第54話 「邪魔するぜ。」

 〇桐生院 誓


「邪魔するぜ。」


 大部屋で乃梨子とお茶を飲んでると、義兄さんと陸さんがビールを手に向かい側に座った。


「あ、お手伝いありがとうございました。」


 乃梨子がわざわざ立ち上がって二人にペコペコと頭を下げる。



 今日は…乃梨子がうちに引っ越して来た。


 元々荷物の少ない乃梨子。

 引っ越し業者を呼ぶほどでもないし、父さんの車で何往復かする事にしてたら、陸さんが二階堂のトラックを借りて来てくれた。

 そして、義兄さんも手伝いに来てくれた。



「俺も荷物が少ないって知花に笑われたが、年頃の女の荷物じゃねーな。」


 義兄さんの言葉に、乃梨子は首をすくめて。


「麗は俺のマンションの部屋数知ってんのか?ってぐらいの荷物で来たから、乃梨子ちゃんもそうかなと思ってトラック借りたんだけど。」


 陸さんの追い討ちで、さらに小さくなった。


「有名人二人を使っといて、働き甲斐のない荷物だなんて。」


 ただでさえ小さくなってるのに、さらなる追い討ちをかけるように…麗がゼリーを持って座った。


「僕は荷物少ないからいいって言ったのに。」


「女子の引っ越し舐めんなよって思ったんだけどなあ。」


「す…すいませんすいません…」


 ペコペコと謝る乃梨子をみんなで笑ってると…


「…肌荒れ、治ったみたいね。」


 麗が乃梨子をジロジロ見ながら言った。


 あー…麗って厳しいからなあ…


 僕が目を細めて麗の視線を遮ると。


「あ…た…高原さんがチーフに言って下さって…」


 思いがけない言葉が乃梨子から放たれて。


「…高原さん?」


 僕達四人は、同時に聞き返した。


「ええ…その…職場の近くで高原さんにバッタリ会って…そこにチーフが来て…」


「乃梨子の会社の近くに?高原さん、何しに行ってたんだろ…」


「奥様が入院されてるとかで…」


 …ああ…そっか…

 高原さんは…結婚してるんだった。

 そんな事も、時々忘れてしまう。

 何となくだけど…今も母さんの事好きなんじゃないか…って。



「その時、偶然チーフが出て来て…高原さんのファンだって…」


「ほお。」


 義兄さんと陸さんはニヤニヤしてる。


「そしたら、高原さん…仕事量を調整してやってくれって言って下さって…」


「……」


 何となく…四人で黙ってしまってると。


「乃梨子ちゃーん、ちょっといいー?」


 中の間から、義母さんの声。


「あっ、はーい。あ…ちょっと失礼します…」


 乃梨子が大部屋を出て行って。

 まずは麗が…


「あたし…あの子、高等部の時もいいように使われてたから、職場でもそうされてるんじゃないかしらーって…高原さんに言ったのよね。」


 小さく笑いながら言った。

 義兄さんと陸さんは顔を見打合わせて。


「まったく…歳を取るとお節介になるからな。」


 笑った。



 …僕は…高原さんが苦手だった。

 だいたい、得体が知れない。

 いくら義兄さんの上司だ…って言っても、父さんと友人なんて…あるわけない。って…


 桐生院家のイベントには、欠かさず参加。

 無口で…だけど優しい…のは、知ってる。

 …それでも、苦手だった。



 麗の結婚式の日。

 父さんが僕達について、どう思ってるか…を。

 高原さんの口から聞いた。


 …結局は、助けられてる。

 あの人の…お節介に。



「…いい人だよね…高原さん。」


 僕が小さくつぶやくと。


「はあ?」


 義兄さんが…すごんだ。


「…え…っ?」


「いやいや…そんなにザックリひとまとめにしちゃ失礼だな。」


 陸さんも…ビール片手に首を横に振った。


「え…え…っ?」


「…あたし知ーらないっと…」


 麗がゆっくりと立ち上がって大部屋から出て行く。


「えっ…麗っ…」


「誓、ちゃんと聞け。」


「え…」


「高原夏希という人物は…」


 …えーーーーー!!




