第45話 兄貴が生まれた事で
『兄貴が生まれた事で、早乙女は評判を落とした…って、昔っから俺にしつこく言ってたあんたの事も、あんたの事も。俺はぜっっっってー忘れねーからな。』
早乙女君に指をさされた人達は、真っ赤になって辺りを見渡す。
『あんたらに兄貴の何が分かるんだよ。兄貴はな、現役を離れた今も、俺が泣くほど美味い茶を点てるし、夢を掴んだ自慢の兄貴なんだよ。』
そっと…お兄さんを見ると…呆然と…早乙女君の事を見てる。
『よくもうちの母さんの悪口を言い続けやがったな。何なんだよ。若い女が恋して子供を生んで、立派に育てた。それだけの事だろーが。』
「…
親族テーブルから、たぶん…お母さんの声が聞こえたけど。
「…言わせておやりなさい。」
そう言ったのは…誓君のおばあさまによく似た…早乙女君のおばあさまだった。
『…サンキュー、ばーさま。』
「……」
『…そんな、茶道会のはみ出し者みたいに言われてるのを知ってて、早乙女の婿養子になった父さん。』
みんなの視線がそちらに向く。
『たぶん…ずっとずっとずっと…周りから色々言われてたよな。物好きとかさ。でも、そういうの言われても平気な顔して、言い返しもしない。俺、随分やきもきして来たよ。イラッともした。』
お父さんは…柔らかいまなざしで…早乙女君を見てる。
『だけど………世界で一番、尊敬してる…』
早乙女君のスピーチに。
年配の皆さんは赤い顔をしたり、眉間にしわを寄せてるけど。
若い人達はみんな…真剣な顔。
『今日の、こんな俺を見て…もう早乙女を支持するのはやめた!!とか、離れたいと思う人がいるかもしれない。』
最初に指をさされた人達は、チラチラとお互いを見合ってる。
『でも、今うちから離れたら損だせ。』
早乙女君は会場を見渡して。
『俺は、ビッグになる。せっかく伝統を引き継ぐんだ。俺みたいに敷かれたレールを走るだけのクセにって思われてるみんな。レールを外れても走れる人間になろうぜ‼︎』
目を輝かせて…言った。
その言葉に、誓君が立ち上がって拍手をした。
すると…会場のあちこちからも、若い人達が立ち上がって拍手を始める。
『俺達、それぞれの世界で縮こまってる必要ないよな。年寄の顔色見てばっか見ないで、もっと出て行こうぜ⁉︎』
あちこちから『同感!!』『そうだ!!』って声が上がって。
早乙女君は満足そうに頷く。
『…だけど、こんな俺達が出て行くためには…ずっとその伝統を守って来てくれた年寄の力が必要なのも…分かる。』
「勝手言いおって!!」
「夢みたいな話ばかりするな!!」
『は?夢みたいな話?夢見る事の何がいけねーんだよ。』
早乙女君は一度降りてた高砂に戻ると。
『俺はいくつになっても夢をみるぜ。それを知ってもらうために…今日はある物を用意した。』
何かのリモコンを手にした。
『俺の兄貴は、夢だった音楽事務所に就職した。ギターを弾いたり、作曲を手掛けてる。』
リモコンのスイッチを押すと、壁に大きなスクリーンが現れて。
そこに…お茶を点てる早乙女君の姿が映し出された。
BGMとして流れて来たのは…たぶん、お兄さんが作られた曲…
『こうやって、一見似合わないと思われるジャンルの曲を付けるだけでも、世界の人は興味を持ってくれるんだ。』
若い茶道家達は感化されたのか…スクリーンを見て目を輝かせてる。
『もちろん、これは広めるためのパフォーマンスであって…正しい茶道の心得や作法は変える気はない。』
映像は終盤。
歌のない楽曲なのに…力強さや優しさを感じる事が出来るなんて…不思議だ。
映像が終わって、会場が明るくなる。
『大事に大事に囲んだまま守るんじゃなくて…もっと外に出して…誰からも愛される物として守っていきたい。だから…どこの誰がどうって、小さい事言うのやめよーぜ……って、俺か。』
早乙女君はそう言うと、最初に指をさした人達に深く頭を下げて。
『生意気言ってすみません。これからも、ご指導ご鞭撻、よろしくお願いします……』
って言ったと思うと。
『でも今日は俺と史が主役なので、このまま最後まで好き勝手にやらせていただきます。』
笑顔で顔を上げた。
『俺の事を理解してくれてる史に、何かサプライズがしてーなと思ってさー。』
「えっ、何?」
『…ゲストを呼んだ。お願いします!!』
早乙女君のアナウンスと共に、入場口が開いた。
するとそこから…
「…え。」
「えっ?」
誓君の…義兄さんが入って来た。
「えっ…」
「ちょっ…ちょっと、あれって…」
「えええええー!?」
驚いてるのは、あたしと誓君だけじゃなかった。
あちこちのテーブルから悲鳴が上がり始めて。
ただでさえ、義兄さんがなぜここに!?って驚いてるのに。
本当に有名人だったんだ!?って…さらに驚いた。
『史、大ファンだよな。』
「え…っ…えーっ…!?」
史さんは立ち上がって両手で口を覆って、本当にびっくりな顔。
「どうして!?どうして神 千里が来てくれてるの!?」
早乙女君は、史さんの手を引いて高砂から降りると。
『今日は、兄貴が僕の我儘を聞いてくれました。世界的ビッグバンドF'sのボーカリスト、神 千里さんです!!』
マイクスタンドの前に歩いて行った義兄さんの隣に立った。
「えー!?本物!?」
「わー!!マジか!!」
会場のあちこち…同世代の着物姿の人達が、大はしゃぎ。
「…誓君、知ってた?」
「ううん…知らなかった…」
義兄さんはギターを手にしてマイクの前に立つと。
『…本日は、おめでとうございます。』
らしくない…丁寧な口調で挨拶をした。
『えー…たぶん俺の事を知らない方もいらっしゃると思うので、自己紹介を。』
小さな咳払いの後…
『前の方にいらっしゃる方、俺の名前を聞いても顔を見ても、ピンと来ないでしょうが、元通産大臣の神 幸作ならご存知でしょう。俺の祖父です。』
「えっ…神 幸作氏の…?」
「あの…交渉の神と言われてた…神 幸作か?」
え…ええええ…?
