 その姿に少しホッとする。


 それにしても…

 確か、ライヴ会場でも飲んでる姿を見た。

 ずーっと飲んでるんだ…



 大部屋は、あたし達が留守をしてる間に子供達がパーティーらしく飾り付けを済ませてた。

 毎年の事ながら、この日に賭ける本気度は半端ない…桐生院家。

 去年は華月ちゃんの絵を義兄さんが笑ったもんだから、ただでさえ無口な華月ちゃんが三日間口をきかなかったんだっけ…


 可愛くて手先も器用な桐生院家の子供達…

 なぜか、絵心だけは…残念なんだよね…

 …うん。



「乃梨子姉、おかえり。」


 テレビを観てた紅美ちゃんが駆け寄ってそう言うと…


「うああああん!!紅美ちゃあん!!」


 中の間に行ったはずの沙都ちゃんが走って来て、紅美ちゃんに抱き着いた。


「うわ!!……もう…」


 紅美ちゃんはポリポリと頭を掻いて。


「…沙都、よそのおうちで大きな声で泣いたら、もう遊ばないよ。」


 すごくクールな声でそう言った。


「…………やだ。」


「なら、そんなに大きな声で泣かないで。」


「……ちっちゃな声なら…?」


「あたし、泣き虫嫌い。」


「う…うう……」


 泣き虫嫌いと言われた沙都ちゃんは、ますます泣きそうになったけど。

 震える唇を我慢して我慢して…だけど涙は止まらない。


「うっううっううううっ…ぼ…ぼく…なっなななな…ううっ…なかなっ…ううっ…」


 もう、痛々しいほど健気で…

 ああ…可愛いなあ…って見てると。


「…あっち行って、学と仲直りしよ?それと、パーティーが始まるまで少しだけ静かにしてよっか。」


「ふっ…ううっふっ…くっ…紅美ちゃん…いっいっしょに…いてくれる…?」


「うん。沙都と一緒にごろーんってするよ。」


 紅美ちゃんは沙都ちゃんの頭を撫でると、手を引いて中の間に向かって行った。


 …しっかりしてるなあ。



「…沙都はクリスマスイヴをうちで過ごす気か?」


 そう言って笑う義兄さんに。


「去年も一昨年も、昼間はうちにいましたよ。」


 陸さんも笑って答えた。


「マジか。まあ、あれだけ紅美にベッタリならな…」


「来年、紅美が初等部に上がったらどうなる事か…」


「あいつ、朝霧の息子だって忘れるぐらい、二階堂に入り浸ってるな。」


「近所では、学と双子だって思われてますもん。」


「ははっ。二人とももろにハーフ顔だしな。」


「お互い『半外人』って言い合って泣くと言う…ほんと、見ててバカバカしいけど可愛いんすよね~。」


 そんな会話をしてるのは…まさに今日のお昼にビートランドのステージを熱くしてた人達で…

 あたしは、すでに酔っ払ってるお二人にキッチンから羨望の眼差しを向けた。




「乃梨子さん、おかえりなさい。」


「あっ、おばあさま…ただいま帰りました。」


「乃梨子姉、おかえり~。」


「ただいま。」


 おばあさまと子供達が大部屋に入って来て、一斉にあたしの周りが賑やかになる。


「ライヴどうだった?」


「ん?すごかったよ…」


「そうでしょ。」


 あたしの手を持ったサクちゃんは、嬉しそう。


「知花はまだですか?」


 おばあさまが時計を見る。


「ああ、知花なら七生に寄り道するって言ってたんで、そろそろかと。」


「七生さんのお宅に?」


 首を傾げるおばあさまに、義兄さんは意味深に唇の前に人差し指を立てる。

 何やら秘密のお楽しみがあるらしい。




 ピンポーン


「はーい。あっ、お母さん!!」


『ただいま~。誰か迎えに来てくれる?』


「行く行くー!!」


 インターホンからお義姉さんの声が聞こえて。

 子供達は我先にと大部屋を出る。

 もちろん…


「廊下は走らない。」


 おばあさまの低い声に、その足を一瞬止めながら。



 その間に、あたしは人数分の食器を用意したり…

 二階に上がってたらしい麗ちゃんが誓君と降りて来て、それを手伝ってくれて。

 だんだんとパーティーが始まる感じになって来た。


 そうこうしてると、お義姉さんがたくさんのプレゼントが入った紙袋を持った子供達と帰って来て。

 それをノン君とサクちゃんの指導の元、子供達がツリーの下に一つずつ出して並べる。


「聖子にもらったの。」


 義姉さんがそう言いながら、聖子さんにお礼の電話をかけて。

 子供達が一人ずつお礼を言ってると…

 酔っ払ってる義兄さんがそれに出て。


