第55話 「見つからなかったかしら。」

 〇高原夏希


「見つからなかったかしら。」


「向こうは俺達の顔を知らない。」


「それもそうね…」



 その時俺は…


 式場の喫茶店で、二次会までの時間を潰していた。

 本当は帰ろうとしていたが、麗の時に帰った事を根に持っているのか、貴司から。


『今日は最後まで付き合って下さい』と、しつこく念を押された。


 …まあ、いい。



 麗の時のそれは…二階堂本家で行われた。

 …行けるわけがなかった。

 今夜は貴司の気の済むまで付き合おう。



「乃梨子、ちゃんと連絡して来るかしら…」


 ……


 後ろの席から聞こえて来た名前に、耳が反応した。

 さっき聞こえて来た会話は…『向こうは俺達の顔を知らない』だったな。

 …まさか、乃梨子の両親か?

 桐生院家に顔を知られていないのをいい事に、ここまで来てる…と?



 ちゃんと縁を切らせるために、乃梨子の実家の工務店にリフォームを頼んだと貴司に聞いた。

 それは…相当な金額だったそうだが、貴司の母親は『安いものです』と一括で払ったらしい。

 それだけ乃梨子の事を信じているのだと思う。


 …が…

 この会話は…



「…乃梨子、あんなにいいドレス着ちゃって。」


「ふっ。まあ酷く不細工な子じゃなかったが、いいドレスを着るとまともには見えたな。」


「あたしもあんなドレスが着たかったわ…」


「着させてもらえよ。」


「この歳でそれはないわ。」



 俺はどこにいても目立つ。

 振り向いて顔を見られるのもマズイな。


 しばらく黙って盗み聞きに徹する事にした。



「それより…これからどうするのよ。乃梨子と連絡取り合うって、向こうにバレたら乃梨子も追い出されるんじゃ…」


「聞いただろ?乃梨子は俺達と向こうの間に立とうとしてる。きっと縁を切った事を後悔してるんだ。」


「それは確かに…」


「あんな金づる…手放せるかよ。」


「ふふ…久しぶりに意見が一致してるわね。」


 あまりにも下劣な会話にムカムカした。

 だが…乃梨子が両親と桐生院の間に立とうとしてると聞いて、それは本当かもしれないと思った。

 とても心の綺麗な子だと思う。

 そんな乃梨子なら…一度縁を切ったとは言いつつ、両親が何らかの言い訳をして近付けば仲を取り持つと言いかねない気がする。


 長く会っていなかった瞳と再会して、娘として愛しいと思い始めた自分を思い返す。

 元々愛は持っていた俺とでは状況は違うが、ほったらかしだった部分では俺も最低の父親だった。


 …今が『金づる』としても、今まで娘としてかかわっていなかった乃梨子と連絡を取り合う内に…愛しいという感情は芽生えないものだろうか…。



 この会話だけでは信用出来ないが、だからと言って頭ごなしにこの場から出て行けと言っては乃梨子を悲しませる結果に繋がるだけだろう。

 とりあえず静観するか…。



 心の奥に苦い気持ちを抱えながら。

 俺は乃梨子の両親の会話を、何となく聞き続けた。



 〇二階堂 麗


「チーフ、塚田さんの結婚相手って何者なんですか?」


「来賓の挨拶で『華道家元の…』って言ってましたよね。」


「それより、チーフが愛して止まないDeep Redの高原さんが出席してるとか…」


「それに親族の席にF'sの神 千里に似た人がいませんでした?」



 その時あたしは…トレイの中でその会話を耳にして。

 面白そうだから、もう少し聞いておこうかしら。と、便座に座り直した。


 あきらかに、乃梨子の職場の人達。

 乃梨子をいいように使って残業させてたのに、ちゃっかり披露宴に呼ばれて来るなんて。


 …乃梨子はお人好しよね。


 まあ、気付いてないなら幸せでしかないだろうから、それはそれでいいのかもしれないけど。



「高原さん、塚田さんの事を『娘のように可愛がってる』っておっはっへははは…」


 みんなに『チーフ』と呼ばれた人が、口紅でも直してるのか…少しおかしな発音でそう言った。

 そう言えば『チーフ』は高原さんのファンなんだっけ。



「じゃ、あたしは高原さんを探しに行くから…みんな、後でね。」


「行ってらっしゃい。」


「また後で。」



『チーフ』がトイレを出て行って。


 残りの四人は少しの沈黙の後。


「…チーフって、調子いいわよね。」


 愚痴を言い始めた。


「塚田さんが高原さんの知り合いだって聞いた途端、手の平返して優しくしちゃってさ。」


「ほんとほんと。最初に仕事をあの子に丸投げすればいいって提案したの、チーフなのに。まるで自分は全然関係ないみたいに、あたし達を注意しちゃって。」


「ま、今日みたいな豪華な披露宴、めったに呼ばれるもんじゃないから良かったけどね。」


「でもさあ、新郎もどこが良かったのかしら。塚田さんて空気読めない系の地味過ぎ女子なのに。」


「新郎カッコ良かったわよね。塚田さんもドレスのおかげで、まあまあ可愛かったけど…不釣り合いなのは間違いなかったわ。」


「何であんな子が選ばれるんだろ~。」



 ……全く。


 披露宴の最中も、会場をキョロキョロと見渡して『チーフ』に注意されてた人達。

 よほど、乃梨子が誓みたいな見た目のいい男と結婚したのが許せないのね。


 残念だけど…

