第47話 高原さんと職場の前で出会って以来…

 〇塚田乃梨子


 高原さんと職場の前で出会って以来…

 あたしの仕事が減った。


 仕事量が減ったのはすごく物足りない気がしたけど、その分誓君と電話したり会ったりする時間が増えた。

 寝不足もないおかげで、麗ちゃんに『何その顔』って言われてた時ほどの肌荒れからは抜け出せた気がする。


 チーフから、あたしが結婚する発表があって。

 職場ではすごく驚かれたけど…

 デザイン部九人の中でも、主要メンバー四人を結婚式に呼んだらどうか。とチーフから提案があった。

 主要メンバー。と言われてもピンと来なかったんだけど、おそらく…チーフの片腕と呼ばれる四人。(片腕なのに四人…)


 誓君は、あたしが呼びたい人を呼べば?って言ってくれてたけど、本音を言えば…呼んでも迷惑がかかるんじゃないかと思ってしまい…

 なかなかあたしから招待する気にはならなかった。

 でも、チーフが言うなら間違いない気がする。



 相変わらず桐生院家に行くのは緊張するのだけど…

 いつもお母さんが笑顔で迎えてくれて、さらにはたくさんフォローしてくれるから。

 …家族になるのが…待ち遠しいあたしがいる。


 お母さんを見てると、年齢関係なく早乙女君が惹かれた気持ちが分かると思った。

 誰に対しても笑顔で、だけど時々厳しくて。

 でもすぐに笑顔で抱きしめてくれる。

 …包容力のある人だな…って思う。


 お姉さんのお母さんだって聞いて、漠然と…再婚の時にお姉さんも来られたのかな。って思ってたけど。

 そう言えばお姉さんはインターナショナルスクールの寮生だった…とか、誓君と麗ちゃんの生みのお母さんがお姉さんに冷たかった…とか。


 あれ?って思い始めた頃。


 誓君から…打ち明けられた。



「姉さんは…母さんと高原さんの娘なんだ。」


「……」


 その時のあたしは、口を開けて瞬きも忘れてたと思う。


 だって…


「え…えーと…ちょっと…よく分かんないんだけど…」


 頭の中で整理しようにも…

 お父さんの友人は…お母さんの元旦那さん…って事?


 いやいやいやいやいやいや…


 …とは言っても…

 あたしの両親も、お互いのパートナーを従えて目の前に座ってた。



 色んな形の愛があって。

 みんなが幸せになれたらいいけど…

 きっと、その中にはそうじゃない人もいる。


 高原さんが同じ空間にいる時のお母さんは…よそよそしくて。

 口には出せないけど…もしかしたら、まだそこに愛があるからなのかな…って思ってしまった。





「あっ、おかえりなさーい。」


 今日は誓君と式場で打ち合わせをして、桐生院家にお泊り。

 久しぶりに会うサクちゃんが、満面の笑みで出迎えてくれた。



「乃梨子姉、ドレスたくさん着た?」


 大部屋に行くまでの廊下で、サクちゃんはあたしの腕に抱き着く。


「迷っちゃうから、三着だけにした。」


「えーっ、咲華だったら、もっとたくさん着ちゃうのに。」


「ね。僕ももっと着れば?って言ったのに、選べなくなるからいいってさ。」


「写真撮った?」


「撮ったよ。」


「見たい見たい!!」


 可愛いサクちゃん。



 あたし…桐生院家に来る事が増えて、一人でいる時も笑顔になる事が増えた。

 周りから見ると怪しいかもしれないけど…


 アパートに帰って一人で掃除してる時なんかも…サクちゃんと華月ちゃんの可愛い会話を思い出して笑ったり。

 ノン君のおばあちゃん子ぶりを思い出して笑顔になった。

 ほんと…幸せに溢れてるなあ…って思う。



「こんにちは。お邪魔します。」


 大部屋に入って挨拶をすると。


「お疲れ様。衣装合わせどうでしたか?」


 おばあさまが、テーブルを拭きながら少しだけ笑顔…


「あ…もう、素敵過ぎて緊張しました。」


「三つしか着なかったんだってー。」


 サクちゃんは誓君から写真を受け取って。


「わあ…!!でもどれも素敵!!乃梨子姉、これ悩んじゃうね~!!」


 ふふっ…

 本当、サクちゃん女の子だなあ。

 可愛い。



 …と…


「カーテンが変わってる。」


 今までシックなカーテンだったけど…

 新しいカーテンは、高級感のある大きな花の模様。


「花の模様だと人が集まるかなって。」


「すごく綺麗。」


「咲華もお気に入りなの。」


「お嫁さんが来てくれるのですから、色々新しくしましょうかねって貴司が決めました。」


 おばあさまの言葉に、背筋を伸ばす。


「そっ…そんな、あたしのためにですか?」


「気にしなくていいんですよ。もう新調する時期でしたから。」



 最初から同居なの?って…

 チーフに言われるまで、何とも思わなかった。

 最初は二人で暮らしたくない?って聞かれて…そんな事、思った事もなかったなあって。


 いや…チラッと思ったかもしれないけど…

 うちに来た時に、このままいてくれたら…って思ったぐらいかな?


