第25話 「あら…」

「あら…」


 早乙女君に連れられて、桐生院邸に到着すると。


 あの…ふわっとした赤毛のお姉さんと、門の前でバッタリ。


「あ…あっ、こんにちは…」


 あたしは、桐生院君があたしと付き合い始めた事を家族に話してるのかなあ…って、少しドキドキしながらお辞儀した。


「えっと…誓の同級生の方ね?」


「は…はいっ。塚田です!!」


「そうそう、塚田さん。こんにちは。」


 あたしがカチコチになってると…


「お久しぶりです。」


「宝智君、また背が伸びたみたいね。」


 …あれ。


「兄貴には全然追い付けないんですけどね。」


「あんなに背が高いと、お茶室入るの大変そう。」


「ははっ。ですよね。」


 幼馴染みたいなものって、本当なんだ。

 早乙女君、お姉さんとすごく親しそう。

『宝智君』なんて呼ばれてるし…



「誓、まだ教室から帰ってないのよ。」


「そうかなーって思いながら来てみました。」


「上がって待つ?」


「いいんですか?」


「その代わり、子供達の餌食になっちゃうと思うけど。」


「喜んで。」


「ふふっ。」


 お姉さんは…なぜかトレーニングウェアで。

 庭を歩きながら早乙女君が『この暑い中走って来たんですか?』って聞いてる。


 …あ、そっか。

 お姉さんも…歌う人だっけ…


 あたしは仲良さそうな二人の背中を見ながら、ゆっくりと…今日もすごい庭を見ながら歩いた。



「ただいまー。」


 お姉さんが玄関でそう言うと。


「かーしゃーん!!」


「おかえいー!!」


 あの可愛い双子ちゃんが、笑顔で走ってやって来て。


「二人とも、走っちゃダメと言っているでしょう。」


 あの…威厳たっぷりな…おばあさんが…


「おや。」


「あっ…こここ…こんにちは…」


 緊張して、つい…言葉がもつれてしまった。


「お久しぶりですね。宝智さん。」


 …あれ。

 早乙女君、おばあさんとも仲良し…?


「ご無沙汰をしております。」


「お母様はお元気かしら?」


「おかげさまで。突然遊びに来てすみません。」


「いいんですよ。誓が帰るまで、お茶でもどうぞ。」


「ありがとうございます。」


 蚊帳の外でその光景を眺めてると、ふいに…おばあさんがあたしに気付いた。


「…あなたは…」


 おばあさんがあたしをチラリと見てそう言った瞬間。


「誓の彼女ですよ。」


 早乙女君が笑顔で言った。


「!!!!!!!」


 あたしの顔は凍り付き。

 おばあさんは少し目を見開いただけで…そう変わらなくて。

 お姉さんは…


「あっ、やっぱり?ハツコイソウを見せたぐらいだもの。やっぱり縁があったのね。」


 おばあさんとあたしの間に流れる空気にふさわしくないぐらい…能天気な笑顔だった。





「もしかして、窪田の羊羹ですか?」


 ど緊張してるあたしをよそに…

 早乙女君は、おばあさんとお姉さんと盛り上がってる。


「あら、分かる?」


「窪田の羊羹は絶品ですよ。」


「口が肥えてらっしゃる事。」


「何をおっしゃいますか。ただ遊びに来ただけの僕らに、こんな高級品、ありがとうございます。」


 高級品。

 そう聞いただけで、あたしの手が止まった。


 目の前に出されて、小さくいただきますをしてすぐ口に入れようとしたそれが。

 こ…高級品だなんて…!!


