第46話 早乙女君の、感動の結婚式から三ヶ月。

 早乙女君の、感動の結婚式から三ヶ月。

 7月15日に結婚する事が決まってるあたしは。

 それまでのように遅くまで仕事をするのが難しくなる…と感じて、昼休みも惜しんで仕事をする事にした。


 そうでないと、朝渡されるノルマがこなせられない!!



 桐生院家に顔を出す事も増えた。

 それまで平日は遅くまで働いて、日曜日は泥のように寝てたあたしは。

 平日の夜も、日曜日も桐生院家に呼び出される事が増えて。

 正直…休む時間がなくなって来てる。


 そのせいなのか、最近肌荒れが酷い…


 たまに会う麗ちゃんに、真顔で『何その顔』って言われる。

 あんなに可愛い子にそんな事言われると、軽くへこんじゃう…

 …言われないように気を付けよう。



 …仕事量を減らせれば助かるんだけど…

 あたしのためを思って渡される仕事を減らしてもらうのは気が引けるし。

 頑張るしかない!!



「乃梨子。」


 四月の、とある日。

 あたしが職場のお使いから帰った所で…その声が聞こえた。


「え…あっ、高原さん。」


 それは…この辺りには少し違和感に思える姿だった。

 あたしの職場は、表通りから少し裏道に入った場所にあるビルの三階。

 それも、そんなに新しいビルじゃない。

 そのビルの前で…オレンジ色の髪の毛の高原さんにバッタリ…



「仕事中か?」


「あ、はい…お使いに行ってました。」


「お使い?」


 高原さんはあたしが持ってる紙袋の中身を見て。


「三時のおやつか。」


 小さく笑った。

 笑顔が優しい人だなあ。

 何ももらってなくても、それがご褒美みたいな気分になっちゃう。


「はい。」


「…って、どこまで買いに行ってた?」


 高原さんの視線は、紙袋。

 お店の住所がババーンと。


「あ、井槌町いづちちょうです。」


「…そんなに遠くまで?」


「限定品らしくて、このお店じゃないと買えないそうなので。」


「限定品な…並んだのか?」


「それなんです。四時間覚悟しなさいって言われてたんですが、二時間で買えちゃいました。」


「……」


「皆さん楽しみにされてるので…三時に間に合って良かったです。」


 高原さんは少し首を傾げて、小さく笑いながらあたしを見てる。


 …ん?

 どこかおかしいかな?



「高原さんは?この辺りに用事でも?」


 あたしが少しキョロキョロして言うと。


「ああ…この近くに妻がいてね。」


「妻…」


 ふと、薬指に目を向けてしまった。


 以前は気付かなかったけど…

 左手の薬指に、指輪。



「入院してるんだ。」


「…そうなんですか…」


 立ち入った事を聞いてしまっただろうか。

 そう思って、あたしが話を逸らそうと思ってると…


「乃梨子は結婚しても仕事を続けるのか?」


 真顔で問いかけられてしまった。


「え?」


「この仕事。」


「…あ…はい…」


「楽しいか?」


 何でこんな事聞くんだろう?

