第53話 「…これはまた…」

 〇桐生院貴司


「…これはまた…」


 深夜に帰宅すると、大部屋のカーテンどころか…寝室のカーテンも変わっていた。


「みんなは何か不審に思っているようだったかい?」


 なぜかグッタリしている風なさくらに問いかけると。


「…あたし、隠し事って苦手で…」


 大きなため息とともに、ガックリと肩を落とした。


「…知花達に話した?」


「だって…何の前触れもなくこんなに大掛かりな模様替えって、変に思われて当然じゃない?」


「それもそうだ。」


 私は小さく笑うと、新しいカーテンを触った。


 高級品を押し付けて来ただけあって、質は良いようだ。



「乃梨子さんのお母様から、結婚式の日取りはいつかと連絡がありました。」


 母からそう聞かされたのは、先月末の事だった。


「縁を切ったのでは?」


「買い物をして差し上げますと言ったら、『それなら』と。」


「……」


「カーテンを買い替えましょう。あと、麗の部屋の壁紙が日焼けしているので張り替えて…」


 母は…優しい人だ。

 言い方が冷たく感じさせる事はあるが、母の愛にはいつも感動させられる。


 誓の婚約者、塚田乃梨子は…親子の愛に恵まれない子だった。


『最低な親だ』


 誓が彼女の両親にそう言ったと聞いた時…私は少なからずとも、自分に向けられた言葉のようにも思えて胸が痛んだ。


 …私も、愛を注がなかった。


 だが、自分の行いが間違いだったと気付いた今は…出来るだけの事をしたいとは思っている。


 妻は自分で選ぶべきだ…と、金荘園の娘さんとの縁談も早急にお断りをしたし、塚田家を調べていた母にも『反対はしないでやって下さい』と言った。

 もっとも、母は私よりも誓のそばにいる存在で…誰よりも誓の事を分かっている。

 そんな母が、二人を反対する事などはなかった。



「千里君と知花はなんて言ってた?」


 ベッドに入りながら問いかけると、さくらは唇を尖らせて。


「ちゃんと相談してくれって。」


 と答えた。


「悪かったね。」


「ほんと。あたしもビックリしたんだから。」


「…誓は何か言ってたかい?」


「お義母さんに聞いてたんじゃないかな…大部屋のカーテン見ても驚かなかったから…」


「…そうか。」



 誓には夢をみる時間も与えなかった。

 小さな頃から、母の後を継ぐ道だけを選ばせた。

 そんな負い目も手伝ってか…

 誓が成長するにつれ、かけてやる言葉も減ってしまったように思う。


 …もはや私の出番などない。

 そう思えるほど、誓は成長した。



「そう言えば、聖の参観日、貴司さん行けそう?」


 サイドボードの明かりを消そうとした所で、さくらが言った。


「…来週だったな。申し訳ないが、時間が取れそうにない。」


「そっか…忙しいもんね。」


「悪いね…何もかも任せてしまって。」


「ううん。じゃ、あたしが行くね。」


「頼むよ。」



 いつだったか…

 聖をあやしながら、『せっかく父さんに全然似てないんだから、母さんそっくりな明るい子に育てよ』と誓が言っているのを聞いた。

 一緒にそれを耳にした母は、小さく溜息をついてうなだれたように見えた。


 母を失望させただろうか。

 誓にそう思われた事より、そちらが気になった。


 私は…きっと父親に向いていないのだ。

 乃梨子さんの両親と、そう変わらない気がする。


 …だが。

 そんな私でも、子供達の幸せは願う。

 そのためなら…

 非道であると言われても構わない。




 〇桐生院さくら


 サイドボードの明かりを消した貴司さんからは、わりとすぐに寝息が聞こえ始めた。


