第71話 「わあ、お母さん。あそこにお父さんがいるよ~?」
「わあ、お母さん。あそこにお父さんがいるよ~?」
「ほんとだ…って、何あの格好…」
希世君のママが目を細めたその先には、ドラムをセットしてるらしい…男の人…
なぜか白いタイツに大きく膨らんだ提灯のような赤いパンツ…
上半身は裸…
「あははは。
「もう酔っ払ってるわよね。」
「あり得る…」
えー!!
酔っ払ってライヴするの!?
あたしは冷静な表情のまま、心の中では色んな事を絶叫してた。
だって…
やっぱりこういう世界って刺激的!!
興味持てないと思ってたけど…義兄さんも義姉さんもすごい!!
「朝霧さん、普段はクールでカッコいい人なんだよ。」
誓君が隣で説明してくれたけど。
「あたしの結婚パーティーの時は、酔っ払ってキュウリの着ぐるみ着てたけどね。」
麗ちゃんが意地悪そうな顔でそう言って。
「もう…ほんと…酔っ払ってなければ完璧な夫なのに…」
希世君ママは、椅子の背もたれに突っ伏してうなだれた。
…完璧な夫…
その言葉を聞いて、何だか気持ちが温かくなった。
「隠しネタのある旦那さんでいいじゃない。」
「…早乙女さんにもこんな一面があったらどうする?」
「…王様とキュウリはやめてねって言うわ。」
「もー!!世貴子さん!!」
何となくつられて笑った。
…いいなあ…
みんな旦那さんが同じ職業で、子供さんの年齢も近くて。
話題に事欠かないよね。
何より…『あの』麗ちゃんに、こんなに仲良しな関係の人達がいるなんて。
…あたしも…仲間になれるかなあ…
「SHE'S-HE'Sがトップなのかしら。」
麗ちゃんがどこからか飲み物を調達して来て、みんなに配りながら言った。
「順番決まってないって言ってたけど。」
「トップだと、
「今日って結局誰が出るんだろう?F'sとSHE'S-HE'Sと…」
背後に麗ちゃん達、バンドマンの奥様方の会話を受けながら。
あたしは無言でステージ上を眺めた。
まだ明るい客席に目を向けると、チーフが飲み物を手にステージに近付いてくのが見えた。
…まさかチーフがあの会社を辞めて、ビートランドに入ってるなんて…
本当は理由が気になってる…けど…
今は忘れよう。
うん。
「ははっ。ステージ上でジャンケンが始まってるよ。」
誓君がそう言うと、背後にいた奥様達がグラスを片手に集まって来た。
「あっ、本当だ。順番決めかしら。」
麗ちゃんがあたしの肩に手を掛けて、マジマジとステージに注目する。
客席から『わあっ』て歓声と笑い声が上がった。
どうやら順番が決まったらしい。
『厳正なるジャンケンの結果、F'sが先。SHE'S-HE'Sは後。気まぐれで年寄が入り込むかもしんねー。終わった時の気分でセッションって感じだな。』
義兄さんがマイクの前でそう言うと、客席から『セッション!?豪華ー!!』って声が上がった。
『あ、俺は早く帰るけどな。今日は大事な嫁と可愛い娘と義弟の誕生日だ。』
う…
うわあ…!!!!
お義兄さん!!
ステージ上でもさらっとそんな事言うんだ!!
あたしが目を見開いて赤くなってると。
「相変わらずだなあ。」
「ほんと。」
「神さん、相変わらず知花さんへの愛全開ね。」
皆さんが笑顔でそう言った。
そうこうしてると…
「っ……」
突然のギターの音に、肩を揺らしてしまった。
客席の明かりが落ちて、そんな中…誓君の飾った花と義兄さん達だけが…ステージ上でライトアップされた。
え…えっ?
以前…早乙女君の披露宴で、歌う姿は観たけど…
義兄さん…
全然違うーーー!!