 誓は見た目だけじゃなくて、中身もいいのよ。

 時々毒も吐くし、腹黒い所もあるけど。



「だいたいさあ、こっちは嫌味で言ってるのに『ありがとうございます』とか…腹立つのよね。」


「分かる分かる。あと、勝手に手直しするのもムカつくのよね…それをたまたま見た常務に褒められた時のあたしの立場、なかった~。」


「まあ、うまい具合に使っておけばいいんじゃないの?幸い口は堅いみたいだし。」


「口が堅いって言うより…」


「気付いてないわよね。」


 一気に笑い声が上がって…あたしは溜息をついた。



 この人達、二次会には誘われてないはずだから…

 きっと、『チーフ』との『また後で』は別の場所で二次会でもする話になってるのかもね。

 もっと乃梨子と仲良くしてくれてて、こんな会話を誰が聞いてるか分からないような場所でする人達じゃなければ…

 楽しい楽しい二次会にも呼ばれてたかもしれないのに。



 あたしがドアを開けてトイレから出ると。

 四人はギョッとしてあたしを見た。

 無言で手を洗って、前髪を少し整えると。


「ごきげんよう。」


 ニッコリと笑ってロビーに歩き出る。


「あ…ああああの…」


 慌ててあたしを追って来た四人は。


「い…今の話…聞いて…?」


 小声でそう言いながら、あたしを囲んだ。


「今の話って?」


「…その…」


「そう大した事もないあなた達が、乃梨子を見下して笑ってた事?」


「!!!!」


 四人は目を見開いて。


「失礼な!!」


 同時に叫んだ。


 失礼な?

 もしかして…『そう大した事もないあなた達が』しか聞こえなかったの?

 乃梨子を見下して笑ってた事は、失礼な事じゃないとでも言うのかしら。


 あたしは四人の顔を一人一人ゆっくりと見渡して。

 あなた達こそ大した事ないわよね。と心の中で笑った。


 そうこうしてると、大声を聞きつけたおばあちゃまがやって来て。


「おばあちゃま、こちら乃梨子の会社の人達。」


 あたしは笑顔で四人を紹介した。


「…式の最中はご挨拶が出来なくて申し訳ございませんでした。乃梨子がお世話になっております。」


 おばあちゃまは、いつもと変りない様子で挨拶をしたけど…

 初対面の人は、だいたい背筋が伸びると言うか凍ると言うか…

 おばあちゃまって、無駄に迫力あるのよね。


 案の定、四人は少し目を泳がせて。


「あ…こちらこそ…」


「…頼りにしてます…」


「助かってます…」


 口々に、そう言った。


 さっきまで、随分な事言ってたクセにね…。



「…何かトラブルでも?」


 おばあちゃまの静かな声に。


「いっいえ!!何でもないです!!」


「素敵なお式でした!!」


「あたし達、これで失礼します!!」


「失礼します!!」


 四人は口々にそう言って、足早に式場を出て行った。


「…騒々しい事。」


 おばあちゃまが眉をしかめるのを見ながら。

 あたしは取り残された『チーフ』とやらの姿を探す事にした。


 高原さんを探すって言ってたから、本当に見付けてるとしたら…

 たぶん、喫茶店よね。


 二次会まで時間がある。

 こんな人の多い場所、慣れてるクセに苦手っぽいもの。


 ここはロビーにも軽食が出来るカフェがあって。

 だいたいの人達が、その明るいカフェに集まってる。

 あたしは式場の奥にある喫茶店に向かっ…


 …あ。

『チーフ』が喫茶店の外にいる。

 そして、そこには…



「塚田さん…?」


『チーフ』がそう声をかけると。


「あ…世良さん。」


「いらしてたんですね。」


「乃梨子がいつもお世話になってます。」


 …乃梨子の両親…?

 どうしてここに?


「世良さんに教えていただかなかったら、場所も分かりませんでした。」


「いえ…お会い出来ましたか?」


「ええ。さっき控室で。」


「お綺麗でしたよ。」


「本当に…私達の娘とは思えないほど。」


 …えーと…



 乃梨子と両親は縁を切ったはず。

 なのに…二人は今日、ここの場所を『チーフ』から聞き出して会いに来て…

 さっき控室で乃梨子に会った…と。


 誓は知ってるの?

 おばあちゃまは?



 あたしは首を傾げながら、三人の会話を静かに聞く。

 色々疑問に思える事はあるものの…

 両親は乃梨子に会えたことを喜んでるみたいだった。


 …話しに聞いてたのと違うなあ…



「まさか、お二人の結婚が反対されてたなんて…」


 …はっ?


「まあ…家柄も違いますからね…それでも乃梨子の事をお嫁に欲しいと言ってくださったので…あたし達は身を引くしかなかったんですよ…」


「…乃梨子さんの幸せのために…涙が出ます…」


「世良さん、これからも乃梨子の事をよろしくお願いしますね。」


「任せて下さい。」


「そして…良かったら、時々情報を流して下さい。」


「分かりました。」



 ……


 あたしは目を細めてそれを聞いて。

 乃梨子の両親が裏口から出て行くのを見届けた。


 そして…



「世良さんですか?」


 このお節介は…誰のが移ったのかしら。


 そう思いながら。

『チーフ』に声をかけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る