 うーん…毎晩安定の寝付きの良さ。

 まあ…ね、疲れてるんだろうから…仕方ないけどさ…



 あたしと貴司さんが再度夫婦になって六年。

 一度も…抱かれた事はない。

 それでも聖が出来て…生まれた。

 周りはきっと、あたしと貴司さんの事を普通の夫婦だ…って思ってるよね。


 だけど本当は…貴司さんはあたしに軽く触れるだけの事もためらう。

 あたしにだって、ギュッとして欲しい。って思う事がある。

 それは…貴司さんを夫として愛して、そう思ってるのか。って聞かれると…

 ハッキリ答えられないかもしれないけど…


 …そんなあたしだから、これは罰なのかもしれないって思ってしまう。


 貴司さんは本当に優しい人だ。

 あたしを追い出した経緯(貴司さんといるあたしは輝いてない。好きな人の所へ戻って欲しい。的な)は酷かったけど…

 知花の事を、死産だった。って嘘ついたのも酷かったけど…

 なっちゃんの事、友人だ。って家に呼ぶのも酷いけど…


 …って。


 貴司さん、結構酷い人だ!!



 ガバッ。


 何となく勢い付いて起き上がってしまった。

 間を開けて、向こう側のベッドにいる貴司さんは…きっともう夢の中。


 …もっと話がしたいんだけどな…



 今日、うちに帰ったら改装中で。

『塚田工務店』の見本帳を見付けたあたしは、お義母さんが乃梨子ちゃんと実家の橋渡しをしたんだ!!と思って感激した。


 だけど、お義母さんは…



「縁を切っていただくために、買い物をしました。」


 職人さん達が帰った後、お茶を入れながら淡々と言った。


「…えっと…縁って、もう切ってたんじゃ…?」


「式の日取りを聞いてきましたよ。親子の縁はそう簡単に切れない、ともおっしゃってましたが、私が買い物をしますと言ったら契約すると言われました。」


「…契約…」


「…『乃梨子の値段は、こちらで決めさせていただきます』と。」


「!!!!!!」


 その衝撃の言葉に、あたしは口を開けたまま…しばらく身動きが取れなかった。


 ね…ね…値段!?


 怒りが湧いて、わなわなとしてると。


「乃梨子さんをお金で買う気はありませんが、ご両親がそれで納得されるならいくらでも払う事にしました。」


 お義母さんが静かな声で言った。


「…いくらでも…」


「ええ。」


「……」


 それから間もなくして、知花が帰って来て。

 怪しんでるよね…って思うと、どうも…あたしの言動も普通じゃなくなって。

 その後帰って来た千里さんにも、怪しまれたみたいで…



「で?」


 あたしは…二人の部屋で正座する羽目になった。


「…で…?って?」


 指をもてあそびながら二人を上目遣いに見る。

 千里さんはいつも通りだけど…知花…何だか怖いよ~!!


「どうして急にリフォームなんてしたの?」


「…えーと…」


「塚田工務店?」


「!!!!!!!」


 知花!!どうして分かったのー!?


 あたしは言葉に出さなかったけど、その表情で分かったのか…千里さんが小さく吹いた。


「あの…向こうのご両親が…連絡して来たみたいで…」


 どうしても。

 どうしても、お義母さんから聞いた通りに話せなかった。


 だって…

 乃梨子ちゃんの値段を決めるって、実の両親が言ったなんて…悲し過ぎる。

 口に出すのも嫌だった。


 そんなわけであたしは…


「だけどお義母さん、乃梨子ちゃんの事を思うと式には出て欲しくないって判断したみたいで…その…お詫びにって言うか…売上協力を…」


 ちょっと…だけ…脚色してしまった。

 千里さんと知花は顔を見合わせて『そういう事だったの』って言い合ってたけど…

 …信じてくれたかなあ…?




