第31話 「……」

「……」


 あたしは…そのパフォーマンスに瞬きを忘れた。


 ステージ上で、袴姿の桐生院君と早乙女君が繰り広げてるのは…生け花パフォーマンス。

 音楽に合わせて、正座した二人が剣山に花を挿していく。


 その動作が、まるで双子!!

 見事にシンクロしてる!!


 その所作の美しさにも、思わず…観客から溜息が漏れる。



「早乙女君カッコいい…普段とのギャップが…」


 後ろから聞こえて来た声に、何となく納得。

 いつも頬杖ついてだるそうにしてる姿からは想像出来ないぐらい、キリッとしてる。


 でもあたしは…

 初めて見る、桐生院君の姿に見惚れてしまっていた。


 二人は双子みたいにシンクロしてるけど…唯一違うとしたら…

 早乙女君は生け花を魅せてる感じで、桐生院君は生け花を楽しんでる風に思えた。


 まずは一つの生け花が終わって、拍手が沸き起こる。

 続いて、ステージの真ん中に大きな花器が登場して、そこに二人が花を生け始めた。

 常に対角にいるんだから、お互いの姿なんて見えないだろうに…

 生けた花は、どれもが狂いのない位置にあって。

 二人が離れて生けているようには思えなかった。


 …すごい!!

 本当に…すごい!!

 桐生院君、素敵だ!!



 パフォーマンスが終わって、二人が並んでお辞儀をする。


『本日はご来場ありがとうございます。私達がパフォーマンスさせていただきましたが、ゼミ全員が花の展示をしております。』


『興味を持っていただけたなら、本館三階の展示室に足をお運びください。』


『なお、展示に関して協力してくださった華道部の皆様に厚くお礼を申し上げます。』


『今年は華道部と星ゼミの合同展示となっております。私達のお墨付きの素晴らしい作品ばかりですので、是非ご覧ください。』


 桐生院君と早乙女君のアナウンスに、会場のお客さん達から拍手が送られた。

 あたしも胸の前で大きく拍手をした。


 ああ…本当に良かった!!

 桐生院君の仕事の全部じゃないにしても、その一部を見る事が出来て…何だか嬉しい…!!



 ステージの幕が下りて、あたしは前もって呼ばれてた控室に向かおうと立ち上がった。


 ああ…なんて声を掛けよう。

 逸る気持ちを抑えて控室に向かってると…


「ねえ。」


 後ろから声を掛けられた。


「……」


 あたし?


 少しだけキョロキョロとして、振り返る。

 するとそこには…見覚えない女子が…八人。


「…あたしですか?」


 自分を指差す。


「そうよ。」


 八人の顔を、左から順にもう一度見るけど…やっぱり見覚えない人ばかり。


「…何か?」


「あなた、いつも食堂に誓君と早乙女君と一緒にいる人よね。」


「はあ…」


「付き合ってるの?」


「……」


 えーと…


 あたしはパチパチと瞬きした後、小さく頷いた。

 同時に、『えっ…』って声も聞こえた。


「どっどっちと!?」


 一気に八人に詰め寄られて。

 あたしは一歩後退した。


「……」


 すごい形相で詰め寄られたあたしは…ゴクリと息を飲んで…


「…き…桐生院君…」


 正直にそう言った。


 すると…


「えーーーーー!!やだーーーーーー!!」


「良かったああああああ!!」


 同時に、そんな声が響き渡った。


 ん…んんんんんん?



「付き合ってないって噂だったのに、どういう事!?」


「ねえ、どっちから!?って言うか、あなたからよね!?」


「どうやって取り入ったのよ!!」


 え…え…え~!?


