第64話 「ただいま。」

 〇桐生院 誓


「ただいま。」


 裏口から家に入ると、大部屋から子供達が走って来て出迎えてくれた。


「誓兄、乃梨子姉、おかえりなさい!!」


 乃梨子に抱き着くサクちゃんと、僕に飛びつくノン君。

 そして、その周りを飛び跳ねてる聖。

 華月は…いつもの通り大部屋待機かな。



 お土産の紙袋を手渡すと、ノン君と聖は走って大部屋に向かって。


「これ、走ってはいけません。」


 おばあちゃまに叱られてる。


「乃梨子姉、楽しかった?」


 サクちゃんは乃梨子の腕に抱き着いたままそう言って、乃梨子の笑顔を引き出してくれた。



「わー!!美味しそうなお饅頭!!」


 子供達には食べ物の他に、それぞれ本やぬいぐるみも買って来たのに…

 さすがのサクちゃんの歓喜の言葉に、乃梨子は満面の笑み。


 だけど…さっきの事が気になって仕方ないのだとは思う。

 気を紛らわせようと、わざと明るくしてるのかな…



「誓、宿の皆さんはお元気でしたか?」


 おばあちゃまが僕に声をかけた。


「うん。女将さんがよろしく伝えてくれって。」


「そうですか。」


「……」


 何か言いたそうなおばあちゃまに、僕は…


「今日の教室、任せてごめんね。明日は僕が全部やるから、名簿見せてもらっていい?」


 そう言って、おばあちゃまの部屋に行くことにした。

 大部屋では、乃梨子が選んだクマの被り物を、子供達が順番に被って写真を撮ってる。

 乃梨子もそこで笑ってる。


 今の内に…



「…え…昨日来たお客様って…乃梨子の両親だったの…?」


「ええ。」


 おばあちゃまは部屋に入ってすぐ、昨日の来客が乃梨子の親だったと言った。

 そしてそれは…


「事もあろうか、それぞれのお相手同伴で。」


「……」


 おばあちゃまの話しは…こうだった。


 お昼過ぎに、突然父親から電話があって。

『お話があるので、今夜伺います。』と一方的に言われた…と。


 そして、四人でやって来て…まずは、乃梨子と僕が不在な事に憤慨したらしい。

 だけど開き直ったのか『再婚する事になった』と報告をして…『祝って欲しい』と。


 それをおばあちゃまがピシャリと断ると、激昂した両親は…


『乃梨子に子供が出来ないのは、仕事を辞めさせられたストレスからだ』


『大事な娘を蔑ろにして、たたで済むと思うな』


『子供が生まれたら、自分達が引き取る』


 その他…



「聞くに堪えない幼稚な言いがかりをつけて来られましたよ。」


 おばあちゃまは、ふう…と溜息をついて。


「あらかじめ連絡しておいた岩城先生に来ていただいて、全部終えました。」


 僕の目を見た。


 岩城先生とは…昔から何かとお世話になってる弁護士さんだ。


「…全部終えた…?」


「今後一切、桐生院家…乃梨子さんも含め、関わらない事を一筆書いていただきましたよ。」


「…納得したの?」


「されましたよ。」


「どうやって?」


「お金ですよ。」


「…また払ったの?」


「手切れ金として。」


「…いくら払ったか聞いてもいい?」


 僕が声を潜めて言うと、おばあちゃまは。


「痛くも何ともない金額ですよ。」


 珍しく…小さく笑ってそう言った。


「…それでもやっぱり悪いよ。金額教えて。」


 だいたい…リフォーム代金っていう表立たないやり方で契約したはずなのに…

 工事後すぐに支払った後、勝手に大勢を送り込んできた職人の作業費と貼り替えの時に出たゴミの処分費を、改めて請求してきた。

 なのに…手切れ金まで?



「まあ、あちらは思った通りお金を手に入れたのですから、もう文句はないでしょう。」


 呆れてしまった僕は、乃梨子のために謝罪を考えていた事すらバカだったと思った。


 何を考えてるんだ…!!



