第48話 「乃梨子姉、後でね~。」
〇塚田乃梨子
「乃梨子姉、後でね~。」
「頑張ってね~。」
ノン君とサクちゃんの声援を受けて。
あたしは、誓君とお母さんと三人で式場に向かう事になった。
二人で大丈夫って言ったんだけど…
「乃梨子ちゃん、あたしは乃梨子ちゃんのお母さんのつもりでもあるから、最初から付き添わせて?」
って…
もう、何だか泣いてしまいそうになった。
「朝から母さんが付き添うなんて、こっちが心配だわ。」
「麗ーっ!!どうしてよー!!」
「あたしもついて行こうか…?」
「知花までー!!」
麗ちゃんとお姉さんの言葉に、お母さんはプンプンって顔をしたけど。
「心強いです。お願いします。」
あたしが深々とお辞儀してそう言うと。
「もー!!可愛い!!」
って…ギュッとあたしを抱きしめてくれた。
今日は…あたしもずっと和装なのかなあ。って、最初思ってたんだけど。
「せっかくだから、着物もドレスも着なさいよ。」
って…麗ちゃんが言ってくれた。
「一生に一回なのよ?めったに着れるものじゃないから、絶対着た方がいい。」
確かに…どちらにも憧れはある。
でも、和装だらけの早乙女君の結婚式を見て、それも素敵だったし…
何より、桐生院家のお客様も和装の方が多いんじゃ…?と思ったけど。
お父さんの会社関係の人や、協会の人達はむしろ洋装で来られるよ。との事で。
…じゃあ!!って…欲張らせてもらう事にした。
白無垢で神前式をして…色打掛で披露宴スタートで…
途中からウエディングドレス。
ああ…贅沢だ…
式場に到着して、誓君はあたしよりずっと後でも良かったのに…受付をしてくれる人や、余興をしてくれる人へのプレゼントを準備したり。
スタッフの人達とも、進行の確認をしてくるね。ってどこかに消えて行った。
「では、お化粧を始めますね。」
ああ…緊張するなあ…
「当日はみんなに見られるんだから、いつもの無表情はやめなさいよ。」
って、麗ちゃんに言われた。
「よく言うよ。麗だって無表情で、何なら怒った顔してたクセに。」
「あっあれは…陸さんが悪いのよ…」
「はっ?俺何か悪い事したか?」
「心臓に悪かったな。」
「に…義兄さん…」
その会話を聞いて、あたしは麗ちゃんの結婚式がどんな感じだったか見たくなった。
だけど言った所で見せてくれないよね~…と思って。
お母さんに、映像を見たい事をお願いしてみた。
だけど…
「え…え~…?あれは…何だか照れくさいなあ~。」
って。
だけど、当時マリッジブルーだった誓君には頼みにくくて。
結局…勇気を出して、義兄さんに頼んでコッソリ借りた。
そして…
あたしは麗ちゃんの挨拶のシーンで、生まれて初めてと言っていいほどの大号泣をした。
そのシーンを三度見た。
桐生院家の過去を…少しだけ垣間見た気がした。
あたしは…桐生院家の未来に入れてもらえるよう。
精一杯、家族に尽くしたいと思った。
「綺麗よ…乃梨子ちゃん。」
白無垢姿のあたしを見て、お母さんが笑顔になる。
あたしは…その笑顔を見て。
やっぱり…父さんと母さんにも…
見て欲しかったな…って。
少しだけ、思った。
神前式は…滞りなく終わった。
緊張して手が震えるあたしとは反対に、誓君はすごく堂々としてて頼もしかった。
神殿を出た後、親族写真があって。
両親を呼んでないあたしの隣には…本当に『父親代わり』として、高原さんが座ってくれた。
『おめでとう』と優しく笑われて、胸の奥に何とも言えない嬉しさと…だけど切ない気持ちが湧いた。
…これが本当のお父さんに言われたのだとしたら…って…
あたし、バカだな…。
こんなに、よくしてくれる人達に囲まれてるのに…
幸せ過ぎて、思考回路がバカになってるのかも。
喜びが麻痺してるのかも。
…ダメだよ、こんなの。
罰が当たっちゃう。
披露宴も、とても楽しかった。
職場の皆さんが歌を歌ってくれたり。
早乙女君が三味線を弾いて史さんが義兄さんの歌を歌って、席に戻る所で褒められて倒れそうになったり。
お色直しをしたあたしと誓君の入場に色をつけてくれたのは、ノン君とサクちゃんだった。
あたし達が歩く前に、花びらを撒いてくれて。
それを見てた華月ちゃんと聖君、紅美ちゃんも手伝いに出てくれて。
会場中が、とても笑顔になった。
すごく、すごく幸せで。
小さな頃から、こんな…存在感ゼロだったあたしが、みんなにお祝いしてもらって。
世界中にお礼を言いたい!!って思うほど、感動したし…
今日の事、一生忘れない…って思った。
…なのに。
なのに、どこかで…
あたしはずっと、両親の事を考えてしまってた。
最後の両親への花束贈呈は、あたし達二人から、誓君のお父さんとお母さん、そしておばあさまへ。
それについて、特にざわつく事もなく…
披露宴も無事に終わった。
何だか名残惜しいな…って、厚かましい事を考えてると…
「乃梨子、この後二次会があるんだ。」
突然…誓君が言った。
「え?」
「みんなが企画してくれてたみたいで…」
「…いつの間に…」
もう、感動で泣きそうになった。
控室に戻ると、それ用のカクテルドレスが用意されてて。
一人になったあたしは…
「…あたしなんかのために…」
小さくつぶやいて…泣いてしまった。
涙を拭いて、ドレスを着替えようとすると…
コンコン
ドアがノックされた。
「はい。」
あたしが返事をすると、ためらいがちに…ドアが少しだけ開いた。