 あたしが目を見開いてずいずいと後ずさりをすると、八人の内の五人がさらにあたしに詰め寄って。


「あなたみたいなブスが誓君の彼女なんて、ぜんっぜん納得いかない!!」


 まるで打ち合わせたかのように…揃って声を張り上げられてしまった。

 その騒ぎに、会場を出かけてた他のお客さんも気付いて。


『えっ、あの子誓君の彼女なんだって』とか『本当にあの子~?』とか『去年からずっと食堂で一緒だった子よね?』とか…


 何だろ、あたし。

 今までこんなに注目される事なんてなかったのに…

 みんながあたしを見てる。

 まあ…その内容はと言うと…

 桐生院君の彼女として認められない。っていうやつなんだけど。


 …そりゃあ、ね。

 あたしだって、どうかと思う。

 あたしみたいに、これって特技も見た目の良さもない女…

 桐生院君の隣にいて、『お似合いね』なんて言われる事、ないと思うもん。


 だけど…そんなの…

 そんなの、どうでもいいぐらい、好きなんだもん。

 あ、いや…どうでもいいって事はない。


 桐生院君が変な女連れてるって思われちゃいけないから…

 出来るだけ、清潔感のある格好はしようって思うし…

 …似合わない。って、周りから思われたって…

 あたしは彼が好きだし、彼もあたしを………

 好きって言ってくれてるもん…!!



 あたしは両手をぐっと握りしめると。


「み…皆さんが腹を立てるお気持ちは分かります!!」


 大声を張り上げた。


 そのあたしの声に、詰め寄ってた五人はビクッと肩を揺らせて体を反らせた。


「じ…地味で…ブ…ブスと自分で認めたくないけど、たぶん何ならブスなあたしと、桐生院君なんて…似合わないって…」


「……」


 みんなは顔を見合わせて、もう一度あたしを見た。


「あたしだって…今思うと、どうして自分なのかなって……だけど!!」


 最後の『だけど』を必要以上に大きな声で言ってしまって。

 五人は二歩、後退した。


「だけど、こんなあたしの事…好きになってくれたから……」


 ああ…どう言えば伝わるんだろう。

 何を言っても自慢にしか聞こえないって思われそうだし…

 かと言って、これ以上の事を上手く言葉にできる気もしない…

 あたしが何かを言おうとしながらも言葉を出せずにいると。


「ボランティアじゃないの?」


 詰め寄って来なかった三人の内の、一人が腕組みをして言った。


 すると、それを皮切りに。


「そうよ!!ボランティアよ!!あなたみたいな子に告白されて、断りきれなかったのよ!!」


 次々と、そんな言葉が…


 え…

 ええええええええええ!?

『あなたみたいな子』って、何!?

 ボランティアって…!!


 なんて言い返そう。

 いや、言い返したら悪印象だ。

 なんて思いながらも、わなわなと震えてると…



「乃梨子。」


 背後で声がした。


 あたしの目の前の人達が、ハッと困った顔をする。


 肩にかけられた手。

 ああ…桐生院君だ…

 左腕をぐい、と引かれて体を委ねると…


「おまえ、何突っかかられてんの。」


 それはー…早乙女君の胸だった…。


「え。」


 早乙女君の胸に顔を埋めたまま、間抜けな声を出した。


「あ。俺ってバレた?誓の真似したつもりなのに。」


 早乙女君は眉間にしわの入ったあたしの顔を覗き込んで笑う。


「もうっ!!」


「あはは。ごめんごめん。」


 そう言った早乙女君は、あたしの肩から手を離すとさりげなく…自分の後ろにあたしを追いやった。


 …あれ?

 助けてくれてる…?



「あのさー。あんた達みたいなのって、誓の彼女が誰でも気に入らないんだろうけどさ。こいつ、見た目こんなでも誓にめっちゃ愛されてんだぜ?」


 感謝しようとした瞬間、聞こえた言葉に目が細くなる。


 見た目こんなでも…?