 それから僕は。


 義兄さんと陸さんから延々と、高原さんが世界に出てビートランドを設立するまでの話を聞かされた。


 僕が尊敬する義兄さんが、この上なく尊敬する人。

 僕の大事な麗の選んだ陸さんが、一生ついて行くと決めてる人。


 …知ってるよ。

 僕だって…調べたから。



 だけど…あの人を調べれば調べるほど…

 僕には、知っちゃいけないかもしれない…って事があって。



 一線を引いてるんだ…。




 〇神 千里


「あ…あの…」


 それは、珍しく俺しか家に居ない、水曜日の夕方だった。


「あ?」


 俺が大部屋で子供達の描いた絵を並べて、この絵心の無さは誰に似たんだ…と目を細めてると。


「ただいま帰りました…」


 いつの間にか、乃梨子が帰って来てた。


「おう。気付かなかった。」


「夢中になられてたようなので……子供達の絵ですか?」


「ああ。みんな酷い。」


「……」


 俺が腕組みをして溜息をつくと、乃梨子は横からそれを見て。


「…これは誰の絵ですか?少し上手い気が…」


 一枚を指差した。


「…聖だな。」


「あっ…」


 それが何を言わんとしてるかが分かったのか。

 乃梨子は『しまった』とでも言いたそうな声を上げた。


 …つまり。

 俺の血が入ってないと、絵が上手い、と。



「ええと…えっと…このお日様三つは独特な絵で…」


「…それは華月が描いた、きよし詩生しおと自分だ。」


「……」


 幼稚舎の華月はまだいいとして…

 初等部の華音と咲華は、図工の中でも絵の成績だけがダントツに悪い。

 目が悪いのか?と検査もさせたが…結局は感性の問題らしい。


 …俺と知花の子供なのにな。

 おかしい。



「あの…お義兄さん…」


「何だ。」


「お願いがあるんですが…」


「披露宴では歌わねーぞ。」


「あはは…えっと…麗ちゃんの披露宴のビデオって…見せてもらえますか?」


「あ?」



 絵から視線を上げて乃梨子を見る。


「何で麗の。」


「話題に出たので見たくなったんですが、お義母さんに頼んだら恥ずかしいって言われて…」


「…なるほど。」


 俺は立ち上がるとクローゼットの中からDVDを取り出した。


「もうじき義母さんが帰って来るぜ?」


「ありがとうございます。部屋でコッソリ見ます。」


 そう言って、乃梨子は忍者のような足取りで大部屋を出て行った。



「……」


 麗の披露宴は…ある意味、桐生院家の再生に一役買ったと思う。


 麗と誓vs親父さんとばーさん。


 何となくだが…ずっとそんな図式が垣間見えてたからな…



 愛されてなかったはずの知花は、ずっと愛されてて。

 だからか…俺もずっと大事にしてもらってる感はヒシヒシと感じる。



「ただいまー。」


 乃梨子が部屋に行って10分もしない内に、義母さんが帰って来た。


「お疲れっす。」


「あれ、千里さん一人?」


「乃梨子がさっき帰って部屋に上がりましたよ。」


「そっか。今日は早く帰れたんだ。もう、お式も近いし、心の準備もしなくちゃね。」


 心の準備って何だ?と思いながら…


 俺は、乃梨子があの映像を見て。

 家族の在り方を深く考えなければいいが…と思っていた。



 …まさか、両親に会いたくなるなんて…




 ないよな?




 〇桐生院 誓


『…乃梨子…』


『…父さん…母さん…』


 その時僕は…


 乃梨子の両親を控室の外で見つけて。

 部屋に入って行く二人を見届けた後…立ち聞きをしてしまった。



 今日は僕と乃梨子の結婚式。

 だけど…なぜか乃梨子は朝から元気がなくて。

 それは緊張のせいか、それとも…色々不安になったのか…

 とにかく僕がフォローしようと決めてた。


 神前式も、披露宴も無事終わって。

 今から…二次会だ。


 …まさか…現れるなんて。



『…綺麗よ…乃梨子。』


『母さん…』


 乃梨子は母親に抱き着いて泣いてるようだった。

 くぐもった声。

 僕が…聞いた事のないような…乃梨子の嬉しさを噛みしめるような声…



『…ごめんね…結婚式…出れなくて…』


『…あたしこそ…呼ばなくてごめん…』


 その言葉を聞いて…力が抜けた。

 乃梨子は…両親に会いたかったんだ…

 もしかして、僕が無理矢理縁を切らせてしまった事…腹を立ててるんじゃ…


「…誓?」


 ふと、少し離れた場所から声を掛けられて振り返ると、そこにはおばあちゃまと華月がいた。


「あ…」


 僕は急いでその場を離れる。

 …おばあちゃまに知られたら…マズイ。



「どうかしたのですか?」


「ううん。乃梨子が着替えてるから。」


「そうですか…さくらを見ませんでしたか?」


「母さん?聖が眠そうだとか何とか言ってたけど…」


「そ…」


 おばあちゃまと話してると、ロビーの方から賑やかな声が聞こえた。

 しかもそれは…


「失礼な!!」


「あら、それはあなた方でしょ。」


「ど…どういう事よ!!」


 おばあちゃまと顔を見合わせる。

 この声は…麗?



