第32 学園祭以降…

 〇桐生院 誓


 学園祭以降…僕と乃梨子の距離は、さらに近付いた。

 男として情けない…自分の不甲斐なさを痛感した僕は、乃梨子を守れる男になれるよう、今まで以上に色んな事を頑張った。

 それは乃梨子も同じで…

 とにかく、色んな資格を取得するために、バイトを減らして勉強を頑張っていた。


 その乃梨子の頑張りが、また…僕を突き動かしてくれる。

 僕達はお互いを高め合えるような存在になっていた。



 クリスマスイヴは、姉さんと聖と華月の誕生日。

 だから、毎年家族でお祝いする。

 僕は乃梨子も誘いたかったけど…乃梨子はやんわりとそれを断った。

 結婚してからのお楽しみに。なんて言って。


 そして、他のバイトの人達が休みたいだろうから…と、終日バイトに明け暮れたらしい。



 それから…初詣、僕の誕生日、進級、乃梨子の誕生日…夏休み…と、長いと思っていた大学生活があっという間に過ぎていく。


 その間に、麗が妊娠して死産してしまうという悲しい出来事もあったけど…

 今は養女を迎えて、さらには現在妊娠中。

 きっと…陸さんと色んな事を乗り越えるはず。



 トモは相変わらず僕と乃梨子の間に割り込んで、僕らをからかったり真面目に将来について話したり…

 依然として彼女はいない。

 いつしかそれは、トモの理想が高いから。という噂になっていたけれど。

 トモは、今も一人の女の子に片想い中だと僕に言う。


 僕からしてみれば、トモが片想いのまま大学生活を終えるのが…すごく意外なんだけど。

 本人は本気かどうか分からないけど『告白?するかよそんなの』なんて笑う。

『好きになったらすぐ言っちゃいそうなタイプだけど…意外と奥ゆかしい面もあるんだ?』って真顔で言うと、額を叩かれた。


 …本当は…学祭で乃梨子の肩を抱き寄せて撮った写真を、こっそり大事に持ってるのを見てしまって…

 トモの好きな人は、乃梨子なのかな。って思わなくもないけど…

 そうだとしても、乃梨子は僕の彼女だし…万が一、乃梨子がトモに惹かれた時は仕方ないとしても…

 人の気持ちをどうにかしようなんて出来ないから。

 もし、トモが乃梨子を好きだとしても…それはそれ。

 トモの気持ちも、乃梨子の気持ちも…僕は尊重するだけだ。



「なー、卒論、誓んちでやっつけようぜー。」


 食堂で、トモがテーブルに突っ伏して言った。

 卒業まで三ヶ月になった僕達は…卒論に追われている。


 トモは僕んちで。と言ったけど…乃梨子の部屋に電話が導入されてからという物、僕は乃梨子の部屋に入り浸り。

 実際、乃梨子もあれ以来うちに来てないし。


「……」


「……」


 僕と乃梨子が無言で顔を見合わせてると。


「何だよ。二人だけさっさと頑張っちゃってさ。」


 トモは唇を突き出してブーイング。


 乃梨子の部屋でやってる卒論制作に混ぜてくれ。と言わないだけ、まあ…トモとしては、気を使ってくれてるのかな。



「トモ、もう大方済んだって言ってなかったっけ?」


「行き詰ってんだよー。」


「…なるほど…」


 僕とトモは、卒業後…いわば『敷かれたレール』を走る事になる。

 それは周りから見ると楽に思われるかもしれないが…まあ…僕はやりたい事をやるからいいけど…

 トモは、どうなんだろう。


 乃梨子は先週、広告代理店に就職が決まった。

 どうも、孤島ゼミで培った諸々が役立ったらしい。



「あっ、こないだおまえらがイチャイチャしながら帰った時に、兄貴んち行って来たんだ。」


 トモが身体を起こして笑顔になる。


「イチャイチャって。」


「手繋いでたし。」


「……」


 乃梨子と顔を見合わせて目を細める。


「見るか?俺の可愛い甥っ子達。」


 トモはそう言うと大きな手帳を取り出して、その中から写真をゴッソリと取り出した。


「え?早乙女君、甥っ子いるの?」


「あれ。言わなかったっけ。」


「お兄さんがいるっていうのを何となく知ってるぐらい。」


「誓、何も話してねーんだ?」


「トモの家の事は言わないよ。」


「同じようなもんなのに。ほら、これ。」


 同じようなもんなのに。に小さく笑うと、トモは写真を一列に並べて僕と乃梨子に見せた。


「わあ…可愛い!!」


 乃梨子が目をキラキラさせる。

 そう言えば…前にうちに来た時も、ノン君とサクちゃんに夢中になってたっけ。

 子供が好きなんだな…



「こっちが詩生しお。誓んちの華月ちゃんと聖君と同じ2歳。」


「へえ~…目がパッチリ。可愛い。」


「で、こっちが次男のその。一歳と半年。」


 僕はその写真を手にして。


「園君はお父さんソックリだね。」


 小さく笑った。


 トモのお兄さんは、うちの姉さんと一緒にバンドをしてる。

 僕と麗が早乙女家にお茶の稽古に行ってた頃は、あまり会った事はなかった。

 ギタリストになる。って家を出られて、それがまさか…姉さんと同じバンドだとは思わなかったけど。



「これ、お兄さん?」


 乃梨子が、詩生君を抱っこしてるお兄さんの写真を指差して言う。