 …そりゃ、可愛いとは言わないけど…

 あなたに言われるとムカムカするのはなぜかな。

 いや、見た目のいいあなたに言われたら、誰も文句は言わないだろうけどさ。


「ちなみに、俺もこういうタイプ好き。」


「えっ!?」


 ふーん。って思おうとして、女子達の大声に驚いた。

 だけど、あたしも早乙女君の言葉を頭の中で繰り返して…


 俺もこういうタイプ好き。


 ……


「えっ!?」


 遅れてあたしも驚くと、早乙女君が目を細めて少し振り返った。

 その目は…『マジにとんなよ』って目…だと思う。


「人の恋路を邪魔するような奴、誓も俺も好きになんねーよ。」


 早乙女君は笑顔なんだけど…サラッとそんな事を言いながら、女子達に向かって『しっしっ』と手で追い払うポーズをとった。


 少し離れた場所からは、小さな拍手がおきてたけど…

 早乙女君に追い払われた女子達は、泣いてる子もいれば…あたしを睨んでる子もいた。


 …何だか…ショック…

 せっかく感動のパフォーマンスを見れて…感想を言いたかったのに…



「のいちゃん、俺の生け花見てた?」


 ふいに早乙女君があたしの顔を覗き込んで言った。


「あっ、うん。すごかった。早乙女君も生け花出来るんだね…」


「まあなー。いいとこのお坊ちゃんは、茶道の他に華道も書道も香道もやらされちゃうんだよなー。」


「すごいね。」


 桐生院君、出て来ないのかな。


 あたしが控室の方を気にして見ると。


「誓、学報の取材受けてた。」


 早乙女君がそう言った。


「あ、そう…」


 それじゃ邪魔しちゃいけないし…


「あの…」


 あたしが控室方面を気にしながら見てると、早乙女君が声をかけられてた。


「写真、取らせてもらってもいいですか?」


「いいよ。」


 え。と思った時には、肩に手がかけられてた。


「一枚撮って。」


「え。」


 あたしは早乙女君を見上げる。


「いーじゃん。記念に。」


「え…えっ?」


 あれよあれよと言う間に。

 あたしは早乙女君に肩を抱き寄せられたまま…写真を撮られた。

 その後、早乙女君はカメラを持ってる子とも写真を撮って。

『写真出来たらちょーだい♡』なんて言って…笑顔を振りまいてた。


 あたしは…


「乃梨子。」


 呼ばれて振り返ると、袴姿の桐生院君がいた。

 だけどそれは、控室の方じゃなくて…


「…いつからいたの?」


 何となく、胸がざわついて…そう問いかける。

 だって…桐生院君。

 目が…怒ってる…?


