第41話 「誕生日おめでとう!!」

 〇塚田乃梨子


「誕生日おめでとう!!」


 クラッカーが鳴り響いて。

 お誕生日席に座ってるきよし君と華月ちゃんとお姉さんは、みんなの拍手に笑顔になった。


 …そう。

 今日、12月24日は…三人の誕生日。

 クリスマスイヴという事もあってか、桐生院家は毎年…盛大にお祝いをする。


 今までクリスマスイヴはバイトに明け暮れてたあたしも…

 誓君の婚約者として…今年はこの席に呼ばれた。


 …婚約者。


 あたしと誓君は…婚約した。

 実家に挨拶に行った後、両親は酷く憤慨したメッセージを留守電に残してたけど。

 あたしが折り返しの電話で。


「お金が目当てなの?」


 冷めた口調でそう言うと、父さんは何も言わなくなった。

 そこであたしは続けて…


「あたしの荷物ももう何もないみたいだし…娘がいた事も簡単に忘れられるはずよ。さよなら。」


 そう言って…電話を切った。

 あれ以降、両親から連絡はない。


 それでも、由緒あるおうちだし…結納を。なんて言われたらどうしよう…なんて思ったりもしたけど。

 意外にもあっさりと。

 婚約指輪をもらうだけで済んだ。


 …婚約指輪だけでも…とても贅沢な気持ちになったけど。

 結婚する。って事が現実味を帯びて来て。

 最近は毎日…気持ちがふわふわしてしまう。



「うわあ、乃梨子姉、指輪きれい。」


 薬指にはめてる婚約指輪に気付いたサクちゃんが、あたしの手を取って言った。


「誓兄からもらったの?」


「う…うん。」


「すごーい。」


 サクちゃんがキラキラした目で指輪を眺める。


 ふふっ。

 さすが女の子だなあ。



 久しぶりの桐生院家では、子供達の様子が少し変わってた。

 まずは…

 小学生になった双子ちゃん達が。

 あたしの事を『乃梨子姉』と呼んで驚かせた事。

 それについては…初等部に上がってすぐ、義兄さんが『目上の人の呼び方を正す』って決めたらしく。

 誓君の呼び方も『誓兄』に、麗ちゃんも『麗姉』に変わってた。


「のいねえ、おひめしゃまいちゅ?」


 普段は無口な華月ちゃんも、『きれい』ってワードに惹かれたのか。

 三角帽子をかぶったまま、あたしの膝に来てくれた。


「ねえねえ、お母さん。誓兄と乃梨子姉の結婚式は、咲華もドレス着ていいの?」


 サクちゃんがそう言ってお姉さんの所に行くと。


「かちゅきも~。」


 華月ちゃんも…顔は無表情なんだけど、スキップしそうな勢いでサクちゃんの後に続いた。



 …実はあたしは…とても緊張している。

 と言うのも…

 誓君のお父さんと会うのは…今日が初めてだから!!


 まさか、こんな由緒あるおうちに嫁いでくるというのに、主に会うことなく婚約するなんて。

 あり得ない。

 絶対あり得ない。

 そう思うんだけど…

 意外にも、おばあさ…おばあさまが。


「貴司と予定を合わせる日を待っていたら、何年先になるか分かりません。もうさっさと話しを進めておしまいなさい。」


 って…


 そんなわけで…

 少し遅くなるから、先に始めていなさい。って連絡がきたまま、まだお帰りになられてないお父さん。


 …ああ…

 緊張する…



 今、桐生院家の大部屋と呼ばれるリビングダイニングには。

 おばあさま。

 お母さん。

 お姉さん夫婦。

 双子ちゃん。

 華月ちゃん。

 聖君。

 麗ちゃん夫婦。

 紅美ちゃん。

 学君。

 そして…誓君とあたし。

 というラインナップなんだけど…


 気になってるのは…

 あと二つ。

 グラスが置いてある…って事。



「お手伝いします。」


 座ってるのが落ち着かなくて、キッチンに立ってるお母さんに声をかけると。


「えっ?あっ、大丈夫!!乃梨子ちゃん、座ってお腹いっぱい食べて!?」


 すごく元気に拒否されてしまった…



 …お母さんを見ると…早乙女君を思い出しちゃうな。

 来月には結婚してしまう早乙女君。

 本当に…吹っ切れたのかな…



「あ、帰って来た。」


 何も聞こえないのに、急にお母さんがそう言われて。

 あたしは一気にドキドキが止まらなくなった。


 あああああああ…


「あ…あの…」


「ん?」


「おとおとお父さんって…怖い方…ですか?」


「え?貴司さん?ううん。全然怖くない。大丈夫。」


「……」


 ああ…あたしバカ。

 旦那さんの事を『怖い方ですか?』って聞かれたお母さん、嫌な気分になってないかな…


 だけど、あたしの心配はよそに…お母さんはテキパキと料理を追加して運び始めた。


「さくら、少し作り過ぎですよ。」


「あっ…大人数だと思って…つい…」


 …なんだろ。

 何となくだけど…今日、お母さんの様子が…



「乃梨子さん、お座りになって。」


「あ…はい…」


 おばあさまに促されて、あたしは誓君の隣に座る。


 そうこうしてると…


「おじいちゃま、お帰りなさーいっ。」


「あっ、おじちゃまー!!」


 子供達が…廊下に駆けて行って。

 賑やかな声を上げた。


 …おじいちゃま…

 …おじちゃま?