「うん。」


「ん?お兄さん…?」


 乃梨子は何かに気付いたのか、首を傾げて。


「お兄さんがいるのに早乙女君が跡継ぎなんだ…色々あるのかな…」


 心配してたけど、案の定口に出した。


「兄貴には夢があったから、夢のなかった俺が継いだんだよ。」


 トモが目を細めて乃梨子の額をペチンと叩く。


「あたっ…なっなんで分かったの?」


「乃梨子、口に出してたよ…」


「えっ!!あっごっごごごごめん…」


「まあいいけどさ。うちの兄貴、誓んちの姉ちゃんとバンド組んでんの。」


 トモが子供達の写真を次々に並べて言うと。


「…え…?あの…ふわっとしてるのに世界に出てるっていう…お姉さん…?」


 乃梨子は目を丸くして僕を見た。


「今のは口に出したやつ?」


 笑いながら、トモに叩かれて少しはねた乃梨子の前髪を直す。


「もうっ!!」


「あはは。そ。顔も名前も出してないから、秘密だよ?」


 口の前に指を立てて言うと。


「もう…名家の秘密、どれだけよ…」


 乃梨子はせっかく直した前髪をバサバサとかきあげて。


「それでも共通してるのは、子供達が天使って所ね。」


 今より少し小さかった頃の、華月と詩生君と聖の三人がキョトンとした顔の写真を見付けて、笑顔になった。




 〇塚田乃梨子


 あたしはその写真を手に、顔を緩ませた。

『その写真』とは…

 早乙女君が見せてくれた、華月ちゃんと聖君と、詩生君のスリーショットだ。


 子供達の笑顔って格別だけど…

 この子達、笑顔じゃなくてキョトンとしてるのもまた…悶えるぐらい可愛いのよね~。



 あたしが会ったのは、まだ赤ちゃんだった華月ちゃんと聖君だけど…写真の二人は座ってる。

 そうだよね…もうあれから随分経つ。

 先月のクリスマスイヴに、二人は三歳になった。

 そう言えば、パーティーの写真見せてって言ってみれば良かった。

 あたしの事を『のいちゃん』って呼んでくれたノン君とサクちゃんは元気かなあ。

 大きくなってるよね…



「乃梨子、子供好きなんだね。」


 誓君が頬杖をついて言った。


「うん…って言うか…あたし、一人っ子だから甥っ子とか姪っ子って存在もないし、近所に小さな子もいなかったから珍しいっていうのもあるのかなあ。」


「またさ、桐生院家は双子が可愛いんだよな。」


 早乙女君が少し目尻を下げてそう言って。

 誓君が首を傾げて笑う。


「あ、おまえと麗ちゃんじゃねーぞ?」


「分かってるよ。なんでトモに可愛いって言われなきゃいけないんだよ。」


「いや、おまえも麗ちゃんも可愛い。桐生院家のダブル双子、どっちも天使だ。」


「嘘っぽいからやめろよ。」



 早乙女君と誓君て、境遇?は似てるけど…性格は似てない…けど…すごく仲良し。

 クスクス笑う誓君と、あははははと大笑いする早乙女君。

 静かに言葉を並べる誓君と、何なら人に指をさして強く言葉を放つ早乙女君。

 …うーん。

 対照的。


 対照的と言えば…


「早乙女君、お兄さんと似てないのね。」


 お兄さんが詩生君を抱っこしてる写真をマジマジと見て言うと。


「あー、兄貴は母似で俺は父似だからなー。」


 早乙女君は首をコキコキと鳴らしながら答えた。


 お兄さんは長い黒髪に丸い眼鏡…

 何なら家元の早乙女君より、ずっと上品だ。

 それに…

 すごく雰囲気のある人。

 この人がバンドってイメージ湧かないけど…


 誓君のお姉さんも、ある意味雰囲気のある人…と言えるかもだから…


「どんなバンドなんだろう。ちょっとインドっぽいイメージ…」


「インドじゃないな(笑)」


「うん…インドっぽくはない…」


「えっ、二人ともどうして………あー…あたし、喋っちゃってるのね……」


 考えてる事が口から出てるなんて…ちょっと信じられないけど、あたしはそのようで。

 二人に指摘されても直らないクセ。

 よく面接の時に出なかったもんだ。

 質問された時、結構あれこれ考えてしまった気がするけど…

 …もしそれでも受かったとしたら、あたしに内定をくれた会社は奇特だ。



「雰囲気のある二人だから…何となくそう思っただけ。」


「誓、全然話してないんだ?」


「トモは誰かに話してんの?」


「いや、話してねーけど。」


「ほら。」


「でも、のいちゃんにぐらいは話してもいんじゃね?」


 早乙女君にそう言われた誓君は、無言であたしを見た。


 え。

 何かな?

 あ…もしかして、話さなくてごめん…って目?



「あ、ごめん…あたし、全然そういうの気にならないって言うか…」


 はっ。

 気にしなきゃいけない事なのかな。


「…ええと…彼氏の身内の事って全部知っておくべきなの?でもあたし口に出して言っちゃマズイしな…」


 そう考え事をしたのだけど。


「悪かった。言わなくていい。」


 早乙女君は誓君に頭を下げてそう言った。


 …あっ。

 あたしーーーー!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る