第26話 「お邪魔しました。」

「お邪魔しました。」


「晩御飯まで御馳走になって…すみません。ありがとうございました。」


 満面の笑みの早乙女君の隣で、あたしはペコペコと頭を下げた。


 桐生院君ちに来たのは…三度目。

 一度目も晩御飯をいただいた。

 二度目は留守の時に来て(連れて来られたんだけど)、桐生院君の温もりを堪能。


 そして今日…


 ああ…

 来るたびに、何かごちそうになってる…!!



「のいちゃん、またきてね~。」


 双子ちゃんに手を振られて、その可愛らしさに笑顔になる。


「のいちゃんだけ?俺には?」


 早乙女君はそう言って双子ちゃんに目線を合わせたけど。

 すぐ後ろにおばあさんがいる事に気付いて。


「お兄ちゃんにも、また来てね~って言ってくれると嬉しいな~。」


 言葉遣いを変えた。



 今夜は…前回同様、お父さんは不在。

 有名人のお兄さんも仕事で帰って来なくて。

 桐生院君、お母さん、お姉さん、双子ちゃん、おばあさん…赤ちゃん二人。

 そして、早乙女君とあたし…ってラインナップでの晩御飯だった。


 食事の後、双子ちゃん達と少し遊んで…

 あたしがそろそろ帰るって切り出すと…何となく早乙女君が駅まで一緒に帰る的な流れになった…んだけど…。



「…誓、もう暗いですから、車で送ってさしあげたら?」


 えっ。


 おばあさんの提案に、あたしだけじゃなく…桐生院君まで驚いてる。


「あ…うん。そうする。」


 桐生院君は少し笑顔になって。


「待ってて。」


 そう言って、一度家の中に戻った。


「わざわざ車出さなくても、ちゃんと駅まで送りますよ?」


 早乙女君はそう言ったけど。


「夏休みと言っても誓はあの調子で忙しいですからね。会えない事で塚田さんにふられでもしたら大変ですから。」


 おばあさんが…あたしをフリーズさせるような事を言った。


 え…えーっ!?

 会えないからって…

 ふらないふらない!!

 そんなわけ、ないーーー!!



「おばあさま、お優しいですね。」


 早乙女君、ニッコリ。


「ですから、宝智さんも少し気を利かせてやって下さいな。」


「え?」


「お先に、お帰りになって。」


「……」


 早乙女君はまん丸い目をして、パチパチと瞬きをして。

 おばあさんとあたしを交互に見て。


「僕、本当鈍いですね。」


 おばあさんに笑顔でそう言うと。


「じゃあ、塚田さん。僕はお先に。」


「あっ…あ…はい…」


「おばあさま、ごちそうさまでした。」


「お母様によろしくお伝えください。」


「はい。」


 何だか…早乙女君…

 最後の笑顔は…ちょっと怖い気がした…よ?

 ……て言うか…

 おばあさん、気を利かせてくれた…って事?



「お待た…せ……あれ?トモは?」


 桐生院君が戻って来て。

 そこに早乙女君がいない事に気付いた。


「誓、安全運転でお願いしますよ。」


「え?うん。」


「では、塚田さん。誓をよろしく頼みます。」


「えっ?あ…ご…ごちそうさまでした…」


 着物の似合う、ちょっと怖い感じのおばあさんだけど…

 優しい…の…かな?