誰か分からないけど、『通産大臣』ってワードに驚いて誓君を見ると『本当だよ』って目を細めた。
『そちらの奥様方、まだピンと来ておられませんね。高階宝石は俺の二番目の兄が婿養子に行ってます。今度宝石をご購入の際は、是非高階宝石で俺の話を。少しは勉強してくれるかもしれません。』
「まあ…千幸さんのお店かしら?」
『おっ、ご存知ですか。』
「この帯留め、高階さんで買いましたの。」
『その調子。』
義兄さんのトーク…面白いのかどうか分からないけど…
会場はドッとウケてる。
『せっかくなんで、弟に家元の座を奪われた兄貴にギターを手伝ってもらおう。早乙女、来いよ。』
義兄さんが、早乙女君のお兄さんを手招きする。
お兄さんは戸惑いながらも…ゆっくとり小さなステージに進んだ。
「…義兄さん、途中までは頑張ってたのに…頼み事するのに『来いよ』だなんて。」
誓君が下を向いて笑ってる。
『どんな経緯があったかはさておき、俺としては早乙女千寿が音楽事務所の社員になってくれて良かった。彼は俺を刺激しまくる音楽人で、本当…唯一無二の存在だ。』
義兄さんの言葉に、早乙女君は満面の笑み。
「…お義兄さん…優しい言葉だね。」
「うん…。」
あたしも…誓君と距離を詰めて笑った。
早乙女君のお兄さんは、マイクの前では喋らなかったけど。
義兄さんに小さく笑うと…ペコリと頭を下げた。
『俺もいい所の坊ちゃんだけど、ここにお集まりの皆さんのように伝統を重んじたり、それを守り続けたりってプレッシャーもなければ厳しい仕来りもなかった。』
もう一本用意されてたギターを、早乙女君のお兄さんが担ぐ。
『この家に生まれたから、こうじゃなきゃいけない。そういう世界もあるのかもしれないが…そういう世界の中でも夢を持って、伝統と共に羽ばたける。そんな環境が育てばいーなーって、思い切り第三者の俺が勝手に願いながら。』
早乙女君と史さんは…ギュッと手を繋ぎ合ってる。
『史さんが大好きな曲だ、と
義兄さんがタイトルを言った瞬間、史さんはすごく驚いて…早乙女君に抱き着いた。
前の方で、その様子を見てた年配の方々からは、『おおっ』って歓声もあがって。
それに向かって、早乙女君は親指を突き出して満足そうな顔。
何だか…和やかになった。
お兄さんと義兄さんの、小気味いいギター。
有名人と聞きながらも…聴いた事のなかった義兄さんの歌。
その出だしで…あたしは鳥肌を立てた。
英語のその歌は…
ギター二本なのに、何だかすごく盛り上がった。
壮大…って言うの?
演奏は二人で、歌は一人なのに。
まるで大勢でやってるかのように…厚みを感じる。
…音楽に詳しくないあたしが何かを感じても、言葉にできないのがもどかしい。
感動なのか何なのか分からないけど、目頭が熱くなって涙目になってしまう。
手拍子してる手も、震えてる。
盛り上がる部分では、みんなの掛け声が始まって。
特に…史さんの友人たちは前に出て。
早乙女君と史さんを囲んで、二人はすごく幸せそうな笑顔になった。
それを見た同世代の和装の人達も前に出て。
義兄さんの歌に合わせて、手を振り上げて大合唱になった。
さっきまでしかめっ面だった年配の人達も。
何だか笑顔になって手拍子。
「乃梨子、僕達も前に行こう。」
「えっ…?」
誓君に手を取られて、あたし達も前へ。
誓君を見付けた早乙女君が、手を伸ばす。
それを見た誓君が、そこに手を差し出す。
高い位置でハイタッチされた瞬間。
義兄さんが鼻で笑った。
お兄さんも…優しい笑顔になった。
『ほら、主役の二人も歌え!!』
マイクを託された早乙女君と史さんは、すごく楽しそうで。
式場のスタッフの人達も、ノリノリになって。
早乙女君の御家族も、史さんの御家族も。
立ち上がって手を振って。
お兄さんと義兄さんも、顔を見合わせて笑った。
みんな…
笑顔になった…。
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