「明日、おまえと京介にお揃いのTシャツをプレゼントしてやる。」


 笑いながら言って。


『ぜっっっっっったい要らないから!!』


 って、大声が聞こえて来た。



 しばらくして、お義父さんが高原さんと帰って来た。

 高原さんの手には、ワインと子供達へのプレゼント。

 みんなで乾杯をした。

 さっきまでケンカして泣いてた沙都ちゃんと学君も、笑ってケーキを食べてる。


 ああ…幸せだなあ…


 桐生院家にいると、あたし…なんて言うか…

 ここの娘って気がしてしまう。


 ギュッとしてくれるお義母さんと…優しい義姉さんと…

 厳しいけど、嫌いじゃないおばあさまと…

 あまり会う事がないからこそなのか…会うと色々話を聞いてくれるお義父さんと…

 言い方はキツイけど、頼れる義兄さんと…

 可愛い子供達と…

 …何より…大好きな誓君と…





「乃梨子、初めてのライヴはどうだった?」


 不意にお義父さんにそう言われて…みんなが一斉にあたしを見る。

 あたしは…


「……それ、語ってもいいんですか?」


 少し斜に構えて、お義父さんに言った。


「…えっ?」


「あっ、乃梨子…乾杯で飲んだの、結構キツイやつだ…」


「おー、語ってもらおうじゃねーか。」


「義兄さん……知らないよ…?」



 それからあたしは…



「もう、と……にかくっ、皆さん別人でした。」


「別人…まあ、知花は言われてるよな。」


「義兄さんの前髪、長過ぎじゃないかなあーっていつも思ってたんですけど、ステージ映えしてました。セーフ‼︎」


「ぷはっ‼︎あっ…し…失礼…」


「酔っ払ってるのに頭振りながらギターが弾けるって、あたしから見たら人間業じゃないです。陸さん、怪人ですか‼︎」


「何なの…その例え…人の旦那様を怪人って…」


「もう、麗ちゃんがキラッキラした目で見てるから。」


「ほほー。それ、もっと聞かせてくれ。」


「言わなくていいー‼︎乃梨子黙って‼︎誓、止めて‼︎」


「それに…義姉さんが超音波で人を動けなくする術をお持ちなんて…って。」


「だはははは‼︎」


「魂抜かれるって体験してしまいました。」


「…まあ、それはあたしも分かるわよ。」


「義兄さんと義姉さんと陸さん見ても胸あつだったのに、高原さんの歌聴いて完全に音楽とお付き合いする気になりました。」


「おっ、高原さんの事まで語るのか?」


「乃梨子、もうやめとこうか…(震え声)」


「だって、うちでお酒飲んでるお姿しか見てなかったのに…」


「うっ……ひ、控えよう…」


「あはは。これからも遠慮せずにお付き合い下さい。乃梨子、それでも高原さんは凄かったかい?」


「はい…すごい歌を聴かされてしまって…音楽聴いて泣きそうになった事ないです。」


「……」


「ビートランド、素敵な会社だなあ。」


「…乃梨子に褒美をやりたい気分だ。」


「あっ、高原さん、あたしには?」


「こら、麗。」


「…そして、桐生院家最高だなあって。」


「……」


「あたし、幸せです。超幸せです。」



 あたしは…ひたすら…喋りまくったらしく…



 翌朝目覚めた時。

 枕元には…


「…これ…何…?」


 義兄さんと義姉さん、陸さんと麗ちゃん、お義父さんとお義母さん、おばあさま、高原さんの名前が書いてあるポチ袋や封筒…



「乃梨子、夕べ早く寝ちゃったから。これ、みんなからプレゼント。」


「……あたし…誕生日じゃないよ?」


「うん。でも…まあ、みんなの気持ちらしいよ。」


「……」


 な…何があったんだろう…

 怖くて聞けない。

 …怖いけど、好奇心で開けてみたポチ袋には、お金と…商品券と…


 な…なんでだろう?



「えっ。」


「ん?」


 あたしは驚いて声を上げた。

 だって…おばあさまの封筒から出て来たのは…


「旅行券!!」


「えっ?」


 誓君があたしの手元を覗き込む。


「…ハワイ…」


 あたし達は顔を見合わせて。


「行って来いって事?」


「行けるのかな…」


「せっかくだから行こう。」



 そうしてあたし達は。


「行ってきまーす。」


 おばあさまの好意に甘えて。

 十日間の新婚旅行に出かけた。



 個人的には…夢…とかじゃなく。



 強い野望を秘めて。

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