第42話 パチッ。


 パチッ。


 目を開けると…見慣れない天井。


 え…ええと…

 ゆっくりと体を起こして辺りを見渡す。


 …うん。

 そうだよ…ここって…

 誓君ち。


 まるでお寺に修行に来てるような気分になった。

 広い畳の間の真ん中に、ポツンとあたし一人のためのお布団。


 …はっ…


 あああたあたあたし…

 いつの間に着替えたんだろう!?

 これ、麗ちゃんが貸してくれるって言ったパジャマ…



「……」


 ふと、視線を感じて襖に目をやると。

 少しだけ開いた隙間から、華月ちゃんがこっちを見てた。


「あ…あっ、華月ちゃん…おはよ…」


 あたしがそう声をかけると。

 華月ちゃんは小さな手であたしの方を指差した。


「…え?」


 何だろう?

 何?


 あたしがキョロキョロとあたしの周りを見ると…枕元に、何か置いてある。


「…これ、何かな。」


 あたしが華月ちゃんとそれを交互に見ながら言うと。


「…シャンタしゃん、きた。」


 華月ちゃんは、そうとだけ言って…静かに襖を閉めてしまった。


「…シャンタしゃん……?」


 パチパチと瞬きをしながら、華月ちゃんの言葉を繰り返す。


 シャンタ…


 ああ!!

 サンタクロース!!


 小さな頃から縁がなかった。

 おかげで夢を見る事もなかった。

 夢…


「…ん?」


 そう言えば夕べ…あたし…

 お酒…どれぐらい飲んだんだろう?



 二十歳を過ぎてもお酒を飲んだ事がなくて。

 就職して…会社の飲み会で乾杯でのビールはとりあえず口にしてたけど。

 だいたい、いつも末席でグラスの交換やオーダーをして。

 気付いたら自分の席がなくなってる。みたいな事も多々あって…

 一杯以上飲んだ事はない。


 夕べはビールじゃなくて…生まれて初めてのワインをいただいて。

 めちゃくちゃ美味しいと思った。

 とは言っても…クセになるほどではないと思うけど。


 飲みなれてるせいか、あたしが一番美味しいと思う飲み物は、麦茶と牛乳だ。



 …夢の中で、みんながあたし達の結婚式の日取りを話し合ってた気がする。

 ふふっ…

 すごい夢だなあ。

 あんなに家族全員で話し合うなんて。

 普通、そんな事しないよね。


 …って…

 あたし、普通を知らないんだった…



 ふと、枕元に置いてある自分の腕時計を見……


「…八時半…………はっ…!!!!」


 ぎゃあああああああああああ!!


 あたしは慌てて飛び起きると、お布団を畳んであたふたと着替えた。



「あら、乃梨子ちゃん起きた?」


 スッと襖が開いて、双子ちゃんとお母さんが顔を覗かせて。


「乃梨子姉、朝ご飯食べれそう?」


 サクちゃんがそう言ってくれたけど…


「ごっごっごめんなさい!!あたし、仕事が…っ!!」


「え?日曜日も仕事なの?」


「え…っ…に…日曜…」


 慌てて着替えたせいで、ボタンが一つズレてる。

 そんな自分の格好を見下ろしながら。


「日曜…」


 もう一度繰り返した。



 今までのイヴとクリスマスは、曜日関係なくバイトに出てたあたし。

 朝から晩まで働きどおしだった


 …そっか…

 今年は仕事ないんだ。


 ……それにしても。


「す…すみません。泊まらせていただいたにも関わらず、こんな時間までグッスリ眠ってしまうなんて…」


 あたしがうなだれてそう言うと、お母さんはあたしの背中をポンポンとして。


「いいのいいの。我が家だと思ってのんびりして?」


 超…笑顔…


 夕べのよそよそしい雰囲気は消え去ってて…

 それは、いつもあたしをホッとさせてくれる物だった。



「乃梨子姉、サンタさん来た?」


 サクちゃんとノン君が、モジモジしながらあたしを見る。


「え?あっ、そう言えば…」


 華月ちゃんが教えてくれた『サンタさん、来た』を思い出して。

 枕元にあった紙袋を手にする。


「うわー、何かなあ…」


 本気でワクワクしてしまった。


 まずは『のりこ姉へ』って書いてある封筒を開けると…


「…これ、あたし…?」


「うん。これ、咲華さくかが描いたの。これが華音かのんで、こっちがきよし華月かづき。」


「……」


 サクちゃんとノン君が描いてくれたあたしは、決して上手くはないんだけど…

 お姫様を描いてくれたんだな…って分かるのは。

 あたしがドレス姿で、キラキラした指輪と…冠をつけてたから。


 そして、その周りには…桐生院家のみんながいる。

 みんなの目は『へ』の字で、口は逆三角。

 …みんな、笑顔。


 聖君と華月ちゃんが描いてくれた絵については…

 やたら丸い目と口と鼻と…


「これじゃ雪ダルマだってお父さんが笑って、華月が怒っちゃったの。」


「ふふ…っ…」


 何だろう…

 すごく嬉しいのに…泣きたくなった。

 これって、なんの感情なのかな。


「…乃梨子姉?」


 涙を我慢して震えてるあたしの唇を見て、サクちゃんが心配そうに顔を覗き込んだ。


「ご…ごめん。ありがとね。嬉しくて…ちょ…ちょっと、すごく感動しちゃって…」


 あたしが絵を抱きしめてそう言うと。


「…先にご飯食べてるね?」


 お母さんが双子ちゃんを連れて静かに出て行った。


 襖の閉まる音を聞いた途端…あたしの目から、ポロポロと涙がこぼれた。



 あたし…両親の絵なんて描いた事あったかな。

 認めてもらいたいって頑張ってたけど、子供としての可愛らしさはなかったはず。


 あたしにとっては最低の親だったけど…

 両親にとってのあたしも…可愛くない娘だったに違いない。


 …もう…会う事はないかもしれないけど…

 本当は…


 結婚おめでとう。って…

 心の底からの気持ちで…

 言って欲しかった…な…。

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