「じゃ、一緒に裏から出よう?」


「う…うん。」


 桐生院君と立派な庭をぐるりと歩いて、裏庭に回る。


「足元見える?」


「うん。すごいね…本当に庭園だ…」


 暗いけど、一応通り道には足元にライトがあって。

 それが、いい具合に庭園をライトアップしてる感じに見える。


 …それにしても…

 こうして見上げると、桐生院邸…本当に大豪邸だなあ…


 あたしがお屋敷を見上げて立ち止まってると。


「どうしたの?」


 桐生院君があたしを振り返った。


「…すごいね…桐生院君、ここを継ぐんだ…」


 一言に継ぐと言っても…大変なんだろうなあ…

 軽率だったかな…と、少しだけ反省したものの。


「継ぐって言っても、うちは華道だけで成り立ってるわけじゃないからなあ。」


 桐生院君は、サラッとそう言った。


「え?」


「言ったでしょ。父さんが映像の会社してるって。」


「あ…そっか…」


「うちは華道だけだったら、ここまで続いてないよ。」


「そう…なんだ…」


 なるほど…

 名家も色々なんだね…なんて思いながら。

 だけど、こんな大きなお屋敷と庭園のような庭。

 やっぱりすごいよ。


 お父さんの会社もだろうけど…ちゃんとおばあさんの後を継ぐ桐生院君も。



 それから桐生院君は、お父さんの車をガレージから出した。

 …まさかのBMV…

 さすがに車に疎いあたしでも、こんなに有名な高級車は知ってる…!!


 緊張しながら助手席に乗った。



「……」


「……」


 沈黙が続く車内。

 あたしは居心地悪くないんだけど。

 桐生院君はどうかなあ。


 それより…


 車の運転をする桐生院君。

 食堂では向かい合って座るから…何となく、隣に座るのって…実は違和感なんだよね。

 だって、顔が正面から見えないし。



「疲れた?」


 赤信号で停まって。

 桐生院君があたしを見た。

 その時すでに彼の横顔を見てたあたしと、バッチリ目が合ってしまって…


「…う…ううん?全然?」


 あたしは、真っ赤になってしまった。

 まあ…こんなに暗くちゃ分からないと思うけど…


「ふふっ。顔赤い。」


 えー!?

 なんでバレてるの!?


 桐生院君は小さく笑いながら、あたしの頬に手の甲でそっと触れた。


「…来てくれた経緯はよく分からないけど、会えて嬉しい。」


「……」


「ん?」


 ドキドキしてしまって…返事が出来なかった。


 言ってくれてる言葉も嬉しくて…

 首を傾げる桐生院君を、ひたすら見つめてしまう。



 信号が青になって、運転再開。

 て事で…当然絡み合ってた視線は外れてしまうわけで…

 あー…何だろう…あたし…

 もしかして…

 桐生院君の事…

 すごく好きなんじゃないの…!?



 いつも歩いてる道が違う景色に見える。

 ここを車に乗って見るのは初めてだ。

 それも…彼氏が運転する車…

 高級車なのは全く関係ない。

 むしろ、軽自動車なら手を繋ぎやすいんじゃ…なんて、よこしまな気持ちが湧いた。


 はっ…

 恋愛ビギナーのクセに、あたし…

 もしかして欲求不満!?



 …あり得る。

 だって、あたしって…

 小さな頃から必要とされる事がなくて。

 自分でも、期待される事を諦めてた。


 一人で生きていくために、お金を貯める事に必死で…

 …何も楽しい事を知らないあたし…

 桐生院君、本当にあたしなんかでいいのかな…



「…ねえ、桐生院君。」


 アパートが近付いて来た。


 これがもう、最後の信号。


 車が停まったのを確認して、あたしは思い切って切り出す。


「ん?」


「良かったら…あたしの部屋に来て、お茶でも飲んでいかない?」


「えっ…?」


 ブォオンッ


 突然、桐生院君がアクセルをふかした。


「あっ!!ごっごめんっ!!」


「び…びっくりした…」


「は…恥ずかしいな…やっと若葉マーク取れたのに…ごめんね。」


「ううん…あたしこそ…急に…」


「……」


「……」


「あの…」


「あのっ…」


 同時に口にして顔を見合わせて。


「…何?」


「き…桐生院君は?」


 お互い…探り合ってしまった。

 信号が青になってしまう。

 あたしは…焦った。

 そして…


「お願い。お茶一杯だけでいいから、飲んで帰って。」


 早口に…そう言った。

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