「でも…一筆書いたぐらいで済むのかな…」


 僕が怒りに震える声でそう言うと、おばあちゃまは少し頷く風に。


「あなたの悪評の件、持ち出しました。」


「……」



 ある時期から…教室の会場に嫌がらせの電話がかかるようになった。

 それは、小さな公民館から、一流ホテルまで様々なんだけど。


 大きな場所は、そんな電話の事なんて気にしないと言ってくれたけど…

 その電話のせいで、二つの教室が会場を移動しなくてはならなくなった。


 せっかく花を通じて知り合いになれた生徒さんも、場所が遠くなったから…と通ってもらえなくなった人が数人いて。

 本当に…腹立たしかったし…情けなかった。


 僕にもっと力があれば…

 どうにだって出来るのに。



「次があったら訴えると言いました。」


「えっ?でも…証拠が…」


「調べてもらいましたよ。」


「誰に…」


「…陸さんのご実家に。」


「あ…」


 そうか…

 陸さんの実家は…警察の秘密組織…


「そんな…こんな小さな事件に関わってもらうなんて、申し訳ないな…」


 僕が少しうなだれて言うと。


「陸さんがどうしても力になりたいとおっしゃって下さって。」


 おばあちゃまは、僕の肩にそっと手を添えた。


「それで…乃梨子の両親は?」


「…うちに来ると言われた時の威勢はどこへやら…でしたよ。」


「…さっき、豊原さんを外で見かけたけど…」


「……」


 それに関してはおばあちゃまも少し気の毒そうに。


「あの方は…最初から反対だったようです。」


 小さく溜息をついた。


 確かに…僕が乃梨子の実家に行った時も、他の三人とは違ってずっと不機嫌そうだった。

 三人に対して、『あなた達、何してるの』と言わんばかりの表情で。



「あの方だけは、一筆書く事を拒否されました。自分は最初から何にも関与してません、と。」


「…うん…どちらかと言うと…巻き込まれただけだと思う。」


「ですので…あの方には、乃梨子さんのお父様に代わって慰謝料をお支払いしようと思ってお呼びだてしたのですが…」


「えっ?」


「要らないと言われました。」


「……」


 そ…それは…そうだよね…

 いくら何でも…



「女性として…結婚を夢見ておられたはずなのに、うちに関わったがために単なる無駄な時間にさせてしまいました。」


「……」


「私に出来る事は、それぐらいだと思ったんですよ。」



 おばあちゃまは…とても優しい人だけど。

 不器用な人だ。

 優しさが裏目に出てしまう事も、しょっちゅうある。



「…色々…ありがとう。おばあちゃま。」


 ゆっくりとおばあちゃまを抱きしめると。


「…さくらが来て、みんな異国の習慣に感化されてしまいましたね。」


 おばあちゃまはそんな事をつぶやきながら…僕の背中をポンポンと優しく叩いた。




 〇桐生院乃梨子


 あたしは…

 二人の会話を廊下で聞いて、足がすくんだ。


 ど…どういう事…?



 おばあさまと誓君が大部屋からいなくなって。

 あたしはトイレに行くふりをして、二人の後を追った。



 おばあさまの部屋での二人の会話は…

 信じられない物だった。


 あたしの両親が…いったい…どういう事…?



 何も聞かなかった事にして、大部屋に戻る。

 お土産の被り物で遊んでる子供達の輪に入って、笑顔でいる事にした。

 本当は…笑えない…笑えないけど…

 笑ってなくちゃ…って思った。



 ふと、花柄のカーテンに目をやる。

 …もしかして…高額なリフォーム代金って…これの事…?

 あたしの両親が…関わってるの…?


 …確かに…


 誓君との結婚が決まった時、両親はあからさまに金目当てになったと思う。

 だけど…

 結婚式場まで来て、おめでとうって言ってくれたのに…


 …あれも全部…


「……」


 携帯…


 あたしは『ちょっと部屋に行ってくるね』と言い残して、二階に上がった。

 クローゼットの奥にしまってる鞄の中から、携帯を取り出して…


「……」


 使えない…使えなくなってる…



 おばあさまと誓君を疑うわけじゃないけど…どこか両親を信じたい自分もいて。

 それからの時間…あたしは頭の中が真っ白なまま…みんなと晩御飯を食べて、笑顔で過ごした。



 そして数日後。

 家族のみんながそれぞれ仕事に出かけて。

 あたしも…出掛けた。


 聖君の車を勝手に借りて、実家へと走らせる。


 …信じたくない…ううん…だけどたぶん…本当の話だ。

 でも、自分で確かめるまで…



「…え…っ?」


 実家に行くと、何だか…様子が変わってた。

『塚田工務店』の看板は外されて、家の中からロッカーや事務机が運び出されていく。


 両親の姿はそこにはなくて…


「あ…あの!!」


 父さんの彼女がいた。


 …元、彼女。

 豊原さん。



「…何、一人で来たの?」


「あの、あたしの両親がしてた事…教えて下さい。」


 あたしが両腕を掴んで言うと、豊原さんは目を細めて。


「…何も知らないの?」


 眉間にしわを寄せた。


「はい…」


「……」


 豊原さんに促されて、事務所の奥にある応接室に入ると。


「座って。」


 ソファーに座るよう…言われた。

 言われるままに座って…ドキドキする胸を押さえてると。


「…ちょっと待ってて。」


 豊原さんは、応接室から出て行った。



 元々は…あたしが生まれた家なのに。

 その面影もないせいか、酷く居心地が悪かった。


 …分かり合える日が来ると…思いたかった。



 夕べのおばあさまと誓君の会話…

 今も信じたくない自分がいる。


 …どうして…こんな事に…

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