 〇桐生院 誓


「まだ起きてたのか。」


 お風呂上り。

 大部屋で明日の段取りを確認してると、義兄さんがあくびをしながらやって来た。


「これだけやったら寝るよ。」


 テーブルの上に開いた明日の教室の時間割を、トントンとしながら答える。


「義兄さんは?眠れないの?」


「いや、飲み過ぎてトイレに行った。」


「えー…おじいちゃん。」


「てめぇ。」


「あはは……」


 つい、笑いが止まった。

 義兄さんがカーテンを手にして僕を見てたからだ。


「…何?」


「ばーさんが乃梨子のために買ったんだってな。」


「…そう聞いた?」


「違うのか?」


「いや…ありがたいよね。」


 本当に…



 おばあちゃまから、リフォームの話を聞いたのは…先月末の事だった。

 塚田工務店に頼むから、と。

 最初は猛反対したけど…おばあちゃまは『向こうの言う金額を払っても、たぶん私は安い買い物だと思いますよ』と言って僕を泣かせた。


 …おばあちゃまは…僕と乃梨子の味方だ。



「乃梨子が縁を切ったって言ったから、式に出たがる両親に遠慮させたって?それでいいのか?」


 …何か少し話が曲がって伝わってる気がする。


「まあ…おばあちゃまがそう判断したなら…」


「その詫びにリフォームなんて…何となく俺は次もあるような気がしてならねーんだけどな。」


「…詫びにリフォーム?」


「真相はどうなんだ?」


「義兄さん…誰からどう聞いたの?」


 義兄さんが聞いた話は…乃梨子の両親から電話を受けたおばあちゃまが、式には出席させられないから、その詫びにリフォームをする。と言った物だった。

 それを…母さん経由で聞いた…と。


「で、本当は?」


 義兄さんは僕の前に座って頬杖をついてる。

 もう、聞くまで寝かせない。って顔だ。


「…乃梨子の値段はこっちで決める。って、母親が言ったらしいよ。」


「……」


 小さくつぶやくと、するはずないのに…義兄さんから『プチッ』って音が聞こえた。


「総額いくらだったんだ?」


「さあ…まだ納品書は届いてないから。でも、おばあちゃまはどんなに高額でも、安い買い物になるって言ってくれた。」


「…ふっ…ばーさん、おまえと乃梨子が可愛くて仕方ねーんだな。」


「……」



 おばあちゃまは…すごく怒ってたのだと思う。

『うっかりそのままをさくらに話してしまった…』と、後悔してた。


 …うん。

 たぶんいつものおばあちゃまなら…

 自分の中に留めておく。と、全部を語らないはず。

 だけど、それだけ…頭に来たんだろうし…

 それだけ…僕らは家族になれたって事なのかな…って思った。



 小さな頃から、僕と麗は少し浮いてる気がしてた。

 赤毛の事で…僕達のお母さんから嫌われてた姉さんよりも、僕と麗の方が浮いてる気がしてた。

 それはきっと…父さんとおばあちゃまのせい。


 二人は僕達に分からないように、大きな愛を姉さんに向けてた。

 だけど僕らに向けられてたのは…愛じゃかったと思う。

 哀れみとか…情けとか…

 被害妄想もあったのかもしれないけど、こんな家族…家族じゃないって思ってた。


 だけど僕は姉さんが大好きで。

 だから、姉さんと義兄さんの最初の結婚ぐらいから、ちゃんとした家族になりたいなあ…って思ってた。


 色々揉め事もあったけど、それは少しずつ形になって来て…

 麗の結婚の頃には、随分と絆も出来てきたように思えた。


 …後は…僕の問題なんだ。

 僕が父さんに抱えてる、闇みたいな部分。


 おばあちゃまとは、仕事上一緒にいる時間が多くて。

 あ…もしかして、こうやってずっと僕のために考えてくれてたのかな…って。

 今更気付く事も多々ある。

 そのたびに、小さな頃から浮いてた。って思い込んでた自分が恥ずかしくなった。

 おばあちゃまの気持ちを何一つ分かってあげれなかった僕は…家族に憧れる価値もなかったよ…って。


 全部を隠さず話すのが正しいとは限らないけど、僕にとっては…乃梨子と両親は出来れば縁を切って欲しい。



「…義兄さん。」


「ん?」


「嫌な気分にさせて…ごめん。」


 頭を下げて言うと、義兄さんは鼻で笑って。


「家族の相談に嫌な気分なんてあるか。おまえと乃梨子のためなら、俺もいくらでも払う。金額がわかったら、俺にも教えろ。」


 そう言って…頭を撫でてくれた。

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