第49話 少しして…スタッフさんは誓君を連れて戻って来た。

 少しして…スタッフさんは誓君を連れて戻って来た。


「調子が悪いって…大丈夫?」


「う…うん…平気…」


 …何となく、目を見れなくて。

 あたしはうつむき加減で返事をする。


「少し…人に酔ったのかも…」


「…そっか。二次会、延期させてもらう?」


「えっ…そっそれは悪いよ。大丈夫。」


「……」


 誓君はスタッフさんに『二人にしてもらっていいですか?』って、部屋を出て行ってもらうと。

 あたしの頭をそっと抱き寄せて。


「…乃梨子…」


 耳元で…小さくあたしを呼んだ。


「……」


 背中に…手を回したいのに…なぜか素直にそう出来なかった。



「疲れたよね…慣れない着物姿で、知らない人たちに笑顔振りまかなきゃいけなかったし。」


「…うん…」


「気遣いが足りなくてごめん。みんなには僕から言っておくから、今日はもう着替えて先に帰ったらどうかな。」


「……」


 一緒にいたい…二次会も、みんなと笑顔でいたい…

 そう思う反面…

 笑っていられるのかな…あたし、泣いちゃわないかな…って。


「みんな飲みたいだけだから。僕が相手するし。」


「…でも…」


「気の許せるメンバーだけだから、遠慮しなくていいんだよ。」


 こんなに優しくしてくれる誓君に、モヤモヤしながら抱きしめられてるあたし。

 …どうしたらいいんだろう…



「…これは?」


 ふと、あたしの足元にある紙袋を見て、誓君が言った。


「あ…こ…これは…」


「……」


「プレゼント…もらって…」


「プレゼント?」


「う…うん…あの…」


「……」


 ごめん。

 誓君。


「…職場の人達から…」


 あたしは…嘘をついた。

 両親と連絡を取りたい。

 そう思ってる…って証拠だ。


「…そっか。」


 誓君は伏し目がちにその紙袋を見て。


「乃梨子。これだけは…信じて。」


 突然、あたしの頬に手を当てて…目を見て言った。


「何があっても、僕は乃梨子の味方だから。」


「……」


 まるで、あたしは気持ちを読まれたような気がして。

 今すぐ、ここから逃げ出したいと思ってしまった…。





 逃げ出したかったけど、二次会には参加した。


 式場の最上階にあるラウンジで、それは行われた。

 それには、お姉さんのバンドの人達も参加して。

 本当にシークレットなパーティーみたいになった。


 早乙女君は、お兄さんがSHE'S-HE'Sだから…史さんと一緒にそこにいたけど。


「義兄さんが秘密の有名人とは聞いたけど…SHE'S-HE'Sだったなんて…」


 って、史さんが目を白黒させて言って。


 あはは…って笑えるのに。

 どこか…おかしな気分だった。



「七生さん、急にお呼びだてしてすみません。」


「えっ、そんな事ないですよ。あたしもお祝いしたいなって思ってましたし。本日はおめでとうございます。」


 背後で、おばあさまがそう言ってるのが聞こえて…違和感を覚えた。


 …急に?


「……」


 あたしは…店内をぐるりと見渡す。


 そう言えば…麗ちゃんがいない。



「…ねえ、誓君。麗ちゃんは?」


 あたしが声を掛けると、誓君はチラッと店内を見て。


「ああ…がくの様子が気になるからって、紅美連れて帰ったよ。」


「…そうなの…」


 あれだけ苦手だと思ってた麗ちゃんの姿がない事に、こんなにガッカリするなんて。

 それだけ、今は…誓君とおばあさまに不信感があるのかもしれない。


 …ダメダメ。


 全てはあたしが悪いんだよ。

 誓君達だって…あたしのためを思ってそうしてくれたんだ。



「乃梨子ちゃん、このドレスも素敵!!」


 ふいに、背後からギューッと抱きしめられて。

 跳び上がるほど驚いてしまった。


「母さん、乃梨子の目が落ちそうになったよ。」


「あっ、ごめんごめん!!もう、可愛過ぎて感激で…」


「お義母さん…」


 この人だけは…いつも変わらない。


「聖と華月が眠っちゃったから、あたしは子供達を連れて先に帰るわね。今夜はたくさん楽しんで、明日はお昼過ぎまで寝てもいいんだからね。」


 お義母さんは、あたしの頬に優しく触れながら言ってくれた。


 …帰っちゃうんですか…?

