第69話 その後、あたしはさらに誓君と教室に通ったり

 その後、あたしはさらに誓君と教室に通ったり、イベントの企画をしたり…と、忙しい毎日を送るようになった。


 誓君と出会うまでは、気にもしなかった野の花も目に留まる。

 それがあたしにとっては…すごく宝物みたいな気持ちになった。


 花に囲まれた生活。

 まさか…あたしにこんな日々が訪れるなんて。



 結婚して三年。

 あたしは…周りからの『子供はまだ?』を気にしないように努めていた。

 それがストレスになって、また…不安定になるのは嫌だと思ったのと…

 あたしが気にしている事が回りに知れたら…

 病院に行くことを勧められる気がしたからだ。



 …もし。

 もし、病院に行って…自分に原因があったら。

 そう考えると、怖くて体が震えた。

 それでなくても、あたしは両親の事で桐生院家に多大な迷惑をかけてる。

 これ以上…幻滅させたくないし、されたくない。


 家族として受け入れてもらったとは思うけど…

 だからこそ、これ以上の心配や迷惑はかけたくないと強く思うあたしがいる。



「クリスマスイベント?」


 それは、クリスマスイヴを翌週に控えた、12月にしては少し暖かい日の事だった。


「うん。ビートランドのイギリス事務所が10周年だから、それに便乗して今年は日本とアメリカの事務所も、クリスマスのイベントを派手にやるんだって。」


「でも…24日って…」


 12月24日は、義姉さんと華月ちゃんと聖君の誕生日。

 毎年、桐生院家ではクリスマス会と共に三人のお誕生日会も開催される。


「イベントは夕方には終わるらしいよ。我が家でのパーティーは例年通り。」


 誓君は、手にした図面を嬉しそうにあたしに見せながら。


「急だけど、今年は特別だからって花を頼まれたんだ。ここと、こことここに。」


 張り切った様子でそう言った。


「え…?来週だよね?大丈夫?」


 誓君のスケジュールは、いつもいっぱい。

 今月は特にクリスマスがあるって事で、特別な生け方を披露する場が多い。


「大丈夫だよ。それに…今年は義兄さんも姉さんもステージに出るみたいだしさ。」


「えっ…そうなの?」


「うん。乃梨子、一緒に行かない?」


 結婚して三年だけど、あたしはいまだに義兄さんと義姉さんが、ちゃんと歌ってる姿を見た事がない。

 義姉さんは素性を明かしてないって事で、メディアに出る事はないけど…

 義兄さんはそこそこにテレビにも出てるのに。


 たま~に家で流れるCDを聴いても、義兄さんも義姉さんも喋る声とは違うからか…同一人物だと認められない。


 義姉さんのバンドには二次会で演奏してもらったのに、あたしはあの時両親のあれこれで何も頭に入らなかった。


 義兄さんも早乙女君の披露宴で聴いた歌には感動したけど、誓君曰く『バンドはあんなもんじゃないよ』だそうで…

 だけどどうも…家でのイチャイチャぶりが普通になってる二人が有名人だとは…あたしは今も信じられないでいる。



「あたしが行ってもいいのかな…?」


 音楽にはあまり興味はないものの、やっぱり家族がステージに立つって言うのは特別だし。

 むしろ今まで進んで観ようとしなかった事を、今は残念に思ってるあたしがいる。

 他人に興味がない。って豊原さんに言われた事、少なからずとも引きずってる…ってとこもあるけど。

 家族の事…もっと知りたい。



「もちろん。家族は招待されるし。」


「そっか…」


「…無理してない?」


「…え?」


 不意に、誓君があたしの手を取って言った。


「乃梨子、あまり音楽に興味ないだろ?なのに、無理してない?」


「……」


 まさに、あたしが考えてた事を見透かされたみたいで…少し顔に熱が集まってしまった。

 あたしは空いた方の手で頬を押さえながら。