「…今来たよ。」


「ほんと?」


 聞き返すあたしに、桐生院君は早乙女君に視線を向けて。


「トモ。着替えて来よう。」


 そう言って、早乙女君の襟元を少し強引に掴んだ。


「いてっ。おい誓、痛いって。」


「早く。」


「わかっ…分かったから離せって。」



 何も…

 あたしは何も悪い事してないのに。

 なんでだろう…

 なぜか…胸がモヤモヤした…。



 それから…急いで着替えて来たらしい桐生院君は。

 何だか元気がなかった。

 あたしは…少しためらった後。


「…初めて…花を生ける所見た。」


 小さな声で、そう言った。

 すると、桐生院君は一度うつむいて食いしばって。


「…乃梨子、ごめん。」


 突然、あたしの手を取って向き合ったかと思うと…頭を下げた。


「え…っ?」


「さっき…本当は…トモが乃梨子の所に行った少し後に…僕も行ったんだ。」


「……」


 て事は…

 さっきの一連の騒動のどこからかを…見てた…と。


「…男らしくないよね…」


「え?」


「トモが乃梨子を助けてるのを聞いて…足がすくんだ。」


「……」


「僕はどこか自分を良く見せようとしてる所があって…だから、もし僕があの場に出て行っても、トモみたいに言えなかったと思う。」


「……」


「本当はそう言いたくても…言えなかったと思う。」


 あたしは…不思議な気持ちで桐生院君を見てた。


 どうなんだろう。

 普通なら…『どうして出て来て助けてくれなかったのよ!!』って怒るポイントなんだろうか…。

 そりゃあ、あれだけズケズケと言いたい放題で助けてくれた早乙女君には感謝するけど…

 人の好みって、それぞれなんだな。って、あたし…こんな事で気付いた。

 桐生院君の好みも、周りがブスだと言うあたしを選んだのは『それぞれの好み』の一つなんだな…って。



「…桐生院君って、バカ正直。」


 あたしが手を握り返して言うと。


「…え…?」


 桐生院君は目を丸くして。


「あ…そうだよね…ごめん…こんなの…腹が立つよね…」


 肩を落としてうなだれた。


「違うよ。言わなきゃ分からなかった事なのに、本当バカ正直だなあって。」


「……」


 自分を良く見せようとしてる所があって…だなんて。

 そんなの、あたしだったら言えないよ。

 だって…両親と疎遠なのは言えても…

 その理由をあたしが言えないのは…まさに、それだからだもん。



「…怒ってないの?」


「怒らないよ。桐生院君こそ…」


「なんで僕が怒るんだよ。」


「怒った顔してたから…」


「それは自分に腹を立ててたんだよ。」


「本当に?でもあたし…早乙女君と写真撮ったし…」


「そんな事で怒らないよ。」


「え…?でも…肩に手…」


「トモは僕が出来なかった事をしてくれたから…」


「……」


「でも、今度あんな事があったら、絶対僕が助ける。もし僕に見えない所でそんな事があっても隠さずに言ってくれる?」


 こういうのって…普通がどうなのか分からないから…

 もしかしたら、あたしは周りとズレてるって言われるのかもしれないけど。

 自分の事を男らしくないって言った桐生院君を、あたしは何て素敵な人だろうと思った。


 あたしは繋いでる手に力を入れて。


「…あたし、何言われても平気。」


 桐生院君の目を見つめて言った。


「だって…あたしの気持ちって、たぶん…桐生院君が思ってる『塚田乃梨子は僕を好き』より強くて大きいもん。」


「……」


「あれ…分かりにくい?えっと…気持ちが目に見えるとして、それが100って数字だ」


 言葉が途切れた。

 突然…桐生院君が、あたしを抱きしめたから。


「え…えええええええっ!?」


 周りには人もいるのに…!!


 あたしがジタバタしてしまうと、桐生院君はあたしの頭を押さえ付けるように自分の胸に押し当てて。


「…乃梨子、聞いて。」


 あたしの耳元で言った。


「う…」


 こっ…このままでーっ!?


「乃梨子、好きだよ…僕…こんなに誰かを愛しいって思うの…初めてだよ。」


「……」


 あ…あれ…何…この…ご褒美みたいな告白…


「僕…本当自分でも情けないって思う所や、まだまだ男として成長出来てない所もたくさんあるけど…」


「…そんな事…」


「でも、乃梨子の事、守れる男になりたいから…」


「……」


「大学卒業して、もし…その時期が来たら…」


 …その時期?


 何の時期だろう…って考えてると。


「…僕と、結婚して欲しい。」


「……」


 頭の中が…真っ白になった。


 今…桐生院君、あたしに…

 結婚…して欲しいって言った…?



「…あ…あの…」


 あたし達、まだ二十歳で………って…あ、そうか…

 桐生院君ち、お姉さんが16で結婚してたり…麗ちゃんだって…

 早婚家系かー!!


「もちろん、それまでに…乃梨子が誰かを好きになって僕から離れてしまう事がないとも言えない。」


「な…」


「でも、そんな事させない。」


「……」


「乃梨子が僕から目を離せないような…そんな男になるから。」


「……」


 ドキドキした。

 すごく…ドキドキした。

 自分には好きな人なんて出来ないと思ってたのに。

 好きな人が出来て、しかも恋人同士になって。

 そして今…あたしは、まさかのプロポーズまでされてる。

 それも…どうしてあたしなんかを?って思いたくなるほど…素敵な人。


 この人と家族になりたい。

 この人と…



「…誓君…」


 小さく名前を呼んでみる。


「…そう呼んでくれるんだ?」


「うん…」


 恥ずかしいから、胸に顔を埋めたままで言った。


「ありがとう…誓君。」


 行きかう人達の冷やかしの声に、何だか嬉しそうな誓君。



 あたしは…今日。

 生きてきた中で、一番の幸せを…味わった。


 ブスって言われた事も含めて…




 一番幸せな、忘れられない日になった。

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