 たぶん、そんな顔をしてしまったのだと思う。

 そんなバレバレなあたしの顔を見たお義母さんは。


「乃梨子ちゃん、改めて、誓のお嫁さんになってくれてありがとう。これからは毎日家族として一緒だからね?よろしくね?」


 あたしの両手をギュッと握って…言ってくれた。


「…あたしこそ、よろしくお願いします。」


 ペコペコと頭を下げると。


「ふふっ。じゃあ、みんなと楽しんで。あっ、写真たくさん撮ってね?」


 最後の方は誓君に言って…お義母さんは手をヒラヒラとさせて帰って行ってしまった。



 いつもはジャズが演奏されてるというステージで、SHE'S-HE'Sが少し静かめの音楽を生演奏してくれる事になった。

 少し静かめ?と首を傾げてると。


「姉さんがいつも歌ってるのは、ハードロックだからね…」


 って誓君に聞いて驚いた。


 音楽にさほど興味がないあたしは、いまだにお姉さんの歌を聴いていない。

 麗ちゃんが帰って遠慮なくお酒を飲んでた陸さんも、早乙女さんと一緒にギターを手にしてる。

 お義父さんは高原さんとお酒を飲みながら、その様子を眺めてる。


 …不思議な光景。

 実の父と育ての父が、並んで娘を見てる…。


 あたしは…

 そこに、あたしの父さんも入る事が出来たらな…って。

 欲張りな気持ちを抱いて、誓君の隣に座った。






 翌日は、本当にお昼まで寝てしまった。


 新婚旅行は誓君の仕事が落ち着くまで待つ事にしたから、まだハッキリ決めてない。

 お布団の中で、夕べのお義姉さんの歌を思い出して…もう一度目を閉じた。



 普段はハードロックを歌ってる…って聞いたけど、すごく優しい歌だったな…

 いつもはふわっとしてるお義姉さんが、マイクを持つと堂々として…

 もう、顔付さえ変わって見えた。

 それを…羨ましいと思って見てるあたしがいた。


 自信を持てる何かがある。

 それは…なんて強味なんだろう。

 あたしには、何かあるだろうか…




「あれ?乃梨子ちゃん、もう帰ったの?」


 結婚式の三日後。

 あたしがお昼過ぎに仕事から帰ると、お義母さんが大部屋で写真を広げていた。


「はい。まだ忙しいだろうから、帰っていいって言われて…」


 新婚旅行には行かないし、結婚式が土曜日だったから…実質昨日の月曜日だけお休みをもらってたんだけど。


 今日、会社に行くと、何だか少し雰囲気がおかしくて。

 チーフから『まだ疲れがあるんじゃないの?今日は午前中だけでいいから。明日も休みなさい。』って言われてしまった。


 …気疲れが顔に出てたのかな…



「会社の人達、みんな優しいね。ね、これ見て見て。」


 あたしが少し浮かない顔をしたのか、お義母さんは声を張るようにそう言った。


「わあ…結婚式の写真ですか?」


「うん。アルバム買って来なくちゃ。」


 広げてあるだけでも大量にあるのに、お義母さんの脇にはまだたくさんの写真が重ねられてる。

 みんな…どれだけ撮ってくれたんだろ…



「乃梨子ちゃんと誓の結婚式だから、二人でアルバム作りたいよね?」


「え?」


 あたしの顔を覗き込んでるお義母さんの目がキラキラしてて。

 それは…『あたしも手伝っていい!?』って聞かれてる気がして。


「あ…良かったら…手伝ってもらっていいですか?」


 あたしはそう切り出していた。


「えーっ!!いいの!?」


「はっ…はい…」


 両手を握りしめてそう言われて。

 あたしの事なんかに…そんなにいちいち喜んでもらえるなんて…って。

 あたし、やっぱりお義母さんの事、大好きだって思った。



「仕事はどうだった?もう少し休めば良かったのに。」


 お義母さんは写真をテーブルに並べて、キッチンに向かうとお茶とグラスを持って戻って来た。


「あ…明日も休んでいいって言われちゃいました。もう疲れは取れてるのに。」


「えー、いいじゃない。明日、あたしと本格的に写真の整理しよ?ね?」


「…はい。」


 お義母さんに助けられた。

 何だか結婚式以降…ずっと気が重い。



 それから間もなく、おばあさまと出掛けてた華月ちゃんと聖君が帰って来て。

 夕方にはノン君とサクちゃんも学校から帰って。

 みんなで写真の仕分けをした。


 そんな中…あたしは部屋に入って…

 父さんにもらった携帯電話をあたしのクローゼットから取り出した。


 電話の使い方だけ…勉強して充電しておいた物。

 それを手にして、まずは…父さんに電話をした。



『もしもし、乃梨子か?』


「あ…うん…」


『元気か?』


「うん。」


『この電話の事、バレてないか?』


「うん。」


『結婚式の日の事も?』


「バレてないよ。」


 口にして…胸が痛んだ。

 バレてない。だなんて…


『そうか…毎日楽しくやってるか?』


「……」


『乃梨子?』


「親と連絡を取るのに…内緒にしなくちゃいけないなんて…」


 あたしが本音を言うと、父さんは電話の向こうで溜息をついて。


『そうだが…俺達は桐生院さんに嫌われてるからな…』


 低い声で言った。


「それは…あたしが縁を切るって言ってしまったから、誤解されてるんだと思う。あたし、今は和解したってちゃんと話すから、一度ここに来て話し合ってみない?」


 あたしは…両親と桐生院のみんなに仲良くしてもらいたい。

 そう思って提案したのだけど…


『…乃梨子の気持ちは嬉しいが、それはダメだ。俺達はとことん嫌われている。』


 父さんの言葉は、悲しい物だった。


『俺達のせいで乃梨子の幸せが台無しになるのは困る。どうか…たまにでいいから、こうやって声を聞かせてくれ。』


「父さん…」


『次は千恵美に電話してやってくれ。あいつの番号を言うぞ。』


 離婚して家を出てる母さんの連絡先を聞いて。

 あたしは、母さんにも電話をした。

 そこでもやっぱりあたしを気遣う言葉を聞いて…とても胸が苦しくなった。


 …どうにか…仲良くなれないかな…



 だけど。

 あたしのそんな思いは。


 一年かけても、解決への糸口さえ見つからなかった。

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