第43話 「こ…これは…」

「こ…これは…」


 紙袋の中には、他にも…あった。

 あたしは数枚のポラロイド写真を手にして、たたんだ布団の上に倒れ込む。


 ど…どど…

 どーいう事ーーーー!?


 ワイン…美味しかった。

 美味しかったよ…

 あたし、何杯飲んだ?


 わなわなと震える手の中で、ポラロイド写真のみんなも揺れた。


 ワイングラスを片手に、麗ちゃんの頬にキスしてるあたし…

 もちろん、麗ちゃんは最悪な表情。

 おまけに…お…おば…おばあさまと腕を組んで…

 このおばあさまの表情も…決していいものじゃない…

 お姉さんとお母さんは笑顔であたしを囲んでくれてるけど…


「…なんて事…」


 体が震えて立ち上がれない。

 この震えは…あれだ…

 …恐怖…

 あたし、大部屋に行けない…って言うか…

 誓君と結婚出来ない…!!



『乃梨子、入っていい?』


 襖の向こう側から誓君の声がして。

 あたしは布団の上に倒れ込んだまま。


「…いいけど…みっともなくてごめん…」


 小さくつぶやいた。


「?入るよ……ぷっ…どうしたの。」


 誓君は襖を開けた途端、あたしの姿を見てふき出した。


「…これ…」


 手にしたポラロイド写真を力なく掲げる。

 ああ…あたし、もう…二度とお酒飲まない…!!


「ああ…楽しかったなあ。覚えてる?」


 あたしの手から写真を撮った誓君は、楽しそうに笑った。


「…覚えてない…」


「…そっか。乃梨子があんなに遠慮ない所、初めて見たよ。」


 バッ!!


 あたしはその言葉に素早く体を起こして。


「えっえええええ遠慮ないって…あたあたあたし…っ…」


 誓君に詰め寄った。


「無礼なふるまいを…~…?」


 そんなあたしの様子が相当おかしかったのか、誓君はあたしの頭を抱き寄せて転がると。

 見た事ないほど…大笑いした。


「大丈夫。みんな楽しんでたし…僕が説明するよりちゃんと乃梨子の事分かってもらえたと思うから。」


 誓君は笑いながらそんな事を言ったけど。

 どうやったら…麗ちゃんにキスしたりおばあさまと腕を組んで、あたしを分かってもらえたと言うの…!!



「…紙袋の中、全部見た?」


 あたしがわなわなとしたままでいると、誓君がそばに置いてある紙袋を手にして言った。


「え…ううん…子供達が描いてくれた絵と…この写真だけ…」


 あとは…

 紙袋に残ってた紙を手にして開いてみる。


 一枚目は…


「…何の日?」


 そこには、いくつか…日にちが書いてあった。


「結婚式の予定日。みんなの都合がつきそうな日は、これだけあるって。早い内に決めないと何か入っちゃうかもしれないから、早急にこの中から選べって言われた。」


「……」


「乃梨子?」


「…みんなが、あたし達の結婚式の日取りを決めてる夢見た…」


「あー…酔ってたから。夢だと思った?」


「……って。あたし、もしかして…余計な事もたくさん喋った!?」


 誓君の胸元を掴んで大声で言うと、誓君は優しい目をして笑って。


「写真を撮った後には、テーブルに突っ伏して寝てたよ。」


 あたしの頭を撫でた。


「…寝てた…?」


「うん。口開けて。」


「はっ…」


 今更押さえてもどうにもならないのに。

 あたしは両手で口を押さえて眉間にしわを寄せた。


 …もう!!