 そして、にぎやかな声と共に…


「ただいま。ああ…いらっしゃい。」


 初めてお会いする、誓君のお父さん。


「はっははははじめまして。塚田乃梨子と申します。」


 あたしは立ち上がって、深く深くお辞儀をした。


 すると…


「ああ、誓…婚約したんだってな。おめでとう。」


 初めて…聞く声。


 顔を上げると、優しい顔のお父さんの隣に…オレンジ色の髪の毛の人が…


「高原夏希です。」


「私の友人でね。」


「あ…つ…塚田乃梨子です。はじめまして。」


 お父さんの…友人。

 特別な日に招かれる人なんだ…



「じゃ、揃ったところで記念写真を。」


 義兄さんがカメラをセットする。

 お父さんを中心に、みんなで集まった。

 …初めて見るタイプの人だから…気になる…って言うのもあるけど。

 オレンジ色の髪の毛の高原夏希さん。

 …赤毛の…誓君のお姉さん。


「……」


 何だろ…

 何となくだけど…

 お母さんが、いつもよりよそよそしい感じに思える。


 小さな違和感を覚えながらも。

 それを上回る緊張と幸せ。

 あたしは…

 生まれて初めてのクリスマスパーティー(誕生日会がメインだけど)を。



「もう、バカじゃないの?」


 麗ちゃんの定番のセリフと共に…


 楽しんだ。





 子供達が寝て。

 あたしはタクシーで帰ろうと思ってたのだけど…


「良かったら泊まりなさい。」


 と…

 これまた…まさかのおばあさまからの提案。

 泊まる頭がなかったから、何も用意してない…と思ってると。


「使えば。」


 麗ちゃんが、買ったばかりと思われる下着やパジャマを差し出した。


「えっ…そんな、これ…新しいし…」


 あたしが恐縮して断ろうとすると。


「あたしが使ってた下着の方がいい?」


 真顔で言われてしまった。


「……」


 固まったまま答え渋ってると…


「私もまだ話してないから、ぜひ泊まっていきなさい。」


 と、お父さんまで…



 そんなわけで。

 あたしは…



「乃梨子ちゃん、お酒飲めるの?」


「就職して飲むようになりました。」


「乃梨子…無理して飲まなくていいから。」


「嗜む程度にしとく。」


「…もう三杯目だよ?」


「ほんと?顔赤い?」


「全然…顔に出ないタイプ?」


「何二人でコソコソ話してる。みんなに聞こえるように話せ。」


「…義兄さん。」


「ところで、結婚式はいつなんだ?」


「あー…まだそこまで決めてなくて…」


「あら、そうなの?ある程度の日程を言ってくれないと、こっちにも色々準備があるのに。」


「準備って何だよ。」


「色々あるのよ。」


「今ならみんな揃ってるし、時期だけでもザックリ決めたらいいんじゃねーか?」


「それ賛成。義兄さん珍しくいい事言ったわね。」


「珍しくとは何だ。」


「あはは。」



 あたしは…夢見心地で、その会話を聞いていた。


 あたしと誓君の結婚式の日取りを…

 みんなで決めようって話し合いが始まって。

 何だか…バサバサとスケジュール帳が開かれたりして…


 何月はアレがある。

 何月はコレがある。


 お父さんの会社の人を何人呼んで…華道の協会からは…


 乃梨子さんの親族は何人ぐらいですか?


 …乃梨子ちゃん?


 …はっ、あっ、うちは…その…ゼロでもいいですか!?


 えっ?



 あたし、実は両親と八年会ってなかったんですが…

 先月、誓君と一緒にドキドキしながら帰ったら…あからさまにお金目当てって魂胆丸見えな風に出迎えられて。


 あたしの知らない間に、家を建て替えてたり…離婚してたり…

 そのパートナーに、あたしっていう娘がいる事を話してなかったり…

 …そんなのはどうでもいいんです。

 もう、慣れてたし。

 だけど…ずっと傷付いてた事に、知らん顔してたんだな…って気付きました。


 あたしの事で誓君が腹を立てて、あたしの両親にスパッと『あなた達は最低な親だ』って言ってくれて。

 その瞬間、スカッとしちゃったあたしがいて。


 えっ…これ言っちゃダメだったの…?


 ごめん…あたし…酔っちゃってるね…

 でも…嬉しかったの…すごく…

 …あたし、いい子にしてなきゃって思い過ぎてて。

 一度も口ごたえしなかったけど…

 たぶん、ずっと言いたかったんだと思う。

 あたしの事、見て…って。

 傷付けないで…って。


 …ああ…

 もうダメ…。



 ぐー……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る