「のいちゃん、こえ、おいしーよ?」


 あたしを覚えてくれてたサクちゃんが、あたしにピッタリ寄り添って言った。


「そ…そうなのね。」


「たべやいの?」


「え…う…ううん…」


「咲華、それはお姉さんのだから。咲華のはこっち。」


 お姉さんがそう言うと、サクちゃんは自分の席に戻って。


「しゃくの、こえ~。」


 あたしに、自分のおやつを見せてくれた。


 サクちゃんとノン君には、焼きプリン。

 …あたしもそっちが良かったな…なんて。思ってる所に…


「あ、帰って来た。」


 何も聞こえないのに、突然お姉さんがそう言うと。


「ちーかえったぁ?」


「ちー、おかえいー。」


 玄関に向かおうとする双子ちゃん。

 でも…


「これ。まだ帰って来ませんから、座ってなさい。」


 おばあさんが…ピシャリ。


 チャイムも聞こえてないし…と思いながら、あたしは高級羊羹をドキドキしながら口にする。

 普通の羊羹とどう違うか…と聞かれると…よく分からないのだけど…

 …うん…分からない。

 早乙女君、どうして分かったの。



「これ、金荘園さんの煎茶ですね?」


 あたしが早乙女君に感心してる所に、さらに…


「まあ…さすがですね。先日、金荘園さんの娘さんとご一緒する事があって、分けて下さったんですよ。」


「この独特なコクと香り…金荘園さんならではのブレンドです。」


 お…お茶のコクと匂いでどこのブレンドって分かるとか…

 早乙女君、何者!?


 あたしが眉間にしわを寄せまくってると。


「ただいま。」


 玄関から声がして。


「ちーかえった!!」


 双子ちゃんがバンザイをして。

 それを見た早乙女君が。


「可愛いなあ…」


 うっとりしてる。


 …本心?


 どうも…本屋で言われた『おまえバカ?』が尾を引いてて…

 早乙女君が掴めない。



「ちー、およもだちきてゆよ~。」


 双子ちゃんが廊下にお出迎えに行くと。


「僕のおよもだち?誰かなあ。」


 桐生院君がそう言ってるのが聞こえて、つい…笑ってしまった。


 可愛い。

 双子ちゃんも、桐生院君も。


「えっ…」


 あたしと早乙女君が並んで羊羹をいただいてる所に帰宅した桐生院君は。

『およもだち』があたし達だとは思ってなかったみたいで…


「ど…」


 目をパチパチさせて驚いてる。


 …あー…

 これって、どういう心境なのかな…

 早乙女君に半ば強引に連れて来られたけど…

 あたしも会いたくないわけじゃなかったし…

 でも…

 もしかして迷惑だったかな…



「トモ…と、塚田さん?」


 目を真ん丸にしてる桐生院君は。

 あたしがヒヤヒヤしてると…


「どうしたの。って言うか、知り合いだったっけ?」


 笑顔になってあたしの前に座った。


 あ…良かった。

 笑顔だ。


「俺は知ってたけど、こっちは俺を知らなかったみたい。」


 早乙女君がそう言うと、視界の隅っこに入ってるおばあさんが目を細めた気がした。


「誓も羊羹食べる?」


「あ、うん。いただこうかな。」


 お姉さんの問いかけに、桐生院君は立ち上がって『手を洗って来るね』なんて言って廊下を歩いて行って。


 早乙女君は…


「僕もちょっとお手洗いをお借りします。」


 そう言って立ち上がった。


「およもだち、どこいくの~?」


 サクちゃんが早乙女君に続く。


「ん?トイレだよ。」


「おといえわかゆ~?」


「ははっ。分かるけど教えてくれる?」


「ろんもおしえてあえゆよ~。」


 双子ちゃんまでが早乙女君に続いてしまい…

 ここに残ってるのは…

 あたしと、お姉さんと…何だか少し不機嫌そうになった、おばあさん。



「…塚田さんとおっしゃったかしら。」


 ふいに声を掛けられて。

 あたしは肩を震わせるほど驚いてしまった。


「あっ、はっはいっ。」


 桐生院君の彼女…なんて、早乙女君が言うから…!!

 あたしは、あたしについて何を聞かれるんだろう…ってヒヤヒヤしてたんだけど。

 おばあさんは…


「宝智さんとは、お知り合いではなかったのですか?」


 早乙女君との事を聞いてきた。


「…あ…はい。突然…声をかけられまして…」


「声を掛けられた?」


「はい…」


「……」


 無言のおばあさんが怖くて。

 あたしはお茶をゆっくりと飲む。

 元々何を食べても飲んでも高級なんてわからなかったけど…

 ますます味が分からなくなった。


「おばあちゃま、お茶のおかわり要る?」


 おばあさんとあたしがピリピリしてる所に、お姉さんが笑顔で入ってくれて…ホッとする。

 少し小さく溜息をつこうとすると…


「宝智さん、『俺』だなんて…驚いたわ…」


 おばあさんが大きく溜息をついた。


 え。

『俺』って…ダメなの?


 …そう言えば…

 桐生院君は『僕』って言ってるなあ…

 …でも、お兄さんは『俺』だと思うし、見た目だって…あんなに不良みたいなんだよ?