 そう思ったけど、あたしは背筋を伸ばして。


「とてもやりがいがあります。」


 キッパリと言った。


「…そうか。」


「はい。」


 思えば…誓君のお父さんの友人である高原さんに、『乃梨子』と呼び捨てられるほど仲良しか。と聞かれると…疑問に思う自分もいるけど。


 クリスマスイヴに初めてお会いして。

 あれから二度、桐生院家でお会いした。

 その二度とも、あたしはお酒を飲まなかったけど…

 次にお会いした時には『乃梨子』と呼ばれたから…

 クリスマスイヴの時、そう呼ばれるほどの会話を交わしたのかもしれない。



「あら、塚田さん?もう帰っ………あ…」


 ふいに、ビルからチーフの世良さんが出て来た。

 デザイン部の、あたしの上司だ。


「あっ、お待たせしてすみません。今帰って来た所で…」


「え…ええ…あの…こちらは…」


 世良さんは少し脇をしめるようなポーズになって…高原さんを見た。


「あ…」


「高原といいます。」


「も…もしかして、高原…夏希さんですか?」


「え?チーフ…ご存知なんですか?」


 あたしがそう問いかけると、チーフは眉間にしわを寄せて。


「塚田さん…本気で言ってるの?」


 声を震わせて言った。


「高原夏希さんと言ったら…世界のDeep Redのフロントマンで、今や全世界のアーティストが入りたくてウズウズしてるビートランドの設立者よ!?」


「……」


 お父さんの友人。としか聞いてなくて。

 まあ…見た目がすごく…普通じゃないから…


「世界の…」


「Deep Redよ。」


「……」


 あたしが呆然としてる隣で。


「若いのに、よくこんなジジイの事を知ってるね。」


 高原さんはチーフに笑いかけた。


「ジジイだなんて!!うちの両親が大ファンで、あたしも兄弟もみんんな子守歌替わりにして育ちました!!」


「それは嬉しいな。」


「あっ、申し遅れました。わたくし…世良せら静香しずかと申します。」


 チーフはいつも冷静な人なんだけど…

 見た事ないほど頬を赤らめて、何なら少し震えているであろう手で名刺を取り出した。


「ああ、これは丁寧にどうも。あいにく、今名刺を持ってなくて申し訳ない。」


「いいいいいいえいえ、とんでもないです。わたくし、よくよく存じておりますので!!」


 チーフの様子に高原さんは優しく笑った。


 …そうか…

 義兄さんだけじゃなくて…

 高原さんも、こんな熱狂的なファンがいるような人なんだ…



「えっと…ええと…塚田とはどういった…」


 チーフが、そこが一番気になってる。と言わんばかりに問いかけると。

 高原さんは一瞬いたずらっぽい目をした後…あたしの肩に手を掛けて。


「娘みたいに可愛がってる子なんだよ。」


 って…


「え…ええええええ…?」


 当然だけど…チーフは驚いた表情で変な声を発した。

 …いつももっとクールな人なんだけど…


「乃梨子、あの事はもう話したのか?」


「えっ?」


「おめでたい話だよ。」


「あ…いえ…まだ…」


 結婚の報告をどうしよう。ってずっと悩んでるうちに春になってしまった。


 すると。


「この子ね、7月に結婚するんですよ。」


 あたしの肩に手を掛けたまま、高原さんが笑顔で言った。


「えっ!?そ…そうなの!?」


「は…はい…報告が遅れて…すみま」


「それで、色々と準備で忙しくなると思う。出来ればもう少し早く帰らせてやれないものかな?」


「……」


 …不思議な気持ちで高原さんを見上げた。

 あたしの帰りが遅いって…誓君、話したのかな。


「そういう事でしたら、もう…はい。塚田さん、もっと早く報告してくれなくちゃ。」


「あ…す…すみません…」


「チーフならご存知かもしれないが、この子はね、頑張り過ぎる所があるから。特に新人だからって突っ走ってないか心配で。」


 あれ…あれれ…?

 どうして高原さんが…こんな事?


「そ…そうですね…仕事は本当…よくやってくれます…」


「どうか、やりすぎないように気を付けてやってくれないかな。」


「は…はい…」


「頼むよ。」


 高原さんはあたしの肩にかけてた手を外して、チーフに一歩近寄ると。


「静香さん。」


 チーフの…下の名前を呼びながら。

 チーフの髪の毛を…そっと触った。

 その一連の動作のスマートな事…


「は…は…い…」


 チーフはもう…腰が抜けたような状態になって。

 へなへなとあたしに寄り掛かって来た。



「じゃ、乃梨子。また近い内に。」


「あ、はい…失礼します。」


 手を挙げて去って行く高原さんを見送って。

 あたしが仕事場に戻ろうとすると…


「…塚田さん。」


 チーフが、ガシッとあたしの腕を掴んだ。


「は…い?」


「結婚式には…呼んでいただけるのかしら?」


「え?」


 わー…

 職場の人、呼びにくいなって思ったけど。

 堂々と呼べちゃう!?


「出席していただけますか?」


「もちろんよ。それと…今日から残業もしなくていいから。」


「えっ?でも…」


「いいのよ。色々準備があるでしょ?」


「あ…ありがとうございます!!あっ、これ…持って上がりますね。」


 買って帰ったおやつを掲げて言うと、チーフは『ご苦労さま』と小さく言って…あたしの頭を撫でた。


 えー!!

 急にこんな事ってある!?

 なんていい日だろう!!

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