「……?」
なかなか姿が見えない。
あ、華月ちゃんかな。
そう思ったあたしは、ドアに近付いて…
「ばあ。」
華月ちゃん目線に向いてそう言った…けど…
そこに見えたのは、足。
「……」
足から順に、視線を上にあげる。
そこには…
「…乃梨子…」
「…父さん…母さん…」
あたしの、両親がいた。
「…綺麗よ…乃梨子。」
母さんに手を握られて、そう言われたあたしは…
「母さん…」
生まれて初めて、母さんに抱き着いて泣いた。
ああ…あたし、諦めきれてなかったんだ…
あたしに抱き着かれた母さんは、慣れないせいか…誓君のお母さんみたいに、ギューッとはしてくれなかったけど。
それでも、背中を少しだけポンポンとして…
「…ごめんね…結婚式…出れなくて…」
低い声でつぶやいた。
「…あたしこそ…呼ばなくてごめん…」
母さんから離れてそう言うと、父さんがポケットからハンカチを出して差し出した。
「…何度か…桐生院さんに電話をして…結婚式の日を聞いたんだ。」
「えっ…?」
「どうか、出席させて欲しいって…お願いしたんだけどね…」
「そ…そうなんだ…」
知らなかった。
全然…知らなかった。
「誰と話したの?」
「おばあさんと誓さんよ。」
「……」
誓君…どうして言ってくれなかったんだろう…
「もう縁は切ったはずだ。って言われて…そりゃあ、ね…あたし達はいい親じゃなかったかもしれないけど、親子って…そんな簡単に縁が切れるわけないでしょ?」
「そうだよ。俺だって…あの後すごく反省して…乃梨子の事ばかり考えて…」
「……」
夢みたいな言葉…
それを聞いた途端に、あたしは両親を結婚式に呼ばなかった事を後悔した。
「今更と思われるかもしれないが…これからも親子として、連絡を取り合ってくれないか?」
「えっ?」
涙を拭いて、顔を上げる。
両親は…真顔。
「ただ…あたし達と関わってるって知られたら、あんたが追い出されちゃうんじゃないかって心配だから…」
「そうだ。だから、内緒で連絡を取り合おう。これ…父さん携帯電話を買ったから、誰にも知られないように、俺か千恵美に電話をしてくれ。」
父さんはそう言って、あたしに紙袋を渡した。
携帯電話…
桐生院家では、まだ誰も持ってない。
あると便利だろうけど、管理されるみたいで嫌だ。って義兄さんが言ってたのを思い出した。
「じゃあ…見つかったらマズイから、帰るね。」
「え…えっ?母さん、あたしからみんなに話すから、せめて二次会だけでも…」
「そんな事して、今から結婚を取り消すって言われたら困る。頼むから、秘密にしててくれ。」
「……」
「…乃梨子、おめでとう。」
「おめでとう。」
出て行こうとしてた両親は、ドアを開けて小さくそう言ってくれて。
「またね。」
「連絡待ってる。」
ゆっくりと…ドアを閉めた。
「……」
あたしは…すごく胸が苦しくなって。
「ふっ…うっ…」
ドレスのまま、うずくまって…また泣いてしまった。
コンコンコン
再びドアがノックされて…
入って来たのは、式場のスタッフさんだった。
「遅れてすみませ…あ…お着換えいたしましょう…」
あたしが泣いてた事に遠慮したのか、スタッフさんは少し申し訳なさそうにウェディングドレスを脱がせにかかった。
「…すみません…手袋…涙が付いちゃいました…」
「いいんですよ。結婚式に涙は付き物です。」
「……」
それは…大半が嬉し涙だよね…
あたしも最初はそうだったけど…
…今は。
両親を呼ばなかった後悔の涙と…
両親が連絡をくれてた事を内緒にされてた悔し涙。
おばあさまと誓君は…どうしてあたしに何も言ってくれなかったの?
されるがままにドレスを着替えた。
純白のウエディングドレスから、空色のカクテルドレス。
本当なら…感激して泣くはずなのに…
あたしの心は冷めきっていた。
…こんな気持ちで…結婚していいのかな…
そう思ってしまうあたしがいて。
メイクを直してもらっても、なかなか笑顔になれなかった。
「…どこか調子でもお悪いのですか?」
すっかり元気のなくなったあたしに、スタッフさんが声を掛けてくれる。
どこか調子でも…
…うん…
何だか、急に…すごく寂しくなった。
あたしが無言になってしまうと、スタッフさんは心配になったのか。
「少々お待ちくださいね。」
そう言って、部屋を出て行った。
「……は…あ…。」
せっかくきれいなドレスを着てるのに…
今のあたしは猫背で溜息をついてる。
…おばあ様と誓君が言えなかったのは…あたしが両親と縁を切るって言ったからだよ。
うん…そうだよ…
両親だって、結婚が無効になると困るって言ってたし…
いつか…桐生院家と和解できるよう、あたしがその懸け橋になるしかない。
鏡の中の自分を見つめて、両手で軽く頬を叩く。
「…しっかりして…乃梨子。」
何だか、すごく弱気になってる自分に気付いて…ゾッとした。
あたし…こんなに弱かった?
今まで、両親に裏切られたり…がっかりする事がたくさんあっても、乗り越えて来たのに。
この…喪失感に似た、胸に穴が空いたような気持ち…
信じられない。
…きっと、幸せを味わったから…
辛い事に目を向けたくないんだ。
そうだとしたら…
幸せって…
なんて恐ろしいんだろう。
…簡単に人を弱くさせる。
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