「もうお酒飲まない…ほんと…懲りた…」


 そう言うあたしの前に、誓君はもう一つ…折ってあった紙を広げて。


「披露宴の席表だって。ほんと…みんな気が早いよね。」


「…すごく…盛大…」


 それは、なかなか…見応えのある物だった。

 だけど…そこにあたしの両親の名前はなくて。


「…ごめん。僕が勝手に乃梨子の両親は呼ばないって言っちゃった。」


 誓君が謝った。


「いいよ。あたしも…もう全然そんな気ないし。」


「…ほんとに?」


「うん。それより…」


 気になる事が一つ。


「…麗ちゃん、どうしてここに?」


 新郎新婦の友人の欄、早乙女君は分かるとして…

 その隣の『新婦の友人』に…麗ちゃん。

 だって…どう考えても…


「麗が『留袖着たくないから、親族席はイヤ』って言い張ってさ…」


「えっ…でも、そんなの…ダメだよね?」


「いや、それが…みんなOKって。」


「…えー…?」


「あと、会社の人は何人ぐらい呼ぶ?」


「会社の人…」


 就職して八ヶ月。

 渡された仕事は頑張ってやってるつもりではいるけど…

 昔から濃い人間関係を築いた事がないせいか…あたしは職場でも浮いている。気がする。


 仕事終わりに誘われた事もないし…

 って、あたしはいつも遅くなるから行けないけど。


 休み明けに仕事に行くと、『先週のBBQ最高だったわね』って写真が回された事もあったっけ。

 あたし以外全員が参加してたようだけど…

 まあ、あたしは休日は泥のように寝てたから…関係なかった。



「呼ばなきゃいけないのかな。」


「上司はどんな人?」


「上司…?女性で、あたしに仕事を教えてくれた人。『やっただけだから』って、いつもたくさん仕事を回してくれるの。」


「……へえ。」


「おかげで仕事をこなす能力はついたんだけど、何だか浮いちゃってて…」


 席表を見ながらつぶやく。


「そっか…会社の人を呼ぶってなると…結婚の予定がある…って言っておかなくちゃいけないよね?」


 夕べ、麗ちゃんも言ってたもんね…色々準備があるから。って。


「…嫌なら呼ばなくてもいいよ?」


「え?あ、嫌じゃないの。でも…結婚式に呼ぶ人って、どういう間柄の人達なのかなあ…って漠然と思っちゃって。」


「……」


「あたしはまだ一年目だし、話した事ない人もいるから…チームの人全員ってわけにはいかないかなあって。」


 あたし達がそんな事を話してると。


「誓兄、乃梨子姉。ご飯食べないの?」


 サクちゃんが呼びに来てくれた。


「あ、今行くよ。」


 誓君はそう言って。


「さ、行こう。」


 あたしの手を取って立ち上がった。



 大部屋に行くと、夕べの…高原さん以外は勢揃いで。


「…夕べは酔って醜態をさらして、すみませんでした。」


 あたしは正座して深く頭を下げた。


「おもしろかったけどな。」


 義兄さんと陸さんはそう言って笑って。


「え?醜態って、どれが?」


 って、お母さんとお姉さんはキョトンとして。


「キスされたあたしの身にもなってよ…」


 麗ちゃんは目を細めたけど。


「楽しんでもらえたようで、何よりだ。」


 お父さんの言葉に…おばあさまが小さく頷いてるのを見て…ホッとした。


 だけど…


「のいねえ、ボタン、ちあうよー。」


 聖君が、あたしが掛け違えたままだったシャツのボタンを見て。


「きーちゃん、なおしてあえゆ!!」


「え…えっ、あっ、ありがとう。でもい…」


 聖君は何を思ったのか、シャツを両手で外に開いて。


 バッ。


 ボタンが飛び散った。


「はっ…」


「えっ。」


「おっ。」


「……」


 全開になったあたしの胸元。


「きゃあああああっ!!」


 慌てて胸を隠すも…


「陸さん、見たでしょ…」


「みっ見てない見てない!!」


「貧相だな。」


「千里っ!!」


「こっここここら!!聖!!あっ…すっすまないね……さくら、何か羽織る物を…」


「もうっ、誰に似たの聖。ごめんね乃梨子ちゃん~。」


「ごめぇん…のいねえ…」


「い…いいの…」



 義兄さんの『貧相』って言葉が突き刺さったけど。


「大丈夫?」


 隣にいる誓君が、もう…おかしくてたまらないのに我慢してる風なのが、何だか…可愛く思えて。



 …飲み過ぎと…寝坊の罰を受けた…

 って思う事にしよう…って…


 うん。


 そうしよう。

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