「…ほんとね。家族に音楽人がいるって言うのに…あたし、本当無関心でダメだったなって思う。」


 少しうつむいて言った。


「そんな事ないよ。それでなくても、知らなかった花の事を勉強してくれて…それだけでも」


「でも、家族の事だから。」


 あたしは、誓君の言葉を遮る。


「家族の事だから、もっとちゃんと知らなきゃって思うの。あたしの事、受け入れてくれたみんなの事…あたし、知りたいもん。」


「……」


 誓君はゆっくりとあたしの肩を抱き寄せると。


「家族の事、知りたいって思ってくれてありがとう。」


 耳元で、そう言った。


「…遅いかな…」


「遅くなんかないよ。ゆっくり、一つずつ…知ってくれたらいいから。」


「誓君…」


「だってほら、うち…大家族だから、大変だろ?」


 額を合わせて、誓君が笑う。

 あたしはその笑顔に気持ちを軽くしてもらえて。


「…うん。」


 自分から…誓君に、軽くキスをした。





「こ…これは…」


 クリスマスイベント当日。

 桐生院家からは、義兄さんと義姉さんがステージに立つけど、おばあさまとお義母さんは今夜のパーティーの準備があるからイベントは観に行かない…と。

 そして、子供達も…


「今日、僕達には大事なミッションがあるから。」


 そう真顔で言ったのは、ノン君と…


「そう。だから、乃梨子姉、あたし達の分もしっかり観て来てね?」


 サクちゃんだ。


 五年生になった二人の言うミッションとは…自分達より年下の子達の子守。



「は…はじめまして…」


 あたしは、あちこちに見える知らない顔に向かって挨拶をした。

 桐生院家の大部屋…まさかの託児所状態…!!


 この子達誰だろう?

 会った事ない…



「乃梨子姉、一人ずつ紹介するね?」


 そう言ってくれたのは、サクちゃん。


「華月と聖はいいとして…紅美ちゃんとがっくんも知ってるからいいとして…詩生ちゃんと園ちゃんも知ってるよね…えーと…」


 サクちゃんは自分も初めてかもしれない子達を前に、頬に指を当てて考えている。


「あっ、そう。佳苗ちゃんと好美ちゃんと音ちゃん。三人とも四歳。母さんのバンドの人の娘さん達よ。」


 サクちゃんにそう紹介された女の子達は、あたしを見上げて…


「……」


 無言なのは…たぶん、音ちゃんって子。


「こんいちはあ。」


 可愛い笑顔で言ってくれたのは…佳苗ちゃん。


「……」


 無言だけど、ウインクしてくれたのは…好美ちゃん。


 す…すごい…四歳にして個性在り過ぎる三人…



「でね、こっちの女の子達…佳苗ちゃんの妹の…えーと…誰が誰だか分かんないけど、亜希ちゃん紗希ちゃん真希ちゃん。二歳だよ。」


 続いて紹介してくれたのは、三つ子の女の子…!!


「うわあ…か…可愛い…」


 三つ子って初めて見た!!

 そっくり!!


「はじ…はじめまして…」


 緊張のあまり、正座してしまった。

 三つ子ちゃん達は一瞬あたしを見上げて軽く手を上げてくれたけど、すぐに興味なさそうに三人の輪の中に置いてあるクッションに手を置いて遊び始めた。


「あと…誰か紹介してなかったかなあ…」


 サクちゃんがキョロキョロする。

 あたしは大部屋を見渡して…


「…あの子は誰かな…?」


 紅美ちゃんにベッタリくっついてる男の子を指差した。


「あっ、あれはね、沙都ちゃん。紅美ちゃんの事が大好きで、最近は陸兄のおうちに泊まったりしてるんだって。好美ちゃんのお兄ちゃんよ。」


「へ…へえ…」


 紅美ちゃんにベッタリなその子は、クォーターの陸さんよりもハーフっぽいがっくんと同じく…何となく外人さんぽい風貌。


 て言うか…

 すごく美形な男の子。


 がっくんも、あたしの中での可愛さ日本代表麗ちゃんと、イケメン陸さんの息子だけあって…すごく整ってる顔立ちだけど…

 沙都ちゃん…目を引く子だ…!!