 急いでロビーに降りようとすると。


「あなたはここにいなさい。」


 おばあちゃまは華月を僕に預けて、階段を下りて行った。


 そこには…乃梨子の会社の人達と麗。

 僕は手すりから階下を見下ろす。



「式の間中、男探しに必死だったわね。あさましいったら。」


 麗の淡々とした言葉に、会社の人達は真っ赤になって震えてる。


「…これ、麗。」


 おばあちゃまが声を掛けると。

 麗は髪の毛を後ろに追いやって、ニッコリと笑って。


「おばあちゃま、こちら乃梨子の会社の人達。」


 おばあちゃまに…会社の人達を紹介した。

 すると…


「…式の最中はご挨拶が出来なくて申し訳ございませんでした。乃梨子がお世話になっております。」


 おばあちゃまは、ゆっくりとお辞儀をして…会社の人達に挨拶をした。

 その佇まいが…何とも言えない空気感で。

 会社の人達は少しピリッとして背筋を伸ばして。


「あ…こちらこそ…」


「…頼りにしてます…」


「助かってます…」


 口々に、そう言い始めた。

 その隣で、麗は冷めた目で周りを見渡してる。


「…何かトラブルでも?」


 おばあちゃまが首を傾げてそう言うと、麗は白けたような顔をして。

 会社の人達は作り笑顔で『何でもないです!!』と手を振った。


 僕はそんな光景を見ながら。

 乃梨子は…逃げ出してないかな…なんて…

 考えてた…。




 〇桐生院さくら


『…何度か…桐生院さんに電話をして…結婚式の日を聞いたんだ。』


『えっ…?』


『どうか、出席させて欲しいって…お願いしたんだけどね…』


『そ…そうなんだ…』


 その時あたしは…


 乃梨子ちゃんの着替えを手伝おうと控室に入って、トイレに入ったまま…外に出れなくなった。


 なぜなら…

 縁を切ったはずのご両親が来てる!!



『もう縁は切ったはずだ。って言われて…そりゃあ、ね…あたし達はいい親じゃなかったかもしれないけど、親子って…そんな簡単に縁が切れるわけないでしょ?』


『そうだよ。俺だって…あの後すごく反省して…乃梨子の事ばかり考えて…』


 …ん?

 ちょっと待って。

 あなた達…『乃梨子の値段はこっちで決めます』とかなんとか言って…

 縁を切る事に賛成して…お義母さんをキレさせたよね!?



『今更と思われるかもしれないが…これからも親子として、連絡を取り合ってくれないか?』


『えっ?』


 ええええーーーー!?

 ちょちょちょ…ちょっとー!!



 ああ…出て行きたい。

 だけど…あたしが今出て行ったら…

 もめる。

 そして…乃梨子ちゃんもだけど…誓も悲しむよ…


 …純粋な乃梨子ちゃんをこんな目にあわせるなんて…

 ご両親、酷すぎる!!



『ただ…あたし達と関わってるって知られたら、あんたが追い出されちゃうんじゃないかって心配だから…』


『そうだ。だから、内緒で連絡を取り合おう。これ…父さん携帯電話を買ったから、誰にも知られないように、俺か千恵美に電話をしてくれ。』


 乃梨子ちゃんは携帯電話をもらってるようだった。

 あたしはそれを複雑な気持ちでトイレで聞いてた。



 ずっと…両親から相手にされなくて。

 孤独な幼少期を過ごした乃梨子ちゃん。

 振り向いて、って。

 何度叫んだんだろう…


 それが…誓と結婚って事になって、向き過ぎるほど向いてくれるなんて…



『じゃあ…見つかったらマズイから、帰るね。』


『え…えっ?母さん、あたしからみんなに話すから、せめて二次会だけでも…』


『そんな事して、今から結婚を取り消すって言われたら困る。頼むから、秘密にしててくれ。』



 もう…!!

 そんな事言ったら、優しい乃梨子ちゃんは…いう事聞いちゃうじゃない!!



『…乃梨子、おめでとう。』


『おめでとう。』


『またね。』


『連絡待ってる。』



 ご両親が出て行った気配。

 だけどその後…


『…ふっ…うっ…う…』


 乃梨子ちゃんの泣き声が聞こえて…胸が痛んだ。


 …ああ…

 出て行って抱きしめてあげるべき…?



 あたしが悩んでると、スタッフの人が着替えの手伝いにやって来た。

 ますます出れなくなってしまってると…

 今度は誓もやって来た。



『調子が悪いって…大丈夫?』


『う…うん…平気…』


 ああっ…ヤバい。

 新婚の息子夫婦の会話を盗み聞きする母…

 バレたら嫌われるー!!



 あたしは耳を塞いでしゃがみ込んで。

 時間が経つのを待った。

 だけどその間も、あたしの脳裏には…乃梨子ちゃんとご両親の見えてもない姿がグルグルと回っていた。


 …もしかして…あたし達、勝手な事をしてしまったのかなあ…

 だけど乃梨子ちゃんの値段を決めるって言ったのは、乃梨子ちゃんのお母さんだよね?


 …どういうつもりなんだろ…


「……」


 腑に落ちない気持ちの方が、話を聞いちゃいけないって気持ちに勝って。

 あたしは両耳から手を離すと立ち上がった。

 その時に部屋から聞こえて来たのは…


『乃梨子。これだけは…信じて。何があっても、僕は乃梨子の味方だから。』


 誓の…迷いのない声だった…。

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