 なのに、よその子の『俺』に厳しいなんて…


「ふふっ。おばあちゃま、厳しいわね。今時それが普通じゃない?」


「いくら今時とは言っても…」


「でもあたし達と話す時は『僕』って言ってたと思うけど。」


「…それでも、私達の前に誓がいたら『俺』と出てしまうのでは、ふとした時に使ってしまうのではないかしらね。早乙女と言ったら、本当に…」


 おばあさんの『俺』批判を聞いてると。


「それにしても、らしくない事するなあ。」


「会いたかったんだってば。」


 桐生院君と早乙女君が戻って来た。


「しゃくとろん、おといえおしえてあえたよ~。」


 双子ちゃんも。


「母さんは?」


 あたしの前に座りながら、桐生院君が誰にともなく問いかける。

 すると、双子ちゃんが同時にお姉さんを指差して笑ってしまった。


「華月と聖を散歩に連れて行きましたよ。」


「もうすぐ帰って来るんじゃないかな?」


「そっか。あ、ありがと。いただきます。」


 目の前に出されたお茶と羊羹を見て、桐生院君は笑顔。

 それを見て…なぜかあたしも笑顔になると。


「のいちゃん、ちーみてわやってゆ~。」


「ちーのかお、おもしよい?」


 双子ちゃんに突っ込まれてしまった…。



 それから…

 桐生院君の部屋に…って事にはならなくて。

 早乙女君は双子ちゃんと遊ぶべく、裏庭に行き。

 お姉さんは洗濯物を取り込んでくる。とどこかに消え。

 あたしは…桐生院君がおばあさんに『新しく企画してる展示会』の案を説明するのを…そばで黙って見てる。


 …帰った方がいいのかな…?

 でも…正直…

 あたしの知らない桐生院君の顔を見れて、これはこれで…嬉しいんだよね。

 同じ大学生だけど、もう働いてる人だもんね…

 すごいよ。


「塚田さん、退屈じゃない?」


 洗濯物を取り込む作業を終えたお姉さんが、あたしを見て言った。


「えっ、いえ…全然。新鮮です。」


 あたしがそう答えると。


「あ…ほんとだ、ごめん。でももうちょっとだけ待ってて。」


 桐生院君は申し訳なさそうに手を合わせた。


「急に来たあたしがいけないんだから…桐生院君は予定してた事を全部して?」


「…ありがと。」


「ううん。」


 恋人同士になって…会うのは初めてで。

 正直…約束して二人きりで会う…ってなったらどんな顔して会おうって…今まで通りの顔が出来なかったかも。


 だけど今は、変な緊張もあったけど…こうしてこんな事でもなければ見れなかった顔も見れて…良かったかも。


 うん。

 早乙女君に、感謝。


 とりあえず『おまえバカ?』は…忘れよう。



「…塚田さん、夏休みなのにご実家には?」


 ふいに、おばあさんに質問された。


「え。」


 ついフリーズしてしまうと、桐生院君があたしとおばあさんを交互に見て…目を細めた。


 ごめん。って顔だ…


「…今の所…帰る予定はありません。」


 正直に言うしかない。

 うん。


「まあ。ご実家は遠いのですか?」


「角野渡町です。」


「……」


 なぜか、町名を言うとおばあさんは黙って、キッチンにいたお姉さんはこっちを振り返った。


 …ああ、確か…庭師さんがそこの出身だった…っけ?


「ご両親、待ってらっしゃるのではないかしら。」


「仕事が忙しいみたいで…あたしもバイト入れてますし…」


「…そうですか。」


「……」


 ドキドキした。

 この後は…親の仕事の事とか聞かれるんだろうか…と。

 さらに、卒業したらどうするつもりだ…とか。

 さらに…桐生院君とは、どういう付き合いか…とか…



 だけど。

 おばあさんは、あたしの予想に反してそれ以降何も聞く事もなく。

 むしろ…


「お夕飯食べてお帰りなさい。」


 って…


「えっ、いえ…そんな、突然来てそれは…」


 遠慮するあたしと…


「いいんですか?」


 双子ちゃんと、聖君を抱っこした桐生院君のお母さんと一緒に戻って来た、華月ちゃんを抱っこした早乙女君は。


「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます♡」


 満面の笑みでそう言った。

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