 ウインクしてくれた好美ちゃんも、もちろん可愛いし…美形兄妹!!



「本当はね、もっといるんだけど、ライヴ観に行く子もいるから。」


「そ…そうなんだ…」


「乃梨子姉、ライヴ会場で会うかもだね。」


「挨拶、ちゃんとしなくちゃ。」


 あたしが姿勢を正して言うと、ノン君は目を細めて笑って、サクちゃんはなぜかあたしに抱き着いて来た。

 すると、それを見てた華月ちゃんが…


「……」


 無言であたしの後ろに来て、背中にへばりついたかと思うと…


「え…えっ…?」


 それに釣られたように、早乙女家の男の子達もくっついて来て…

 他の子達も、あたしの周りに集まった。


「うわあっ…」


 何となく、そのまま後ろにゆっくりとひっくり返ると。


「きゃー!!」


「あはははは!!」


「おふね~。」


 おふねはよく分からないけど、何だかみんな楽しそうに笑ってくれて。

 すごく…嬉しくなった。


 …ああ…

 子供って可愛い…

 可愛くて…愛おしい。






「大部屋に居たくなったでしょ。」


 花を運びながら、誓君が笑った。


「うん…ちょっと後ろ髪引かれた。」


 あたしは正直にそう言いながら、今日のイベント会場である『ビートランド』に入る。


 会場用の花は昨日のうちに作って飾らせてもらった。

 今日は少しの手直しだけ。



「今日、客席で観るのとモニタールームで観るの、どっちがいい?」


 ロビーの花を手直ししながら、誓君が言った。



 先日、義兄さんから説明を受けた。



「24日は、ビートランドは基本遊んでいい日なんだ。」


「遊んでいい日…」


「休んでもいい日だが、大抵の社員が出社して事務所で。」


「…事務所で…」


 あたしの知ってる『会社』とはかけ離れてるせいで、つい…首を傾げながら義兄さんを見る。


「高原さんの方針なんだ。好きな事していいって。シアタールームで映画を観たり、誰彼が勝手に開いてる楽器講座に参加したり、はたまた…ライヴを観たり。」


「……」


「ライヴは客席でもいいが…ライヴが初めてなら、モニタールームやゲストルームの方がいいかもしんねーな。耳に優しいし。」


「耳…」


「ま、ライヴっつっても…あんま本格的にはやんねーんだけどな。好きなだけ飲みながら観れるライヴだから、憂さ晴らしに来る奴の方が多いかもしれねー。」


「好きなだけ飲みながら…」


「おまえは飲むなよ。夜の部がなくなっちまうから。」


「のっ飲みませんっ!!」



 お酒を飲みながら、音楽を楽しむって頭があたしにはないのだけど…

 普通はそうなのかな…


「誓君はどっちで観たい?」


 客席から観てみたい気もするけど、耳に優しい方が…とも思わなくもない。

 何となくCDで聴いた曲は、結構ハードだった。


「んー…最初客席にいて、ここじゃ辛いと思うならモニタールームに行ってもいいし、その逆でもいいし。」


「そっか…ずっとそこに居なくてもいいんだ。」


「うん。だから、乃梨子の耳次第って事で。」


「ありがと…うん。そうする。」



 昨日の準備で来た時も思ったけど…すごいなあ…ビートランド。

 これと同じものが、アメリカとイギリスにもあるって…

 高原さん、ほんと…すごい。


 あたしは結婚式以来、年に数回…しかも桐生院家で会うだけの人だから、そこまで親しくはないけれど…

 そこにいるだけでホッとする存在だなとは思う。


 ロビーの吹き抜け天井を見上げながら、そんな事を思ってると…


「…塚田さん?」


 何だか、懐かしく思える名前で呼ばれた。

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