第72話 「それにしても、すごい人と家族になったわね。」

「それにしても、すごい人と家族になったわね。」


 チーフが、ステージ上をチラリと見て言った。


「家ではすごくふわっとしてて、全然こんなイメージないです。」


「事務所でもそうよ。他のメンバーの人はどこそこで見かけてたから、去年の周年イベントで初めてSHE'S-HE'Sを観た時『ツボ過ぎ‼︎』ってドキドキワクワクしたけど…知花さんに関しては、社食でテーブル拭いてる姿しか見た事なかったから『えーっ⁉︎あの人⁉︎』って……あっ、ごめんなさい。失礼な事…」


 チーフは力説の途中、誓君に気付いて口を押えたけど。


「いえ、僕も初めて姉のステージを観た時は『えーっ!?』って言いましたから。」


 誓君は優しく笑いながらチーフに同調した。


「え…えへへ…でも、一度SHE'S-HE'Sで知花さんを認識してからは、そのギャップにやられっぱなしなの。もう、社食でテーブル拭いてるのを見かけたら、『あたしがしますから!!』って出しゃばっちゃう。」


「あはは。姉はやりたくてやってるはずなので、それは奪わないでやって下さい。」


「そうなのよね~。他の社員さんからも『私も我慢してるんだから堪えて』って注意されちゃうの。」


「義姉さん、事務所でも世話好きなんですね…」


「家庭的で控えめ女性が歌うと豹変って、もう憧れるしかないでしょ?」


「分かります…あたし、今夜義姉さんの顔見て赤くなりそう…」


「大丈夫。姉さんステージ降りたらそんなオーラ出さないから、今の顔は乃梨子ならすぐ忘れるよ。」


「あたしならって!!」


 そんな感じで…

 あたしは誓君とチーフとでステージを観ながら、色んな会話も楽しんだ。


 SHE'S-HE'Sが終わった後、セッションって事で大勢の人がステージに集まって。

 またジャンケンが始まって…


『高原さんは?』


『ナッキー、どこおんねん。』


 ステージ上から、高原さんを探す声が。

 すると…


『あっ、モニタールームやん。』


 その声に振り返ると、さっきまであたし達がいたモニタールームで手を振ってる高原さんが。


『なんでそこやねん。はよこっち来い。」


 …て事は…

 とチーフを見ると…


「きゃー!!会長歌うんだ!!」


 当然だけど、背筋を伸ばして。


「前行くわよ!!ほら!!」


 そう言って…あたしの腕を取った。


「え…ええええっ!?」


 誓君を振り返ると。

 いっておいで。って口パクしてる。


 えー!!


 戸惑うあたしの腕を掴んだまま、チーフはステージ前へ。

 そこに高原さんがゆっくりと歩いて来られて…


「わー!!高原さんの歌が聴けるなんて!!」


「最高のクリスマスプレゼントっすよ!!」


「会長!!早く早く!!」


 社員の皆さんから…大歓声…

 あたしはさっきまでとは少し違うワクワク感を胸に、高原さんがステージに上がって行く姿を見守った。



『ミツグとゼブラは来てないのか?』


『さっきシアタールームで寝てたの見たで。』


『誘わないと拗ねると思うんだが。』


『誘うたけど寝てたんやもん。』


『ナッキー、マノン、もういいからさっさとやろうぜ?』


『…二人が拗ねたら、ナオトが強行したって口添えしてくれよ?』


 最後のセリフは高原さんが客席に向かってそう言われて。

 社員さん達が『了解でーす!!』って大声で答えてる。


『俺のせいかよ。』


『じゃあ呼んで来いよ。』


『酔っ払いのジジイに何が出来んねん。』


『あのー、このままじゃトークだけで時間終わるんで、早いとこやって下さい。』


 お義兄さんのツッコミに、三人は『ハッ』て顔を見合わせて。


『じゃあ…誰かドラムとベースを頼む。』


 そう高原さんが言った途端…


『はい!!』


『俺やります!!』


『俺俺!!』


 すごく大勢のアーティストらしき皆さんが挙手されたけど…


『…圭司がドラムを叩けるとは思えない。』


 F'sでギターを弾いてた人がスティックを手にしてるのを見て、高原さんは苦笑い。

 …どうやら、このお三方とご一緒したい面々は、自分の担当楽器じゃなくても参加したい…と。


『光史は…今日の姿…まあ、却下だな(笑)』


『マジっすか…ヒゲ描かなきゃ良かった…』


『ヒゲだけじゃないだろ(笑)』


『生足にしとけば良かった…』


『タイツの問題でもないぞ(笑)』


 笑ってる高原さんに対して、真顔でボケてる希世君パパに、客席は大爆笑。


「も~!!朝霧さん、いつもクールなのに何コレ!!」


 チーフも隣で悶絶してる。


『…あ、千里が睨んでる。そうだな。時間の無駄だな。』


『睨んでないっすよ。俺、ドラム叩けますよってアピールっす。』


『ほんと、おまえ器用だな…でも今日は京介にする(笑)』


『フラれた(笑)』


『京介、ドラム頼む。ベースは聖子。浅香夫婦協演Deep Redで。』


 ご指名を受けた『浅香夫婦』のお二人…


『…飲まなきゃ良かった…』


 F'sでドラム叩いてた旦那さんの方は、なぜか顔面蒼白。


『うわー!!Deep Red演れるなんて!!超クリスマスプレゼント!!』


 奥様の聖子さんは、ウキウキな様子でベースを担がれた。



 そうして、始まったDeep Redは…


「……」


 あたしは、また…口が開きっ放しになった。


 た…高原さんて…

 お若く見えるけど、確か…お義父さんより年上…

 て事は、60とか…そういう


 だけどその姿から繰り出される声は、義兄さんに負けず劣らずの迫力モノで。

 何より…喋ってる声からは想像出来ないほど…

 高い声が出る!!