『おまえら飲んでるかー!?』
義兄さんがそう言うと、客席は拳を振り上げて『イェー!!』って叫ぶ人で溢れた。
『今日は遊んでいい日だ!!存分に飲んで騒いで楽しんで帰れ!!』
う…うわ…うわわわわわ…
お…お義兄さん…
かっ……
あたしが瞬きも忘れてステージを見入ってると。
「…神さん、素敵過ぎる…」
そんなつぶやきが、どこからか聞こえて来た。
つい、チラリと斜め後ろを向くと。
「あ、今のはオフレコで。」
希世君ママが、唇の前に人差し指を立てた。
「いや、もうこれは仕方ないでしょ。」
「そうねえ…歌ってる義兄さんは男もトリコにしちゃうから。」
「僕も元々は一ファンだったもんなあ。」
……
そ…そっか…
あたし、身内の歌ってる姿を見てのぼせ上がるなんて…って、ちょっと言えない気がしたけど。
これは…誰が見てもカッコいいんだ…
マイクスタンドを蹴り上げるパフォーマンスに、客席から黄色い声が上がる。
あたしも、普段見ないような義兄さんの姿に鳥肌が止まらない。
…こんな歌が歌える人なんだ…
『ノリ遅れんなよ!!今日はあっと言う間に終わるんだぜ!?』
お義兄さんの声に、客席からは熱い歓声が上がる。
その中にはチーフが腕を振り上げてる姿もあった。
F'sはお義兄さんがボーカルで、そのほかにはギターが二人、ベース、ドラム、キーボードっていうメンバー。
全員が男性で、その誰もが…すごくキラキラして見えた。
音楽自体にあまり興味がなかったあたしに、いきなりハードロックはハードルが高い。と自分でも思ってたけど…
違う角度から物事を見るって事では、すごく刺激的だし勉強になると思った。
あたしが放心状態のままステージを観てる傍らでは、完全に歌を覚えてるらしい(英語歌詞なのに!!)子供達が一緒に口ずさみながら、キメ所では『イェー!!』って右手を振り上げてる。
ああ…すごいなあ…
客席との一体感もすごいけど、こうして離れて観てるあたし達にも…十分に熱は届いてる。
ステージを観てる間に、あたしの中に何とも言い難い感情が沸々と湧いて来た。
それを言葉にして誓君に伝えようとしたけど…どう表現したらいいか分からない。
その、一連のもどかしさにモゾモゾする歯痒さを感じながらも、ステージから目を離せずにいると…
「乃梨子、下で観てみる?」
誓君が少し距離を詰めて言った。
「えっ…下?」
あたしが驚いて誓君を見ると。
「一度は近くで観るのもいいわよ。足震えるかもしれないけど。」
そう言って、後ろから麗ちゃんが笑った。
「あ…足が震える…」
麗ちゃんの言葉を繰り返すと。
「あ~、分かる。あたしも初めての時は足どころか体震えたもん。」
希世君ママがそう言って、目を細めて照れ笑いをした。
「そ…そんなに…なんだ。でもそれはちょっと体験してみたい気もする…」
「じゃ…」
誓君があたしの手を取って立ち上がりかけた時。
「遅くなりました~。」
ドアが開いて…女の子が顔をのぞかせた。
「あっ、鈴亜ちゃん。間に合って良かった。」
「ふう…」
「ほら、座って座って。」
……ステージに釘付けだったあたしの目は、その『鈴亜ちゃん』のお腹に移った。
すごく…大きなお腹。
「うちに来てた佳苗ちゃんと、三つ子ちゃん達のお母さんだよ。」
誓君がそう紹介してくれて。
「あっ、うちの子達まで預かってもらって、すみません。」
一度座った鈴亜ちゃんは、また立ち上がりかけたけど。
「いや、ノン君とサクちゃんが張り切って面倒見てるし、みんなすごくいい子にしてたよ。」
誓君が座るように促す。
すると、ステージに向いたままの映君が。
「女の子達、みんな桐生院に行ったのに、千世子行かなくて良かったの。」