 結婚したら桐生院家に入るのは当然と思ってた。

 だって、跡継ぎだし。


 だから…あたしのために色々新調してもらったのだとしたら…

 すごく申し訳ないって気持ちもあるけど…

 …やっぱり嬉しい…かな…

 あたし、迎え入れてもらえるんだ…って。


 桐生院家のみんなと…

 家族になれるんだ…って。







 六月の後半から桐生院家に引っ越した。

 五年以上の一人暮らしから、いきなり大家族の一員に。

 それは…気を抜く事が出来なくて辛い事もあるかもしれない。

 そう覚悟を決めていたあたしだけど…


 朝は目覚めると朝食が出来てて。

 仕事から帰ると、晩御飯も出来てて。

 そして…毎日、大学時代に見惚れてたお弁当が…あたしのために用意されてる。


 これじゃいけない!!


 と、自分の事は自分で。

 そして、家族のためにも頑張ろうとするのだけど…


 お母さんとお姉さんが。


「いいからいいから!!」


 って…何もさせてくれない。



 おばあさまに『出来ない嫁』と思われるのが辛いよ~…ってヒヤヒヤするあたしもいるのだけど…

 今のところ、食後の洗い物だけでも『ご苦労様』と声をかけてもらえてるから…いい事にしよう。


 まだ結婚式前だから、みんな気を使ってくれてるのかもしれないし。

 式が終わったら…あたしの役目です。ってしっかり頑張ろう。



「いよいよ明日。」


 お母さんの問いかけに。


「咲華、もう緊張してる。」


 両手を胸の前で組んでそう言ったサクちゃんに、みんなで笑った。

 今夜はお父さんも仕事から早く帰ってて。

 久しぶりに…桐生院家全員集合。

 当然のように、麗ちゃん家族もいて。


「陸さん、飲み過ぎっ。」


「前祝いだっつーの。」


「明日、あたしの隣ではキリッとしててよ?」


「俺はいつもキリッとしてる。」


「二日酔いはやめてよって言ってるの。」


「これぐらいじゃ酔わないって。」


 いつものやり取り。



「お父さん、明日お歌、歌うの?」


 サクちゃんに膝に乗られた義兄さんは、もう片方の膝に座ってる華月ちゃんの頭を撫でながら。


「明日は歌わない。ずっと飲む。」


 真顔での答え。


「え~?咲華、乃梨子姉と写真撮りたい~。」


「心配しなくても、それはちゃんと撮る。ビデオも撮る。」


「…とーしゃん。」


「あ?」


「…ちゃんと、とゆ?」


「撮るぜ?」


「…ちゃんと…とゆのよ。」


「は…はい。」


 ふふっ。

 義兄さん、何だか華月ちゃんに弱いなあ。



「中の間に置いてあるブーケ、誓兄が作ったの?」


 ノン君が誓君の膝に座る。


「うん。」


「すごく綺麗。今度作り方教えてくれる?」


「ノン君、音楽じゃなくて花の方に興味あるの?」


「んー…僕、お花好きだよ。」


「華音、父さんと歌おう。こっち来い。」


 義兄さんが、膝から華月ちゃんと咲華ちゃんを降ろして手を伸ばしたけど。


「やだっ。誓兄とお花の話するっ。」


 ノン君はそう言って誓君に抱き着いた。


「千里、妬かない妬かない。」


「…陸、膝に来い。歌おう。」


「マジっすか。」


「もうっ、陸さん本気にしないでよっ。」


「妬くな。」


「バッカじゃないの!?」



 明日は結婚式だけど…

 桐生院家は今夜も楽しくて。

 全然緊張しない。


 明日…あたしは誓君の作ってくれたブーケを手に。

 幸せな日を迎える。


 不安は…何もない…はずなのに。

 なぜか、心の片隅…言いようのない何かが居座ってる事に。

 あたしは、気付かないフリをしてた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る