「す…すごい…」


 あたしが瞬きも忘れてつぶやくと。


「でしょでしょ!?」


 チーフが隣ですごく嬉しそうにあたしを抱きしめた。



 Deep Redのあとに、一曲ずつのセッションとやらがあって。

 そこでは義兄さんがベースを弾いたり、義姉さんがギターを弾いたり…

 希世君パパは『おまえは置物にでもなってろ』って言われて、本当にドラムセットの前に座ってるだけになったり…

 陸さんと早乙女さんが並んでピアノを弾いたり、他のアーティストさんと聖子さんがデュエットして旦那さんがヤキモチ妬いてたり…

 そんな様子を、高原さんは客席で椅子に座って笑いながら眺めて。


『さあ、もういい時間だ。せっかく遊んでいい日なのに、仕事をさせてしまった照明と音響のスタッフに感謝。みんな、ここに並べ。』


 14時になった頃マイクを持ってそう言われて、呼ばれたスタッフがステージ上に並んだ。


『仕事だなんて。こんな楽しい仕事なら、夜まででもやりますよ。』


 スタッフの人がそう答えたけど、高原さんは首をすくめて。


『その情熱は気持ちだけいただく。今日は他の階に行くなり帰るなり、好きな事をして過ごせ。ありがとう。』


 客席のみんなにも、スタッフへの拍手を求めた。


『そして、色んな遊びが繰り広げられてる中、ここに集まってくれてるみんなにも感謝だ。』


 高原さんの言葉に、客席の社員さん達とステージ上のアーティストの皆さんは、無言で…優しい顔になった。


 ああ…この会社ってほんと…

 みんなが高原さんを尊敬して、信頼してるんだなあ…って実感した。



『今日のステージとロビーの花は、知花の弟が手掛けてくれた。誓、こっちへ。』


 突然、誓君の名前が飛び出て、あたしもだけど…当の誓君はまん丸い目で『えっ』と声を上げた。


「呼ばれたね…」


「ぼ…僕の事なんて…いいのに…」


 戸惑ってる誓君に、高原さんの視線と共にみんなが注目する。


「あんな素敵な花を用意してくれたんだから、あなたも感謝されて当然。行って行って!!」


 チーフがそう言ってくれて、誓君は照れくさそうに…高原さんの元へ。


『ついでにわがままを言うと、この花を花束にして持って帰りたい。出来るか?』


 ステージに上がった途端そう言われた誓君は。


『あ…はい。そう言われてもいいように、準備はしてきました。』


『さすがだな。』


『高原さん、遊んでいい日なのに、うちの義弟働かせ過ぎっすよ。』


『おお、そうだな。見返りはたっぷりと千里からもらえ。』


『…そうします。』


『おい、誓。』


『こう見えて、千里はとんでもなく優しい義兄らしいからな。』


『誓、しっかり働け。』


『えっ、義兄さん…』


 あはは。と…客席から笑い声が上がって。

 あたしは…


「あの…チーフ。」


「ん?」


「連絡先の交換、してもらえますか?」


「え?あたしと?」


「はい……ダメですか?」


「……」


 チーフは…なぜか少し悩んでる様子だった。


 それを見てあたしは…

 チーフが会社を辞めた事に、あたしの両親が絡んでるんじゃないか…って。

 そう思った。



「まだ片付けがあるわよね?」


 あたしが色々勘繰ってると、チーフがステージ上の花を指差して言った。


「はい…」


「じゃ、ちょっと後で…外で交換しましょ。今は携帯も持ち込めてないから。」


「あ…はい…」


 連絡先の交換…してくれるんだ。

 考え過ぎだったかな…



 桐生院家では、子供達以外は全員が携帯電話を持った。

 最初、お義兄さんと義姉さんは『要らない』って言い張ってたけど…

 連絡は取り合った方がいいから。って…おばあさまが、提案した。


 あたしは…携帯を見るたびに、父さんを思い出してしまって。

 ちょっと嫌な気分にもなってたけど。

 誓君と色違いの携帯電話は…嫌いじゃない。



「乃梨子、あっち側の花をまとめてもらえる?」


 会場からお客さん達が出て行き始めて。

 あたしと誓君は花をテーブルに並べ始めた。


「あたしも手伝う。」


 義姉さんがヘルプで来てくれて。


「これ、うちにも持って帰っちゃおう?」


 あたしと誓君に笑いかけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る