千世子ちゃんにそう言った。
「千世子、お父さんがギター弾くの観たいもん~。」
「…希世も良かったの。沙都とコノ、あっち行ってるのに。」
「僕もお父さんのドラム観たいもん~。それに、映ちゃんもいるから嬉しいな~。」
「……」
そう言われた映君はすごく嬉しかったのか。
八歳にしてポーカーフェイス…なんだけど、少し嬉しそうに唇を尖らせた後、千世子ちゃんと希世君の頭を撫でた。
…あー…
本当、可愛いなあ…
ステージはすごいし、子供達は可愛いし…
お腹の大きな鈴亜ちゃん…
あたしは、一度に湧きあがった色んな感情を抑えきれなくて。
「下、行ってみよ?」
笑顔で誓君の手を取って、モニタールームを出た。
「……」
あたしは、ポカンと口を開けてステージを観た。
隣では、そんなあたしを見た誓君が吹き出してる。
だ…
だって…
「こ…これは…衝撃過ぎる…」
ステージ上の義姉さん…
「な…なな…なんで…いつもは…ふわっとしてるのに…」
それに…二次会でやってたのは…もっと…優しくて、のんびりした曲だったのに…
「何なの…ほ…ほんとに…体が震える…」
両手で自分の腕を掴み…たい…けど…
「か…体が動かない…何これ…義姉さん…人を硬直させる術を…」
「そんなのないから(笑)」
「…義姉さん…あああ…あんなに…高い声が…まるで超音波…」
「…乃梨子、よだれ出てる。ついでに心の声も出まくってるよ。」
「はっ…!!」
誓君にそう言われて、やっと体が動いた。
慌てて指摘されたよだれを拭いて、ついでに心の声を出さないように両手で口を塞いだ。
し…仕方ないのよー!!
だって…
だって!!
義兄さんのステージも衝撃だったけど、義姉さんは…驚愕そのもの!!
メンバーの皆さんも…二次会でお会いした時と全然違うー!!
「姉さんとまこさん以外は、みんな酔っ払ってるなあ…」
誓君はそう言って笑ってるけど…
まこさん…って、確かキーボードの男の人…
さっきの…お腹の大きい鈴亜ちゃんの旦那さん。
…子だくさんな人には見えない…
陸さんはいつも酔っ払ってる姿を見てるから、テンションが高くても納得できるけど…
早乙女君のお兄さん…!!
すごく笑いながら、頭振ってギター弾いてる!!
余計酔いが回るんじゃ…!?
それに…
さっき裸の王様だった希世君パパ!!
鼻の下に、巻いた口ひげをマジックで描かれてて、威厳も何もないのに…ドラムすごい!!
ベースの聖子さんは…義姉さんに絡みまくってる…!!
だけど何より…
「やっぱり…衝撃は義姉さん…別人~…」
つい誓君に寄り掛かってステージを観てると。
「あら、塚…乃梨子さん、もうダウン?」
チーフが飲み物を取りにやって来た。
「い…いえ…ステージに圧倒されて…」
本当は誓君に寄り掛かってるのが恥ずかしくて、背筋を伸ばして答えたい所なんだけど…
何しろ…義姉さんの歌で腰砕けみたいになってるあたし。
そんなあたしを見たチーフは、ふふふと首をすくめて。
「すごいでしょ。あたしも初めて生で観た時は、腰が抜けちゃったのよ。」
あたしに近寄ってそう言った。
「えっ、チーフもですか?」
「ええ。だって本当すごいもの。だから余計、この人達がメディアに出てないのが勿体ないなあって思うんだけど、反対にあたし達だけが拝める人達だと思うと、それはそれでお得感たっぷりなのよね。」
…なるほど。
SHE'S-HE'Sの素性は、完全シークレット状態。
このライヴが始まる前も、カメラや録音機器を持ち込んだ社員は即クビってお達しがあったものね…
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